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アルテニカ工房繁盛記 ~日々のいろいろ~  作者: 宗像竜子
その2.シラハナ生まれの彼女のこと
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シラハナ生まれの彼女のこと

先日(かなり前)、企画関係者で催された『男子会(キャラなりきりチャット)』であったやり取りを元に誕生した小話。問題の会話があった際、わたしの脳内でユータスさんは本気で『わからない』と悩んでおりました(笑)

挿絵(By みてみん)


「お「兄ちゃんー! 生きてるー?」」


 ある日、ニナとウィルドがいつものように連れだってユータスの元へ行くと、珍しく思案顔をしている兄の姿があった。

「……いつも生きてる」

 二人に気付いて視線を向けていつものように答えはするが、組んだ腕も眉間に刻まれた皺も解けない。

「どうしたの、お兄ちゃん。何処か痛いの?」

「眉間に皺が寄ってるよ。まさか、悩み事とか?」

 普段が何を考えているのかわからない(というか、おそらく何も考えていない)無表情が基本なだけに、普段と違うだけで心配になる。

 一体何事かと近寄って来る妹と弟に、ユータスは軽く頭を振った。

「別に痛い訳じゃないし、悩み事じゃない──と思う。……多分」

「ならいいけど……って、多分って何。自分の事なのにわからないの?」

 呆れる妹に、ユータスは少し疲れたようにため息をついた。

「仕方ないだろ、わからないんだから」

 実際それは、世間一般的に悩みに分類されるような事ではなかった。

「何がわからないのさ、兄ちゃん。一緒に考えてやるから話してみなよ!」

 ユータスの珍しい姿に何事かと好奇心を刺激されたのか、目を輝かせながらウィルドが促す。

 あからさまに興味本位だが、確かに一人で考えていても答えは出ないと見切りをつけたユータスは、渋々と口を開いた。

「この間、ゾロさんに誘われて『男子会』とかいう飲み会に行って来たんだ」

「ゾロさんって商店街に変わった名前のお店を出してる? 確かあの、ふかふかした耳が生えてる人だよね。……前々から思ってたんだけど、お兄ちゃんお酒飲めないのになんで飲み会行くの?」

「おれだったら、そんな濃そうな飲み会行きたくない……」

「『男子会』だもんねえ。名前からしてむさ苦しそう」

「……うるさい」

 ニナの言う通り、ユータスのアルコール耐性は皆無である。ティル・ナ・ノーグで一般的に飲まれる黄金林檎のワイン一杯で軽く夢の世界に行ける。

 見た目によらず頑丈で、ついでに今までほとんど病気と言う病気にもかかった事のないユータスの数少ない弱点とも言えるだろう。

 ……にも関わらず、見習い時代から飲み会に駆り出される事が多かった。

 理由は簡単である。介抱役だ。末の弟子で酒が飲めないとなると、自然とそういう役回りになるのである。

 結果として過去の度重なる(あまり思い出したくない)経験により、飲み会時のユータスは普段とは別人のように気が回るようになってしまい、すると後を考えずに安心して飲めると師を筆頭にした飲兵衛達に重宝がられて次も半強制的に酒場に連れ込まれる始末。

 俗にこれを悪循環という。

 今回誘われた飲み会はそういう事情はないので、断ろうと思えば断れたのだが、以前恩人であるヴィオラに言われた『たくさんの人と触れ合いなさい』という言葉を思い出して参加する事にしたのだ。

「ごめんごめん、それでその飲み会がどうしたの?」

「……そこでエドゥアルトさんとユリシーズさんが、イオリを可愛いって言ってたんだよな」

「エドゥアルトさん? 誰? って言うか、イオリちゃんが何て?」

「うん? 可愛い?」

 何かすごく珍しい方向の言葉を口にした兄に対して色めき立つ妹弟を尻目に、ユータスは飲み会以来答えの出ない問いを至極真面目に尋ねた。 



「──イオリって可愛いのか?」



 時が、凍った。


+ + +


「──ちょっと待って。悩み事ってそんな事なの!?」

 我先に解凍したニナは、信じられない思いでユータスに詰め寄った。深刻な顔をして一体何を考え込んでいると思ったら、まさかそんな事だったとは。

「可愛いのか? って疑問形なのはすごく気になるけど、ともかくそういう事が気になるなんて、お兄ちゃんにもついに春が……!?」

「は?」

 胸の前で手を組み合わせきらきらと目を輝かせる妹に、自分はそこまで妹を興奮させるような事を言っただろうかとユータスは不思議そうに首を傾げる。

 対してそんな姉を呆れたように見ながらウィルドが冷静に突っ込んだ。

「姉ちゃん、話が飛躍過ぎ。イオリ姉ちゃんが可愛いかどうかって話なだけじゃん」

「何よう、偉そうに! わかってるけど、ちょっとくらい夢見たっていいでしょ!!」

「イテッ」

 ペシッと軽くウィルドの頭を叩き、ニナは居住まいを正した。

「イオリちゃん可愛いよ? 何処が疑問なの?」

「そうなのか? うーん……」

 ニナの断言する言葉を前にしても、やはり何処か納得の行かない様子のユータスに、ニナとウィルドは顔を見合わせた。

「おれもイオリ姉ちゃんが可愛いかどうかはよくわかんないけど、兄ちゃんは何処に引っかかってるのさ」

 そもそも違和感を感じて考え込んでいるのだから、ユータス自身が納得する理由がないと疑問は解消されないだろう。

 ウィルドの問いかけに、ユータスは眉間の皺をそのままに口を開く。

「──『可愛い』って、『萌え』って事だろ?」

「へっ?」

「ぶふっ」

 ユータスの表情は相変わらず至って真面目である。そんな顔をしたまま、表情にそぐわない単語が飛び出した気がして、思わずニナとウィルドは揃って変な声を出していた。

 そんな妹と弟を気にした様子もなく、ユータスは淡々と続ける。

「『萌え』っていうのは、たとえばガートみたいなものの事を言うんだよな? あれが可愛い事はオレでもわかる」

「そ、そう……」

「でもイオリはそういう感じじゃないと思うんだよな……。だが、じゃあ何かと言われるとすごく表現というか、分類に困るから悩んでる」

「……。まあ、イオリ姉ちゃんはガートみたいなモフモフの癒し系とは違うね、確かに」

「イオリちゃんしっかり者だものね……」

 それ以前に人と動物という歴然とした差があるのだが。

 そういう基準で行けば、確かにイオリ=ミヤモトという少女は小動物的な可愛さはない──少なくとも、大の男一人を星にする勢いでかっ飛ばす姿を度々横で見ている限りでは。

 日常的に乱暴でも暴力的という訳ではないし、ニナやウィルドにはとても優しいのだが──。

 兄の言葉にそれぞれ相槌を打ちつつ、二人の頭の中では『一体この兄は何処からそういう妙な単語を覚えてきたのか』という疑問が渦巻いていた。

 味覚ですら甘い・辛い・しょっぱい・酸っぱい程度しか認識しないくらいである。そうした感覚の表現に関するユータスの語彙力は非常に少ない。

 おそらく何処かで吹きこまれたのが、そのまま定着したに違いないのだが。

《姉ちゃん、姉ちゃん。それは違うって突っ込まないの? 今の、かなり破壊力あったんだけど。おれ、一緒に歩いている時にガートを見かけた兄ちゃんが『萌え……!』とか言いだしたら、全力で他人の振りしたい》

《あたしだってそうするわよ。でも、そうは言うけど何処から突っ込めって言うの? 一体何処でそんな単語を覚えたのか知らないけど、そういうものだって思いこんでるわよ、これ》

《何処って──あそこじゃないの?》

《やっぱりそうよねえ……。直接会った事ないから知らないけど、他にろくでもない事を吹き込むような人達に心当たりないもの》

《あ。おれ、この間一人会ったよ。見た目は普通っぽかったけど、やっぱり変な人だった》

《そうなの?》

《うん。自分で持って来た菓子、結局ほとんど全部自分で食ってた。しかもすっげえ甘い奴》

《……職人ってもしかして変人ばっかりなの?》

 当然ながら、ニナの言う『職人』には兄であるユータスもしっかり含まれている。

「──さっきから何をこそこそ話してるんだ?」

 肩を寄せ合って話している所を怪訝そうに尋ねられ、ニナとウィルドはびくりと肩を跳ね上げた。決して陰口とかそういう訳ではないが、面と向かって話せる事でもない。

「あっ、いや、何でもないよ兄ちゃん!」

「うん、何でもない。気にしないでお兄ちゃん!」

 気にするなと言われても、目の前で顔を突き合わせてこそこそ話されたら嫌でも気になる。

 だがしかしユータスは妹弟に非常に甘かったので、仕方ないといった様子でため息をついたが、それ以上追及はしてこなかった。二人はほっと胸を撫で下ろす。

 二人が話していた『心当たり』というのは、ユータスが修行時代にいた工房の事である。

 母方の親戚なのだが、少々人付き合いが苦手だそうで、ティル・ナ・ノーグの商店街には店を構えず住宅地の外れに居を構え、仕事や用事(主に飲み事)のある時だけ中心部へ出向くらしい。

 二人が物心つくかつかないかの頃は母の元へ顔を見せる事もあったそうだが、最愛の妻を亡くしてから、余計に引きこもりになってしまったそうで、ニナもウィルドもユータスの師匠やその弟子達がどんな人物なのか伝え聞くばかりなのだ。

 しかも情報源がユータスなので、非常に信用性が低い。悪い人ではない、というのは確かかもしれないが、普通の人という表現は疑った方が確実だ。

 何しろ、その場合の比較対象(すなわち、ユータス)が十分変人に含まれる人なのだから。

「ともかく、そんなに考えてもわからないんだったら、別に無理に分類しなくてもいいんじゃないの?」

「うんうん。その内、これっていうのが出て来るかもしれないじゃない」

「──それはそうなんだけどな……」

 二人の言い分はよくわかるし自分でもそう思うのだが、一度気になり出すと何かこう、もやもやするのだ。

「ちなみにウィルはどうなの?」

 ふと思いついたようにニナがウィルドに話を向ける。

「え? おれ?」

「さっき可愛いかはわからないって言ってたじゃない」

 実際、姉のように慕っている相手に『可愛い』はないかもしれないが、ユータスほどには悩んでいる(一般的にはおそらく悩む所ではない)様子もない。

 ウィルドは実にあっさりと答えた。


「おれはイオリ姉ちゃんの事、『かっこいい』って思ってるけど?」


「……」

「…………」

 ウィルドの言葉にニナとユータスは顔を見合わせ──。


「「ああ」」


 ぽん、と同時に手を打った。


+ + +


 この日、ユータスの中で『かっこいい』に分類されたイオリが、この先、別の分類に変わるかどうかは不明である。

※お名前だけの登場ですが今回の関連作品※

・ゾロ(キャラ設定:水居さん) ⇒ 「幸運の尻尾」http://ncode.syosetu.com/n4599bc/ 作:水居さん

・エドゥアルト(キャラ設定:みうさん キャラデザイン:タチバナナツメさん) ⇒ 「Edy's Duties」http://ncode.syosetu.com/n2326be/ 作:みうさん

・ユリシーズ(キャラ設定:タチバナナツメさん) ⇒ 「光を綴る少年、命を唄う少女」http://ncode.syosetu.com/n2326be/ 作:タチバナナツメさん

・イオリ(キャラ設定:香澄かざなさん) ⇒ 白花への手紙 http://ncode.syosetu.com/n1149bf/ 作:香澄かざなさん

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