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BLACK ROSE  作者: 久保田マイ
ChapterⅠ R
4/18

Ⅲ. Two Hunters

第3話 「2人のハンター」


《ストーリー上、R15の暴力・流血、エロティックな表現、好ましくない言葉遣い、宗教的な描写などが一部含まれることがあります。と言っても、m+yの書くものなので大したことはないとは思いますが……念のため。これらが苦手な方はご注意下さいませ》




『見ツケタゾ……アノ女ダ』

『逃ガシハセヌ』

『コレデ、アノ御方ガ――』


『答エ゛ル゛ト゛思ウ゛カ゛、you, fucking human(人間野郎)!!』


 殺す直前に、一丁前に地獄(ゲへナ)語で()かしていたあの暴漢(マッド・マン)の言葉が気にかかる。

 今際(いまわ)の際に、随分と意味深な台詞を残していってくれたものだ、あの悪魔(ヤロウ)は。




 †

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 

 時計の針は深夜の28時を軽く回っていた。

 多くの者が真綿のように心地よい温かなベッドの中で深い眠りについている時間であろうが、そこから抜け出した、眠りの外に在る者たちもこの街にはまた等しく多い。

 革のミリタリージャケットに、夜には不必要なサングラス。リボルバー式の白銀の大型拳銃。褐色の肌の、屈強な体躯の大男――ザイオンもまた、その一人であった。


 夕暮れ時に降っていた雪のせいか、駐車場の路面はグリースを塗ったかのようにじっとりと濡れている。すぐ近くの幹線道路(ハイウェイ)から聞こえるのは、排気ガスをふかして走り過ぎる車の音だけ。

 ザイオンの向かう先にあるのは、そのハイウェイ沿いにあるモーテルだ。

 落ちぶれたテーマパークにあるような薄汚れたネオンカラーの光が看板(サイン)から放たれ、通る者の目を冴えさせている。

 迷いのない、悠々とした足取りで、ザイオンはそのモーテルの部屋の一つにたどり着いた。

 ドアノブに革のグローブのはめられた無骨な手を伸ばし扉を開く。

 あたかも自室に帰って来たかのような自然さではあったが、その間、物音どころか気配すら気取らせることはなかった。

 室内は、退色した安っぽい壁紙に、所々にアルコールやタバコの染みが出来たタイルカーペット、年季の入ったベッドと家具が備え付けられただけの殺風景なものだ。

「――行方不明となっている――40代白人男性――――さんの失踪から既に2日が経過しており――」

 窓には野暮ったい遮光カーテンが、閉鎖された劇場の暗幕のように垂らされ、光量の絞られたベッドサイドのランプ以外には、つけっぱなしのテレビから溢れる液晶画面のライトしか灯りはない。今は子守唄(ララバイ)にも満たないボリュームで、深夜のニュースを囁いている。

「誘拐の疑いもあるとして――――州警察からアメリカ連邦捜査局へと移管されることと――」

 ザイオンは、見知った気配を頼りにベッドの方へと近づいていく。

 さながら、夜闇の中(ターゲット)の喉を掻っ切ろうとする暗殺者のように。

 ブーツの爪先を何かが掠めた。

 ベッドの脚元に乱雑に投げ散らかされた衣服や、蠱惑的な女服やレッドのランジェリーに埋もれていたその正体は、無造作に転がったジンやバーボンやウォッカの空き瓶の数々だった。

 今日――正確には昨日になるのだが――は、こいつ(、、、)の父親の命日だったかとふと記憶の端に引っかかり、それにしてもまた派手にやったものだ、とザイオンは口の中だけで呟いた。

 さて、そんな張本人はというと。

 くしゃくしゃの皺になったシーツの波が広がるダブルベッドの上にいた。

 男、否、青年が一人。

 うつ伏せの体勢故、長めの灰金褐色(サンディブロンド)の髪に隠れて顔までは見えない。

 しかし、均整良く鍛えられたしなやかな裸の背中がシーツから覗いており、上下にゆっくりと隆起している。

 ザイオンはそれを確かめると、腰元に吊られたホルスターから愛銃“ATID(アティード)”を抜いた。

 徐に撃鉄(ハンマー)を起こす。

 それから、無防備に眠る男の後頭部にその銃口を――


 突如、振り払われる銃身(バレル)


 ――さらに伸びすがってくる腕。

 ザイオンは照準のずれた銃を構え直す。

 それと同時に首元に感じる、鋭い氷の欠片を押し当てられたかのような冷たい感覚。

 そして、こちらを睨み付けるグレーの双眸。

 先刻まで眠っていた筈のこの青年が、次の瞬間に銃身を弾き、飛び起きるように身を翻して、枕元かに潜ませていたのだろうナイフを、ザイオンの首筋にカウンターで突き付けてきたのである。

 ちらり、と。

 青年が視線だけを動かして己の現状を把握し、目を細めた。

 ザイオンもまた――銃口をこの男のこめかみに押し当てているのだ。

 双方共、ほんの数ミリ指先を動かすだけで互いを殺傷し得る。脳漿を撒き散らして派手に頭が吹っ飛ぶか、頚動脈を掻っ切られて一面の血の海が出来上がるか。

 まさに、殺るか、殺られるか。

「腕は全く鈍ってねぇようだな」

 やがて、フッと抜けるような笑みを漏らしたのは、ザイオンの方だった。

 それが終了の合図となる。

 この同業者(、、、)同士の命を削り合うような状況を暫く楽しんだ後、ザイオンは口端にニヒルな笑みを浮かべて腕を下ろした。おどけてホールドアップの姿勢を見せてから、くるりとアティードを回してホルスターの中に戻す。

 それを見届けると、あちらもまたザイオンの首筋からナイフを離した。

 この青年の一族(、、)の象徴でもある、三角形(デルタ)魔法陣が刻まれた、大ぶりのフィクストナイフだ。本来は対悪魔用なのだが、本気でヤれば、人間の肉や筋を断ち切るどころか、骨にまで損傷を与えることも可能であろう。それを己の身をもって実証するのは、是非とも遠慮願いたいものだ。


「…………Zion(ザイオン)

「Hey, what's up?(よう)――――Ishlai(イシュライ)






 † Two Hunters

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 ごめんなさいね、わざとではありませんのよ。でも靴が汚れなくてよかった。

     マリー・アントワネット――死刑執行人に発した最期の言葉






 「今何時?」と、幾分掠れた声を零しながら、イシュライと呼ばれた青年は気だるそうに半身を起こし、ベッドヘッドに背をもたれかけた。薄っぺらいシーツがスルリと滑り落ち、裸の上半身が露になる。

 ランプ脇のデジタル時計へと、ナイフに占領されていない方の手を伸ばせば、首にかかっているペンダントが小さく揺れる。手ずれのした、アンティックゴールドの硬貨(コイン)だ。

 それから記憶を辿るように少し思案してから、3時間位かと独りごちた。

 大方睡眠時間のことだろう。この男にしては、まあ、寝た方に入る。

 You miss me?(会いたかったか?)と、ザイオンは口元を悪戯っぽく歪めた。「暫くだったな」

「…………前の仕事以来だから、1年位か」

「あの後どうした? 問題の悪魔(のろい)のブツは」

「『黒の貴婦人(ポートレイト)(オブ)肖像画(ブラックレディ)』?」

「ンな名前(タイトル)だったな」

「んー……居候(パラサイト)のベッドの下。投げといた」

「哀れな……」

「アイツなら何時もと(おんな)じ。死にそうな位気鬱した顔して元気に生きてるぞ」

「絵の方の話だ」

 少々物騒な内容を除けば、その言の葉の応酬は、友人同士の他愛ない会話のようにも聞こえる。ついさっきまで殺し合いの一歩手前のやり取りをしていたなどと、誰が思うだろうか。

 悪ふざけで銃を抜くザイオンも十分人が悪いが、そんなことにはもう慣れっことでも言わんばかりに平然としているこの青年も青年ではあるのだが。

「で、今度は何の用だ?」

「テメェに見せたいものがある――」


「……どちらさま?」

 そこで会話が途切れた。

 部屋の奥の扉が不意に開かれたからである。

 むっと篭った湿り気を帯びた熱気と、甘ったるいチープなソープの香りを誘い、惜しみのない豊満な裸体にバスタオル一枚を纏っただけの姿でバスルームから現れた女性。

 端的に言って、イイ女だ。染めているのだろう、やや色が抜けてパサついた褐色の髪や、情事後で多少化粧崩れしている点を差し引いても尚、そう言わしめる程の。

 部屋に入った時からシャワー音が聞こえていたので、ザイオンも大体検討はついていた。

 イシュライの女受けする甘いマスクに、細身ながら無駄なく鍛えられた体、加えて誰にでも鷹揚で友好的な――少なくともそう見せている――振る舞いに、惹きつけられる女はごまんといる。きっと商売女でさえ、(チップ)なしでも抱かれたいと一瞬の懸想がよぎるのではないだろうか。

 それを少なからずこの男も自覚しているし、必要ならば最大限に利用もする。

「なに? お友達?」

「タチアナ」

 さり気なくフィクストナイフを隠しつつ、イシュライは何時もながらの優しい声音で女の名を呼ぶ。

 ザイオンを頭のてっぺんから爪先までじっと眺め回してから、厚い肉感的な唇をゆるりと笑みの形に変えて、女はイシュライに応える。恋する乙女と言うには些か劣情的な熱っぽい潤んだ眼差しと共に。

「あら? 3人でヤってもワタシは構わないわよ? 」

「それは光栄だな」

「もっと、サービスしてあげましょうか?」

 夢の中に現れる淫魔(サキュバス)の如き甘美な誘惑に、けれどイシュライは嫌味のない微苦笑で返した。

「けど、キミを(ヤロウ)2人で分け合う気はないよ」

「まぁ! 優しいのね」

 ザイオンが横槍を入れる。

「刺激的ではあるがな。どうせなら女2人(ぎゃく)で楽しめ。男の『(ロマン)』ってヤツだ」

「『欲望』の間違いだろ」

 

「ま、ンな美人(レディ)の魅力的なお誘いには負けるかもしれねぇが、こっちもなかなかイカした物があるぜ――」


 麝香(ムスク)にも似た淫靡な余韻と甘言の中、ザイオンは、イシュライにだけ分かるように唇の動きで続きを紡ぐ。


「――There was a demon(悪魔だ)」






 †

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 




 半ば人攫いに遭うようにモーテルから連れ出され、タチアナへは別れの言葉と通常より多めのドル札でそれでも何とかフォローをして、イシュライは車を発進させられていた。

 うっすらと開けたフロントウィンドウから入ってきた夜の冬風の指先が、静かにそよぐ髪を愛撫している。


 ザイオンが何を考えているのか、イマイチよく分からない。

 ろくに説明もせずに他人を巻き込む。

 神出鬼没で所構わずあちこちに現れる。

 全部ひっくるめて今に始まったことではない為、もう慣れてはいるのだが……。

「……オレ、仕事明けなんだけど」

「奇遇だな。俺も夕方に一仕事してきたところだ。それに――」

 遠回しに非難するも、それは助手席を我が物顔で独占している大男ににべもなく一蹴される。

「――どうせ仕事明けでも寝ねぇんだから(、、、、、、、)、構いはしねぇだろ?」

 確かに、その通りだ。

 何時だろうがさして変わりはない――イシュライに、深い眠りは訪れてくれない。自らの居る空間に他人が入ってくるだけで、立ち所に目を覚ましてしまう程に浅いものでしか。

 ザイオンが部屋に侵入した時、否、部屋の前に立った時もそうだ。

 やっと微睡みの縁にまで意識を委ねていたというのに。

 今日(、、)一晩だけは……夢すらも入り込む余地の無い、眠りの奥底に沈みたかったのだ。

 その為には何でも良かったし、誰でも良かった――酒の力でも、女の熱を宿した肌でも――この襲い来るやり場のない気持ちを、ほんの僅かにでも紛らわしてくれるのであれば。

 それならば――。

 ザイオンが持ってきた、何らかの悪魔絡みの厄介事でも……別に良いのではないか?

 結局反論する適切な言葉が見つからず、イシュライは黙って運転に集中するフリをするのであった。


 そうして暫し車を走らせ到着したのは、“ゲートエンド”のノースエリアに位置する、ある閑静な通りの一角であった。丁度この坂を真っ直ぐ上がれば、“聖ノース・パトリック女学校”がある。

 時間も時間の為か人通りは皆無だった。夜のしじまだけが辺りを支配している。

 車を少し離れたところに停めて、ザイオンの言う「見せたいもの」とやらの場所まで向かう。

「ここだ」

 並んで歩いていたザイオンが、坂の中腹あたりでふと足を止めた。

視てみろ(、、、、)

 一見、特に変わったところは見当たらない。

 灯りが消え、シャッターフェンスの落ちた小さな路面店がただ慎ましやかに軒を連ねているだけである。


 だが、目に見えるものだけが、この世界の全てではない。


 イシュライは目をスっと細め――霊視(、、)する。

 すると、羊皮紙にじわりと黒いインクの染みが広がるように、浮かび上がってくるものがあった。

 まるで揺らぐ陽炎のように、蜃気楼のように、けれどそう呼ぶにはもっと邪悪めいた黒い淀みを帯びて。

「悪魔の、“結界(ビルト)”か」 

 石畳の通りとレンガの壁を侵食するように浮き出たモノ――それは奇怪な図形であった。

 イシュライは近くにしゃがみ、よくよく検分する。ペンダントの金貨(コイン)を外して、何時もの癖で指の間でクルクルと転がし、時には親指で弾いてトスしながら。

 夥しい量の黒い液体――悪魔の血(デモンズブラッド)で描かれた複雑な紋様と、地獄(ゲヘナ)文字の羅列で構成された、魔法陣(サークル)

 それだけではなさそうだ。

 視線を巡らせる。

「……あれもだな」

 真横のギフトショップの、小さなショーウィンドウの中。

 煌びやかなクリスマスツリーと、聖誕祭の前夜を模したかのような飾りに彩られてはいるが、何らかの魔力が発動された名残を感じる。

 十中八九、ツリーの土台の中だかに、悪魔の肉体の一部やら黒魔道具やらが置かれた宝座が隠されているのだろう。

 ザイオンが戦闘をしたのか、其処個々に亀裂や綻びが出来、最早本来の機能を果たせる見込みはないだろうが……それはまさしく、魔法陣と祭壇で構成された、擬似異空間――“ビルト”であった。

「確かに、なかなかイカしてる」

美人(レディ)の誘いを断って正解だったな」

「男としては不正解だった気もするけどな。にしてもこの“ビルト”……一介の悪魔には創れないだろ?」

 大して知能のない下級悪魔がこのレベルのモノを構築するのは、些か荷が重すぎるだろう。

「ヤツらにこんな芸当は出来ねぇだろうさ」

「となると、それよりも上の悪魔(ヤツ)か、魔力を持った人間の仕業か……」

「何にしても、臭うと思わねぇか?」


 一瞬の沈黙の後。

 イシュライはザイオンの方を振り返る。


「で? 次にアンタが言う言葉を、オレは一応聞いておいた方がいいのか?」

 そこでザイオンはニヤリと人の悪い笑みをたたえた。

「テメェに依頼(しごと)を回したい」

「I knew it!(やっぱりな!)」

「まあそう言うな」

「何でまた? 普通ハンターは自分の案件(とりぶん)他にやるの嫌がるぜ?」

「なに、これ以降俺は脇役に徹しようと思ってな」

 ザイオンはそう言ってジャケットの胸ポケットからある物を取り出し、イシュライに投げてよこす。

「今回は主役の座は譲ってやる、“魔術師(ウィザード)”」

 ――それは、古びたタロットカードだった。

 絵柄は、“(ハイ・)教皇(プリーステス)”。

 ザイオンの扱いが雑だったのか、女教皇の体を真っ二つにするように折れ皺が入ってしまっている。


選手交代(バトンタッチ)だ。せいぜい活躍しろ、主人公サンよ」 


 イシュライはザイオンの真意を掴みかね、ひとしきり眉をひそめた。

 何かと理由をつけて、その実面倒くさがっているだけにも思える。

 が、常人よりもずっと先の(、、、、、)未来を見ている(、、、、、、、)この男の真意を理解しようだなんて、到底無理な話だと、最終的には諦めた。

 そして、とりあえず文句は後回しにし、今目の前にあるこの仕事――悪魔の残した“ビルト”の残骸の後始末に集中することにした。



マリー・アントワネットの言葉はこちらから引用致しました。

《ウィキペディア》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88


やっと主人公出てきました!!!!第3話にしてようやく主人公出てくる小説って、一体……;

ザイオン、「後始末はしておく」とかディシーに言いながら、結局イシュライにさせてる……!(笑)

作中ではちらっとした出てきませんでしたが、イシュライとザイオンは、「黒の貴婦人(ポートレイト)(オブ)肖像画(ブラックレディ)」という悪魔の事件で知り合った設定になっています。いつかこの番外編も書けたらいいなぁ……(遠い目)

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