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BLACK ROSE  作者: 久保田マイ
ChapterⅠ R
8/18

Ⅵ. Welcome to This No-Good World

第6話 「ようこそ、このろくでもない世界へ」


《ストーリー上、R15の暴力・流血、エロティックな表現、好ましくない言葉遣い、宗教的な描写などが一部含まれることがあります。と言っても、マイの書くものなので大したことはないとは思いますが……念のため。これらが苦手な方はご注意下さいませ》







 †

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 どこで死が我々を待っているか分からないのだから、いたるところで待とうではないか。

 死を予測するのは自由を予測することである。

     モンテーニュ






「来るぞ、悪魔(やつら)が」


 イシュライはそう口にすると、身をすくませているディシーの手を引いた。

 そこは細い道路と隣接する通り(ストリート)で、目と鼻の先の円形交差点(ラウンドアバウト)に繋がっている。時間(とき)を忘れたこの暗黒の空間には、今や人も車もいはしない。その交差点の真ん中の中央島(セントラルアイランド)の傍へとディシーを連れていく。

「Stay here.(ここでじっとしてて)」

 そう端的に指示すると、イシュライはトレンチコートを脱ぐ。その場にしゃがみこませたディシーに被せてやれば、コートは外界から庇護するかのように少女の華奢な肢体や赤褐色(レディッシュ)の髪豊かな頭部をすっぽりと覆い包んだ。

 だが、そこから覗くサファイアブルーの瞳だけは、驚いたようにこちらへと向けられている。

 正確には、今まで上衣に隠されて露になっていなかった、革のショルダーホルスターに。更に言えば、その(シース)からスルリと抜き出された、大ぶりの凶器(フィクストナイフ)に。

 イシュライはナイフを逆手(リバース・グリップ)に構えると、殺気を感じ取り辺りに視線を巡らす。つられてディシーも見遣り、悲鳴にならぬ息音を呑むのが分かった。

 さながらラバライトの中の浮遊物がゆらゆらと浮沈しながら千切れるように、この黒影から分裂するモノがあったのだ。

 それ(、、)は分離し、徐々に一個の生命体として輪郭を形成し――そして完全な姿を現す。

 その姿を喩えるとするならば、「黒焦げの人型の獣」だろうか。

 引き攣った黒い皮膚に覆われたこの醜悪な四足の生物は、栄養失調者のように異様に膨らんだ腹部と白く濁った剥き出しの眼球、肉の塊をいとも容易く喰い千切れそうな鋭い歯牙を持っている。

 名は、“喰らう者(イーター)”。

 それ自体は下級悪魔にすぎないが、群れの体系をとる分、面倒な相手ではある。

 事実、見たところ6体のイーターが周りを取り囲んでいた。

 そいつらの眼光からディシーを隠すように、イシュライが立ちはだかる。


 ――Huuunteeer (ハンター)……。

 ――ソノ女ヲ、渡セ。

 ――見ツケタ、見ツケタ。


 低くゴロゴロと唸るように声帯を震わせながら、“地獄(ゲヘナ)語”で、イーター達は口々に囁く。それに対しイシュライも地獄語で返す。

『店の近くをコソコソしてたのもお前等か。何故この子を狙う?』


 ――寄越セ、寄越セ。

 ――ソウダ、ソノ女ヲ……。


『まあ、返事は端から期待してなかったよ』

 溜め息をつく。


 ――ソノ女ノ肉ヲ……。

 ――ソノ女ノ生キ血ヲ……。

 ――アノ御方ニ。

 ――アノ御方ノモノダ……。


あの、御方(、、、、)……?』

 随分と気にかかるある単語に、イシュライは眉をひそめる。

 瞬間。

 地を踏みしめ、一番端に居たイーターが飛び付く!

 イシュライにではない――ディシーに。

 ディシーは悲鳴を上げる間もなく、反射的に頭部を庇う。

 肉迫する牙。

「グゥゲャアッ、ガッ……ギャア!?」

 聞くにも耳障りな断末魔を残したのは……イーターの方であった。

 何故か――突如として、純白の有刺鉄線が張り巡らされた(ゲージ)とも檻とも呼べぬ代物が、ディシーを囲むように出現し、彼女を守ったからであった。

 その無数の棘に、イーターの肉体は蜂の巣のように串刺しにされている。

 ――“聖母の薔薇(マリアローズ)”。

 強力な悪魔祓いの力を秘めた花。

 結界(ビルト)内で霊力を発動させたその実体の姿こそが、この荒々しくも神々しい棘の要塞なのである。

 未だ身を貫かれたまま、痙攣を起こし虫の息のイーターを、婦人(レディ)の目にはさぞかし毒であろうと、イシュライは歩み寄って無理矢理棘から引き剥がす。ドプッと、下水管から汚泥が漏れ出すように、真っ黒な粘着質の血液が傷口から溢れ出す。

『お前等みたいな下級悪魔(のうなし)でも、少しは身に染みたか?』

 その屍体の喉元を掻っ切りとどめを刺してから、イシュライはイーターの群れの前へとそれ(、、)を無造作に放り投げた。

『コミュニケーションも“待て”も出来ない奴はこうなるんだよ、sick puppy(犬っころ)

 悪魔たちが先程にも増して殺気立つ。

 ――ハンターメ……! 

 ――コノ小僧! 

 ――人間ゴトキガ……ッ!!

 イシュライは肩を竦める。

 その行動も言葉も、全てが明らかな、挑発行為。

 それを皮切りに、威嚇の唸り声を上げていた悪魔達が咆吼を上げる。地の底から響くような、地獄の咆吼を。

 その音波は大気を震わせ、衝撃で次々に割れる。円形交差点(ラウンドアバウト)沿いに設置されていた街灯の灯具が。

 砕けたガラス片は、さながら驟雨(レインシャワー)のようにバラバラと地上に降り注ぐ――先程起こったものと同じ現象だ。ディシーは被せておいた厚手のコートが守ってくれるのでひとまず大丈夫だろう――その破片の雨を突っ切って、イーター達がイシュライへと疾駆する!

 対してイシュライは――手近な街灯のポールに片手を伸ばす。

 割れて剥き出しになった電球はフィラメントが燃え、火花が飛び散っていた。

 それが俄かに、一層激しいスパークを起こし始める。脈打つ心臓の鼓動の如き、電気の鳴動を。

 そして主人(マスター)の帰還を待ち侘びた従者(サーヴァント)のように、電流はポールから腕へと伝い、もう片方の手に握られたナイフへと行き着く。イシュライ(主人)を傷付けることはなく。

 すると、消滅することのない赤光(しゃっこう)色の電気がナイフを覆い、(いかずち)の刃が生み出されたではないか。

 烈々たるスパーク。エネルギーが膨れ上がる。

 ――イーターはすぐそこまで迫っている!


 刹那。


 イシュライはその場に片膝をつくと、地に向かってナイフを振り下ろす。まるで、悪魔を喚び起こす召喚者の如く。

 ――敵が飛び掛かる!

 その時。

 解き放たれる雷電。

 閃光。一閃。

 それ自体が個々に意思を持つ大蛇(サーペント)のように地を這い、標的へと伸びる迅雷。

 その衝撃に吹き飛ばされたイーター達が、容赦なく路上に叩きつけられる。それからピクリとも身じろぎをしない。

 胸部を焼き貫かれ……皆、絶命していた。ぽっかりと穿たれた赤黒い肉と白い筋繊維の覗く傷穴からは、むっと鼻につく悪臭をまとった熱煙が立ち上っている。その数は、3体。

 きちんと避けた(、、、、、、、)ので、ディシーには傷一つない。

 だが。

「イシュライさん!!」

 ディシーが声を上げる。 

 辛くも一撃をかわしたイーターが、イシュライの頭上から襲い掛かり、牙を剥く!

 イシュライは――後退しない。かわさない。

 それどころが、身を起こす勢いのままに、相手に向かって踏み込んでいく。

 殺――イーターの瞳孔の奥に、獲物を追い詰めた猛獣の薄暗い勝利の色が垣間見えた気がした。

 だが、それは間違いだ――

「ギャッ!?」

 ――この群れの中の狩人(ボス)は、イシュライただ一人のみ。

 前に踏み込む力を利用して、突進してくるイーターの口腔に自ら腕を突き入れるような形で、イシュライは伸び上がるようにナイフを振り抜いていた。

 瞬間、雷撃によって鋭さを増す刀身(ブレード)

 敵が断末魔を上げたのは、ほんのコンマ一秒にも満たない間のことだった。

 それもその筈――(あぎと)から上がごっそりと消失しているからだ。

 赤い弧を描いて、ナイフが引き抜かれる。その血潮の中でギラリと、刃に刻まれた三角(デルタ)魔法陣が鈍く光った。

 ズルリ、と。失われた頭部をさ迷い求めるかのように、続けて体が力なく倒れ伏す。

 その切断面は熱カッターで、腐敗し柔らかくなり過ぎたローストビーフを切り落としたかのように滑らかな断面(もの)であった。

 後、1体は――。

 目視する()もない。

 イシュライは柄をクルリと回転させてブレードバックに持ち直す。

 そして振り向きざまにナイフを放つ。

「ガッ……!?」

 投擲されたナイフは――一矢報いようと背後から駆けてきた最後の一体の眉間に、深々と突き刺さった。

 落雷にでも遭ったかのように大きく体を震わせ、イーターは地面へと吸い込まれていく。 

 イシュライはゆっくりとそちらに近付き、敵の頭に生えたままになっているナイフを躊躇いなく引き抜いた。何度か血払いをする。

 この武器(、、、、)を使うまでもなかった、ナイフと人間界の(、、、、)雷を喚ぶ魔術で事足りたな、と首から下げたコインのペンダントにちらりと目を遣りながら。

「ッガ、ギャ、ァ゛グ……」

 まだ生きているのか。イーターは苦痛に小さく身悶えをしている。

 ――貴様……、雷…………ヴァレンチア、“魔術師(ウィザード)”カ……

『自分と敵の力量も測れない無知者の末路は悲惨だな』

 イシュライが冷たく見下ろす。

 それに対して、イーターは口を真一文字に裂き、喘鳴の中で不意にニヤリと不気味な嘲笑を浮かべた。

 ――アノ、女、死ヌ、アノ御方…………You fucking go to hell!(貴様もくたばりな)

『You go first!(お先にどうぞ)』

 そう言うや否や、イシュライは全体重をかけて片足を踏み下ろした。

 硬い革靴によって、不快な押潰音を伴い容赦なく頭部を踏み潰されたイーターは、呆気ない程に簡単に死んだ。その姿は、無邪気にも残酷な子供が興味本位で踏み殺した、哀れな昆虫の死骸に似ている。

「……うげ」

 黒い血塊と脳漿がこびり付いた靴底を見て、イシュライは顔を歪める。

 靴の汚れを擦り付けるようにして道路で拭きながら、その合間にも、彼は思考を巡らせた。

 ……悪魔が彼女(ディシー)を狙っているのは、まず間違いないだろう。だが、イーター達(こいつら)は? あもわくば彼女を、という目的もあっただろうが、それよりもこちらの力量を測る為の捨て駒として送り込まれたような節がある。奴らが言っていた「あの御方」とは? そいつが今回裏で手を引いている黒幕だとして、この様子では、イシュライとディシーが接触したことに既に勘付いているという風になるのではないだろうか。

「大丈夫ですか!?」

 ディシーの悲鳴にも似た声によって、ひとまず考えを中断させる。イシュライはフィクストナイフをホルスターの(シース)へと戻した。

 暗闇を怖がってブランケットにくるまった子供のように、ディシーはコートを被ったままこちらに走り寄って来る。“聖母の薔薇(マリアローズ)”の檻は、悪魔の存在が失くなり、その役目を果たしたと同時に消えていた。

「どこか、怪我は……っ!?」

「ああ、大丈夫。歯型もついてないよ。どっちかというと靴の方が重症だ」

 先程までの内向的な態度は何処へやら、迫る程に必死な勢いで、ディシーは慌てふためいてイシュライの手を取った。まあ確かに、5体目のイーターの頭を斬り落とす時、素人目にはイシュライの腕が喰いつかれたように見えたことだろう。

「そう、ですか……」

「キミは? 無事かい?」

「はい……、私は…………」

 その時、イシュライの腕を握りしめたままのディシーの両の手が、震えていることに気付く。

 手だけではない。その細身の肩も小刻みに身震いしていた。青ざめて顔色も悪い。立つ足も覚束無い。

「ディシー」

 普通の女の子にとって、下級悪魔(イーター)と言えどさぞ恐ろしかったことだろう。イシュライには、随分昔に薄れてしまった感情ではあるが。

 安心させるように、出来るだけ優しい声音で呼びかける。すると、ディシーがビクリと反応を示した。

「…………今の、は、一体……?」

 やがて少女の口から、吹けば消えてしまいそうな位にか細い声が零れた。

アレ(、、)は……何?」

「……」

「昨日も、今日も……、何でこんな事が……、何が、起きているんですか!?」

 堰が切れたように、ディシーは混乱と恐怖の中言葉を言い募らせる。最後になると、それは自問自答にも似た弱々しいものになっていった。

「一体……、何が……?」

「……それは――」

 イシュライは眉をしかめ、逡巡して言い淀む。

 何と言って良いものかほんのごく僅かな間迷い、そしてそのすぐ後に発せられた一言。

「――キミは知らなくていい」

 それは随分と冷淡なものであった。

「知らない方がいい。キミは深く関わらない方が良い問題だ。ショックだろうが……悪い夢か、非現実的なモンスターにでも襲われた程度に思っておいた方が良い。それがキミの為だ。何なら、落ち着いてから“知り合い”に頼んで悪い記憶は消させるよ。この話はもうこれで終わりにしよう。さあ、もう直元に戻る(、、、、)。行こう。コーヒーでもご馳走するよ――」

 有無を言わさぬという風に、圧力にも似た言葉を畳み掛け、イシュライは険しい表情を崩さぬまま踵を返そうとする。

 そうだ。知らなくていい。知らない方がいい。

 厳しいとも、甘いとも思われようと結構だ。

 この少女は、こっち側(、、、、)には来てはいけない人間なのだから。

 一度こちら(、、、)に踏み込めば、何も知らなかった頃の世界には、きっともう戻れない。今まで信じてきた日常は全て、信じられないものに変わってしまう。ここに経験者(悪い例)がいるように……。

 ところが。

「知らなくていいことないです!!」

 その叫び声の主が一瞬誰であるか判断出来ず、咄嗟にイシュライは立ち止まって振り返っていた。だがよく考えれば、この空間において該当者はイシュライ以外に一人しかいない。

 ――ディシーは、胸元のクロスのペンダントを祈るように握りしめ、怒っているとも泣きそうとも言えぬ表情でこちらを見つめていた。それは、今まで見た彼女のどの顔とも違っていた。

 イシュライは純粋に驚き、目を丸くする。

「知らなくていいことなんかない! 私も……、友達まで巻き込んで、危ない目に遭わせて怪我させて……なのに、『知らないでいい』なんて出来ません……っ!!」

 ディシーは懸命に言葉を重ねる。恐らく、そんなに口上手でも気が強い訳でもないだろうに。

 しかし、イシュライは気付いていた。この少女の体が、依然として震えていることに。

 怖いなら、止めておけばいいのだ。「見えないフリ」をしておけば良いというのに。その方が、ずっと楽だし都合が良い。自分の見たい現実を見ればいいし、信じたい現実を信じておけばいいのだ。

 けれど。

「そんなこと出来ない……!」

 数刻前までは所在無さげに視線を泳がせていた少女が、今は真っ直ぐにこちらを見返している。心が揺らぐくらいに直向きで、眩しいくらいに純粋な眼差しで。

 非力にも無力にも関わらず、「真実(こたえ)」を求めている。

 何時かの、ずっと昔の、自分(だれか)のように……。

 暫しの沈黙の後、はぁ、と折れたように溜息を吐いたのはイシュライの方であった。その口元には、表向きの営業スマイルとは違う、仕方ないというような苦い笑みが浮かんでいた。

「……分かった。ちゃんと説明するよ――」


「――この依頼引き受けよう、依頼主(マイ・クライアント)






 † Welcome to This No-Good World

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






格言はこちらから引用させて頂いております↓

『世界傑作格言集』http://kakugen.aikotoba.jp/life&death2.htm


※『喰らう者(イーター)』……黒い皮膚に白く濁った剥き出しの眼球、鋭い牙を持つ、4足獣の醜悪な悪魔。知能も魔力も高くはなく、擬態能力も持たぬ下級悪魔ではあるが、群れをなして攻撃を仕掛けてくるので、新米ハンターなどにとっては厄介な相手になり得る。

※『地獄(ゲヘナ)語』……地獄の言語。主には悪魔が用いる言語ではあるが、イシュライやザイオンなどの一部のハンター(やエクソシスト)の中にはこれを理解し、喋れる者もいる。


嬉しいメッセージを頂きまして、調子に乗ってプチ資料集第二弾を書きました(笑)

あんなナイフの使い方してたら、本当ならすぐに傷んでお陀仏になることでしょう……。

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