銀のお仕事(3)
正直にその時シルヴィアが思った事を言葉にするとこうなる。
『何故そうなるのかしら』
特にシルヴィアに恋愛たるものこうあるべきといった理想などないし、ゴルディの性格を考えても空気を読むとか雰囲気を出すなど到底無理なのはわかるのだが、あまりにも一足飛び過ぎた。
今までをざっと思い起こしても、彼が自分に恋愛感情を抱いている節などなかったように思う。
(……もしかして、まだ酔ってるのかしら)
先程片付けた惨状を思うに、一人で随分飲んだようだ。いつもより多く転がっていた酒瓶の銘柄をぼんやり思い出しつつ、そんな風にシルヴィアが思ってしまうのも仕方のない事だろう。
対してゴルディはゴルディで、心中穏やかではなかった。元来思っている事を言葉にするのは苦手な方だし、女性の扱いなどさっぱりわからない。
まさに一世一代の告白だったのに、そのまま黙りこまれるのは居心地が悪い。柄でもない事をしていると自覚しているからなおさらだ。
「ルヴィ? ……おい、何か言えよ」
返事を急かしたいというよりは、沈黙が続く事に耐えきれずにゴルディが促すと、ようやくシルヴィアはその視線をゴルディの方へ向けた。
「ねえ、ゴルディ。姉さん達のどっちかじゃ駄目なの?」
「はぁ!?」
しかし出てきたのは、求婚に対する返事とは遠く離れたものだった。
どうやら黙っている間にまた考えなくても良い事まで考えたらしいが――随分と話が飛躍したものだ。
「お前な……。聞くか? そんな事をこの状況で」
「あら、だって姉さん達って美人でしょ? コンテストでも入賞したんだから、身内の欲目だけじゃないと思うのよ」
至極不思議そうに問い返され、ゴルディは一人遠い目をした。思いだすのは昨日の事だ。
ゴルディがこのタイミングで求婚したのにはもちろん理由がある。
昨日の昼間に何とか依頼を片付け、その報酬を受け取りに職人ギルドに行った際、そこで偶然顔を合わせた兄弟子(彼の数少ない友人でもある)に『お前、そんなに人づきあいが苦手なら、いっそ人付き合いのうまい嫁を貰えばいいんじゃね?』と言われたのだ。
おそらく他の事なら相手が親しい兄弟子だろうと聞き流す所である。だが、その言葉は今までゴルディが秘め続けていた思いを新たにさせる切っ掛けには十分だった。
大分前──それこそ子供の頃から、ゴルディは将来嫁を貰うならシルヴィアがいいと思っていたし、他の相手など考えた事もない。そんな前々から思い描いていた計画を実行するのは今がいいのではと思ったのだ。
しかしその足で求婚する勇気はなく、結局そのまま酒屋に向かい、景気づけと逃避をかねていつも以上に深酒をしてしまったのだった。
先程も含めて今まで散々情けない姿を見られている事もあり、『嫁になってくれ』などとても素面では言えそうになかったからだ。
そんな経緯の果てに勇気を振り絞って求婚したというのに、何故にシルヴィアの姉達の話になっているのだろうか?
「あいつ等、見てくれは良くても中身はモンスターじゃねえか。嫁になんて冗談じゃねえ!」
「まあ、ひどい! それは言い過ぎだわ」
「言い過ぎじゃねえよ。俺はガキの頃から今まで、あいつ等には山ほど無茶振りされてきてんだぞ。お前はあいつ等に可愛がられてるから知らねえだけだ! ──って言うか、お前の姉ちゃん達は何処から出てきやがった。あいつ等は関係ねえ話だろ?」
「え? だってゴルディがわたしに求婚する理由って、小さい頃からずっと身近にいた事くらいしか思いつかないんだもの。それなら姉さん達も同じ条件のはずなんだし、どうしてそっちじゃないのかなあって思うじゃない?」
「思わねえよ! だからな……、大体なんで美人だからって、け、結婚するしないの話になるんだ。今話しているのは、その、俺が嫁にしたいのはルヴィだって話だろ?」
おかしい、どうしてこうなった。
ゴルディは途方に暮れた。シルヴィアがこういう、何処かずれた所のあるのは長年の付き合いでわかっていたが、まさか一生に一度のつもりで告げた求婚の言葉をここまで曲解されるとは。
げんなりとしながら答えると、シルヴィアは不思議そうに瞬きをした。
「だって男の人って料理とか洗濯が出来なくても、顔が綺麗だったり、胸が大きな女の子をお嫁さんに貰いたいものなんでしょ? わたしはどっちもないけれど、姉さん達ならどっちもあるし」
「いやいや、ちょっと待て? 何処からそんな間違った認識を」
確かにその言葉は一概に否定出来ないが、恋人としてならともかく、一生を共にする嫁なら家事が出来る方が望ましいのではないのだろうか。
実際、ゴルディがシルヴィアに求婚したのだって、彼女の素晴らしい家事能力も理由の一つに入っている。
(大体、今がいくら綺麗だろうと顔も乳も二十年もすりゃ原型留めねえじゃねえか)
世の美容に勤しむ女性を全て敵に回すような暴言を心の内で呟く。
そもそもゴルディはシルヴィアの姉達の行いのせいで、一般的に『美人』の範疇に入る女性は苦手だ。全てがそうではないと理解しつつも、その顔が美しい皮を被っている魔物のようにしか見えない。
老いは生きている限り逃れられないものだ。それに引き換え、才能──シルヴィアの場合は家事能力だろうか──は経験で磨かれはするだろうが、退化は余程でなければしないだろう。ゴルディにとっては後者の方が余程価値のあるものだ。
「えっ、間違ってるの? 姉さん達がそう言ってたんだけど……」
「ばかか! だったらとっくにあいつら嫁に行ってるだろ!? それこそ、顔と身体だけはいいんだから!」
「あっ、そう言えばそうね!」
ようやくその矛盾に気付いたのか、シルヴィアは納得したように手を打った。
その反応も結構ひどいのではと思いつつ、ゴルディはあえて突っ込まずに話を進める。
「ほらみろ。いいか、ルヴィ。いくら外見だけ良くてもな、それでも補えねえ部分ってのはあるんだよ。あいつ等は見てくれはいいぜ。そこは俺も否定はしない」
「うん」
「でもな、一度口を開けばやたら毒舌、傷を見れば嬉々として塩を塗るタイプな上に、家事能力もまったくなしだろ。どう考えても、一般家庭の嫁には向いてねえよ」
その言葉はそのまま自分にも言い換えられる部分が多々あるのだが、都合よくゴルディはその事から目を反らした。おそらくシルヴィアの姉達がここにいたなら、『あんたが言うな』と口を揃えて言い返された挙句に左右から鉄拳が飛んでいた事だろう。
そんなゴルディの幼馴染故の遠慮のない評価に、家族を愛するシルヴィアは悲しげに眉尻を下げた。
「そんな……。確かに姉さん達、ちょっと口は悪いけど……悪気はないのよ?」
「余計に性質悪いじゃねえか」
「姉さん達は自分に素直なだけの。確かに掃除も料理も洗濯も出来ないけど、仕方ないじゃない。それにどう頑張っても出来ない事を努力させて被害が広がるより、向いている方に頑張って貰った方がいろいろ周りにとっても幸せだと思うの」
「……お前も結構容赦ねえな。本当の事だがよ」
実際、数年前に病で亡くなったシルヴィアの母親は、先を憂いて姉二人に家事を覚えさせようとしたのだが、結局その努力は徒労に終わり匙を投げた経緯がある。
その後の始末を黙々とこなしたのがシルヴィアで、皮肉な事にそれによってシルヴィアの家事能力はさらに磨きがかかったのだった。
「それに大事な事を忘れてるが、あいつ等は金持ちが好きだろ」
「そうね。でも、生きる上でお金はやっぱり必要だからお金持ちが好きなのは悪い事ではないと思うの」
「いや、だから。確かに金も大事だが、あいつ等が求める桁は世間一般が考えるのと二桁くらい違うだろうが」
結局の所、シルヴィアの姉達はいわゆる『玉の輿』を希望している訳で、実際それ以外に彼女達が求める幸せ──家事もあくせく働く事もせずに優雅に暮らす──が叶う方法はないに違いなかった。
「仮に……、本当に万が一何かどうしようもない事情で、俺があいつらのどちらかを嫁にと思ったとする」
「ひどいわ、ゴルディ。そこまで姉さん達を嫌がらなくなって」
「だから、仮の話だって。そう思ってもきっと鼻であしらわれるぜ。うちみたいな貧乏職人の所なんて、目も入ってねえって」
自分で言ってて切ないが(しかも求婚した流れで言うのは、先々苦労させると言っているようなものだ)、これも悲しい事に事実だった。
「そう?」
軽く首を傾げて、シルヴィアはゴルディの頭から足先までじっくり見つめると、にこやかに笑った。
「大丈夫よ、ゴルディ。姉さん達、確かにお金も大好きだけど、顔と体格がいい男の人の方がもっと好きなの。少しくらいお金がなくても将来性があればきっと」
「だから! さっきから何なんだよ、お前そんなにお前の姉ちゃん達と俺をくっつけたいのか!? そんなに俺の嫁になるのが嫌なのかよ!!」
普段の言動はとても繊細とは言い難いゴルディだが、一応『男心』というものはある。
今までのシルヴィアの言葉は遠回しに断られているように受け取れるし、無理強いしてまで嫁になって貰いたい訳ではない。長年の想いだけに簡単には気持ちを消化出来ず未練は残るだろうが、だからこそ変に希望を持たせないでくれた方が有難い。
自分がとても家庭的ではない事は自覚している。他に好きな男がいるというのなら、男らしく身を引いてシルヴィアの幸せをニーヴに願う覚悟くらいはあるつもりだ。
そんなゴルディの様々な感情のこもった言葉に、シルヴィアは驚いたようにその目を大きく見開いた。




