チュートリアル:『私』
今回は突っ込みどころ満載です。
食事を終え一息をつく。まあまあのできだったと思う。
特別おいしくないが、特別まずくもない味だった。
食事中会話は一切なく、少年も少女もこちらをちらちら見ながらちびちび食べていた。
そんな少年と少女も今は食べ終わりこちらを見ている。
…………食べ始めたときに変な顔でこっちを見てきたのはなんだったんだろう。
「食事が終わったところで名前を聞きたいんだが……」
「……アレス」
「ア、アニーって言います」
少年も少女も相変わらずこちらを警戒しているようだ。
まあ当然だと思う。全身隠した怪しい人に、私は君たちの恩人なんだ、とか言われても反応に困るだろう。それでもどうにか会話をはかろうとしていると……
「なあ、あんた……。ここにいた連中はどうしたんだ?」
「ん?」
「だから、ここを根城にしていた盗賊たちだよ。あいつらはどこに行ったんだ?」
この少年は結構落ち着いている。
見た目不審人物な私に対しても目をそらさずしっかり話しかけてくる。
先に質問をされてしまったが私にとってもちょうどよかった。この質問に答えればそのまま自然に会話を続けられるかもしれない。
「全員死んだよ、正確には私が殺した」
「あんたがか?」
ものすごく胡散臭いものを見る目で見られている。まあ連中はかなりの人数がいたから信じられないのも仕方がない。食事を運ぶために杖はアイテムボックスにしまったため丸腰であることだし。
「信じるか否かは君の勝手だが、事実として盗賊どもはここにいないうえ君たちは牢屋から出された。さらには死にかけていた状態からの治療もされてね」
「………………」
「別に恩をきせるわけではないが、こちらの質問にも答えてくれると助かる」
こちらはこの世界の常識を持っていないためあまり質問されたくない。自分がその死にかけた原因の一つであることを棚にあげているが仕方がないと割り切る。
少年は黙ってはいるがこちらの質問に答えようとする意思表示かしっかりうなずいた。
「まず聞きたいのはなぜ君たちはここにいたんだ?」
「………………、家族で旅をしていたところを襲われたんだよ、あいつらにな……」
うめくように答えるアレス君。後ろのアニーちゃんの震えが強くなったところを見るに襲われた時のことでも思い出してしまったのだろうか。
「なら両親たちはいまどこに?牢屋はあの一つだけだったが」
「わからない。連れてこられたときは一緒に牢屋に入れられたけど、しばらくして親父たちだけが連れ出されたんだ。その後は見てない……」
「それは具体的にはどれくらい前の事だ?」
「三日前ぐらいだ……」
三日間も空いているとなると彼らの無事は絶望的だろう。そもそもなぜ金品だけでなく人まで連れてきたのかはわからないが、三日間の間に何らかの目的で消費したのだろう。
「なら……」
「待ってくれ。アニーを休ませてくれないか」
そこで少年から待ったがかかった。よく見れば少女の方は非常に震え動揺しているように思える。
……うかつだったと言わざるを得ない。少年が落ち着いているから忘れていたがこの二人は真っ暗な牢屋の中に監禁され、おそらくは両親を殺されているのだ。そんな子供にそのことを話させて、思い出させるなどあまりにも考えなしだった。
「わかった。とりあえず今は二人とも休めばいい」
そういって彼らに背を向け部屋を出る。
しばらくは二人きりにして泣かせてやるべきだろう、そう思ったのだ。
静かに戸を閉め、嘆息する。
「結局何も聞けなかった…………」
擬音にすればどよよ~んだろうか、自身の周りの空気が重たく感じる。
子供相手に打算全開で接したうえに地雷を踏んでいたたまれなくなり逃げる。情けないにもほどがあるというものだ。
まあアレス君の方は落ち着いてるようだしアニーちゃんが休んだら話を聞けるだろう。なら今はここを出る準備でもするか……
さきほど料理に使った食材の残りはすでにアイテムボックスの中に放り込んである。
後はここが盗賊の根城であるいじょう奪った金品がどこかにあるはずなのでいくらか持っていこうと思っている。 おそらくアレス君たちの両親の物も混じっているだろうから事前に彼らに確認をとってからになるだろうが……
それ以外になにか必要な物はあるかな、と考えていたら唐突にあるものを思い出した。思い出した今では、日本人なのになぜ今まで考えなかったと思うほどだ。
この世界に来てから野外活動しっぱなしだからこそ気になり始めると止まらない。
今、私ってけっこう汚いんじゃないだろうか……
お風呂に入るどころか体をふくことすらしていないのだ。もしかしたら自分が気づいていないだけで臭っているのかもしれない。
お風呂とは魂の洗濯だ。日本人なら大好きだろう、私も大好きだ。人は一日一回以上は風呂に入るべきだ。そんな私なのにこの世界に来て一日経つのにまだ風呂に入っていない。
さらにいえば、昨日は気絶して地面で寝てたんだよな……
急いでアイテムボックスからドレスを取り出す。
実は泥だらけになってたんじゃ、とおののく私だったが杞憂だった。
なぜだか綺麗でぴかぴか、新品同様な輝きを放っている。泥など一滴もついていない。
アイテムボックスに入れたときにドレスに付いた泥ははじかれたのか、あるいはゲーム内装備は汚れないとでもいうのか……。でもこの体のことを考えたら後者も笑えないんだよな……
昭和のアイドルか、と突っ込みたくなるような仮説であるがこの体の性能を考えればありえないとは言えない。
アポカリプス・オンラインの防具はドレスとこのローブの二着しかないので実験はできないがどちらにせよ洗濯いらずなのはありがたい。
懸念の一つは解決。そしてもう一方を確認するためフードを取る。
「ああ、やっぱりかぁ……」
もう一方は駄目だった。服は大丈夫でも腰まである銀色の髪には泥がついていた。
それでもなお輝きを失わないその美しさはすさまじいがそんなことは関係ない。
次の行動は決まった。
「お風呂に入ろう。いや、この際水浴びでもいい」
いままで気にならなかったが気づいてしまえば気になってしょうがない。
この汚れを落とすまでほかの事なんて手がつかない。
盗賊もここで生活していたならそういった設備がどこかにあるはずだ。
いまここで最優先にすべきはお風呂なのだ!
そして下を見ながらつぶやく。
「それに……、こっちはまだ確認していなかったし……」
…………………………ごくり。
* * * * *
男が扉を開けて出ていくのを見て、アニーに話しかける。
「アニー、大丈夫か?」
「うん……、私は大丈夫だよ……」
そういうアニーは起きたときは良くなっていた顔色が再び悪くなっていた。やはり盗賊たちに襲われた時のことを思い出してしまったのだろう。雇った傭兵たちがなぎ倒されあっという間に捕まってしまったあの時を。それなりに裕福な商人であった親父は盗賊にとって垂涎の獲物だっただろう。
「それよりお兄ちゃん、これからどうするの?」
「ああ、それは……」
アニーに応えながら先ほどの怪しすぎる男のことを考える。
おそらくは昨夜だろう、閉じ込められていた牢屋がいきなりいままで感じたことがないほどに冷え俺達は凍え死にそうになった。
妹と抱き合いしのごうとしたが少しも暖まった気がしなかった。
このまま死んでいくのか、そう思ったが気が付いたら妹とベッドの中にいた。
俺が起きた後すぐに妹も起きて二人で無事を喜びあった後にここはどこなのか考えた。
おそらくは同じ建物の中だとは思う、内装まで全部土で作る建物はそうない。
しかしあの盗賊たちが自分たちを牢屋から出したうえベッドを貸し与えるなどありえない。
ならなにが、と考えていると足音が聞こえ……
「ひっ」
妹が小さく悲鳴を上げる。扉を開けて入ってきたのはかなり怪しい男だった。
全身を覆うゆったりした灰色のローブに同色のフードを深くかぶっている。更にはその上マフラーで鼻まで覆っているため見えるのは目だけだった。しかもマフラーで声がくぐもっている。
はっきり言って怪しすぎる男だ。
自分たちを牢屋から出したといっているがそう簡単に信用すべきではない、ここは気を引き締めて情報を、と思っていたらいっしょにご飯を食べることになってしまった。
まあ腹が減っていたのは事実だったのでおとなしくいただくことにする。貰えるものは貰うのは商人の鉄則だと親父は言っていた。
男が渡してきたスープ(らしきもの)を俺とアニーは一口含み……
「「っ!」」
硬直した。端的に言うとまずい。
ひょっとして毒が、と思うがそれだったらそもそも食事に入れる必要がない。さっきまで寝てた俺達にいくらでもしようがあるだろう。じゃあ嫌がらせか、と思っても相手が食べているのは明らかに同じもの。となると……
こいつ、これを本気で美味しいと……!
相手の味覚のおかしさに戦慄する。こいつ……と呑まれかけたところで我に返る。
落ち着け俺!勝負は呑まれたらなにもかも負けだって親父も言っていただろう!妹を守れるのは俺しかいないんだ!
そうだ、こんなことで呑まれてたまるか、と頑張ってスープ(のようなもの)を飲む。妹も覚悟を決めた俺の顔をみて頑張って飲んでいた。
俺達兄妹のつらい戦いが始まった。
なんであれを普通に食べられるんだ……
男のことを考えていたらあの味を思い出してしまいげんなりする。
その後はいろいろ質問をされ、アニーの体調不良を理由に出てもらった。アニーの顔色を見て心配するような空気を出していたため悪い人ではないと思う。
それはともかく……
「親父とお袋を探そうと思う」
「だけどお兄ちゃん。牢屋はあの一つだけだって……」
「ああ、たぶんあいつは嘘は言ってないと思う。だけど全部しゃべってるわけじゃない」
あの男と話していて感じたことだ。父親には商人として生きるためいろいろな経験をつまされた。その一つとして商談に立ち会わせてもらったりもしたが、その時の商人のような感じがしたわけだ。
それがなんだかはわからないけど、あいつは隠したいなにかがある……
それはもしかしたら両親に関することかもしれない。
なので調べることにする。もしかしたら両親はどこか近くにまた閉じ込められているかもしれない、だからまだ死んでいない。そう思わせなければ駄目なほどに妹は限界だ。
「あれ以外にも牢屋があるかもしれない。そこに親父もお袋も閉じ込められてるかもしれない。だからそれを探しに行く。お前はここで待ってろよ、まだ顔色悪いぞ」
「だけど、お兄ちゃんが危なくない?」
そもそもあの男が何者かわからないいじょう、あの男が盗賊の一味である可能性はある。そもそも盗賊たちが俺たち家族を根城に連れ去った理由もわからないのだ。
この治療も何かの目的で俺たちを利用するためのものかもしれない。盗賊を殺したというのも嘘で扉を開けた途端あの男たちが俺たちを抑え込みに来るかもしれない。
とはいえ、もしそうならこのままここにいるのも危険だ。ならば危険を承知で行動するしかない。
「大丈夫だ。兄ちゃんを信じろよ」
そういってそのまま静かに扉を開ける。
誰かが見張りにたっているということはなかった。
むしろまったく物音がしない。人の気配が全くしないのだ。
全員殺したっていうのは本当だったのか?いや、奴らが狩りにいってるだけって可能性も……
一瞬緩みそうになった心を引き締め一歩踏み出す。
そしてそのまま建物の探索を開始した。
* * * * *
やっぱりいなかったか……
大人数で生活している建物なのでそれなりに大きいが所詮は建物一つである。
探索はすぐに終わった。もと居た牢屋や小部屋の一つ一つもチェックしたが両親も盗賊も見つからなかった。というより人が一人もいない。
出口の扉を開けても何の反応もなかったし……。いくらエルディアの森の中だからって見張りの一人ぐらい残らないのはおかしい。ならやっぱり盗賊たちは皆殺しにされたってことか?だけどそれなら…………、ん?
探りまわってた間は気づかなかったが外から何か音が聞こえる。
盗賊たちがもどってくる音かあるいは魔物が、と身構えるもよく聞けばそういった類の音ではない。
おそらくは水音だろう。それが断続的に響いている。
そういえば外は調べていないな
中は調べつくしたのだ、もうこれ以上調べても意味はないだろう。ならばあとは外を調べるしかない。とはいえここはエルディアの森だ。外には魔物がたくさんいるはずなので安全とは言い難い。
利益を得るにはある程度の危機を黙認しなければならない、って親父も言っていた!
親父の言葉を胸に勇気を絞り出し外に出る。
水音は建物を出て反対側、建物の裏側から聞こえてくる。
月明かりは十分に足元を照らしているので歩くには不自由しない。
周囲を警戒しながら建物沿いに歩けば水音はすぐに近くなった。あとは一つ角を曲がれば件の音の源が見えるだろう。ここまで近づけばわかる。これはだれかが水浴びをしている音だ。
もしかしたらここに残った盗賊かもしれない。水浴び中なら油断しているだろうから、なんとか不意をうって……
出る前に建物の中で拾った棒を握りしめ決意する。一度深く息を吸い、そして吐く。自分の精神が落ち着いたところで一気に建物の陰から飛び出す。
そして見た予想外のものに硬直してしまった。
最初は女神かと思った。そこにいたのは自分が今までに見たことがないほどに美しい女性だったのだ。それも水浴び中で裸の。
その顔は絶世の美女としか言いようのないほどに整っている。
切れ長な瞳は金色に輝き髪は珍しいくすみのない白銀の色を持ち、合わせていかなる宝石にも劣らない輝きを放っている。
その腰まで届く白銀の髪は水浴び中のためかしっとりと濡れ、彼女の白亜のような肌に張り付き例えようもないほどの艶めかしさを出している。
頭上に輝く月がこの世界で照らすべきは彼女のみとでもいってるかのようにそのあたりだけが明るくなったように感じる。
この瞬間、俺は今までのことをすべて忘れ、ただ彼女に見惚れていた。
「…………―――?」
彼女もまた唐突に出てきて自身に棒をかまえる俺に驚いているらしい。その宝石のような目を見開いたままこちらを見ていた。しかししばらくすると訝しげに首を傾げ……
「えっ!んむっ!」
一瞬のうちに俺は彼女の胸の中に押し込まれていた。柔らかい双丘に顔が埋まり息ができない。いきなりの展開になにも反応できないうちに……
土を巻き上げるよう轟音が自分が先ほどいた場所から上がった。
* * * * *
ぱしゃん、ぱしゃん
建物の裏手にため池らしき物を見つけそこで水浴びをする。池のそこには石が敷き詰めてあり水が泥でにごっているということはない。
『隠者のローブ』はアイテムボックスにしまい下につけていたインナーも脱いで裸になり、ため池に入った後はしばらく水につかってくつろいでいた。今は体に水をかけて清めているところである。
やっぱりこの体はきれいだ……
この世界に来た直後と同じく水面に映る『ヴィヴィアン』の顔を見る。相変わらず傾国の美女とはまさにこれ、といえそうな顔だ。それを見ながら考える。
『ヴィヴィアン』。私が作ったアポカリプス・オンライン内のキャラクター。青属性魔法を主に使うソロプレイヤーとして有名。装備するのは杖の『ザ・ブルー』、防具の『ドレス・オブ・ヘル』……
考えるのは自身が作った『ヴィヴィアン』の事。すらすらと思い浮かぶ情報の数々。アポカリプス・オンライン内でのソロプレイのための苦労も苦笑いで思い出せる。
なのに……
自分が誰なのか思い出せない。自分は日本に住んでる男子大学生……。それはわかるのに具体的なことが何一つわからない
ただ自分は男子大学生だという認識はあるものの、ならどこの大学でどのように生活していたかはさっぱり思い出せない。それは学生生活だけではなくそれ以外のこともだ。
お風呂は好きだ、でもなんで好きだった?最初から?きっかけがあって?料理はできる、ならそれをどこで学んだ?どういう状況で作った?
お風呂が好き。料理はできる。そういった情報は浮かんでも、それに必ず付随するであろう経験が無い。なにもかもが空虚でまるではりぼてのようだ。
戦いのときに感じた精神の変貌。もしこれが人為的なものであるならばあるいは自身はそういった精神や記憶を含めすべてを何かにいじられているのではないか。
ならば今こうして考えていることは本当に自分の意志なのか。実は自分で考えているように錯覚しているだけで何かが自分を操作しているのではないか。
被害妄想のようなことばかりが頭に浮かんでくる。今自分はどれほど動揺しているのだろう。下心ありで水浴びに来たのに、この顔を見て考え出したらそれどころではなくなってしまった。
(考えれば考えるほどわからなくなる。私ってなんだ……。私ってどういうものなんだ?これじゃあまるで、私が『ヴィヴィアン』っていう名前の……)
と考えたところで建物の陰から人が飛び出す。
思考に没頭していたせいでレーダーが機能していなかったのだろうか、ここまで近づかれるまで気づかなかった。
ていうかアレス君じゃないか。何してんの?
見覚えのある人影だと思ったら先ほど別れたアレス君だった。棒をかまえこちらを見ながら固まっている。いや驚いているのはこちらなんだが……。
男性としての記憶がなくても意識があるため裸を見られても別段恥ずかしくは感じないがそんなにじっと見つめられると落ち着かな……
ん、あれは何……
そこでようやく気付く。建物の近辺は森が開かれ木々は近くになかった。
なのに今は建物の近くにいる私たちのそばにも木々が生えている。さらにはレーダーがその木々に反応している。
まさか!
すさまじい危機感が身を襲う。自身が今裸であることもかまわずアレス君に近寄り抱え込み移動する。直後、アレス君がいた位置に木々の太い枝がたたきつけられる。
枝の勢いを表すがごとく叩きつけらた地面がはぜる。
そんな枝をたたきつけた存在は私にとって見覚えのあるものだった。
「ソルジャートレント!」
それはアポカリプス・オンラインに出てくるモンスターの名前であった。
主人公、かなり追いつめられて情緒不安定気味。
暖かく見守ってください。