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トリスティアの怪しい魔法使い  作者: 安籐 巧
序章:Now Loading...
4/22

チュートリアル:装備

 絶望した!

 誰も感想で「木剣に錆はできませんよ、(カビ)の間違いじゃないですか」って

 突っ込んでくれないことに絶望した!

 「はっ!」


 意識を失ったときと同じくらい唐突に目が覚める。

 冷えた地面が気持ち悪く急いで倒れていた体をおこした。

 周りを見渡せば森の中、近くに土で出来た建物がある。さらには自分が放った魔法のせいか、ところどころには氷が張っている。

 すべてが夢であり、目が覚めたらベットの中というのを期待したが現実は非情である。

 空に上る太陽の日差しも、こころなし夜よりも冷えている空気もこれが夢ではないと自分に伝えてくる。


 (自分はいったい何なのか、か……。真面目に考えるとさむい内容だな……)


 昨夜自分が行ったことはしっかり覚えている。

 初めての人殺し、にも関わらず忌避感も嫌悪感も覚えずただ淡々と殺した。

 加えてそれを思い返しているいまもとくに罪悪感や後悔は感じていない。

 あいつらが明らかに悪人で、こちらを害そうとする気が満々だったとしても冷たすぎるだろう。


 (いつの間にか自分が自分じゃなくなっている、といってもその自分がよく思い出せないしな……)


 こんな自分ではなかった、という違和感はあるもののなら元の自分はどんなだったかと聞かれるとこたえられない。

 異世界に来て一日も経っていないのに、私は元の自分がわからなくなっていた。


 (とはいえ、結局これからどうするべきか……)


 最初の異世界人との接触はさんざんなものになってしまった。

 しかしまさか異世界人が全員このような下種ばかりではない、と思いたい。

 こんな連中ばかりの世紀末も真っ青な世界だったら生きていける自信がない、というか生きていたくない。


 (とりあえずは町の情報に、あとはこの外見もなんとかしたいな……)


 自身の精神の変貌に関しては後回しにし、再びこれからの方針を考える。

 最初にあった人はあれであったがやはり人に会い社会の情報が欲しい。そしてそのためにどうにかしたい問題が出てきた。


 (ロールプレイのために精魂こめて作ったからなあ……。うう、今思い出しても鳥肌が……)


 両手で自身の体を抱きしめてさする。

 昨日の男たちの欲望にまみれた視線を思い出すと今更ながら怖気がはしる。

 この体のすさまじい美貌は把握していたが、それが及ぼす影響までは把握しきれていなかった。自分で見てもあくまで自分でしかないという意識があるからか目を奪われる程度であった。

 しかし昨夜の男どもはそういった下種であることをさしおいても異常なほどの欲望をこちらへ向けてきた。仮に会う人会う人が同じような目を向けてきた場合、自分はたぶん人の中で生きていけなくなるだろう。

 そんな自意識過剰極まりないような注意をしなければならないほどにこの体の美しさは常軌を逸しているのだ。


(そのためにはまずこの服装をどうにかしないといけないわけだが……)


 現在の装備はゲーム内の装備『ドレス・オブ・ヘル』である。このドレスは明らかに『ヴィヴィアン』の美貌を引き立てている。しかし同時にゲーム特有の外見を無視した頑丈さを持ち、昨日の男たちの攻撃も一切受け付けなかった。


(たぶんゲームの『ヴィヴィアン』の仕様をとことんリアルにしたんだろうな……)


 昨夜の攻撃の一部はドレス以外の場所も狙われたが、そんな攻撃もドレスにあてたとき同様まったく効かなかった。

 これについてはゲーム内における『防御力』がこの体を守っているのではないかと思っている。ヴィヴィアンのステータスとドレスの防御力による防護は敵の魔法を逆に打ち砕くほどに高かった、という仮説だ。

 インベントリといったシステムが生きていることも合わせると体力なども反映されている可能性がある。

 それを踏まえると……


(この世界の防具がはたしてゲームのそれと同じ効果を得られるか否か……。というより得られても私が持っている装備と同じくらい強力なものは存在するのか?)


 この世界の防具に『防御力』があるか否か、さらにはあったとして自分が満足いくレベルの『防御力』を持った装備は存在するのか?

 この疑問は男たちのリーダーが持っていた木剣を見て思ったことだ。

 男たちの自信の源であるかのように見えたあの武器だが、私には見覚えがあった。

 アポカリプス・オンラインの中で初心者の友といわれる『トレント戦士の木剣』。ソルジャートレントという魔物が落とす装備アイテムである。いくつかの下級の黄属性魔法を使えるため戦士が黄属性の攻撃が欲しいときに装備するものだ。

 魔力を消費せずに魔法を使えるためレベルが低く魔力が少なくても使える便利アイテムだが、とはいえ使える魔法は最大でも八等級魔法のため序盤でしか出番がない代物だ。

 そんなものを切り札にしていることがこの世界のマジックアイテムの程度の低さを物語っているように思えるのだ。


 (そうなると選択肢は一つしかない)


 この容姿を引き立てず、なおかつ優秀な防具、加えて今すぐ調達できるものとなるとインベントリの中の装備を使うしかない。しかし問題なのは私は『ドレス・オブ・ヘル』以外の防具は持ち歩いていないことだ。

 『ドレス・オブ・ヘル』の特殊能力はソロプレイに必須だったためこれ以外の防具を着ることは一切なかったためである。

 しかし如何なる運命のいたずらか、この世界にくる直前に友人から一つ防具を渡されていた。


 「これを着るしかないか……。できればいいんだけど、『change,equip→隠者のローブ』」


 行ったのは装備の切り替えである。今装備しているものを指定した装備に切り替えるコマンドだ。

 リアルになった今でも実行できるか不安だったが心配は杞憂に終わる。

 瞬く間に着ているドレスが指定したものに切り替わった。


 「うん、実行できてよかった。ドレスの脱ぎ方なんてわからないし」


 実は割と真剣に悩んでいた問題だったが無事にすんでよかった。

 今装備した『隠者のローブ』とはアポカリプス・オンラインにおける不人気装備の一つである。性能は悪くないのだがその外見がすべてを台無しにしているといわれる。

 全身を覆う灰色のローブに深くかぶる同色のフード、加えてマフラーという組み合わせの装備で、着ればどんなに美男美女なキャラも一様に怪しすぎる何かに早変わりだ。

 かつてバレンタインデーにこのローブを着た集団がゲーム内の町やフィールドを練り歩く『邪教の審問会』が起こった後は着ているだけでいろいろ言われる装備になってしまった一品である。

 おかげで今のヴィヴィアンも超絶美人から不審人物にメタモルフォーゼである。同じ四文字でなんたる違い。


「うむ、これでよし」


 これで脂ぎった視線とおさらばできるはずだ。

 姿の確認はできないものの『ドレス・オブ・ヘル』も再現されていたし、『隠者のローブ』もゲームと同じだろうと思う。

 これで安心して次のことを考えられる。


「とりあえずあの建物を調べるか」


 近くにある土で出来た建物。盗賊が根城にしていたであろう場所である。

 地図とかがあればめっけもの、と足を進める。




 * * * * *




 意外にも中はけっこう整頓されていた。

 ああいった連中は粗野で乱暴で片づけられない連中だと思い込んでいたが連中なりの規律があったのだろう。床が生ゴミだらけだとか虫がそこらじゅうを這いまわっているなどという悪夢は避けられた。


 「でもくっさいなここ。まああれだけ男が集まってればこんなものか……」


 建物の中は基本的に土で出来ている。テーブルや椅子は言うに及ばず食器類まですべて陶器などを使っている。男たちの姿形などからここは中世レベルの文化だと勝手に決めつけていたがけっこう生活水準が高いのだろうか?


 「それは置いといてっと。あ、これかな」


 そこらにおいてあった物を適当にどかしながら探索を続けていくとお目当ての地図を見つける。

 それをテーブルに広げしげしげと眺めると……


 「なぜか読める……。日本語じゃないのに……」


 地図は『トリスティア』と書かれた街らしきマークを中心にした小さい範囲の地図のようだ。書かれた文字は日本語ではないがなぜか内容を理解できる。そしていま考えていることを文字にできることもなんとなくわかる。


 「考えないようにしていたのに……。私はいったいどうなってるんだ……」


 あえて目をそらしていた自身の変貌を再び感じさせられ落ち込む。

 男たちを殺したことに罪悪感はないものの、罪悪感なしで人を殺せることに対しての恐怖感はある。自分はいつの間にか最低最悪の人間に変わってしまったのではないか、と思ってしまうのだ。


 「次に人と接触したとき、どういう感情を抱くかでこれからの方針を考えた方がいいかもしれないな……。そのためにも……」


 さきほど見つけた地図は中央に『トリスティア』と書かれ、道のところどころにどこそこが襲いやすいと書かれているだけで情報が少なすぎる。

 やはりもう少し社会についてなどの情報が欲しいところだ。

 あとはこの世界で使えるお金などもほしい。


 「手当たり次第に探すしかないか……、ん?」


 ふと目を向けた先に扉があった。

 先ほどは目に入らなかったが積み上げた物でふさいであったらしく、ごちゃごちゃ散らかしているうちに見えるようになったようだ。

 もしかしたらここにお金でもあるのかな、と物をどけて扉を開ける。

 扉を開けた先は真っ暗であった。

 先ほどまでいた場所は光をいれるためかところどころに窓のように壁に穴が開いていたがここにはほとんどない。人の手が届かなそうな位置に空気穴らしきものがいくつかあるぐらいである。数歩歩きこのままではろくに調べられないと魔法を使う。


――〈フレイム・ライト〉


 使うのは赤属性の明かりをともす魔法。周囲に熱を発しない炎がいくつか発生し私の周りをぐるぐる回る。

 そして暗闇がはれた先にあったのはおもいもよらぬものだった。


 「っ!」


――〈アイス・エッジ〉

――〈アイス・エッジ〉


 即座に魔法を使い見えた物を切り飛ばす。

 最初に見えたのは鉄格子だ。頑丈そうなそれが土壁にしっかりと刺さっている。そして鉄格子の中にいたのは二人の人間であり、その両方が地面に倒れている。


 「大丈夫か!」


 〈アイス・エッジ〉はたやすく鉄格子を切り裂き上下を切り裂かれた鉄格子はもう役割をはたしていない。急いで駆け寄るが二人とも反応を返さない。

 倒れていたのは一人の少年と一人の少女だ。少年はおよそ15才ほどで少女は10才ほどか。少年と少女は抱き合いともに動かない。


 「おい!おい!」


 きつく声をかけながら二人の状態を確認する。

 外傷はないようだが体が冷えている。立派なものではないがしっかり服を着込んでいるのに異様に体が冷えている。抱き合っているのはせめて少しでも暖まろうとする苦肉の策か。

 いったいなんでこんなに冷えて、と考えて嫌な予想が浮かぶ。


「まさか昨日の魔法が……」


 昨日放った魔法は男どもを消し飛ばし周囲を氷に閉じ込めていた。

 起きた時には少しは温かくなっていたが周囲はかなり冷えただろう。当然建物の中も。


「畜生!死ぬなよ!」


 それに思い至ってしまったらいてもたってもいられない。自分が考えなしに放った魔法が子供を殺すなど後味が悪すぎる。

 インベントリから回復薬をいくつか取り出し両方の口に含ませる。口を塞ぎ無理やり嚥下させれば今にも死にそうだった顔色が幾分かよくなる。

 これですぐに死ぬことはなくなっただろうがそのままにしておいたら同じことが起こるだろう。二人を運び毛布か何かで温めねば、と二人を担ぎ先ほどの部屋に戻る。




 * * * * *




 どれぐらい時間が過ぎたか、少なくとも上がった太陽がまた沈むくらいの時間が経った。

 子供二人はとりあえず小部屋のベッドの一つに放り込んで毛布を掛けておいた。しっかり抱き合っていたため無理に離すこともないかと思ったからだ。

 青白くなっていた顔にも血色が戻っている。峠は越えたようだ。

 今私はこの建物にあった食材を使い料理を作っている。

 置いてあった食材は見た目は地球のそれらと変わらないように見える。毒消し片手に少し食べてみたが変な味がするとか舌がしびれるといったことはなかった。竈に魔法で火をつけ鍋に野菜と肉を煮る。調味料がいくつかあったので味を整える。スープもどきの完成だ。


 「とりあえず起きていたらこれを食わせて……、話を聞けたらいいんだが」


 おそらくあの子供たちはあの男たちにさらわれた被害者だろう。この世界の社会を知らないため奴隷などがいるかはわからないためどういう意図で監禁されていたかはわからないが、少なくとも仲の良いお友達ではあるまい。

ならばそこから助けたということで恩義を感じさせスムーズに情報を、なんてことを考える。子供相手にそこまで打算的な、しかも半ば自分のせいでひどい目にあった子に、と思わないでもないが私も必死なのだ。


「お皿によそってと、いい加減起きてればいいんだが……」


スープを三皿によそい小部屋に向かう。かなり時間が経っているしもう起きていればいいのだが。そう思いながら扉を開ける。


「っ!なんだお前!」


 すでに起きてらした。だが思いっきり警戒されている。

 少年は手を広げ少女をかばい、少女はベッドの上で震えながらこちらを見ている。なんでこんなにおびえられなきゃならん、と考え……


(そういえば今着てるの『隠者のローブ』だった……)


 いつの間にか鉄格子の中から出され、状況がわからない時に現れた全身隠してる不審人物。これはびびる。


(とはいえドレス姿にもどるのも……)


 あの恰好って結構恥ずかしいし、と考え穏やかに声をかける。


「私は君たちをあの牢屋から出した者だよ」


「…………………………」


 沈黙が痛い。監禁されて傷ついているであろう青少年との会話方法など知らないためどう話を進めたらいいかわからない。これじゃあ話を聞けないどうしよう、と思っていると……


グゥ~


 なにやらかわいらしい音が聞こえた。顔を真っ赤にしているところを見るに後ろの女の子の方から響いたようだ。まあ最低でも男たちが死んだ昨晩からまったく食事をとっていないはずなので当然といえば当然か。


「とりあえず食事をとらないか?」


「…………ああ」


 食事を見せながら問いかければ、少年は返事をし少女は顔を赤くしたまま無言で首肯した。





 だが『邪教の審問会』への突っ込みは受け付けない!


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