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Lv104

 使い古した絨毯のような音楽室の床に座って、他のメンバーの邪魔にならないようにヘッドホンをしながら、聞こえてくるメロディに寄り添うようにユメが小さな声で歌う。


「今日は待ちに待った日 私達のクリスマス


 大人は誰も知らない 秘密のパーティ



 みんなやってくるかな 一人お家でソワソワ


 玄関ウロウロしながら チャイムを待つ」


 結構明るい曲なので小さいなりにユメの声は弾んでいる。


 最初は稜子が担当したところ。なるほど、確かにこのまま俺が書いた部分につなげるのは無理がある。


 それは一旦置いておいて、「お家」という言葉を使うのは普段の稜子っぽくない気がするけれど、ある意味で稜子らしい気もする。歌詞だと結構可愛らしい事を平気で書く稜子だし。


「招待状出したっけ 今になって怖くなる


 楽器そろって 準備できて あの音を待つんだ」


 続いて一誠の担当。稜子の担当に比べると短いけれど、この短い文章に一誠の努力が見られる。


 果たしてこの歌詞が歌詞として上手いものなのかはわからないけれど、少なくとも稜子と俺の歌詞を繋げると言う役割はきっちり果たしていると思う。


「外を見れば曇り空 五つ楽器不安がる


 待ちに待ったチャイムに 二人走り出す」


 可能なら耳を塞ぎたい俺の担当。それを分かっているからか何となくユメの声に笑いがあるように感じる。


 稜子との問題として、稜子の歌詞では一人で待っているのに俺の所ではななゆめ全員がそろっている事。


 後地味にチャイムと言う言葉が被っているためか、一誠はそれを使わないようにしている辺り本当に一誠が考えたのか疑問を禁じ得ない……事もないか。


 俺の担当したサビを終え間奏も終わり二番に入る。


「騒ぐみんなの中心 カラフルなキャンディ マカロン


 ふわふわマシュマロ チョコレート心躍る」


 二番のAメロは鼓ちゃんが担当。それを聞いていなくても分かるくらいに鼓ちゃんらしい可愛らしい歌詞。


「赤ワインのような 葡萄ジュースに 口寄せて


 赤い唇 マイクに向け せーので歌いだそう」


 鼓ちゃんの歌詞が食べ物でそれに続くような、綺歩が作った歌詞がこのBメロ。


 流れ的には確かにそれっぽく繋がっている気がするけれど、鼓ちゃんに比べると色っぽいと言うか大人っぽいと言うか。


 その中に子供っぽさが見えるのが綺歩らしい。


 さて、次がユメの担当したところだと言う所で、ユメが歌うのを止めてしまった。


 さらに言うと、空白だった歌詞は未だ空白のまま。


『どうしたんだ?』


「何か歌うのが照れくさくって」


『俺は照れくさくても強制的に歌われたけどな』


「だって、遊馬の歌詞はちゃんとしてるもん」


『それは単に隣の芝だからだろ』


 「そうかもしれないんだけどね」とユメが困った顔をする。


『大体あんまり変だったら桜ちゃん止めていただろうし、何より……』


「何より?」


『ためらいが長くなれば長くなるほどやりにくくなるんじゃないか?』


「それも分かるんだけど」


 何かこんな風に駄々をこねるユメも珍しいなと呆れとほくそ笑みとが心に浮かんだ。


 しかし、ユメ自身駄々をこねていても仕方がない事が分かっているのだろう「変でも笑わないでね」と予防線を張ってからいつの間にか終わっていた曲をかけ直す。


 さっきも聞いた曲とメロディが耳元でなっているけれど、ユメはそれに合わせて声を出すことは無く一心に口を動かしていた。


 それから二番のBメロが終わったところで、緊張を隠しきれない様子でユメが歌いだす。


「窓の外はらりと雪 だけどみんな気が付かない


 だってみんなの心は わたし達の曲」


 緊張の為か声が震えているけれど、それでもちゃんと歌として聞けるのはユメの技量のお蔭だろう。


 サビが終わり今一度間奏に入るとユメは大きく深呼吸した。


「ホワイトクリスマス わたし達で独占


 でも それ以上 釘付けなの ステージ上のパーティ」


 Dメロまで問題なく歌い終えてユメが安堵の息を漏らすけれど、一呼吸の間ほどでまた歌が始まるので慌てたように声を出す。


「皆のあふれる笑顔に 嬉しくなっていく


 そして弾む私の声に また盛り上がっていく



 気が付けば終わりの時間とき 夢は覚めてさようなら


 だけど最後にもう一曲 皆にあげる


 最高のクリスマスプレゼント 届けられましたか?」


 ラスサビを終えて、ユメは何かを振り払うように首を振ると大きく背伸びをする。


 そんなユメに『お疲れ』と声をかけると「変に緊張した」と返って来た。


 でも、その声もまだ緊張した様子で何かを待っている様子。


 そんなユメの期待にこたえられるかわからないけれど、ユメに話しかけた。


『やっぱり似るんだな。天気を気にしている所とか』


「そうだね。遊馬の書いた歌詞を見た時にちょっと嬉しかったんだ。


 何か繋がりが上手くいったって感じがして」


『それにユメが気にしていたほど悪い歌詞じゃなかったと思うぞ』


「でも、遊馬ってどんな歌詞が良い歌詞なのか分かって無いよね」


『それは否定できないが……』


 それでも、素人目には良い歌詞だと思う。本気でそう思ったのだけれど、言い終わる前にユメが「ううん、本当は嬉しいよ。ほっとした」と安心した声を出したので『それなら良かった』と言う言葉に変えた。


 一通り歌い終えることが出来たことにユメも満足したのか、一度「う~ん」と言いながら背伸びをすると、少し勢いをつけて「よっと」と言いながら立ち上がる。


 それから、細かいところを聞くためにか桜ちゃんの方へと歩いて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 部活が終わってからの帰り道、俺に戻るまでの間待ってくれていた綺歩と一緒に家路につく。


 特に話すことがないので何も話さず、それでも当たり前のように隣を歩いていると不意に綺歩が話しかけてきた。


「そう言えば遊君はもう歌詞貰ったんだっけ?」


「俺じゃなくてユメが、だけどな」


「そうだったね。でも、遊君も見たんでしょ?」


「まあ、見たな。見ざるを得なかったし」


 ここはもう俺とユメの関係では仕方がない事だと思う。


 ユメが見ないと、ユメが貰った意味は無いし。


 ふと、隣を歩く綺歩の顔を見ると、綺歩もこちらを向いていて、目が合うと少し首を傾げるようにして表情を緩めた。


「それが悪いって言いたいんじゃないよ?」


「そうだろうな。責められている感じはしないし」


「ただ、ちょっと見せて欲しいかな……って」


 「駄目かな」と少し恥ずかしそうに綺歩は尋ねてくるのだけれど、見せてしまってもいいものなのだろうか?


 どうせ次の部活の時にでも皆に歌詞は行き渡るだろうし、今見せてしまっても問題は無いように思う。


 そうは言っても、この歌詞が印刷されたコピー用紙自体は俺の持ち物ではなくユメの持ち物と言うことになるだろう。


「ユメはどう思う?」


『わたしは別に良いと思うよ。でも、遊馬に判断は任せようかな』


「いいのか? 俺の判断で」


『そしたら後で桜ちゃんに怒られても遊馬のせいって事に出来るでしょ?』


 楽しげなユメの声がそれが本気でない事を現している。


 だから、俺もフフッと鼻から息を出すように笑って「それもそうだな」と返した。


「と、言うわけでちょっと待っててくれ」


 綺歩にそう言って手に持った通学カバンを漁る。


 歩きながらでも出来る作業ながら、やや手こずった後に綺歩にペラッと紙を差し出した。


 綺歩はそれをありがとうと言いながら受け取ると視線を落とす。


 一通り眺めた後もう一度こちらに視線を向けた綺歩が口を開いた。


「こんな風になったんだね」


「そんな風になったな」


「遊君たちも何だかんだで上手くいったみたいだね」


「そう言う綺歩は背伸びしたって感じの歌詞だったな」


「うー……そうかな?」


「ワインじゃなくて葡萄ジュースだしな」


「ワインは飲んだらダメでしょ?」


 少し必死な顔をして綺歩がもっともな事を言う。


 それに対して「まあ、高校生だもんな」と返すと綺歩は落ち着いてくれたらしく、話題を俺が書いた歌詞の方へと変えてきた。


「そう言えば遊君の担当の所、『一人』の所が修正されて『二人』になってるんだけど、なんで遊君は最初『一人』って書いてたの?」


「むしろなんで二人の方が正しいって前提になっているんだ?」


「だって、五つの楽器と走り出した一人だと六人にしかならないでしょ?」


「いや、実際六人だろ。見た目上は」


 桜ちゃんに言われた時も思ってはいたのだが、別に俺だって自分をななゆめのメンバーに含めていないわけじゃない。


 気後れするところもあるけれどユメのサポートをすると決めたのだから自分自身もそこに属さないわけにはいかないだろうし、居ても良いと言ってくれる仲間もいるわけだから。


 ただ、表向きにはななゆめは六人のグループだし、そもそも七人同時に存在できない。


 だからこそ、六人を意識した歌詞にしたのだけれど。その必要は無かったと部活中に桜ちゃんに教えられた。


「桜ちゃんにそんな事気にすることないって言われたんだね」


「大体はな」


「でも、ユメちゃんが走っていけば遊君も走っていくわけで、二人と言えば二人だよね」


「事実上はな」


 ここでまた言い訳は出来るけれど、する意味もないと思うのでそれだけ返した。


 それに、桜ちゃんも綺歩も、俺も一人のメンバーとして当たり前のように見てくれていた事は素直に嬉しい事だし。


 そうしている間に綺歩の家の前に着いていたらしく、綺歩が足を止めた。


 こちらを向いて、両手を使って歌詞の書いたコピー用紙を突き出してくる。


 受け取る前にチラリと綺歩の顔を見ると頬を緩めて「ありがとう」と言ってきた。


 それを受け取ると綺歩は「じゃあね」と歩き出す。


 その後ろ姿に思わず「でも、ありがとう」と声をかけた。


 綺歩が驚いた顔でこちらを向くのは当たり前で、俺自身何にお礼を言っているのか、何が「でも」なのか分かっていない。


 そんな、俺にもよく分からない行動を、それでも綺歩は分かったのか「どうしたしまして」と躊躇いなく言うと手を振りながら家の中に入ってしまった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 土曜日。部活があるので今日も音楽室。


 皆が揃う直前くらいに着いて、ユメと入れ替わる。


 今朝のユメは少し面白くて、部活に行きたいんだか行きたくないんだか、『遊馬部活に行く時か……あー、でも……』と一人迷走していた。


 まあ、ユメの気持ちは分からなくもない。


 何せ今日はクリスマスソングを合わせて演奏してみる日で、勿論歌うのはユメ。


 この前の部活でも歌ってはいたけれど、メンバーの前で歌うとなると初って事になるので極度に緊張しているのだろう。


 ユメがそんな状態でも俺が表に出ている以上、ユメの意志関係なく学校に連れていけるのである意味楽だった。


 学校に着く頃にはユメも観念したのか開き直ったような感じだったけれど。


 ともかく、出来上がった歌詞が皆に配られ、今からクリスマスソングを演奏しようと言うところ。


「それじゃあ、行くわよ。御崎」


 稜子の掛け声に一誠が「了解」と返してカッカとドラムのスティックを鳴らす。


 それに合わせて前奏が始まった。


 一応これが初めての合わせのはずなのだけれど、桜ちゃんからもらった音源と比べても遜色がない、むしろより曲としての表情が出ていてそれでいて安定感がある。


 まあ、言ってしまえば聞いていて楽しくなってくるので自然とユメのスイッチも入ったようで体全体でリズムを取り始めた。


「今日は待ちに待った日 私達のクリスマス


 大人は誰も知らない 秘密のパーティ



 みんなやってくるかな 一人お家でソワソワ


 玄関ウロウロしながら チャイムを待つ」


 演奏組の曲の後押しもあってか緊張した様子も無くユメも自然に曲に混ざっていく。


「招待状出したっけ 今になって怖くなる


 楽器そろって 準備できて あの音を待つんだ 



 外を見れば曇り空 五つ楽器不安がる


 待ちに待ったチャイムに 二人走り出す」


 こうやって俺が書いた詩をユメに歌われるのは何回目になるだろうか。


 最初は正直嫌で嫌でしょうがないところがあったが、今こうやって聞いてみるとむしろ雑誌に自分の投稿したコメントが載っている、みたいな嬉しさがある。


 そんな経験は無いけれど、多分そんな感じなのだと思う。


「騒ぐみんなの中心 カラフルなキャンディ マカロン


 ふわふわマシュマロ チョコレート心躍る



 赤ワインのような 葡萄ジュースに 口寄せて


 赤い唇 マイクに向け せーので歌いだそう」


 二番に入って、ユメがちらっと鼓ちゃんの方を見た。


 すると、鼓ちゃんが照れたような恥ずかしそうな表情で顔を赤くしていて、ユメが曲の感じのような少し悪戯っぽい笑顔をする。


 しかし、それも束の間、自分が書いたところに差し掛かるとユメの身体に変に力が入るのが分かった。


「窓の外はらりと雪 だけどみんな気が付かない


 だってみんなの心は わたし達の曲




 ホワイトクリスマス わたし達で独占


 でも それ以上 釘付けなの ステージ上のパーティ」


 案の定というか、やっぱりと言うか、ユメの声が微妙に固く小さくなる。


 本当に微妙なくらいで俺なら傍から聞いていてもちょっと違和感があるかないかくらいだと思うのだけれど、きっと気が付かれているだろうなとは思う。


 それでも、最大の山場を抜けたユメの声は前半の時よりも弾み始めた。


「皆のあふれる笑顔に 嬉しくなっていく


 そして弾む私の声に また盛り上がっていく



 気が付けば終わりの時間とき 夢は覚めてさようなら


 だけど最後にもう一曲 皆にあげる


 最高のクリスマスプレゼント 届けられましたか?」


 最後の最後ゆったりと曲が締めくくられ、やがてすべての音が消えていく。


 無音になって一呼吸してから稜子が口を開いた。


「まあ、最初はこんな所って感じね」


「ユメ先輩緊張していましたからね。どこでとは言いませんが」


「なんかごめんね」


 何故だか楽しそうな桜ちゃんにユメが謝る。


「そこに関してはもう早めに慣れてしまうしかないわね」


「ねえ、稜子」


 ユメと桜ちゃんの間に割って入るように言った稜子に、ユメが不安そうな声を出す。


 それに対して稜子が少し首を傾げて純粋な疑問を示した。


「何かしら?」


「わたしが書いた歌詞変じゃないかな?」


「どうかしらね」


 上目遣いで尋ねたユメに稜子がバッサリとそう切る。


 同時にユメがショックを受けたように肩を落とした


「アタシは特に変だとは思わなかったけれど、聞く人によってはそう思う人だっているモノよ。だからアタシには分からないわ。


 だからこそ、堂々と歌えばいいのよ。演奏したらいいのよ。


 少なくともアタシ達以上にこの曲を上手く演奏できるグループは居ないんだから」


 稜子は自信満々にそう言うと「ね、鼓」と最後に鼓ちゃんの方を見た。


 見られた鼓ちゃんは顔を真っ赤にして俯いたうえで「……はい」と頷いたのだけれど、もしかして鼓ちゃんも緊張で固くなってしまっていたのだろうか。


 そんなやり取りを見て一誠がニヤニヤと、綺歩が嬉しそうに笑っていた。すぐに稜子に気づかれて「何笑っているのよ」と怒られていたけれど。


 でも、以前の稜子なら「何緊張しているのよ」としか言わなかっただろう所がこんなに気を遣った言葉を使うようになったのだから、二人がそんな表情になっていたのも分かる。


 特に二人は稜子との付き合いも長いわけだし。


 それに稜子の言葉で自信を持てたのかユメが「次は大丈夫」と歌詞を見ながら頷いた。


 それが聞こえたのだろうか、稜子が「もう一回やってみるわよ」と言ったところで一つある事に気が付いた。


 それを口にするよりも先に前奏が始まったのでひとまず黙っておく。


 本日二回目の演奏はさっきの今とは思えないくらいの完成度になっていた。

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