銀のお仕事(4)
「違うわ! 誤解よゴルディ!」
どうやら言葉が足りなかったと焦るシルヴィアに、ゴルディは不機嫌そうに唇を曲げる。
「何処が違うんだよ。そういう事だろ?」
「だって、ほら。例えば姉さんとゴルディが結婚したら、わたしとは親戚になる訳でしょう?」
「……、まあ、そうだな」
「そしたら幼馴染よりはずっと近い関係になるじゃない」
「まあ……、うん?」
また何か思っているのと違う方向に話が進んでいる気がしつつも、ゴルディは取りあえず先を促す事にした。結局、シルヴィアの言動を無視は出来ないのだ。
対するシルヴィアと言えば、一体何を考えているのか、うっとりと楽しそうな表情で言葉を紡ぐ。
「わたし、ゴルディの作る細工好きよ? こんな地味なわたしでも気後れせずに使えるし、きっとこの先おばあちゃんになっても使えると思うの。一生物だわ」
「そっ、そうか」
面と向かって自身の作品を褒められるのは居心地が悪いので好きではないが、『好き』と言ってもらえるのはやはり嬉しい。嫁にと思うほどの相手からならなおさらである。
それに『一生使える』というのはまさにゴルディが目指す所だ。
これでも自身の職業に誇りを持っているし、こだわりもある。彼の師は永く後世に伝わる傑作を『金の仕事』と表現していた。それはそれで素晴らしいが、ゴルディの目指す場所はそこではない。
寺院や王宮で大事に仕舞い込まれるのではなく、親から子、そして孫へと何世代にも渡って引き継いで貰えるような作品こそがゴルディにとっての『金の仕事』だ。
特に明言した事はないのにそれを汲み取ってくれる時点で(おそらく無意識に違いないのだが)、やっぱり嫁はシルヴィアがいいという思いが強まった。
そんな風に想いを新たにしている所に、シルヴィアはさらに追い打ちをかけてくる。
「親戚になったらゴルディが作る物をもっと身近で見られるだろうし、気兼ねなくお手伝いも出来るようになるでしょう?」
「まあ……、そう、だな」
「あなた放っておいたら数日御飯も食べないし、床でも外でも平気で寝ちゃうし。親戚なら少し位出しゃばって──たとえば毎日ご飯を差し入れしたって変じゃないわよね」
「お、おう」
散々世話になっている事を自覚している身からすると、今でもまったく出しゃばりだとは思えないのだが。
自分では後回しにする細々な事をやって貰って助かっているし、長年の付き合いだ。今更変な遠慮などしなくてもと思うが、この辺りがシルヴィアたる所だろう。
「姉さんは労働とか無理だし、そもそも動くと更に仕事を増やしかねないから、取りあえず店先でゴルディの細工をつけて座って貰ったらいいんじゃないかと思うの。その分、わたしが働けばいいし。ゴルディよりは人付き合いも苦手ではないから――……わたし、ゴルディが一人立ちするって話を聞いてからそうなったらいいのにって、ずっと思ってたのよ」
だから決してゴルディを嫌っている訳ではないのだと主張するシルヴィアだが、やはり何処か論点がずれているようにしか思えなかった。
「──つまり、そういう願望があったからあいつ等を嫁にって話になったって事だよな?」
「そうなの!」
わかってくれたかと目を輝かせるが、対照的にゴルディの顔色が益々冴えないものになっている事には気付いていないシルヴィアだった。ほっとした表情で、ゴルディの心情を理解した様子もなくあっさりと爆弾を落とす。
「だって、あたしの予定の中ではゴルディと姉さんのどっちかが結婚する事はあっても、ゴルディとあたしが結婚する予定は全くなかったんだもの。だから本当にびっくりしちゃって」
「……そう、か。全く、か」
止めを刺されてぐったりとゴルディは撃沈した。つまり、シルヴィアにとって自分は最初から恋愛対象には入っていなかったと言っているも同然である。
誕生日に贈り物をしたり、家族でも簡単に踏み込んで貰いたくない工房に立ち入る事を許したりと自分なりに意志表示をしているつもりだったのに、まったくこれっぽっちも伝わっていなかったのだから凹みたくもなる。確かにはっきりと言葉にしたのは今回が初めてではあるのだが。
「……あいつらは、俺の作った物を使うには派手過ぎる。そもそも身に着けるとは思えねえ」
それでもゴルディは涙ぐましい努力でシルヴィアに相槌を打つ。
「あら、そう? 確かにゴルディの作るものは姉さんの好みとはちょっと違うかもしれないけど……」
「ちょっとどころじゃねえだろ。商品より本人が目立っちゃ宣伝にはならねえ」
シルヴィアの姉達の美貌はいわゆる目鼻立ちが目立つ、華やかで派手なタイプだ。彼女達を宣伝に使うには、それに負けない目立つものにせねばならない。
だが、見映えよく派手な細工はゴルディが作りたいと思うもののおよそ対極にある物だ。打ちのめされた気分でため息をつく。
これはもう、仕切り直した方がいいだろう。相手にその気がまったくないのだから、返事だって出来るはずもない。即座に嫌だと断られなかっただけ、希望はあると考えた方がきっと幸せだ。
第一、シルヴィアは重要な事に──意図的なのか無意識なのかはわからないが──気付いていないのだから。
今まで言い訳のように彼女が言った言葉の全ては別に親戚にならなくても──それこそ『妻』になら何の遠慮もなく、内容によってはゴルディの了解すら得ずに行使可能であるという事実に。
(……だいたいな、俺が細工師になろうと思ったのは元々そういう仕事に興味があったからだが、切っ掛けはお前だっつーの)
派手な美貌の姉二人の影で、化粧気もなく装飾品もなくただ地味ににこにこ笑っている彼女の、『だって似合わないし、気後れするから』という何気ない言葉こそが。
自身の言葉で人一人の人生を決定づけたなどとは思いもしていないだろう。知る必要もないと思うから、これから先も言うつもりはないけれども。
代わりにこれだけは、とゴルディはごそごそと作業台から何かを探しだすとシルヴィアに向き直る。
「──これ、やる」
「ん?」
ずいと差し出された手に、シルヴィアが受け取る為に手を伸ばす。箱も何も入っていない、むき出しのままの何かが、その少し荒れた掌に落ちる。
「あら、ブローチ?」
「これなら邪魔にならねえだろ。本当は明日渡すつもりだったんだけどよ。ちょっと早いが……誕生日、おめでとう」
ゴルディに言われて明後日が誕生日である事を思い出す。
「まあ、ありがとう! ショールとか留めるのにも良さそうね。これは……シオンの花?」
「おう」
「そう言えばアウラの時も同じような物を貰ったわね。ふふ、可愛い」
シオンの花は破邪を司る妖精の名を頂いた花で、小菊のような可憐な花だ。毎年秋に行われる『アウラ』と呼ばれる祭りでは魔除けとしてそれを象ったチャームがたくさん出回る。
そのまま無病息災を意味する場合が大半だが、シオンの花自体が非常に虫や病気に強い事もあって、別の意味を意図する場合もある。
──シオンの花に限った事ではないが、こと恋愛が絡むとどんな物も特殊な意味合いを持つものである。
「御守り代わりだからちゃんと持っておけよ」
「……? ええ、わかったわ。大事にするわね」
『虫』避けのな、という言葉を飲み込んでゴルディは掌に載せた銀細工を嬉しそうに見つめるシルヴィアを眺め、次こそはと決意を新たにした。
本人が言うだけあってシルヴィアは容姿的にはいわゆる『美人』ではないが、気立ての良さと勤勉さに高い家事能力は周辺に知られており、親世代には『嫁候補』として人気があるし、自分のように彼女の良さに気付く他の男が出て来る可能性もない訳ではない。だからこそ今、と思ったのだが。
(今更譲れるかってんだ)
今回は時期尚早だったようだが、これで少しはシルヴィアも自分を意識してくれるかもしれないし、機会はいくらでも回って来るだろう。彼女はこれからも、それこそ親戚になりたいと思う程度に、自分の世話を焼く気でいるらしいのだから。
──取りあえず手を握ってきょとんとされるようではまだまだという事だろう。
結果としてゴルディが本懐を果たすまでに、様々な要因が絡んで更に数年の月日を要する事になるのだが、この時の彼はそんな長い道のりになろうとはまったく思いもしていなかった。




