Lv100
「ただいま」
そう言って家の中に足を踏み入れると、俺に引き続いて何故か舞が「ただいま」と言って入ってくる。
その音を聞いたからなのか、二階からパタパタと誰かが階段を駆け下りてくる音が聞こえた。
「兄ちゃんお帰り。えっと、そちらは……」
「ああ、優希ただいま。こっちは……」
「夢木舞です。遊馬君……お兄さんにはお世話になってます。
こちらは妹さん……だよね?」
「はい、遊馬兄ちゃんの妹の優希って言います。舞さんって……今のドリムちゃんですよね?
イメージと違って地味なんですね」
「優希?」
「良いよ遊馬君。実際ドリムの時は違う格好してるし」
優希が失礼な事を言ったような気がしたので戒めたのだけれど、舞にそう言ってもらえたので安心する。
優希も自分の言葉を思い直してか謝っていて、兄バカだと思われるかもしれないができた妹でなお安心できた。
「優希、そう言えば母さんは?」
「一日お店冷やかしてくるって意気揚々と出て行ったよ」
「勉強している娘を二人置いて酷い親だな」
「勉強している妹を二人置いてデートしている兄ちゃんが言って良い事じゃないと思うけどなー」
別にデートってわけでもないんだが、と言い返しても良かったのだけれど、そうすると舞を放置して優希と話し込むことになってしまうので「悪かったな」と軽く返してから舞に家に上がるように促す。
母さんはいないと言う事で、俺の部屋に来るよりは出来ることもあるだろうとリビングに通してソファに座ってもらう。
「で、どうして優希までくっ付いてきたんだ?」
舞をリビングに通すまでに足音が俺を除いて二人分ついてきていたので、くるっと体を回転させてから優希に向かってそう言った。
勉強しろとうるさく言うつもりもないが、さっき自分で勉強している妹と言っていたわけなので、一応。
優希は俺の言わんとしていることが分かっているのかいないのか「どうしてってわけでもないけど、ここはあたしの家でもあるんだよ? 兄ちゃん」と首を傾げて笑顔を見せてきた。
その顔を見ているとため息が出る思いだったが、諦めて直接言う事にする。
「勉強してたんじゃないのか?」
「してたけど、そろそろ休憩。もうお昼過ぎだよ」
そう言うと優希がリビングの時計の方に目を向けるので、俺もつられてそちらを見る。
確かにもうすぐ一時と言う所。舞も「もうそんな時間なんだね」と呟いていた。
「藍ももうすぐ降りて来るんじゃないかな?」
そんな会話をしているうちに、確かに駆け足で階段を降ってくる音が聞こえた。
ガチャッとリビングのドアが開いて現れたのは藍。
最初に俺を見つけると藍は「お兄ちゃんお帰り」と声をかけてくれた。
それに「ただいま」と返すと満足そうな顔をして、今度は舞の方を向いて「こんにちは、お兄ちゃんのお友達ですか?」と頭を下げる。
それに舞が答えるより先に優希が藍の方に歩み寄ると口を開いた。
「舞さんだって」
「舞さんって言うとドリムの……」
「その舞さん」
「初めまして。三原藍です」
藍が改めて頭を下げると舞が恐縮したように「夢木舞です」と慌てて頭を下げる。
妹達は少なくとも舞よりも二歳は年下なのでそこまで恐縮しなくていいと思うのだけれど。
「そう言えばお兄ちゃん。お昼ご飯は食べたの?」
「そう言えばまだだな」
「じゃあ、私達の分と一緒に作っちゃうね」
「助かる」
そう言って台所に向かう藍を見送ってから、やや唖然としている舞に声をかけた。
「悪いな騒がしくて」
「あ、ううん。そんな事ないよ。賑やかで羨ましいくらい。でも、良かったのかな?」
「良かったって言うと?」
「お昼までごちそうになっちゃう流れで。わたしも手伝った方が……」
「食べないってわけにはいかないだろうし、舞はお客さんなんだからそこまで気にしなくていいんじゃないか?」
俺がそう言っても「うん……」と浮かない顔をしている舞のところへ優希が近寄って声をかける。
「もしかして、食べられない物とかありました?」
「とくには無いんだけど……」
「じゃあ、大丈夫ですよ。それよりも、有名人の舞さんがどうしてこの家なんかに来たんですか?
こんなに何もないのに」
「何もないなんてことはないと思うんだけど……そうだね……
遊馬君がどんなところに住んでいるか言うのを知りたかったから……かな」
「兄ちゃんが初代ドリムだから?」
優希の一言に舞が一瞬驚いたような顔をする。
しかし、すぐに表情を戻すと今度は柔らかい笑顔で頷いた。
「尊敬している人の事を知りたいって気持ち、優希ちゃん分かる?」
「何となくなら分かります」
「じゃあ、そんな感じ。でも、遊馬君の場合は初代ドリムだったから尊敬しているって言うよりも、初代ドリムが遊馬君だったから尊敬しているって感じかな」
「兄ちゃん凄いですよね」
舞の言葉に優希が興奮気味に応える。
何か俺にとって都合が良いんだか悪いんだか分からない流れになって来たような気がするのだけれど。
「何となくここから離れたいんだが」
『離れるとある事ない事言われて神格化されるんじゃない?』
「だよな……」
俺の呟きが儚く虚空に消えた所で、優希と舞の話がヒートアップし始めた。
やれ歌が上手いだ、やれ何気に気が利くだ、褒められているんだかけなされているんだか分からない内容をよくもまあ、本人を目の前に話せるものだと思わなくもない。
途中からこの羞恥プレイに耐えかねて敢えて話を聞かないようにしつつも、この場を動かない俺も俺か。
少し経ったところで台所から藍が救いの手を差し伸べてくれた。
「優、そろそろ出来るから手伝って」
「りょーかーい。じゃあ、舞さんまた後で」
そう言い残しリビングを優希が後にしたところで、俺は大きなため息を一つ着いた。
「お兄ちゃんモテモテだね」
「妹が慕ってくれていること自体は嬉しく思うよ。最近は割と過剰なんじゃないかって思う時もあるが」
「でも、優希ちゃんの気持ちも分からなくないな。わたしが妹でも自慢のお兄ちゃんって紹介できるもん」
「それは無いな」
俺がやけにあっさりそう言ったからか、舞が拍子抜けをしたと言わんばかりに目をぱちくりさせてから口を開いた。
「そんな事ないと思うけどな」
「妹って言うのは兄を嫌いやすい傾向にあるからな。
優希だってユメが生まれなかったら今でも俺の事を邪魔な虫か何かだと思っていただろうし」
「何か想像できないな」
遠くを見ながら舞はそう言うが、俺としては今の優希の方が少し違和感がある。
昔のままの方がよかったかと言われるとそりゃあ首を横に振らせてもらうが。
それから、舞は気持ちを切り替えたのかこちらに視線を向けて疑問をぶつけてきた。
「優希ちゃんと藍ちゃんは双子ちゃん?」
「見ての通り双子だな。今は髪型が違うから分かり易いと思うが、同じ髪型だったら初めての人はどっちがどっちかわからなくなるんじゃないか?」
『それでも、ちょっと話せばすぐにわかっちゃうんだろうけどね』
「確かにそっくりだもんね。そっくりで二人とも美人さん」
「羨ましいだろ」
「羨ましい」
そう言って舞が笑うので、俺もつられて笑う。
そうこうしているうちに配膳まで終わったらしく藍に呼ばれて食卓に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食卓につくとテーブルの上には湯気立つ丼が四つ並べられていたのであまり何も考えずいつも座る所に座った。
舞にも好きなところに座ってもらい――俺の隣に座った――そう言えば妹達はどこに行ったんだろうとキョロキョロと辺りを見回すと物陰からいつもは一つにくくっている髪をおろした優希が姿を現す。
それに続いていつも通りの髪型の藍が現れて、それから優希が舞に問いかけた。
「どちらが優希でしょう?」
「え!? えっと……」
確かにそっくり、そっくりではあるのだけれど何となく分かるので一直線に優希の方へと歩くと「えっと、お兄ちゃんどうしたの?」と言う優希の頭を軽く小突いた。
「兄ちゃん痛いよ。藍だったらどうするの?」
「痛くはしてないだろ。それに、藍と優希を今さら俺は間違えない」
「やっぱり、お兄ちゃんを騙そうって言うのが無理だったんだよ。
舞さんごめんなさい。変な事に巻き込んで」
キョトンとしている舞に藍がそう言うと、舞は慌てたように首を振る。
小突かれたところを手で抑えていた優希は、いつの間にかその手を離し少し悔しそうな声を出した。
「お母さんだったらたまに間違えるのに」
「って言うか、舞じゃなくて俺を騙そうとしてたんだな」
「だって、兄ちゃんだけはいつも間違わないじゃん」
だから、舞に問題を出すと見せかけて俺がちゃんと二人を見分けられるかを試したと言ったところか。
言葉とは裏腹に優希は満足げな顔をしていたけれど。
「ともかく気が済んだのなら昼ご飯にしようか」
「はーい」
元気よく返事をする優希にそれを苦笑しながら眺める藍。まあ、家にいる時にたまに見る光景だけれど多分舞が居るから舞が退屈しないように気を使わないように気を使っているのだろう。
なんとまあ、よくできた妹達だと感心する。
今日の昼ご飯は中華丼。真っ白のごはんの上に餡の絡んだ野菜や肉が乗っかっている。
「舞、どうしたんだ?」
一口食べた舞がそのまま黙って丼の中を見つめてしまっていたので思わず声をかける。
作った藍も不安に思ったのか「合いませんでしたか?」と舞を覗き込むように見た。
「あ、全然そんな事ないよ。むしろとっても美味しいんだけど、これを藍ちゃんが一人で作ったんだなって……」
「すみません。もう少し時間がかけられればいろいろ作れたんですけど」
「えっと、そういう事でもなくてね。わたしは此処まで料理は出来ないなって思って」
自分の料理の腕を思い出してなのか乾いた笑いを浮かべながら舞がそう言うと、舞のセリフに乗っかるように優希が口を開いた。
「あたしも料理は出来ないですけどね」
「俺も出来ないな」
『わたしも出来ないね』
最後のユメのセリフは俺にしか聞こえていないはずだけれど、まるでそれも聞こえたかのようなそんな間があって舞が笑いだす。
それに安心して優希の方を見ると優希も一緒になって笑っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「本当は妹さん達にも会ってみたいなって思ったから連れてきてもらったんだ」
ご飯の最中、先ほどまでの一軒がひと段落したところで舞がそう切り出した。
前々から舞には妹達の事は話していたし、気になっていたと言われても、それもそうかくらいにしか思わなかったけれど、当の妹達は驚いたようで変にそわそわしているのがこちらにまで伝わって来た。
「で、藍と優希を見た感想は?」
「大きいよね。言うほど大きくないのかもしれないけどわたしとほとんど変わらないくらいだし……」
「だし」の後舞は続けなかったけれど、その視線が妹達の胸部に向いていたので何を言いたいかは何となく分かった。
でもそれに対して俺が何か言うわけにもいかないと気が付かないふりをして「確かにユメよりは大きいよな」と笑うことにした。
『どうせ小さいですよ』とユメは拗ねてしまったけれど。
「何て言うか、二人ともしっかりしてるよね。如何にも遊馬君の妹って感じ」
「いや、確実に俺には似ていないだろ」
「そうかな? でも、ユメちゃんには似てるよね」
「そう言われると否定は出来ないな」
「で、ユメちゃんと遊馬君は元々同じだったんだから遊馬君にも似てる。Q.E.D」
何かの謎でも説いたかのように俺を指さしながら舞が楽しそうに笑う。
それを見ていた藍や優希も楽しそうなうえ、実際そう言われてしまうと返す言葉も無くなってしまうので、代わりに溜息をついて別のところをつついてみることにした。
「何だよQ.E.Dって」
「しょ、証明終了って事だよ?」
「そういう事じゃ無くてな……」
「そう言えば、二人とも勉強してたって言ってたよね?」
調子に乗ってQ.E.Dなんて使って照れくさくなったのか、舞が露骨すぎるくらいに話題転換を図って来た。
本人が楽しいのならそれでもいいかと思いつつ、今度は妹達と舞の会話に耳を傾ける。
まず舞の問いに丁寧に藍が答えた。
「はい、今年受験なので」
「受験って事は中学三年生? って言うか、ごめんねそんな大切な時期にお邪魔しちゃって」
「別に良いですよ。あたし達も毎日毎日勉強ばかりだと身が持ちませんし」
「文化祭でのななゆめのライブとか、舞さんのライブとかも見に行きましたし、大学にも遊びに行っちゃいましたから」
「思い出すな……わたしも何だかんだと遊びに行っていたんだけど、ちゃんと勉強しておかないと直前で泣く事になっちゃうよ?
後でわたしが教えてあげようか?」
「舞、一つ聞いていいか?」
「どうしたの? 遊馬君」
黙って聞いているつもりだったけれど、不穏な……俺からしてみると面白そうな感じになって来たので舞に声をかけると、不思議そうな顔をした舞がこちらを向いた。
敢えてこんな風に尋ねようとしている所あたり桜ちゃんに影響されているなと思わなくもないけれど、そもそも俺は別に良い人ではないので構わず聞いてみる。
「舞って学校の成績ってどれくらいなんだ?」
「真ん中より上くらいかな。でも、流石に中学校の内容だったらわたしでも教えられると思うよ?」
「それなら俺は何も言わないが」
取りあえず、舞にはお茶とお菓子を持って行って貰う事にしようと一人勝手に納得した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼食が終わって、片付けは俺がするからと断固譲らないようにしたら藍も諦めて自分の部屋に戻って行った。
四人分の食器を洗いながら――それ以外はすでにある程度洗われていた――お湯を沸かしていると誰かが後ろに立ったのが分かる。
「悪いな相手してやれなくて」
「全然。楽しいよ?」
「それならいいんだが」
「それでどうして遊馬君はお湯なんか沸かしているの?」
「舞にお茶を持って行ってもらおうと思ってな。あとお菓子。頼んでいいか?」
「分かった、任せて」
時折首だけ舞の方に向けて話していると、舞が拳で自分の胸を軽く叩いた。
それから「何か手伝う事ない?」と申し出てくれたのでお盆の上にカップを三つ乗せてもらい、その間に洗い物を終えティーポットを用意する。
後は適当にお菓子を乗せて、それをもって妹達の部屋の前までやって来た。
そこでお盆を舞に渡してノックする。
「どうぞ」の声を待ってからドアを開け、舞を中に入れるとリビングまで戻って来た。
『はい、お疲れ様』
「別に疲れるほど何かした訳でもないけどな」
『じゃあ、厄介払い?』
「それは……全くないとは言い難いな」
『まあ、変に気を遣わないように気を遣っているから。やっぱりお疲れ様』
「ああ、ちょっと疲れた」
同じ言葉に二度目は違った返しをしてソファに腰かける。
それから特に何を見るでもなく天井を眺めているとユメの声が聞こえた。
『舞ちゃんどれくらいで戻ってくると思う?』
「早くてもうすぐ」
『遅いと?』
「一時間くらい二人の話し相手に掴まっているんじゃないか?」
『舞ちゃんが教えているって可能性は遊馬の中ではないんだね』
「ユメの中にもないだろ?」
そう返すと、ユメがくすくすと笑う。
それから肯定するように『だって』と返ってくると、そのまま続けた。
『藍が計算間違っていること以外勉強について聞かれた事ってほとんどないもん』
「そうだよな」
『ところで遊馬』
「どうしたユメ?」
天井を黙ってみていることに疲れたので目を閉じてユメの言葉を待つ。
『歌詞について何か思いついた?』
「一応な。ユメはどうなんだ?」
『わたしはもうちょっとって感じかな』
「珍しいな、ユメだけ出遅れるって言うのは」
『だって遊馬より担当多いもん』
「そう言えばそうだったな」
『もう、他人事だからって……ともかく、遊馬は明日には桜ちゃんに報告できそうだね』
「そう言われると何となく自信なくなってくるな」
『そんな事ないって。遊馬なら大丈夫だよ』
「他人事だと思って」
そう言って笑うと、ユメからも笑い声が聞こえてきて。
舞が戻ってくるまでユメとずっと雑談していた。