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BLACK ROSE  作者: 久保田マイ
ChapterⅠ R
7/18

Ⅴ. Do You Like BLACK?

第5話 「『ブラック』はお好き?」


《ストーリー上、R15の暴力・流血、エロティックな表現、好ましくない言葉遣い、宗教的な描写などが一部含まれることがあります。と言っても、m+yの書くものなので大したことはないとは思いますが……念のため。これらが苦手な方はご注意下さいませ》





「ベルとアリソンも、もうすぐ来るって」

 ピッと通話ボタンを押して携帯電話(セルフォン)を切りながら、Catherine(キャスリン)――Cate(ケイト)はそう口にした。

 ろくな返事も出来ぬままにディシーはこくりと頷く。

 それから、安堵からか未だ収まらぬ困惑からか分からぬ小さな吐息と一緒に、少し温くなってしまったミルクティーに口づけた。

「ディシー」


『――ディシー』

 ――あの時。

 あの(、、)花屋を飛び出したディシーを突如呼んだ声。

 それは、車のフロントウィンドウから顔を覗かせたケイトのものであった。

 親友の一人との、思いがけない場所での思いがけない遭遇に――ケイト(あちら)はディシーを探していたそうだが――驚愕と共にどこか「助けられた」思いでいっぱいになったディシーは、促されるままにケイトの車に乗り込み、そして気がつけばこの場に至っていた。

 ――“Heavenlyヘブンリー”。

 そこは、聖ノース・パトリック女学校と、学生寮(ドミトリー)や学生向けのアパートが密集した学生街の程中にあるカフェである。

 時刻は気づけば夕方前の、16時半。

「ディシー、じゃあ聞かせてくれる?」

 ケイトはテーブルをトントンと指先で叩きながら、ディシーに向き直る。シャープな顎のラインにかかる暗金褐色の(ダークブロンド)のボブヘアーが揺れる。

「聞かせるって……、な、何を?」

「何を、じゃないでしょ?」

 さあ、尋問の始まりだ。

「今日学校に来なかった! 優等生のアンタが! 無断で! それもクリスマス休み(バケーション)前の最後の日に! 昨日の夜の約束には来ない、このヘブンリー(カフェ)でのね! 電話もかけたのに出ない! かと思って探してみたらあんなとこにいるのよ! (サウス)に近いあんなとこに! 新聞見た? 最近『連続婦女殺害事件』起きてるっていうのに! はいどうぞ、理由(わけ)を聞かせて」

 取り付く島もない。 

 同年代の女の子よりも幾らか大人びているケイトだが、今は心配をかけた我が子を叱る母親のように見えた。少しだけフランス語訛りのいつもの口調にも関わらず、思わずディシーの背筋が伸びる。

「えっと…………それはね……」

 どこから、何て説明したら良いのだろう……?

 昨夜から今までに至る出来事を全部正直に話す勇気も、かといってこの場を上手く取り繕う嘘がつける程の器用さもなく、ディシーは口ごもった。目線がカップの中の乳香色の液体の底へと沈んでいく。

 二人の間、テーブルの上に横たわる、気まずい沈黙。

 困り果てたディシーを前に先に折れたのは、結局ケイトの方だった。はあ、と仕方がないという風にため息を漏らして。

「言いたくないなら、無理にとは言わない。ただ――」

 アンタのおばあちゃんのことで最近落ち込んでたでしょ?、とケイトは言葉を繋ぐ。

「心配してるの、アンタを。私達も。神学の授業でヨハネス神父も心配してたよ?」

 その瞳から、先程の勢いは影を潜めていた。

 ケイトがフランスからゲートエンド(こちら)に転校して来てからまだ3ヶ月と少しではあるが、すっかり親しくなった彼女が、時に友人のようであってまるで姉のように感じられることがあった。

 本当に心配してくれていることが分かる。

「ごめんね……ありがとう」

 ディシーの言の葉に、ケイトはいつものように大人びた微笑を浮かべてみせてから、これ以上聞かないつもりか、あるいはディシーが話したくなるのを待つつもりか、自分のカップの持ち手(ハンドル)に触れ、中身を口に運ぶ。

 揺蕩うそれはブラックコーヒー。砂糖もミルクもなしノンシュガー・ノンミルク。ケイトは飲む物も大人っぽいな、と、ディシーは微かに頬を緩ませた。


 深煎りのブラックコーヒー。

 ――ブラック。

 まるで、底無しの闇のような……。

 ――闇、影、黒……。


 ディシーは慌てて首をふるふると振り、不意に過ぎった不穏な雑念を上書きするように、視線を店内に巡らした。

 程よく静かで(あった)かくて、とても落ち着ける――カフェクラシックとアンティークウッド調の店内が調和する、ディシー達のお気に入りの空間。

 その中のある一つの席に、ふと、意識が吸い寄せられた。

 ディシー達のテーブルのやや斜め。

 少し離れた、扉よりの席。

 そこに腰掛けている一人の老婦人。

 異民族的(エスニック)柄のショールを肩にかけ、白髪の髪を一つにまとめている。肌は浅黒く、その服装はどことなくくたびれてはいるが、柔和で品のある不思議な雰囲気を兼ね備えていた。何故かディシーの祖母を思い出させる。

 老婦人は、何やら手元で民族的な装飾品――確かドリームキャッチャーと言っただろうか――を拵えていたが、今やその手を止め、ディシーをじっと見つめてニコニコと笑いかけている。

 ふと、彼女のしわがれた指が、静かにある方向を指し示した。それはまるで、迷える子羊に道を示す、キリストの先導者のようであった。

 ディシーは小首を傾げ、つられてその指し示された方向を見るともなしに見る。

「…………あっ!!」

 思わず声を上げた。

「どうしたの?」

 ――外の冷気を連れ立って、たった今店内に入ってきた客。

 長身に、高い鼻梁。

 長めの灰金褐色(サンディブロンド)の髪。

 優しげな、ライトグレーの瞳。

 ――忘れる筈もない。

 それは先程出会ったばかりの――否、「出会った」という表現が正しいのかは分からないが――そしてもう会いたくはないと願った、あの(、、)花屋(ヴァレンチア)の青年であったのだ。






 † Do You Like BLACK?

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 この地上における二人の暴君、それは偶然と時間だ。

    へルダー






 ディシーが身を強ばらせている間にも、青年は店内に顔を巡らし、磁力に引き寄せられるマグネットのようにディシーの居る場所でぴたりと止まった。目が合った。すると、これ以上ないくらいの、真夏の太陽のような笑顔をみせてから、ゆったりとした足取りでこちらに歩み寄って来るではないか。

「Hello,ladies(こんにちは、お嬢さん方)」

 彼の人懐こい笑みと友好的な口調には、相手の警戒心を取り払う魔力でもあるかのようだ。先程の花屋での一件を知らなければ、きっとディシーもその魔法にかかっていたことだろう。

「やあ、随分探したよ」

 青年は幾分息を切らしながら、ディシーへと向き直った。

「“黒の羅針盤(ブラック・コンパス)”が、どうしてかキミには上手く反応してくれなくてね。こんなこと今までなかったんだが」

 壊れたのかもな、と言う青年の手には、方位磁針(コンパス)とも風水盤とも言えぬ不可思議な板状の黒い物体が乗っかっている。

「誰? 知り合い?」

 ケイトが、至極真っ当な質問を投げかける。何と言うのが適当か分からず、ディシーは返答に詰まる。

「えっと……知り合いというか……」

「ああ、ごめん――」

「――イシュライだ。Ishlai(イシュライ)=Valentia(ヴァレンチア) Jr.(ジュニア)

「あ、ディシー……December(ディセンバー)=Joanneジョアンです」

Decy(ディシー)、良い名前だね。よろしく」

 そう笑いかけるイシュライという名の青年が、余りにもナチュラルに手を差し伸べてきたので、従順な飼い犬がお手をするようにディシーも思わずその手を取り、気付けば握手をしていた。

これで知り合いだ(、、、、、、、、)。そちらのお嬢さん(レディー)も。よろしく」

 ケイトとも握手を交わす。この数十秒の間に、この小さな空間は青年によって完全に掌握されていた。

「それで本題なんだが――」

 連れだと思ったのか、オーダーを取りに来ようとしたウェイトレスに軽く手を上げ、青年は注文は暗に断る。会釈して下がるウェイトレスの頬がほんのりと薔薇色に染まるのが目の端に映った。

「――注文した薔薇(、、)のこと」

薔薇(ローズ)? 花屋さんでも行ってたの?」

「……うん」

「それと、店に忘れ物していってたよ――聖書を」

「…………っ!?」

 ディシーは虚を突かれ、はっとする。

 いつも肌身離さず持っている祖母の形見の一つが――――ない。

 念のため慌てて鞄の中も探してみる。やはり、ない。

 何故、あんな大切な物を失くしたことに気がつかなかったのか。思っていた以上に、自分は気が動転していたし、しているらしかった。

「あ! いたいた」

「ディシー! ケイト!」

 その時彼女らに向けて、明るくうら若い声が投げかけられた。たった今到着したばかりのベルとアリソンだ。扉口でこちらに手を振っている。

「ベル、アリソン! こっち!」

 ケイトが手を振って答えるのに続いて、ディシーも口を開こうとする――

「聖書は車の中だ。店の外に停めてる。ちょっと出ようか」

 ――ものの、青年が阻むようにディシーの手を引く方が早かった。

「え? ちょっとディシーどこ行――」

 慌ててケイトが手を伸ばしかける。

「……」

 だが、青年の余りの早業に止めるタイミングを失したのか、あるいはその笑った瞳の奥に秘められた有無を言わさぬ圧力に怯んだのか、その手は空中で泳ぐのみに留まった。

 青年の立ち居振舞いは優しいが、その手は些か強引である。ディシーは荷物を掴むので精一杯だ。

 そうしている間に、然り気無くテーブルから取った伝票をレジに渡して支払いを済ませた青年のなすがままに、ディシーは鮮やかな手つきでその場を退出させられていた。

 最後店を出る間際に振り替えれば、今しがた真横を通り過ぎたベルとアリソン、そしてケイトの呆けたような表情が視界に残る。

 ――あの老婦人は……気づけばいなくなっていた。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




 外に車など停めてなかった。

 依然状況は飲み込めていない。

 半ば紳士的な人攫いにあったに等しいディシーは、少し歩こうか、と言う青年の横を、父親に手を引かれ不安いっぱいに森へと踏み込んだヘンゼルとグレーテルのようにただ歩いている。その後で……二人はそのまま暗い森の中に置き去りにされたのだ。そして、悪い魔女の住むお菓子の家へと辿り着く……。

「すみません、あの……Mr.(ミスター)――」

「『イシュライ』で結構だ」

「それじゃあ……イシュライ、さん」

 年上の、男の人をファーストネーム呼び(よびすて)するには、まだちょっと抵抗があった。

「何処に行――」

「そうだ、はいこれ。ブラックローズ(注文してたやつ)とは違うけど」

 一体どこから出したのか、青年――イシュライは、ディシーに小さな花束を手渡した。

 薔薇だ。白い薔薇。花弁も、茎も、野薔薇のように荒々しい刺も、全てが純白の。まるでクリスタルの粒子を秘めたかのように、キラキラと輝いている。

「“聖母の薔薇(マリアローズ)”ていうんだ。強い魔除けになる。あと、キミの忘れ物」

 続いてイシュライは、コートの内からアンティークの聖書を取り出してディシーに返してくれた。その間にも歩みは止めない。

「ありがとうございます……」

「My pleasure.(どういたしまして)」

 いつもの重みと象牙(アイボリー)の手触りが腕の中に戻ってくる。その何とも言い尽くせぬ安心感を、ディシーは胸元にしっかりと抱き止める。

「大事なものなんだな」

「はい……。祖母の形見なんです」

「そうか……」

 寂しげな微笑みを浮かべ、片手で聖書をぎゅっと抱きしめ、花束を小脇に抱えたもう片手を無意識に首元の十字架(クロス)のペンダントに伸ばしたディシーに、イシュライは優しげな声色で答えてくれた。

 それにディシーが気を緩ませたのがいけなかった。

「もしかして、これ(、、)もそうかい?」

 イシュライはディシーとの距離を一気に詰め、ダークカラーの制服に覆われた彼女のデコルテを飾るペンダントに指をかけていた。

 わざわざ肩に手を回し、その回した方の指で。

 これでは片腕で抱きすくめられている姿勢だ。まるで、冬空の下身を寄せ合う恋人同士のような。

「そ、そうですけど……っ!」

 すっぽりと包み込まれるかのような温かさに、微かに鼻腔をくすぐるコロンの香りにドキリとし、一気に頬に熱が集まるのが自身でもはっきりと分かった。

 ディシーの動揺の声に、しかし青年は、「ふーん、そうかい……」と何事か考えているような様子でそのまま意に関せずと歩き続ける。

「もうちょっと! 離れて、歩きません、か……?」

「……」

「あの!」

「ん? あぁ、これは失礼――」

 無意識にやっていたのか、イシュライは思考の世界から現実に舞い戻ると、ディシーを解放しようと――否、逆に肩口に置いた手に力を込め、そのまま誘導するように歩き続けた。

「イシュライさん……?」

「このまま。歩き続けろ」

 見上げた顔は、先程とうってかわって険しく鋭いものになっている。その深刻な雰囲気に飲まれ、ディシーはエスコートされるままに彼に連れられる。

 石畳の通り(ストリート)の上を叩く二人分の靴音のテンポが次第に早くなっていく。

 まるで何かに追われる(、、、、)ように。

 何かから逃れる(、、、)ように。

「近づいてきてる」

 ――でも、一体何から(、、、)


「ディシー!」


 えも知れぬ緊張感の中、その背に突如降ってきた声。

 小さな悲鳴を上げて、ディシーは振り返る。

 そこにいたのは――

「……ベル!」

 ――Isabel(イザベル)――Belle(ベル)だった。つい今しがたヘブンリー(カフェ)に置いてきてしまったこの友人は、見事なブロンドの髪と華やかな顔立ちが印象的な美少女だ。隣州の都会から転校してきてからそう月日は経っていないが、その美貌と流行的で女の子らしい雰囲気から、学校でも人気は高い。

「そんなに驚かれるのは、ちょっと予想外かも」

「ここで何してるの?」

「ケイトが様子見てきたら、て。でも――」

 そう言ってベルは、ディシーとイシュライをまじまじと見つめて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「お邪魔だったみたいね?」

「えっ!? これは……っ!!」

 いいからいいから、後で連絡(ほうこく)して、と何か大きな勘違いをしている様子の友人は、茶目っ気たっぷりにウィンクし、踵を返そうとする。

 頬を林檎アメ(タフィーアップル)のように真っ赤に染めて、慌てて呼び止めようとするディシー。


 刹那。


 街路灯のライトが前触れなく割れる。

 ベルの近くにある街灯が。

 ディシーの体が動いた。

 危ない!

 手を伸ばす。

 ベルは状況の分からぬまま音のした頭上を見上げる。

 割れたガラス片が落下していく。

 ディシーの手が触れた――ベルの左腕に。

 掴んでこちらに引き寄せる。

 ベルの体が傾き――今々彼女がいたところにガラスが降る。

「……()っ!!」

 ベルの顔が痛みに歪む。

 ガラスの一片が、避けきれなかった彼女の右の腕を切り裂いていた。

「ベル……!」

 そしてベル(彼女)は――

 ――――消えた。忽然と。

 世界が彼女の存在そのものを抹消してしまったかのように、跡形もなく。

 否、ディシーとイシュライ(二人)以外には、辺りには人っ子一人居なくなっているのだ。

「……え!?」

 代わりに現れたもの――それは、人間の漠然とした不安や孤独を形にしたかの如き、薄気味悪いくらいにねっとりと周囲にまとわりつく深闇であった。

 逢魔の時と呼ばれる黄昏のその闇が、通りを、空を、二人を覆い支配している。

 日が暮れるにはまだ猶予がある筈だし、仮に日没だとしてもこんな俄に真っ暗になるなんておかしい。

 この感じは……。

「“結界(ビルト)”だな。お友達は結界外(無事)みたいだが」

 ――この感じを、私は知っている!?

 そう、それは思い出したくもない、昨夜の……。

 急に体が悪寒で震え、背筋が凍りつき始める。

 もし、これが昨夜と同じ現象(もの)なら――


「来るぞ、悪魔(やつら)が」



格言は毎度こちらのサイト様から引用させて頂いております。

【世界傑作格言集】http://kakugen.aikotoba.jp/time.htm


天然タラシは私には刺激が強すぎます\(^q^)/笑


※『黒の羅針盤(ブラック・コンパス)』……魔力を秘めた羅針盤。その人物の身に付けているもの(頭髪などの方がより正確)を盤の真ん中にのせる、ないし盤を物の上にのせると、特定の人物の居場所を探り出してくれるアイテム。

※『聖母の薔薇(マリアローズ)』……花弁も茎も刺も全てが純白の薔薇。強い魔除けの力がある。一般に出回ることはなく、エクソシストなどの間で重宝される花である。


いずれこういった資料集もupしたい今日この頃。

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