Lv103
それから待ちに待った部活の時間。勿論表に出ているのはユメだけれど、実際軽音楽部として放送部に呼ばれた場合行くのは俺ではなくユメなので問題は無い。
部活の始まり、いつもは今日はどんなことをするのかと稜子が指示を出すのだが、今日はその前に稜子が別の事を口にした。
「さて、放送の件なんだけど、多分桜に聞けばいいのよね?」
「今回は御崎先輩の方が良いと思いますよ?」
「そう? じゃあ、御崎説明して貰おうかしら?」
稜子はそう言って一誠を名指しする。しかし、その声は別に怒っていると言うわけではなく、呆れは混じっているけれど、それでも楽しさが優っていると言う感じ。
平生の顔をしているように見えるが、目の端とか口の端が笑っている。
「あくまでオレは連絡係だっただけなんだけどねえ。
ま、簡単に言うと放送部のクリスマス企画でクリスマスソングを募集した時にななゆめのクリスマスソングが聞きたいと言うリクエストが多数来たからいっそのこと一番時間が長く取れる最終日に映像付きで演奏してくれないかと言う事かね」
「で、アタシに断りもなく了承したわけね」
「迷惑だったかい?」
「別に迷惑なんてことはないわ。むしろこの暇な時によくやる事見つけてくれたわ。
でも、いくつか納得の出来ない点があるのよね」
結論としてはやはり思った通りだったと言っても良い。
そして、確かに稜子の言う通り納得のいかない点も多い。
「そもそも、なんで白はアタシじゃなくてあんたに連絡したのかしらね」
「稜子嬢、こういう事は順序良くいきたいんだけど、質問を変えてくれないかい?」
「じゃあ、御崎と桜のしたいようにネタばらしをしてくれるかしら?」
一誠はそれはそれで面白くないと一瞬眉をひそめたけれど諦めたように話し始めた。
「そもそもはさくらんからクリスマスソングを作ろうって話から始まったんだよねい」
「そうですね。つつみんとユメ先輩は分かると思いますが、いつだかの昼休みの事です」
「二人して急にいなくなった奴だよね。その間に遊馬と鼓ちゃんで何を企んでいるのかって話していたんだけど結局外れちゃった時の」
「はい、その時です。で、その時に折角だから面白い事をしようと御崎先輩と話をして」
「放送部に手伝ってもらうことを思いついたって事だねい」
「放送部としてもクリスマス企画に困っていたらしいですから、両者の利益が一致したわけです。とは言え、上手くいかどうか自体は運しだいって感じでしたけどね」
「運次第?」
思わずユメが口を開く。それに対して桜ちゃんが笑顔で「運次第でした」と繰り返した。
「今回の計画は要するにななゆめで作ったクリスマスソングをクリスマスイブの日に放送に乗せて発表すると言うものです」
「でも、放送部の企画に乗っかるわけだから放送部の方針には従わないといけない。
そうなるとユメユメとしてはどんなことが問題になると思う?」
「わたし?」
急に話を振られてユメが驚いた声を出して考え出す。
放送部の方針に従ううえで困る事。割と最近放送部について話をしたような気がするなと、クリスマス企画を放送で発表していた時の事を思い出した。
「……放送部の好き勝手にして信用を失わないようにする?」
「大体そういう事ですね。放送部としてあまり全校生徒の意見を無視できない。
だったら、ななゆめのクリスマスソングを聞きたいと言うのを生徒の意見にしてしまえばいいんです」
「で、上手い具合に多数からリクエストされたと言うわけだねえ」
「つまり最初から白とあんた達が繋がっていたからアタシのところには連絡が来なかった……と言うよりもこっちから頼んだ形になるのよね」
稜子の言葉に一誠と桜ちゃんがともに頷く。
それから今度は綺歩が腑に落ちた顔で手を叩いた。
「確かにそういう事なら、クリスマスソングの歌詞を割り振った時には予定として確定はしてなかったって事だよね。逆に「今のところ」って事はそれ以降は違うって事だし。
ななゆめの曲にしないといけないって言うのも今回の事が理由なんだね」
「そういう事です」
綺歩が的を射たことを言った為か桜ちゃんも嬉しそうにこれに答える。
確かに綺歩が言った事と稜子が言った事に関しては俺も納得できたし、桜ちゃんと一誠もまた変に頑張っているなと思う。
もっと言えばユメが歌詞を提出するのが遅れた場合にユメの自業自得だと言う事も、つまり遅れた分ユメが練習できないって事で腑に落ちる。
それでも、一つ溜飲を下せないことがあるのでユメに頼んで聞いて貰うことにした。
「えっと、そうは言っても、わたし達のクリスマスソングなんて今まで無かったし、作っていると言うことも皆知らなかったはずだよね?
そんなありもしない曲のリクエストがどうして来るの?」
「その辺りが運次第たる所以です」
「自分では言いにくいけど、もしもオレ等にクリスマスソングがあったら確実にそこそこ票が集まると思わないかい?」
「まあ……そうかもね」
客観的に見ても文化祭の美少女コンテストを制覇したと言っても良い部活なのである程度知名度があり票が集まるのも分かる。
ユメが俺の意志に沿ったように頷くのを見て桜ちゃんが気を良くしたように口を開いた。
「つまり運次第です」
「もっと分かり易く言ってくれると嬉しいかな」
「先輩はピンク先輩が募集をかける時になんていったか覚えていますか?」
「募集ってリクエスト曲の?」
「そうです。と言うか、昼休みに遊馬先輩も言っていたと思うんですが」
「頑張って探す……だっけ?」
「放送部としては「もしも曲名が分からない場合にはどのような曲だったのか書いていただければ、放送部が可能な限り調べますので気軽に書いていただけたら……」ですね」
「つまり……どういう事?」
「存在しているかわからない曲でも放送部がその曲があるのかどうかを調べてくれると言う事です」
「あっ……」
桜ちゃんの意図が分かったのかユメが短く声をあげる。
そして俺もようやく分かった。あのそこまで頑張る必要があるのかと思った発言の本当の意図は悪戯でも何でもいいので、あるかもわからないななゆめのクリスマスソングのリクエストを集めやすくするため。
やっぱり掌で踊らされていた――俺達だけじゃなくて今回は全校生徒含めて――って感じはするけれど、そのために桜ちゃんと一誠が色々と裏で動いていたんだろうと思うと何となく申し訳ない気がしてくる。言ってくれたら手伝えたのに、みたいな。
「さて、これで皆さんの疑問は無くなりましたよね。これ以上時間を取っても仕方ないでしょうから部活を始めませんか?」
「それもそうね。今日はどうしようかしら。
桜、歌詞はもうできているの?」
「今日一応全員分の歌詞は頂いたのですが、一応最終調整したいのでもう少しって所ですね」
「じゃあ、いつもの通しをやったら次の部活からクリスマスソングを合わせられるように各自練習って事で良いわね」
稜子の号令にそれぞれ返事をして準備に取り掛かる。
その時にユメは真っ先に桜ちゃんのところへと向かった。
「桜ちゃん、ちょっといいかな?」
「どうしたんですか?」
声をかけられた桜ちゃんがベースをケースから取り出しながら、首を傾げてユメの方を見る。
「通しが終わったら未完成でもいいから今ある歌詞を見せてくれないかなって思って。
やっぱりあった方が練習しやすいから」
「そういう事でしたらユメ先輩の担当の所だけ穴の開いたものがありますから、あとで渡しますね」
「うん。ありがとう」
言葉の割にユメの言葉に棘を感じたのは恐らく桜ちゃんが暗にユメだけ遅かったと言っているからだろう。
期限には間に合ったのだからユメも気にしないか言い返せばいいのに、なんてユメじゃないから言える事か。
それから稜子の指示に従って練習が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつもの練習が終わって、個人での練習になる。
個人での練習とはいっても、演奏組は皆大体弾けるようになっているので個人練習って感じではないけれど。
そんな中、桜ちゃんがユメの方へと歩いてやって来た。
それから、一枚のコピー用紙をこちらに差し出しながら言う。
「先輩、約束のものです」
「うん、ありがとう」
「色々と考えていたのですが、ユメ先輩の部分も含めてそのままで行こうかなって思っているので、自分で書き加えて使ってくださいね」
「って事は繋がりとかは大丈夫だったの?」
「どうでしょうね。ギリギリって感じでしょうか」
そう言って桜ちゃんがなぜか笑う。
言葉と裏腹の表情にユメが首を傾げたからか桜ちゃんが続けた。
「これはこれでななゆめらしさが出て良いかなと思いまして。歌詞って言うのは確かに大事な要素かもしれませんが絶対的な要素ではありませんから。
ユメ先輩だって一度歌詞のない曲やったから分かりますよね?」
「確かにvoice called toolは良い曲だったけど……」
「それに形にはなるように担当順とかの対策はしてきましたからね」
「鼓ちゃんと綺歩が似たような感じの歌詞を書く、みたいな事言ってたね」
「それもありますし、そこはそこで思っていたくらいには上手く行ってくれましたが……歌詞の提出ユメ先輩の次に遅かったのは誰だったと思いますか?」
子供になぞなぞでも出すような気楽さで桜ちゃんがユメに問いかける。
今日提出したユメの次に遅かった……確か稜子や綺歩は早いうちに出来上がったと言っていたし、鼓ちゃんもかなり早い段階から取り組んでいたはず。
桜ちゃんと一誠に至っては仕掛け人側なのだから、俺達に担当を割り振る前から完成させていた可能性もある。
そうなると……と、言うかこんなにごちゃごちゃ考えなくても答えなんて一つしかないように思う。
「遊馬だよね?」
「残念ながら違います」
明らかにその答えを待っていましたと言わんばかりに桜ちゃんが満面の笑みを浮かべてユメの答えを否定した。
そうなると、消去法的に鼓ちゃんのような気がするのだけれど、鼓ちゃんが俺よりも遅いって事は無いと思うのだが。
ユメがどう思っているのかはわからないが、困ったように「うーん……」と唸っている。
「正解は御崎先輩です」
「一誠が!?」
「そもそも御崎先輩がやる事は稜子先輩と遊馬先輩の歌詞を上手く繋げる事でしたから。
まさか本当に御崎先輩の担当があまりものだと思いましたか?」
言いながら桜ちゃんが小悪魔っぽい顔をする。
ユメの視線が自然と一誠の方を向き、それから何かを疑うように少しだけ眉間にしわを寄せた。
しかし、言われてみると一誠は桜ちゃん側の人間ではあったわけだし、担当を割り振るときに桜ちゃんが一誠はドラムらしく稜子と俺を繋ぐ役割だと言っていた。
あの時には冗談か何かだと思っていたのだけれど一誠にはその言葉通りの役割が本当にあったのか。
ユメもその辺りを理解したのか一誠から桜ちゃんへと視線を戻す。
すると、それを待っていたかのように桜ちゃんが口を開いた。
「でも一か所だけ書き換えて欲しいところがあるんですけど良いですか?」
「書き換えて欲しいところ?」
「遊馬先輩が担当していたところなんですが、一人じゃなくて二人にしておいてください。
たぶん見たらわかると思いますし、わからなければ遊馬先輩に聞いてみてください」
「うん、わかったけど……」
『何がダメなんだ?』
「何で変えるの?」
正直その程度の訂正で良かったのだけれど、桜ちゃんの言葉を聞く限りだと全員分をそのまま使うと言う感じだったと思う。
それなのに俺の所だけ変えられるのは、何というか、気になる。
桜ちゃんは特に大きな反応も見せる事無く、ただニコッと笑って口を開いた。
「ななゆめは七人でななゆめだからですよ」
さも当たり前のように桜ちゃんはそう言う。
それ自体はとても嬉しいのだけれど、俺だって何も考えずに一人と書いたわけではない。
しかし、桜ちゃんはそれも見抜いていたのか付け加えるように続けた。
「さっき言った通り歌詞って重要ですが絶対ではないですから、案外聞いているだけだと分からない物ですよ。
それなら桜達のモチベーションを上げた方がいいと思いませんか?」
「桜ちゃんそれってどういう……」
首を傾げるユメに向けてなのか、それともユメの中に居る俺に向けてなのか、桜ちゃんは何も言わずにウインクをして一誠の方へと行ってしまった。
呆然としているのかユメの視線が動かない。
数秒ほどそうしていたかと思うと、ハッとしたように首を振った。
「ねえ遊馬。さっきの桜ちゃんの話ってどういう事だったの?」
『歌詞見たらわかるだろ。それともユメも自分が書いた歌詞の説明をしてくれるか?』
「……ごめんなさい」
『別に謝らなくてもいいさ』
自分が書いた歌詞の説明をすることのやり辛ささえ分かってくれれば。
ユメがもう一度「ごめ……」と謝りかけて、今度は何故か「ありがとう」とお礼を言うと音楽室の端っこに座って桜ちゃんから受け取った歌詞に目を落とした。