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Lv101

 舞が戻って来たのは妹達の部屋に行ってから一時間くらいたってからだろうか。


 お盆の上にお菓子の袋とカップとポットを載せてリビングのドアの前で困っていたのでドアを開けて持っていたお盆を受け取る。


「二人と話すのは楽しかったか?」


「うん。昔の遊馬君の話とか聞けて……ってもしかして遊馬君最初からわたしが勉強教えてなかったって思ってるでしょ?」


「藍と優希に何か教えることが出来たのか?」


「それは……」


 舞がそう言いながら口を尖らせ不服そうに黙り込む。


 その顔を見ていると少し意地悪が過ぎたかなと思えてきたのでフォローするような言葉をいう事にした。


「俺も教えられないからな、あの二人には」


「そうなの?」


「誰に似たんだか二人揃って才色兼備だからな。歌しか取り柄のなかった俺とは大違いだよ」


 そう言うと舞は今度は少し寂しそうな顔で首を振る。


 相手が誰とかは関係なくあまりそう言う顔はして欲しくないのにさせてしまって何となく申し訳なく思う。別に俺は失言したりはしていない気がするのだけれど。


「遊馬君が歌だけだって事は無いよ。わたしの尊敬している人はそんなに底の浅い人じゃない。


 でも、確かに優希ちゃんも藍ちゃんもしっかりしたと言うか、どっちが年上か分からなくなる感じの子たちだね」


「自慢の妹達だからな」


「その子たちのお兄ちゃん出来るって言うのも凄い事だとわたしは思うかな」


「兄ってのは出来るとか出来ないとかいうものじゃないだろ?」


 俺が先に生まれてその後で同じ親から妹達が生まれたのだから。


 実は血がつながっていません、なんて言う複雑な家庭環境ではないのだから、どんな妹であっても俺は兄足りえるはずなんだが。


 しかし、舞はそうは思わないらしく首を振って、何故か嬉しそうな顔で俺の方を見た。


「じゃあ、わたしはそろそろ帰ろうかな」


「まだ昼過ぎだけど良いのか?」


「わたしももうちょっと遊馬君と遊んでいたかったんだけどね。


 目標も達成できたし、また近々会えるだろうし。


 何より明日は翠さんが遊びに来るって言ってたからその準備もしないと」


「目標って何だ?」


「内緒」


 舞は口の前で人差し指を立ててそう言うと「それじゃあ、またね」と言って玄関の方に歩き出した。


「駅まで送っていくよ」


「大丈夫だよ。何となく道は覚えてるから」


「わざわざ来てもらって送っていかないって言うのは俺が嫌だからな」


「そっか。じゃあ、よろしく」


 さっきの遠慮などまるでなかったかのように舞が明るく返すので、「ああ」とだけ短く返して家を後にした。


 少し日が傾いてきた駅までの道、やはり車道と歩道の境目を歩く舞に声をかける。


「翠さんと仲良くやっているんだな」


「そうだね。でも、仲良くって言うよりも気にかけてくれているって感じかな。


 今のわたしは右も左も大してわかっていないひよっこなわけだから」


「まあ、でも良かったよ」


「良かった?」


 今まで前を向いて歩いていた舞が首をこちらに向けて傾げる。


 俺も舞の方を向いて、その向こう側を走っている車も眺めながら口を開いた。


「舞って俺以外に友達いなさそうだったからな」


「うわ~……酷い」


「言い方が悪かったか? 舞を舞として見てくれるような友達……って感じか?」


「まあ、確かに遊馬君みたいにドリムとしても舞としても変わらず付き合ってくれる友達って言ったら殆どいないんだけど……」


「たぶん翠さんもそうなってくれるんじゃないかと思ってな」


「距離は近いかもね。今までに沢山手助けもしてくれたし……もしかしてわたしに新しい友達が出来て遊馬君寂しかったりする?」


 悪戯っぽい笑顔で俺の顔を覗き込みながら舞がそう尋ねてきた。


 寂しいか寂しくないかと言われたら、普通は知り合いになるのも難しいような人と仲良くしている舞を見ていると遠い存在になったような気がして少し寂しいような気もする。


 とは言え、それを言っても舞を困らせる事になるだろうし、何より仮に舞がそう言って欲しくて尋ねてきたのだとしたら寂しいと言うのは癪なので「いいや」とすぐに首を振った。


「どうなろうと舞は舞だろ」


「そう言ってくれるのはやっぱり遊馬君だけだと思うな」


 鼻と鼻がぶつかるんじゃないかと思うくらい顔を近づけて舞は笑顔を作るとすぐに離れていく。


 そう言えば今日一日以前にも増して舞との距離が物理的に近かったような気がしたのだけれど気のせいだろうか。


 それを聞いて気まずくなるのも嫌なので聞きはしないが、離れた今だってたまに手と手が触れるくらいには近い。


「あーあ、楽しい時間はすぐ終わっちゃうな」


 両手を自分の後ろに回している舞がそう言ったのを聞いてもう駅が視界に入っていたことに気が付いた。


「もう駅に着いたんだな」


「ね、早いでしょ?」


「きっと明日も一日短いだろうな」


「そしたらお休みがすぐ終わっちゃう」


「ご愁傷様」


「でも、幸せな事ではあるよね」


 舞はそう言うと俺の前に進み出る。


 それから一度こちらを向いて「それじゃあ、またね」と手を振ると俺の言葉を待つことなく走って行ってしまった。


『行っちゃったね』


「行っちゃったな」


 舞の後ろ姿を見送っているとユメが声をかけてきたので呟くように答える。


 その間に舞が見えなくなってしまったので、踵を返して家へと向かうことにした。


『遊馬も大概むっつりだよね』


「その言い方には異議を申し立てたい」


『まあ、自然にあの距離になっていたって感じだったけど』


「その辺はユメのせいだと言いたいんだけどな」


『んー……確かに女子同士だとあの距離になるかも』


「だろ?」


 ユメにも納得してもらった――と言うかユメも最初から分かっていたと思うんだが――ので一安心して歩みを進めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その日の夜。後は寝るだけと言う状態にまでなった所で机に向かった。


 机の上には真っ新な紙を置いて手にはシャープペンシルをもって。


『今から書くの?』


「忘れないうちにやっておかないと。すぐ忘れてしまいそうだからな」


『じゃあ、頑張って書いたものを視界に映さないようにしてね』


「努力する」


『わたしは頑張って意識しないを意識するから』


「ああ、頑張れ」


 たぶんユメとのこの会話を聞いても誰も何のことやらわからないと思うが、実際俺の声しか聞こえていない為知らない人が見たら確実に俺は不審者でしかない。


 そんな事は置いておいて、椅子の脚を自分の足で軽く蹴るようにしながら手を動かす。


 綺歩が言っていた事と、舞が言っていた事。その二つを思い出しつつ頭に浮かんだ言葉をメロディに乗せながら、ああでもない。こうでもない。と考える。


 一言書いては二重線を引いて――消しゴムで消そうとすると予期せぬところまで消えてしまう――もう少しで上手くいきそうだと思って最初が破たんしていることに気が付き最初からやり直す。


 それでも、昨日までよりは明確に書きたいことがあるから眠気を忘れるように頭を使い続けていた。




 そうやって完成したのは夜中の二時くらい。


 いつもなら夢の中と言う時間ではあるけれど、アドレナリンだか何だかのお蔭か書き終わった今でも変に目が冴えてしまっていて困る。


『出来たの?』


「ようやくな。疲れた」


『お疲れ様。今日はもう寝ようか……って言いたいけど眠たくないんだよね』


「取りあえずこの辺の片づけをしてから横になるよ」


 ユメにそう返して机の上の紙に書かれた内容が目に映らないように折りたたむ。


 普通ならもったいなくて用紙の両面を使うのだろうけれど、そうするとどう処理しようと見てはいけない爆弾と化すので片面にしか書かなかった。


 結局使ったのは四枚程度。字が見えないように折りたたんでごみ箱に捨てて、シャープペンシルを筆箱に入れてから電気を消し身を投げるようにベッドに倒れ込む。


 そしてマットレスと羽毛布団の間に収まりつつ目を閉じ、一人暗闇に声を出した。


「どうして羽毛布団ってこんなに冷たいんだろうな」


『朝になる頃には暑くて起きることもあるのにね』


「何とかして寝たいんだが……」


『羊でも数える?』


「じゃあユメ任せた」


 そう言ってこれ以上喋るつもりが無い事を示すために固く口を結ぶ。


 ユメは諦めたようなため息をつくと『羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……』と律儀に羊を数え始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 結局ユメが羊を何匹数えたのかは分からなかった。記憶にあるのは百二十八匹まで。


 気が付いたら眠っていて、気が付いたら朝になっていた。


 朝と言うよりも半分昼に近かったけれど。


 部活は昼からだったので特に焦ることなく学校に行くことは出来た。


 むしろ起きた時間が微妙過ぎて、特にやれることも無かったのでいつもより早く家を出た。


 おかげで今はこうやって誰もいない音楽室でユメと入れ替わる事も無く桜ちゃんを待っている。


「ふぁ~……」


『……ねむ』


「あら、遊馬。今日は早かったのね。今にも寝そうではあるけれど」


「ああ、稜子か。早いんだな」


「一応部長だもの」


 俺の次にやって来た稜子にそう言われて、それもそうかと納得する。


 でも、稜子の場合部長としてと言うよりもいち早く楽器に触るためと言う感じがしなくもない。


「早く来た割には何もしていないのね」


「何もすることが無かったから早く来ただけだからな。


 それに出来た歌詞を早く桜ちゃんに渡したいからユメに替わる事も出来ない」


「だからそのままなのね」


「ところで稜子は例の歌詞は書いたのか?」


「とっくよ、そんなもの。あんなに時間があったのよ?」


「確かに部活ではやる事なくなっている時期だったけど、そんなに時間あったか?」


 少なくとも俺やユメは書く練習をしていたので言うほど時間が有り余っていたとは思えない。それに稜子だって最近はクリスマスソングの練習をしているはずなので俺達とそうそう変わらないと思うのだけれど。


「授業中は別に練習していないじゃない」


「俺が言うのもなんだが、稜子は授業ちゃんと受けた方がいいと思うが」


「何もすることが無いときくらいちゃんと受けているわよ」


 それは優先順位が可笑しいと言うものだろう。それにどうして稜子はそれを誇らしげに言えるのだろうか。


 ともあれ、昼の暖かい日差し等々で眠たくなっていたのが稜子との会話のお蔭でだいぶマシになった。


 それから、そろそろ他に誰か来ないかなと思っているとガラッと音楽室の扉が開いた。


「こんにちは。やっぱり今日は遊馬先輩早かったですね」


「どうして俺が早いと?」


 開いた扉の向こうから現れた桜ちゃんが、俺を見つけると思いがけない事を言ってきたので思わず聞き返してしまった。


 桜ちゃんはいつもの悪戯っぽい笑顔を向けると「どうしてだと思います?」と楽しそうに聞いてくる。


「俺が歌詞を書けたかもしれないって舞にでも聞いたのか?」


「何だ分かっているじゃないですか」


 表情を一変させ桜ちゃんが面白くないとでも言いたげな顔をする。


「何となく口にしてみただけで分かっていたわけじゃないんだが……


 それに、俺が今日早かったのは特にやる事もなかったからなんだけどな」


「それでも桜に伝える時間分は早く来たんじゃないですか?」


「無いとは言い切れない」


「まあ、とりあえず、です。ギリギリにならなかったのは桜としても助かりますね。


 もう紙に書いてきたんですか?」


「ああ、カバンに入れてきたからちょっと待っててくれ」


 自分のすぐ隣に置いてあるリュックサック型の補助バック。


 その中一応ファイルに挟めて持ってきた、半分に折られた紙を桜ちゃんに手渡す。


「結局どんな字になったのか俺にも分からないから頑張って解読してくれると助かる」


「この前の練習を見ている限りだと大丈夫だと思いますよ。


 ……確かに受け取りました。


 そう言えばユメ先輩はまだなんですね」


『わたしはもう少しかかりそうかも。でも、十八日までには間に合わせられると思うよ』


「もう少しかかるってさ」


「まあ、そうでしょうね。遊馬先輩よりも長いですし」


「とりあえず、これでもう手元を見ないで文字を書く練習もしなくていいよな」


 目的は果たせたし、俺が出来たと言うことはユメも出来るはずなのだから。


 そう思って言ったのだけれど、桜ちゃんは笑顔で首を振った。


「駄目ですよ。まだ話しながらは出来ないですよね?」


「確かに出来ないが……やる意味もないだろ?」


「言ったじゃないですか、雑談しながら書けるようならないとって」


「正直十八日までとか無理だと思うぞ?」


 俺がそう返すと、桜ちゃんが考えるように視線を下げる。


 これで納得してくれないか、正直この練習にも疲れてきたんだよなと思っていると桜ちゃんが顔をあげて真っ直ぐ俺を見てきた。


「それじゃあこうしましょう。今年いっぱいまで多少は練習していてください。それで駄目そうなら諦めてもらって構いません。


 ですが今やめると言うのなら……」


「言うのなら?」


「遊馬先輩が初代ドリムだったって綺歩先輩にばらしますね」


「そんないい笑顔で脅されるとは思ってなかったよ。


 ところでどうしてそこまで拘るのかって聞いてもいいか?」


「駄目です」


「どうしてそこまで拘るんだ?」


「特に理由はありません」


 そう言われてため息をつく。まあ、答えてくれるとは思っていなかったし、綺歩の名前を出された時点で一方的に要求を呑むしかないことくらい分かっていたけど。


 でも頭の中でユメに笑われたのは少し納得いかない。ユメも無関係ではないはずなのに。


「ま、やる事は済んだからユメに替わってくるよ」


「行ってらっしゃい」


 そう言って手を振る桜ちゃんに見送られ準備室に向かった。

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