チュートリアル:戦闘
ヴィヴィアン先生の無双ターン
「グルルルルルル……」
「グルアアアアアアァァァ!」
現在、森を抜けるために歩いているところを狼らしき獣に襲われている。
最初こそ〈フライ〉で飛んでいたのだがこの魔法には思わぬ欠点があった。
――――ドレスで飛んでいると下着が見えてしまうのだ!
というのは冗談だが、どうやら〈フライ〉は高く飛べば高く飛ぶほど、長く飛べば長く飛ぶほどに魔力消費量が加速度的に増えていくらしい。
魔力の減っていく感覚がだんだん激しくなっていって気が気でなかった。あのまま飛んでいたら魔力切れで森を出る前に墜落していただろう。
魔力がなくなった場合どうなるかを検証しないうちは無茶はしない方がいいと思い途中から歩きに変更したがそれは正解だった。
降りてから少し歩くと狙い澄ましたかのように狼たちが襲い掛かってきた。
空を飛んでる人間はきっとさぞかし目立っておいしそうだったのだろう、たくさんいた。
囲まれてリンチはソロの魔法使いにとってもっとも避けたい状況だというのに、〈フライ〉で逃げようにもすでに手遅れなほどに近づかれてしまった。
力を手に入れても所詮は一般人、肉食獣に囲まれた状態で冷静に対処できるかといえば否である。
このままでは狼たちの晩御飯になるのは時間の問題、そう思っていたのだが……
――〈スイング〉
「ギャウ!」
「キャウン……」
飛びかかってきた狼を数体まとめて杖で殴り飛ばす。
なぜだか冷静に戦えた。使ったのは魔法使い用の近接スキルの一つである杖術スキルで会得する〈スイング〉。これを極めたプレイヤーが笑顔でひたすら敵を殴り殺す映像がネットで流れ、運営は魔法職に何をさせたいんだと話題になったスキルだ。
とはいえ杖術スキル自体はなかなか使い勝手はいい。
魔法職は基本杖装備なのでそれ用に別の装備を用意する必要がなく、魔法使いが育てない筋力などに依存しない攻撃方法や、近づいた敵を離したりする特殊スキルなどがある。ソロプレイの私にはとても役立った。
(恐ろしい状況だとは感じてはいるけど、それが恐慌状態には繋がらない。それに杖を振ったことなんてないのに、杖を使った戦い方がわかる……。杖術スキルの恩恵なのか……)
魔法と違い、剣や槍などの武器は剣術スキルや槍術スキルなどにスキルポイントをふればふるほどその武器で使えるスキルを覚えたりその武器を持った時のステータスボーナスが増えたりした。
職業がランクアップすると新しく上級剣術などが出てくるが育て方は変わらない。リアルになった今では、育てたスキルの分だけその武器での戦い方が会得できているということか。
(杖術スキルを取っただけでこれぐらい……。殺人剣とかカンフーマスターとか取ったらどうなったんだろ……)
最上位の剣術や体術を取っていたらハリウッド映画顔負けのスーパーアクションをとれたかもしれない、と意味もないことを考える。
そういった理由から囲まれても余裕だった。
狼たちはさほど強くなく杖をふればあっけなく吹っ飛ぶ。
さらには後ろから襲い掛かろうとまるで背中に目がついているかのごとく迎撃できる。
(明らかに目や耳に頼らない形で敵を認識できる……。インベントリが使えたし、レーダー機能も生きてるんだろうな……。これなら、ハッ、殺気、ていうのもできるかも)
ゲーム内では常に自分の周囲のプレイヤーやモンスターの位置を把握できるマップがあった。
あくまで方向と距離しかわからないうえ、それをごまかすスキルもあったが、現実になるとこれほど役に立つものはない。
先ほどは試していなかったがキャラの性能によらないシステム的な物もいきている可能性がある。
私この戦いが終わったら、メッセージを試すんだ……、と死亡フラグを立てながら杖を振り続ける。
いつのまにか立っている狼は数匹までに数を減らしていた。更にはその数匹もおよびごしである。勝敗はすでに決していた。
もはや背を向けても襲い掛かってはくるまいと狼を無視して歩き始める。飛ぶとまた同じことが起きるため徒歩で、たぶんこっちだったと歩き始める。
狼たちの襲撃は予想外ではあったものの収穫は大きかった。そう思いながら歩き続けた。
* * * * *
「おい、武器の数足りてねぇぞ」
「あ、ジェズの野郎が外持ち出してました。素振りでもやってんじゃないすかね」
ここはエルディアの森。その中で壁も床もほとんど土で作られ、木がほとんどない建物の中である。
そこで多数の男たちが思い思いに酒を飲んだり、雑談をしている。
「ばっきゃろう!俺が寝る前に備品のチェックすんのが決まりだってわかってんだろうが!とっととジェズの野郎呼び戻せ!」
「す、すいません。いますぐ探しにいってきやす!」
大男が怒鳴り、男が急いで駆け出す。
土で出来た建物の中で唯一木でできた扉をバタンとあけ小男は外へ飛び出していった。
男たちは盗賊団である。それもかなり大きな盗賊団だ。
彼らはこの近くにある自由交易都市を目指す商団を主に狙い金品を奪っていた。
「ジェズの野郎め。俺の命令に逆らうたぁ、これの錆にでもしてやろうか……」
この盗賊団のリーダー、ガレボスは忌々しそうに呟く。
盗賊団といっても彼らはそこらの賊と違い、リーダーのもとしっかりとした規律を持っている。
規律といってもあくまで盗賊団をやる上でのものなので、やっていることはほかの盗賊と同じなわけだが。
「ま、待ってくだせぇ親分。ジェズの野郎も悪気があってやってんじゃない。だから……」
「文句言ってんじゃねぇ!俺らが盗賊団として成功をおさめられているのは誰のおかげだと思ってやがる!あんまごちゃごちゃぬかすとてめぇから錆にすんぞ、ああ!」
ガレボスが怒鳴る。
彼らは自由交易都市を目指す商人を狙う盗賊団なわけだが、これはかなりリスクが大きい行為なのである。
自由交易都市は世界中から集まる商人たちが主な収入源だ。
従って都市は商人たちを保護するためにこの周辺の賊たちを徹底的に狩る。
都市は商人の護衛のためなどで多数の傭兵も滞在するため人手には事欠かず、大概の賊は少しの間いい目を見たのち、数も質も圧倒する都市兵により駆逐されるのが常だ。
しかし彼らはそうなっていない。
それは彼らが根城にしているのがエルディアの森という危険地帯だからだ。
エルディアの森はマレイルト王国とデュロマイロス帝国の国境近くにある森だ。
マナの純度が高く出てくる魔物も近辺に比べて強い。
この森のいたるところにいるアーミーウルフは数が多いうえに連携をとり獲物をしとめるまでひたすらに波状攻撃をしかけるいやらしい魔物であり、トレントたちは再生能力を持ち、魔法を使わなければ殺すことが難しい。
そういった理由から近辺の人は絶対にこの森に入ってこない。
「まったく、俺がいなけりゃ、奴らと取引してここに根城を作ることもできなかったつぅのによ」
その時、扉が荒々しく開けられ先ほど出て行った男が戻ってきた。
「親分、大変だ!」
「なんだ、どうしたぁ!」
「敵です!ジェズがやられました!」
「なんだと!まさか都市の冒険者か!」
この森は魔物の巣窟であるがゆえに都市兵はここまで調べに来ない。
しかし都市にはそういった魔物の巣窟を探索するためのスペシャリスト達がいる。
それが冒険者である。
魔物の巣窟は危険な場所であると同時に宝の山だ。
魔物の体は加工すれば上等な素材に変わり、そこでしか取れない鉱石や貴金属が存在するのは珍しいことではない。
よって魔物と戦うことを生業とし、魔物がすむ場所を探索するプロフェッショナルが生まれるのは必然だった。
それが冒険者である。
人と戦うことを生業にした傭兵とは違った強さを持つ人種である。
ガレボスはついに根城の場所がわれ、都市が冒険者を差し向けてきたと思ったのである。
「数は!敵の数は何人だ!」
「一人です!」
慌ただしくなった室内が一瞬止まった。
男たちが顔に一様に浮かべた表情はあきれたような、馬鹿にしたようなそんな表情だ。
「馬鹿野郎!一人だけでこのエルディアの森に入ってこれるわけねぇだろ!寝てたんじゃねぇだろうな、てめぇ!」
「見てきましたよ、この目でしっかり!あんな美人見ちまったら寝てても目が覚めますよ!」
美人という言葉に反応し、一部の男が嬉しそうにした。
敵に美人がいるなら後でお楽しみがあるかもしれない、と思ったのだろう。
ガレボスはそれに対し一喝する。
「しまりのねぇ顔してんじゃねえぞお前ら、ああ!じゃあてめぇはその美人一人しか目に入りませんでしたっておちじゃねえよな?俺がここでぶっ殺してやろうか?」
「違います、本当にその女一人だけだったんです!だけどその女、魔法使いだったんだ!」
再び室内が止まる。ただし今度は恐れからだ。
「馬鹿野郎!それを最初にいいやがれ!てめぇらとっとと武器もって外並べ!スペルキャスターなら囲んでぼこるのが一番いい!」
魔法使いは魔法を使うものの総称だ。
赤、青、黄、緑の四属性を扱うメイジや白属性による治癒が主のクレリックなどすべてをまとめて魔法使いと呼ぶ。魔法を使うものは決して侮るわけにはいかない。戦いに身を置くものにとっての不文律である。
なぜなら魔法は弱いものであっても人を十分殺せるうえ、剣や槍のように単純によけられるものとは限らないからだ。今回、その魔法使いが一人で来たのもそいつが凄腕で一人で十分と判断されたのかもしれない。
そう思い弱腰になる男たちだが、
「馬鹿野郎どもが!こっちにはこれがあるんだ!これさえあれば相手が魔法使いといえど負けはねぇ!」
そういいはなち、手に持ったものを振り上げる。
その手に持つのは一本の木剣だ。柄や刀身に多少の装飾と文様のような模様が浮かんでいるがあくまで木剣である。
だがその色は血の色を思わせる赤であり、さらには見ていると不思議と不安になるおぞましい雰囲気を漂わせていた。
そんな不気味な木剣だが彼らはそれを希望を見るかのような目で見ている。
それもそうだろう、この木剣は彼らがこの地に根城を築ける最大の理由にして、今まで商人を襲うのを邪魔する傭兵らを幾度も蹴散らしてきた彼らの生命線だからだ。
恐怖が薄れ士気が戻る。
そして恐怖が薄れたことで、その後のお楽しみについて考える余裕も出てきた。
「それで、おめぇ。その女は本当に美人だったんだよな?」
「へい。今まで見たことがないほどに美人でした。噂に聞くギルド長の美貌にも負けないんじゃないっすかね」
「へっ、そりゃいい。いくぞてめぇら!自分から喰われにきやがった哀れな女をたっぷりかわいがってやるぜ!」
ガレボスが勢いよく出てゆき、手下たちも急いで各々の武器を携えついてゆく。
彼らは自分たちの勝利を欠片も疑っていなかった。
* * * * *
「たしかこっちだったと思うけど……」
ドレス姿で森を歩く美女ってはたから見るとどう見えるんだろう。
そんなことを考えながらてくてく歩く。
「しっかしこの体ってほんとにチートだな……」
狼たちとの戦闘を終えしばらく経っている。
狼たちと盛大に戯れ、その後歩きづらい森の道を歩き続けたというのにさっぱり疲れる気配がない。
210レベルまで育てれば魔法職といえど体力、筋力ともに相当なものになる。
それが反映されたがゆえのこの健脚なのだろう。
「肉体労働でも稼いでいけるかもな……。いや、やっぱり駄目だな」
ガテン系のおっさんの中に混じって作業をする銀髪の美女、とシュールすぎる光景を想像して笑ってしまいそうになる。
「しっかしまだ建物見えてこないかね……、ん?」
レーダー(仮)に人の反応があった。
このまま進むとかち合うことになるだろう。
とはいえ人と接触するのはむしろ望むところであるので速足になる。
木々をよけつつ進めば人影が見えてきた。
どうやら人影の方もこちらに気づいたようで近づいてくる。
初めて会う異世界人、しっかり友好的にいこうと声を出す。
「すいませー……ん?」
途中で疑問形になっているのは人影が私に対して武器を向けていたからだ。
その手に握っている斧をこちらに向け、男は血走った目でこちらを見ていた。
「おお、近くで見ると余計に美人じゃねえか。運がいいなあ俺。こんなん分け合うなんてもったいねぇ。俺だけで楽しんでやるぜ」
……………………。
あまりにもあんまりなセリフに思考が止まった。
この世界で最初にであった人はちょっとアレな人だったらしい。
というよりよく考えればこんな時間(夜)にこんな場所(狼いっぱいな森の中)で出会える時点で普通の人のわけなかった。
「おうおうびびっちゃてるのかいお嬢ちゃん。心配せずともちょっと可愛がってあげるだけさ、さあこっちきな」
向こうはヤる気満々だ、いろいろな意味で。
なんてアホなことを考えてしまう私だが決して余裕があるわけじゃない。初めて出会った人間から向けられる下種な欲望にあふれた視線に私は……
彼は明らかに敵なんだから、倒してしまえばいいんじゃないか。
――〈アイス・エッジ〉
「あ……?」
無詠唱で発動した〈アイス・エッジ〉が男の体を上と下に両断する。
男は自分に何が起こったのか理解するまもなく絶命した。
「ジェ、ジェズーーーー!」
殺した男のさらに奥に人影がある。
殺された男を見て悲痛そうな叫びをあげたところを見るに、この男の仲間だろう。
男はこちらを見た後、即座に後ろを向いて走り出した。
逃げたのか、それとも仲間を呼びにいったか。
私もまたその男を追い走り出す。
* * * * *
根城を飛び出した俺たちを出迎えたのは、確かにとんでもない美人だった。
腰まで伸びる髪はまるで周囲が明るくなったように感じるほどの輝きを発し、顔は今まで犯してきた女が木石に思えるほどに整っている。
出るところが出て、引っ込むところが引っ込んだその体を包むドレスは装飾こそ少ないが安物だと思わせない風格をもって女を引き立てている。
手に持った杖だけが似合っていないが、そんなことは気にならないほどの美人だ。
部下どもが一瞬惚け、その次に表情をこれ以上ないほど喜びと欲望に染め上る。
すでに敵が魔法使いだとか仲間が一人やられているという事実は頭にさっぱり残っていまい。
「みろよあの顔、俺のを突っ込んでやったらどんな顔するか楽しみだぜ」
「バーカ、おめえなんぞよりも俺の方がな……」
「体の方もよさそうだ。めいっぱい楽しめそうだな、へへへ……」
男たちが己の欲望を隠そうともせず女にぶつけている。
俺が出てきた以上俺たちには負けはなく、子分どもにとっては彼女はもはや獲物でしかないのだ。
しかし女は自分を囲む男たちの欲望の視線を受けてもその表情を一切動かさず、ただ冷静にこちらを見返していた。
「お頭、こんな上物めったに手に入りませんぜ、俺たちで……」
「わかってらぁ、こんな別嬪奴らにくれてやんのはもったいねぇ。俺達の共有財産にしようじゃねえか」
そばに来ていた側近にそうかえす。
契約であるが、こんないい女をくれてやるなぞもったいないにもほどがある。
幸い奴らに渡すぶんは地下牢にまだ二人残っている、それを渡せば一人くらい自分たちの物にしても問題ないだろう。
この女を俺たちの物にすべく声を張り上げる。
「おい、嬢ちゃん。嬢ちゃんはどうやら俺の子分を一人やっちゃってくれたようだが、まぁまさかこの人数相手にかてるたぁ思ってねぇよな?おとなしく捕まればやさし~く可愛がってやるぜ、なぁお前ら!」
そうだ、そうだ、ギャハハハハハ、と子分たちが追従する。
いかに魔法使いといえど囲まれてしまえばどうしようもない。
おそらく女は俺たちがここまで数が多いとは思っていなかったのだろう、俺たちが根城から出てくる時も黙ってこちらを見たまま何もしなかった。
しかし多人数に囲まれた状況にもかかわらず、女は全く表情を動かさず淡々と俺たちの人数を確認している。
その余裕にまさか伏兵でも、と疑っていると……
「なんとか答えたらどうなんだ、おい!」
しびれを切らした馬鹿が包囲から踏み出し女に近づく。
そのまま女の肩を掴もうとして……
ブォン――――グシャ
馬鹿の頭が飛んだ。
女が杖を一振りし、馬鹿の頭をはじいたのだ。それがわかったのは馬鹿の首から上が消え、女が片手で杖を振り切った状態で止まっていたからだ。俺達には、女が杖を振る動作をさっぱり認識できなかった。
相手は魔法使い、肉体の鍛錬より知識の収集に努めるはずなのにすさまじい身体能力だ。
「んな、女ぁ!てめ……」
「黙ってろ馬鹿ども!」
ここにきてやっと認識を切り替える。
目の前の女はこのエルディアの森を一人で歩く怪物で、本気でかからねばいけない相手だと。この女には近寄らずに、これを使うべきだ。
「おいてめぇ、よくも俺の部下を二人もやってくれたな」
「………………」
この期におよんでまだなにもしゃべらない。
その無表情な顔と合わせてまるで人形相手に話している気分になる。
「本来なら俺の愛人にでもしてやったところだが、さすがに二人もやられたとなっちゃ落とし前はつけてもらうぜ」
「………………」
やはり何もしゃべらない。
これ以上なにをいっても意味がないだろう、ならば先手必勝と手に持った木剣の能力を発動する。
――〈アース・ジャベリン〉
地面から人より大きな土槍が数本発生し女を刺し貫かんと殺到する。
この木剣はそれ自体が魔力を持っており、男が命じればいくらでも魔法を使うことができた。使える魔法はいくつかあるが、今回使った〈アース・ジャベリン〉は黄属性の八等級魔法。
八等級魔法は一流の魔法使いがやっと使えるという高難度の魔法だ。特に〈アース・ジャベリン〉は貫通力にすぐれ対個人の魔法としては非常に優秀だ。
そんな魔法を詠唱時間なしで使えるアイテムというのはわかる人がいれば発狂しかねないほどの異常な戦力である。
そんな魔法を向けられた女は……
「う、嘘だろ……」
無傷である。女を貫こうとした槍はドレスに触れた途端に砕けてしまった。
砕け散った土槍の破片がぱらぱらと降りそそぐ。
「ま、魔法をくらって無傷、だと……、なんなんだ貴様のそれはぁ!」
「…………終わりか?」
「く、もう一度だ!」
――〈アース・ジャベリン〉
ようやく開かれた口からでた言葉はひたすらに冷たい。
込められた殺気で体が震える。それに触発されもう一度〈アース・ジャベリン〉を放つがやはり効かなかった。
部下たちは今まで敵を蹂躙してきた魔法がまったく効いていないのを見て固まってしまい使い物になりそうにない。
「…………なら次は私の番だな」
――我が望むは……
そして死刑宣告。女が詠唱を始めた。
その目が雄弁に語っている、お前らは皆殺しだ、と。
「お、お前ら!とっととかかれぇ!」
部下たちに命令を下すが全員女の殺気に呑まれてしまって動けない。
――冷酷なる氷の……
淡々と唱えられる詠唱を止めなければならないと考え再び木剣を使う。
今度の狙いは顔。ドレスが何らかのマジックアイテムであることを考えその防御が及ばぬ場所を狙う。
――〈アース・ジャベリン〉
しかし詠唱は止まらない。
顔を狙った土槍は、顔に触れると同時に前と同じく砕けた。
――無慈悲なる……
すでに詠唱は終わりに近く、あふれ出る魔力により女の足元が凍り付いている。
もはや詠唱を止めることはできない、そう思った時点で方針を変える。
根城を捨てるのはもったいないが、命を落とすよりはましだ。
――〈アース・ウォール〉
――〈アース・ウォール〉
――〈アース・ウォール〉
立て続けに女と自分の間に土壁を作り自分は女の反対方向へと走り出す。
全力で逃げ出す。手に持つ木剣がある限りこの森の魔物は自分を襲わない。
ゆえにこの場を逃げ出せれば生き残るのは難しくない。
そう考えたがゆえの行動だったのだが……
――…………、……《―――・――――――――》
爆発的な青い光が生じたと同時に周囲のものが白く染まる。
エレディアの森に巣食う盗賊の頭ガレボスは己が身になにが起こったか理解することもできず消滅した。
* * * * *
すべての盗賊を殲滅し、一息をつく。
自身が放った魔法により周囲は凍てつき吐いた息が白くなるほどだ。
つくづく魔法というものは恐ろしい。もとの世界にあれば果たしてどれほどの脅威であるか。
しかし魔法の威力よりもなお恐ろしいことがある。それは……
なんで、こんな簡単に人を殺せる?
初めて出会った人間は明らかにアウトローな、自分に対しておぞましい欲望を向けてくる輩だった。話し合いは不可能ならば、一番の対処法は武力に訴えることだろう。
そして使った〈アイス・エッジ〉は男を両断した。何が起こったかわからない、そんな顔をしたまま男の体はばらけた。地面には血と臓物がぶちまけられて、屋外だというのに独特のにおいがきつかった。
そんなところに現れたもう一人の男。おそらくは殺した男の仲間であり、放置すればほかの仲間も集められるかもしれない。こちらは一人しかいないわけなので、集団戦になるならこちらが主導権を握るべきだ。ならばそのまま男を追いかけて集団でいるところを倒すことが一番楽ではないか……
そこまで考えて、後はそのまま考えた通りに殲滅した。だからこそおかしい。おかしくなければならない。
今考えてもあの場での一番の対処は男たちを倒すことだ。こんな力を持っていても、あの欲望に塗れた視線には背筋に冷たいものが走った。そんな輩に対して話し合いを行おうとしても無駄だっただろう。だから倒したことは間違いではない。
しかしなぜ自分はここまで奴らを殺すことに対してためらいがなかったのか。
いくらなんでも、それしか方法がないとしても、殺人という手段に対して少なからず迷うべきではないか。
自分はごく普通の一般人で、人を殺すどころか殴ることもなかったはずなのだから。
そう思い、以前の自分を思い出そうと……
私の名前って、なんだっけ?
自分の名前を思い出せなくなっていた。
この体の名は『ヴィヴィアン』。自身が作った孤高の魔法使いの名だ。
ならそれを作った者の名は……
自分は日本に住んでいて、ただの男子大学生で、あれ?
どんなに思い出そうとしても深く考えてもわからない。
自分はもとからこうではなかったということはわかるものの、ならもとの自分はどんなだったかと考えるとまるで霞がかかったように思い出せない。
どうしてこんなことが、なんで私はこんなことを、いったい何が……
何も思い出せず、何もわからないことに対しての焦燥感がひたすら募る。
自分は知らぬうちに、取り返しのつかない状態に陥っているのではないか。
意識が遠のいていく。
どうやら精神のぶれが許容量を超え意識をシャットダウンしてしまったようだ。
――――だって『ヴィヴィアン』ってそういう魔法使いだろ?
遠のく意識に何かの声が聞こえた。
好きなところを書くと長くなっちゃいますね。
今回視点変更を初めて使いましたがわかりにくいとかあれば遠慮なく
いってください。