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トリスティアの怪しい魔法使い  作者: 安籐 巧
序章:Now Loading...
7/22

チュートリアル:ボス戦  後

遅れましたが更新。戦闘やら描写を納得いくように書くのは大変です。

視点変更が少し多めです。

5/28 視点変更を少なくしました。

 一撃をくらったアレス君が倒れる。

 一撃は走って間に入ったアレス君に当たり方向がそれ私にかするのみに終わった。

 貫通力を求めた一撃だったためかアレス君の体が二つになるといった事態は避けられているが、枝は完全に前から後ろへ腹を貫いている。倒れた体からは血が流れ……


――〈ピアースアイシクル〉


 その光景を見た途端に無我夢中で魔法を放つ。狙いは自分をとらえるガーディアントレント。執拗に腕を狙い切断する。


「アレス君っ!」


――〈フライ〉


 あれだけ殴られても動くには全く支障がない。〈フライ〉を発動、アレス君を拾い全速力で離れる。


「本当に煩わしい小蠅だな、我の邪魔をするとは……」


 エルダートレント・ロードはまた何か喋っているがそんなことはどうでもいい。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


 アニーちゃんも急いで駆け寄ってくる。彼女の顔色は血を失っているアレス君よりも悪い。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


「だ、だい……じょ…ぶ、だ……。そ、れ……より……」


 アニーちゃんの呼びかけに応えつつ私を見るアレス君。


「ア、アニー……を、つれ……て、逃げて、くれ……」


 自身の傷も気にせず私の手をとり懇願する。確かに周囲をトレントに囲まれたこの状況では戦闘力を持たない彼と妹は逃げる方法はない。しかし空を飛べる私は別だ。


「俺は……、い、いか、ら……ア、ニー……を……」


「そんなの嫌だよ!お兄ちゃんまでいなくなるなんて、そんなの駄目だよ!」


 この少年は妹を助けるためにまだしびれが残るであろう体で私をかばい、死にそうになってなお妹の無事のみを考えている。なんて英雄的な行為だろうか。


 だというのに自分はなんだ。かつての自分がわからない?今の状況は仕組まれたものかもしれない?そんなことをうだうだ悩んで何をしていた?

 こんな子供が命をはっているときにどうにかできる力を持っている私が無気力に殺されようとするなど、どれだけ彼らの事を馬鹿にした行為なんだ。


 アイテムボックスから一番上等な回復薬を取り出し、アレス君の口に突っ込む。アニーちゃんが横で驚いているが気にしない。


「うぐっ!げほっ、げっほ!」


 この短い間に何度彼は咽ているのだろう。回復薬は即座に効果を発揮し血の流出が止まる。顔色が悪いがもう死にはしないだろう。急に傷が癒えたことに驚いた二人がこちらを見ている。


「お前、これって……」


 目を見開きながらこちらを見るアレス君。それを感じながらも彼に背を向け、改めてこちらを殺そうと迫るガーディアントレントを睨む。もう先ほどのようにいかせるわけにはいかない。


 確かにこの選択は誰かが自分を誘導した結果であり、その誰かは安全な場所で私をあざ笑っているかもしれない。


 だけど、理由はどうあれ私はこの二人を助けたいと思っている。


 ならば、誰の思惑だろうと関係ないだろう。


 この行動を選んだのは私自身なのだから。


「change,equip→『ドレス・オブ・ヘル』」


 殴られている間に取り落とした杖の代わりに愛杖である『ザ・ブルー』を手に持ち、装備を『隠者のローブ』から『ドレス・オブ・ヘル』に、自身が本気を出すための装備に変える。一瞬で切り替わった装備だが、この世界に来たときとはすこし変わっていた。

 ドレスは今の自分の戦意に反応するように蒼い魔力を立ち上らせている。あの盗賊たちと戦った時とは違う、仕方がないからではなく自分の意思で戦うことを決めたからか、このドレスもまた本来の力を発揮できるようになったようだ。

 かつてない万能感が体を包んでいる。湧き上がる高揚感の赴くままに魔法を使う。


「私に触れるなよ三下が」


 発動するのは三等級の範囲魔法。

 

――〈リフリジレイション〉


 迫ってきていた十数匹のガーディアントレントがすべて凍り付く。その体の芯まで凍り付いたガーディアントレントはもはや動かない。


「さて、これで取り巻きは全滅だな」


「ふん、我の親衛隊をくだしたからといって調子に乗ってもらっては困るな。それらは所詮我が眷属にすぎぬ。我の足元にも及ばぬのだからな」


 配下の中でも上等なものを全滅させらたにも関わらずいまだ余裕を見せるエルダートレント・ロード。しゃべりながら己の枝を伸ばし戦闘態勢に変わっていく。


「さっきとは違うようだが所詮は人間、我にはかなわぬ。それを教えてやろうではないか!」


「やってみろウドの大木が!」


 互いに啖呵を切り戦闘を開始する。先ほどと違い、エルダートレント・ロードはまったく脅威に感じなかった。




 * * * * *




「すげぇ……」


 おもわず感嘆の声がもれる。アニーもまた目の前の光景に目を奪われている。眼前の戦いはそれほどまでにすさまじく、同時に目が離せなくなる魅力があった。


――〈ピラー・オブ・ジ・アイス〉


「どうした、私に何か教えてくれるんじゃなかったのか!」


「ぐうぅぅ!こしゃくな!」


 人より太い枝が大きくしなり彼女をつぶそうとする。それに対して地面からそんな枝よりももっと太い氷の柱が発生し迎撃する。枝は中ほどから折れて吹っ飛んだ。

 戦いが始まってからも常にこの光景は変わらない。

 彼女が杖をふるうたびに冷気が立ち込め氷が突き立つ。

 大樹の攻撃はすべて氷に阻まれ彼女や俺たちのもとへは来ない。枝や葉を使い幾度攻撃をしかけようとそのつど魔法を使われ撃ち落とされる。この調子ではあの樹がはげるのも時間の問題だろう。


 そう彼女、今まで男だと思っていた奴は今までに見たことがないほどに美しい女性だった。その彼女は今ドレスを纏い強大な魔法を連発している。

 そのドレスは装飾は少なく派手に肌を露出しているわけではない。肩は露出しているが胸はきっちり覆い、足首までロングスカートが覆っている。全体が青みがかった白い布で作られ肘まで覆う手袋も同色で、要所に氷のように透き通った飾りがある。

 そしてそんなドレス全体から蒼い燐光が起こっている。そんな美女がいま世界を滅ぼそうとする強大な魔物相手に一対一の戦いを繰り広げている。

 果てしなくおかしな取り合わせだというのに、なぜかまったく違和感を感じない。彼女の美貌と合わせ、王城で王子様と踊っていてもまったく遜色ない恰好だというのに、歴戦の戦士もあっけなく命を落としそうな戦場に彼女はこの上なくふさわしく感じる。


「お兄ちゃん……。あの人はいったい……」


「わからない……。わからないけど、俺たちじゃすごさがまったくわからないぐらいすごい……」


 魔法使いという戦闘職はそれを守る前衛が必要、というのは戦いに無縁な者にとっても常識だ。魔法を使うには詠唱する必要があり、詠唱中に攻撃を受ければ全て無駄になる。

 詠唱省略や無詠唱化は高位の魔法使いしか行えず、さらには消費する魔力が増加するためそれだけを使って戦闘するなど愚の骨頂、というのが定説だ。だというのに彼女は常に無詠唱で強大な魔法を使い戦い続けている。

 俺は別に魔法に精通しているという訳ではないが、彼女が世の魔法使いとは隔絶した存在だとはわかる。今目の前で戦う彼女は神話の時代の英雄と同じ領域に立つ者だと。


「人間ふぜいが、森の王たる我に対し……!ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!」


 ひときわ大きく大樹が叫び、樹皮の色が濃く変わる。さらにはまるで急激に成長しているかのように体躯が大きくなり、減っていた枝葉が逆に増えていく。地面が揺れる、おそらくは地中で根が成長しているのだろう。


「出し惜しみなどするなよ。貴様にそんな余裕はないぞ」


――〈アイスキャノン〉

――〈アイスキャノン〉

――〈アイスキャノン〉


 それに対し彼女はむしろ馬鹿にするように吐き捨てながら魔法を使う。

 彼女の周囲に氷の大砲が次々に生まれる。その砲口は人が数人同時に入れそうなほどに大きかった。


「見せてやる、真の森の王のちか……」


「わざわざ待ってやる義理はない!」


 轟音が鳴り響く。大砲から次々に発射された氷の砲弾は狙いたがわず大樹に着弾、枝や葉をばきばき折っている。幹に当たったものは幹を折れはしないものの着弾した箇所が凍り付いている。


「ごああぁぁぁぁぁ!」


「やっぱり自由度が上がってるな。変身中でも攻撃可能か……」


 なにかよくわからない内容の言葉を呟いている間にも大砲は常に砲弾を放ち続けている。轟音につぐ轟音。枝葉が飛び散り幹は凍り付いていない箇所の方が少なくなっている。


「ぐううぅうぅぅぅぅ!こうなれば……、我が眷属たちよ、こやつらを圧殺せよ!」


 その一声に反応し、周囲からの葉音が一気に大きくなる。

 木々の隙間からは一つ目がのぞき、続々と集結してきていることがわかる。


「くくく、くはははははははは!いくら貴様が強かろうと所詮は魔法使い一人!この数の全周囲からの波状攻撃は防ぎきれまい!それだけの威力の魔法を無詠唱で使っている以上貴様の魔力もそう残ってはいるまい!」


 体の各所が凍り付いていてもいまだ元気な大樹が叫ぶ。魔法は通常詠唱して発動するものだ。無詠唱魔法が使われない理由は単純に難しいというところが大きいが、同時に増加する消費魔力量がばかにできないという理由でもある。

 一つ一つがすさまじい威力を持つ魔法、それを無詠唱で休みなく放つ彼女の残りの魔力はそう多くないはずだ。

 だというのに……


「まぁ、そう思いたいなら構わないが……」


 彼女はそれでも余裕だ。まったく焦らず、ただ冷たいまなざしで大樹を睥睨する。


「この展開はむしろ私にとって好都合だからな」


――〈グレートアイスウォール〉


 俺たち兄妹の近くに来て四方に巨大な氷壁を作り出した。周囲は完全に氷に閉ざされてうかがうことができない。


「くはははははは!防御に入ろうとも我が眷属は貴様を殺すまで攻撃をやめんわ!」


 迎撃ではなく防御に出たことで彼女の魔力が残り少ないとふんだのか、声色が喜びにあふれている。氷壁越しにもわかるほどに葉音が近づいて、ついには……


 ドゴン!


「ひっ!」


 最初の一撃が壁をたたく。さらには二撃、三撃と続き、しだいに数えきれないほどの打撃音が響く。すぐに壊れる気配はないが、あまり長く持ちそうにない。


「大丈夫だ。これから私がすごいものを見せてやるからな」


 安心させるように俺たちに笑いかけながら彼女が杖を構えなおした。


「我が望むは青の力、契約に従い我がもとに」


 浪々と謳うように紡がれる呪文は周囲を満たす壁を叩く音よりはるかに小さいにも関わらず不思議と耳に届いた。


「冷酷なる氷の化身、あらゆる物を呑みこむ絶対なる強者」


 彼女が呪文を発するごとに、まるで呼応するようにドレスの蒼い文様が発光する。


「無慈悲なる冷気よ、全てを覆い砕く無情の零度よ、汝への供物はわが前に」


 壁を叩く音は徐々に大きくなり、目に見えて罅がはしり始める。普通なら少しは焦るべき場面だろう。しかしまったく動じずに呪文を唱える彼女がいるからか、俺は恐怖を感じなかった。


「いでよ氷界の王、〈サモン・フロストドラゴン〉」


 最後の一節を彼女が唱えた途端、まるで空間そのものが発光しているように視界が蒼い光に染まる。そして同時に四方の氷壁が砕ける音がして……




 氷壁を砕いたトレントたちのすべてが砕け散った。




「ふわぁ……」


 アニーが呆けたような声をあげる。周りを覆い尽くすトレントたちが完全に凍り付き、砕け、あたり一面に氷の粒が舞い散り月光を反射している光景は、先ほどまでの死に満ちた空間を忘れさせるほどに綺麗だった。

 そしてそれを成した存在が俺たちの頭上にいる。


――――グルルルルルル……


 それは氷で出来た龍だ。しかし氷で出来ていてもそこに儚さは一切存在しない。

 その体躯は眼前の大樹よりも大きく、おそらくはあの大樹に巻き付いてもまだ余裕があるだろう。鱗の一枚一枚は鋭くとがりその体に触れたものを切り裂くだろう。蛇のような体の随所には強靭な腕が生えその腕には鋭利そうな爪がある。

 その体の中でも一際輝く青い瞳を殺意にたぎらせて竜は唸る。その視線は大樹に向けられていた。


「一等級魔法〈サモン・フロストドラゴン〉。フロストドラゴンの召喚と同時に広範囲の雑魚を死滅させる魔法だから選んだのだが……、予想以上だな……」


 周辺を埋め尽くしていたトレントたちは粉みじんに砕け散りあたりに舞っている。見える範囲はすべてが凍り付き、大樹以外に動くものはない。


「……なんだ、貴様はいったい何者だというのだ人間!人間がこれほどの力を持つなどありえん!貴様は……」


「どうでもいいだろう、私がなんであろうと。たとえ何であろうと私は私なのだし……」


 彼女は龍の気迫に圧倒される大樹に杖を向け……


「ここで死ぬお前が知る意味はない。やれ、フロストドラゴン」


――――グルアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!


 命じられた氷の龍は咆哮とともにすさまじい速度で大樹に迫る。獲物に喰らいつける喜びからか瞳は一際輝いているように見えて狙われているのは自分ではないというのに鳥肌が立つ。


「ぐ!この、人間がああああぁぁぁぁぁ!」


 龍の気迫に押されながらも大樹は迎えうとうとしている。奴の数少ない残った枝を全て迫る龍の頭にたたきつけている。

 しかしそんなことは意に介さず龍は加速する。枝は龍に触れるか触れないかといったところで凍り砕ける。龍はそれ以上の抵抗ができない大樹に巻き付き締め上げる。触れた個所から凍り付き、同時に強力な締め上げによりひび割れる。


「ぐおおぉぉぉぉ…………。もう少し……、もう……少しであった……というのに……。我が、……世界を…支、配……す……」


 その叫びを無視して龍がその咢を大きく開き喰らいついた。

 その瞬間、凍り付いた大樹は砕け散った。大樹をかみ砕いた龍はその後勝利の咆哮を上げ、即座に砕けて還った。

世界を支配しかけた強大な魔物の死に様、親父とお袋を殺し、俺とアニーを殺しかけた存在のあっけないほどの死に様を前にしても俺の心には何の感慨は浮かばなかった。


 俺はただ目の前の彼女、蒼く輝くドレスを纏い俺たちを救った彼女に見惚れていた。




 * * * * *






 一等級魔法サモン・フロストドラゴン

 十から始まる魔法、その最上級である一等級魔法は最上級の名にふさわしく一発で戦場を変えることができる威力である。

 それゆえに消費する魔力はレベルカンストといえど軽視できる量ではなく、そのうえ公式チートといっていい『ドレス・オブ・ヘル』を装備していようと長い詠唱を必要とするなど使いどころは難しい。

 なぜそんな魔法を使ったのかといえば、私たちの周囲にいたトレント達を全滅させるためである。奴らが計画していた大侵攻、仮にボスであるエルダートレントロードを倒したところで実働部隊であるトレント達のほとんどが残っていれば決行されてしまうかもしれない。

 だからこそ、エルダートレントロードがわざわざ潜ませていたトレント達をここに集めているうちにある程度数を減らす必要があったというわけだ。

 《サモン・フロストドラゴン》は氷龍を召喚すると同時に周囲の一般モンスターを問答無用で即死させる効果があった。ゆえに使ったわけだが効果は予想以上、少なくともわかる範囲ではモンスターは一匹残らず死滅したようだ。

 初めはどうなるかわからない戦いだったが、まあ行き当たりばったりな割には上等な結果だったのではないかな。


 そう思いながら砕け散った元エルダートレント・ロードを眺める。

凍り付いて粉みじんになればどんな奴でもそこそこきれいだ、と物騒なことを考えていると私の目の前に一つの木片が降ってきた。

 木片とは言っても長さが二メートルほどと巨大なものである。おそらくはエルダートレント・ロードの凍らなかった部分なのだろう、死してなお何か力を感じる。

 おもむろにアイテムボックスから『鑑定のモノクル』、アイテムの名前や効果を調べるそれで鑑定をしてみる。すると……


 『名称:エルダートレント・ロードの心材 効果:……』


 ひょっとすると、と思いアイテムボックスからゲーム内で手に入れた同じ名前のアイテムを取り出す。こちらも鑑定してみるとどうやら二つは全く同じアイテムなようだ。

 盗賊たちが持っていた『トレント戦士の木剣』を見たときから立てた仮説であったがこれでほぼ間違いはないだろう。



この世界にいるアポカリプス・オンラインの魔物を倒せば、アポカリプス・オンラインと同じアイテムを落とす。



 これは私にとってとても喜ばしい事実だ。なぜなら、私がこの世界に来るきっかけになったであろう『異界へのチケット』は魔物からのドロップアイテムだからだ。

 チケットアイテムはボスが落とすということ以外は完全ランダム。この世界にどれほどアポカリプス・オンラインのボスがいるかは定かではないが、こうしてエルダートレント・ロードがいた以上皆無ではあるまい。

ならばそのボスたちを倒せばいつかは『異界へのチケット』を落とす可能性はある、と思う。


……我ながら暴論だとは思う。エルダートレント・ロード以外のボスが存在しない可能性もあれば、ボスがチケットを落とさない可能性もある。そして『異界へのチケット』が本当に元の世界へ私を返してくれる保証はないのだ。

 だが、今はわからないからといってそれをやらない理由にはならない。『異界へのチケット』で無事に帰れる可能性もあるわけだし、無理でもその道中でほかの方法を思いつくかもしれない。少なくとも無気力に殴られているよりは数十倍ましだろう、と思っていると……


「あ、あの……」


 アレス君たちが近寄ってくる。

 よく考えればこれだけの戦いを目の前で繰り広げたので、指差されて、化け物!、とか言われてもおかしくはない。

 しかしアレス君たちの表情に恐れなどはなく……


「あの……、助けてくれてありがとうございます!」


「あ、ありがとうございます」


 二人ともこちらを見ながらお礼を言ってきた。

……正直、居心地が悪い。力持たぬ身で奮闘していた彼を前に無気力に殴られ、彼にかばわれようやくやる気を出した身だ。彼らの純粋な好意がこちらの胸をえぐってくる……


「いや、お礼はむしろこちらが言わせてほしい。むしろアレス君のおかげで私は助かったようなものだし……」


「いえ!そんなことはありません!」


 すごく胸が痛い……


「そもそもあなたが盗賊を倒して、俺たちを助けてくれなければそもそも俺たちは生きていません。だからあなたは俺たちの命の恩人です」


「私たちを助けてくれて、ありがとうございます」


 二人は私にすごく感謝している。ならばそれをむげに否定するべきではない、と自己弁護し感謝を受け取ることにする。少しは胸の痛みが軽くなった気がした。


「あの、それで……。あなたの名前を教えてもらえませんか?」


 アレス君が尋ねてくる。


 名前、か……


 実は彼らに名前を教えてもらったときにこちらの名前を名乗らなかったのにはわけがある。

 今私は自分の事をほとんど思い出せない。思い出せないことの中には名前も含まれている。『ヴィヴィアン』はあくまで自分が作ったキャラクターの名前であって私の名前ではない。

 自分自身がわからないこの状況で『ヴィヴィアン』を名乗れば、初めての戦闘で感じた己の精神の変貌が加速し、己の精神がさらに『ヴィヴィアン』に近づくのではないかと恐れたのだ。『ヴィヴィアン』に変わっていくことで、思い出せない元の自分が永遠に取り戻せなくなるのではないかと。


 とはいえそれは先ほどまでの話だ。今はもう私はどこまでいっても私でしかないと思う。確かに誰かが勝手に精神をいじくってるかもしれないというのは怖いが、だからといってそれにとらわれる必要もない。あくまで私は今やりたいことをやるだけなのだ。だから……


「私の名前は、ヴィヴィアンと言う。よろしくな」


 今はこの名前を名乗ろうと思う。いずれ元の世界に帰り元の名前を取り戻すまで。




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