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銀のお仕事(5)

 重い洗濯物を紐にかけ、ふう、と一息。

 小柄なシルヴィアにとって、水を吸ったシーツを持ち上げて干すのは、慣れていると言えどもそこそこ大変な作業だ。

 見上げる空は気持ち良い快晴。一仕事終えた充足感と降り注ぐ陽光の心地良さに目を細める。

 ティル・ナ・ノーグは一年を通じて雨が滅多に降らない上に温暖なので、洗濯物が渇かずに困る事がないので非常に助かる。昼までに洗ってしまえば、ほぼその日の内に乾いてしまうのだ。

 ──が、うまく乾いた所で取り込む人がいないと意味はない。

 上に向けていた視線をそのまま右下の方向へ移動する。今しがた干したばかりのシーツの横に下がっている男物の服は、記憶が間違っていなければ一昨日干していったものと同じ気がするのだが。

 はて、とシルヴィアは思案した。

 着るものにこだわりのないここの家主は、持っている服も似たり寄ったりなので、別の服である可能性はない訳ではない。ないが──いつも適当にその辺に転がっている服を着ている事もあって、洗濯前なのか洗濯済みなのか、余程汚れていない場合は判別不能だったりするのだ。

 本人も(十日に一回程度の頻度だが)気が向いた時は自分で洗濯してはいるようなので、それなりに身だしなみに気を使ってはいるのだろう。干した後のものと汚れものを平気で一緒に扱う辺りは非常に意味不明だが。

 ひっくり返してみたりして、おそらく取り込み忘れだと判断しそれを取り込んでいると、不意に何処からかバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。客が来たにしては変だ。一体何事だろうと首を傾げていると、塀の向こうから人影が姿を現した。

「あっ! いたわ、こっちよ姉さん!」

「あら?」

 やって来たのは今日も──いや、いつもより数倍気合が入っている──飾り立てた二番目の姉だった。少し遅れてやはり同じように着飾ったもう一人の姉も駆けよって来る。

「あら、じゃないでしょ! どれだけ探したと思ってるの!?」

「もうっ、ヴィアったらこんな所で何やってるのよ!」

 左右から叱られ、思わず首を竦める。ただでさえ派手な造作の姉達である。怒ればそれはそれは恐ろしい迫力だ。

 一昨年と昨年と続いて嫁いだ姉達は、今も末の妹であるシルヴィアには大変甘く、こんな風に叱られるなど滅多にない事だ。慣れない事に目を白黒させるシルヴィアの様子に、姉二人はどうやら状況をわかっていないと判断したらしい。

 互いに目配せし合うと片方はシルヴィアの腕を取り、もう片方は手に持っていた洗い桶と取り込んだばかりの服を奥に放り投げるという、普段ではとても見られない見事な連携を見せ、その場からシルヴィアを強制的に連れ出そうとする。

「えっ、えっ? どうしたの姉さん達。わたし、まだお洗濯物が。それにそれ、折角洗ってあったのに」

「洗濯物なんてどうでもいいのよ!」

「そうよ、どうせあいつの服でしょ? 多少埃がつこうと変わらないわ!」

 状況がわからず困惑するシルヴィアに対し、姉達は洗濯済みなのに何故か敵か汚らわしい物でも見るような視線で地面に散った服を睨む。元々服の持ち主であるゴルディとは折り合いがいまいちだったのだが、この半年ほどでその関係は悪化の一途を辿っているようだ。

 問答無用にぐいぐいと引っ張られながら、シルヴィアは抵抗すべきか否か悩んだ。

 この数年でゴルディは若干仕事の量も増え、人嫌いながらもそれを物ともしない奇特な人々──それなりの固定客──もつき始めており、今日も何処かに顔を出さないといけないとぼやきながら、朝からやって来たシルヴィアと入れ違いで出たきりまだ戻ってこない。

 一応貴金属の類を扱っている場所であるし、姉達が何処へ連れて行くつもりかわからないが、彼女達の活動範囲を考えても隣近所でない事は確かだろう。鍵もかけずにそのままなのは流石にどうだろうか。

 鍵は一応預かっている。だが一本しかないので、すれ違いでゴルディが戻ってきたら立ち往生する可能性があった。

 家業の方も父から朝から休みにすると聞いている。時間はあるし、帰って来るまで洗濯や掃除をして留守番をするつもりでいたのだが──。

「ちょっと待って、姉さん達。せめて鍵くらいはかけさせて? 今日はゴルディ、朝から出掛けてていつ戻るかわからな――……、あら?」

 そこでシルヴィアはある事に気付いた。両脇にいる姉達の顔が、義理の兄達にはとても見せられないものになっている。

「姉さん?」

「ったく、あの唐変木とうへんぼく……。だからあたし達に任せておけって言ったんだよ……!」

「こんな事になるんじゃないかと思ったんだ、甲斐性なしの飲んだくれ野郎が……っ」

 ……ついでにお言葉も大変聞き苦しい下町訛りで、美しく着飾った商家の奥方にはあるまじき発言である。そのどちらも同じ人物について言及している事を察し、シルヴィアは益々困惑した。

「姉さん達、言葉が乱れてるわよ? ゴルディがどうかしたの?」

「どうしたもこうしたもないわ!」

「そうよ、あの男は何処に行ったの!?」

「それがあたしも詳しくは聞いてないの。多分、あの様子だと職人ギルドユグドラシル辺りじゃない……か、って……」

 人嫌いで出無精なゴルディがわざわざ出掛けるのは、まずは飲み関係、次に仕事絡みである。

 前者であれば早朝だろうと深夜だろうと喜々として出掛けているに違いないので、あの嫌々そうな様子から後者だろうと検討とつけたのだが、言葉が後になるにつれて姉達の顔が益々人前に出せないものになり言葉をつぐんだ。

「──ヴィア、すぐに鍵をかけてきな」

 長姉がドスのきいた声で命じる。次姉も有無を言わせない鋭い視線で促し、流石に逆らえないものを感じて、訳がわからないままにざっと窓が開いてないかを確認して鍵をかける。

 姉達の元に戻ると再び両腕をがっちりと捕獲され、シルヴィアはゴルディの家から強制的に連れ出された。

「ね、姉さん達、何処へ行くの?」

 たっぷりと布を使用した裾の長い服を着ているというのに、恐るべき速度で歩き始めた姉二人に引きずられかけつつ、シルヴィアは困惑しながら尋ねる。

 すると姉達は揃って、先程の恐ろしげな表情が嘘のようににっこりと、それはそれは完璧な──それ故に完全な作り笑いとわかる笑顔を浮かべて同時に言い放った。


「いいから黙ってついてきな」


「──はい」

 これはもう、完全に怒っている。こうなるとシルヴィアもおとなしく従うより他はない。転ばないように必死に足を動かす。

 どうやらその怒りはシルヴィアに向けられている訳ではないようだが、それはそれで矛先が向いているであろうゴルディの身を案じずにはいられない。何しろ、今は正に犬猿の仲という状態なのだ。

 それでもここしばらくは比較的穏やかな──今にして思えば、嵐の前の静けさだったのかもしれないが──状態で落ち着いていたのに、これ以上となく悪化している気がしてならない。

(一体何がどうなってるのかわからないけど……、ゴルディ逃げて。これは見つかったらただじゃ済まない気がするわ……!)

 普段は口だけで済んでいるが、これは久々に手や足、所によって物が飛びかねない。

 心の声が届けばいいのにと願いつつ、妖精女王たるニーヴに彼の身の安全を祈っていると、不意に姉達の足が止まった。気がつけば結構な距離を進んでおり、つられて足を止めたシルヴィアの目前には見覚えのある建物が建っている。

(ここは……)

 それが何の建物であるかに気付き、シルヴィアは目を丸くした。

 ──それはまさに、たった今祈っていたニーヴを祭るサン・クール寺院だった。

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