Prologue
初めましての方は初めまして。m+yと申します。
就活やら、職が決まれば今度は研修やらで忙しく、実に1年半ぶり(それ以上かも……)に筆を取らせて頂きました。
長いスパンにスランプに……しかも元々書いていたものの番外編として書いたものが先に形になってしまい……稚拙なものではありますが、楽しんで頂ければ幸いであります。それではどうぞ。
《ストーリー上、R15の暴力・流血、エロティックな表現、好ましくない言葉遣い、宗教的な描写などが一部含まれることがあります。と言っても、m+yの書くものなので大したことはないとは思いますが……念のため。これらが苦手な方はご注意下さいませ》
夜空に遠く、礼拝堂の鐘の音が鳴り渡る。
カチリと、街時計の針が18時丁度を指した。
人ひとりすら不思議と見当たらない通りに面したギフトショップの、小さなショーウィンドウの中を仄かに灯すライトが、ツリーのオーナメントを照らして煌めいていた。
赤、青、緑、金。星にリボン、雪の結晶。それから色とりどりのキャンディケイン。
ツリーの下には、馬小屋のキリスト生誕を再現した置物らが飾られている。どれも芝居がかった大げさなポーズをとっている。その真上の天上から吊り下げられているのは、飾りのラッパを吹く天使たちだ。
スノードームの中に閉じ込めたかのような、ささやかな聖夜の光景。そんな空間を乱暴に打ち砕くように――――少女の最期の悲鳴。
ショーウィンドウに血の飛沫が飛び散った。
血の塊が、ツウと伝って幾筋も幾筋も滴り落ち、ガラスを赤黒く塗り潰していく。
その後を追うように、少女の体もまた、重力に導かれるままに凍えた地面に吸い込まれていった。ドサリと、重く鈍い音がした。
次いで、何かが割れるような清澄な音が響く。
きちんと整備された石畳の通りには、粉砂糖のような淡雪が積もっており、その溝を赤い液体が埋めていく。大きな血溜まりとなるのに、然程の時間はかからなかった。
それが、見る見る内に少女の体を汚していった。陶器のように白い肌を、波打つ赤毛を、仕立ての良い衣服を、投げ出された柔らかな肢体を。
ごっそりと抉られた見るも無残な胸の傷口からは、留まることを知らぬように血潮が溢れ出している。ドク、ドクと、脈動に押し出されるかのように。
少女から少し離れた位置。手を伸ばして届くか届かないかの所には、何かキラリと輝くものが転がっている。
十字架のペンダントだ。少女の肉諸共紐が断ち切られてしまったのだろう。落ちた拍子にか、そのペルブルーのクリスタルは真っ二つに砕けてしまっていた。それもすぐに血の海の中に飲み込まれていく。
最早声を上げることすら叶わず、少女の色を失った唇から紡がれるのは弱弱しい喘鳴だけだ。それが冷たい冬空の中に、白くか細い吐息となって溶け消えていった。
それもそう長くは続かず、けれども永遠にも思えるような苦痛を長引かせながら、やがて、呼吸が止まる。
そして少女の眼が見開かれ、ゆっくりと瞳孔が開いていった。その澄んだ湖面のようなサファイアブルーの虹彩の中を、底無しの深淵を思わせる黒が支配していく。
死の間際、その目の縁から一筋の血の涙が零れた。
†
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
それは一瞬の出来事だった。
ストロボ写真のフラッシュのように、男の脳裏を強烈な映像がよぎり、瞬く間にそれは消え失せる。
またすぐに、男の意識はこの場に戻ってきていた。
5拍子刻みのリズム。どこか気だるげなアルトサックスとピアノの音色。以前耳にしたことのあるようなウェスト・コード・ジャズのBGMが、クラシックな店内を照らすブラックライトと共にたゆたっている。
男は、手にしていたタロットカードを徐に返した。この一枚に指先が触れた瞬間に、あのヴィジョンが見えたのだ。
これは……“女教皇”。それも逆位置の。おまけに、何時ついたのか、女教皇の体を真っ二つにするようにしてカードに折れ線が入ってしまっている。
首を少し傾げて思案しながら、バーカウンターの上にぞんざいに広げられたタロットの束の中に男はカードを戻した。その際に、すぐ右手側に置いていた物に僅かに肘が当たる。
銃だ。白銀に光る、リボルバーの大型拳銃。
当たった拍子に、吊るされていた銀のクロスチェーンと、そしてそれと些か不釣り合いな兵士の認識票のプレートが、一定のリズムを刻みながら揺れる。タグにはデザインなのか、銃弾が一発突き刺さったままになっていた。
精巧な彫り模様の施された銃身がギラリと反射すれば、“ATID”と彫られた文字がそこに厳かに浮かび上がった。
さも当たり前かのようなすまし顔で、男はそれを自身の手元に置いている。グラスの下のコースターのように、灰皿の横のマッチ箱のように、平然と。
いくらお国柄と合わせて、ここ“ゲートエンド”の街に銃規制がないといっても、バーの店先に堂々と出すには少々暴力的過ぎる代物だと言えるだろう。
しかし、誰もその商売道具を咎め立てはしない。そんなのは無粋というものだ。何故なら今夜は、この“四方の風”の店は、その手の稼業の者達専用にオープンされているのだから。
螺旋階段の下、吹き抜けの2階から、丁度1階のダンスフロアが見下ろせるが、常時の賑わいが遠い昔のことかのようにひっそりと静まりかえっているのはそのせいであった。下階には踊る者もいなければ、ライトさえも点けられていない。あるのは昨夜の喧騒を窺わせるような、フロアに点々とこびり付いたビールか何かのシミだけだ。
とはいっても、2階のバーラウンジも下と大差はない。
バーテーブルに数人。
カウンターにも男が一人だけ。何やら先程から、タロットカードを、賭け金なしのお遊びのポーカーのようなラフさで弄っている。
なめした革のような褐色の肌の、長身の大男だ。厚い革のミリタリージャケット越しでも見て取れるその屈強な体は、近寄りがたい威圧感を放つ一方で、バーの薄闇に溶け込んでしまうかのような、朧気な雰囲気も合わせ持っていた。不思議な男だった。
男はどこか淫靡なライトに照らされてグラスの中を揺れる琥珀色の液体を一口含んだ。上質なブランデーの香りが鼻腔を抜け、辛口のアルコールがじんわりと舌に広がる。
グラスを置くと、カランと氷が涼やかな音を立てた。
ひとしきり度数の高い酒で唇を湿らせた後、男は何やらブツブツと口の中で呟き始める。
チャペルの鐘の音。
18時の指針。
ショーウィンドウのクリスマスツリー。
石畳の通り。
血。
クロスのペンダント。
少女。
サングラスの奥、閉ざされた瞼の裏に垣間見た、少女の死のヴィジョンを、テイスティングするかのように何度か頭の中と舌先で繰り返す。
チャペルの鐘の音。
18時の指針。
ショーウィンドウのクリスマスツリー。
石畳の通り。
血。
クロスのペンダント。
少女。
その手がいつの間にか、雑然と並べ直したタロットから一枚を引き抜いていることに気づくのは、少し経ってからだった。
それに関しては大した驚きも見せず、裏になっているカードを、さっきと同じようにくるりと無造作に返す。
表面の文字をなぞれば、男はほう、と一言零し、にやりと口角の片端を上げた。何か愉快そうな、含みのある笑みだ。
そうして残っていた酒の中身を景気づけのように一気に煽った。そんな豪快さの反面、ブランデーの深みとアルコールの熱を咽喉の奥でぐっと味わう。
酒と同じく、“闇”もまた、じっくりと深く味わうもの。そうすれば、この闇を飲み込んだ者にしか分からない黒の世界が見えてくるのだ。
「……この件、調べてみるとするか」
男は口の端だけでもう一度笑みをたたえ、弄んでいたカードを放った。まるで、カジノテーブルの上に、振ったサイコロを投じるかのように。代わりに、革のグローブをはめた無骨な手を白銀のリボルバーに伸ばし席を立てば、年季の入ったバーチェアが床とこすれて軋んだ音を奏でた。
引いたカードは――――“魔術師”。
意味は、新しき始まり。
そしてこれ以上ないくらいに、男にとっては、カードの意味とはまた別の魔術師のことを指しているようにも思えて仕方がなかった。
5拍子刻みのリズム。どこか気だるげなアルトサックスとピアノの音色。以前耳にしたことのあるようなウェスト・コード・ジャズのBGMが、クラシックな店内を照らすブラックライトと共にたゆたっている。
バーカウンターには、くだらないパーティの残骸の如くばらけたタロットカード。それから、空のグラスと、皺の寄ったドル札が何枚か。
男の姿は、もうそこにはなかった。
† Prologue
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未来はすでに始まっている。
ロベルト・ユンク
ユンクの名言は、こちらのサイト様を拝見して引用させて頂きました。
↓
http://www.meigenshu.net/2009/04/post_966.html
卒論が切羽詰まってるので1話は少し後になると思います(汗)すみません。
また次回お会い出来るのを楽しみにしております!