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トリスティアの怪しい魔法使い  作者: 安籐 巧
第二章:冒険者の仲間
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第二話 兎狩り

 今回は少なめです。本来は一話とセットのつもりだったからか尺がおかしな感じに……

 トリスティアは危険域に作られた街であるため、町から出ればすぐに魔物と出会う可能性がある。

 とはいえ町から出るたび魔物に出会うようでは交易などできるはずがない。よって冒険者ギルドは街道に冒険者の見回りをだし、発見次第駆逐するようにしている。これはトリスティアが出来た当初からしていることであり、おかげで学習したのか街道に近寄る魔物は今ではほとんどいない。

 しかし街道からあぶれた魔物たちはそれ以外の場所で生きているわけであり、それらは街道以外の場所で少しずつ数を増やしている。それらが増えすぎると街道まであふれ出すことがあるためにトリスティア周辺の魔物の素材は少々割高で買い取ることで冒険者たちが自発的に狩るようにしている。

 今アレスとヴィヴィアンが来ているのもそういった追いやられた魔物が出てくる場所、冒険者たちの間で初心者向けの狩場とされる場所の一つである。


 「ていっ! やあっ!」


 足首ほどまである草が広がる草原でアレスは懸命に剣を振る。

 相手は膝ほどまである大きさの巨大な兎、ラージラビットである。ただし見た目はただの大きな兎であるがこれも立派な魔物である。

通常の兎とは違い毛皮の上からわかるほど隆起した筋肉を持つ後ろ足から繰り出される体当たりは大人であっても危険である。加えて魔物であるがゆえに人間に対して敵意を持つために人間を見れば躊躇いなく体当たりをしてくる。

 とはいえ逆に言えばそれだけの魔物である。

 体当たりは怖いが角も牙もなく防具を纏っていれば致命傷にはならない。剣を弾くような鱗もなければ切られても即座に回復するような再生力があるわけでもない。

 早い話がこの魔物は非常に倒しやすい。さらには肉も美味であり、街道に出没する可能性もある魔物ということで割高に買い取ってもらえるので冒険者たちにはおいしい魔物と認識されている。


 「えいっ! やあっ!」


 そんな魔物を相手にアレスはひたすら剣を振るうが、当たらない。とにかく当たらない。

 袈裟切りに一閃。横に跳びのかれて回避される。それを追いかけるように横なぎ。ハードルを越えるように跳躍され剣は下を通り過ぎる。跳躍後の隙を狙って放った突きはかすり毛を何本か切り飛ばしたがそれだけだ。距離をとった相手に対して上段で放った一撃は間合いを誤り手前の地面にめり込んだ。

 地面にめりこんでいる剣先をみればその威力の大きさを知ることが出来るだろう。ただそれは即座に剣を引き戻せないということであり――


 「あだっ!」


 兎のかわいらしい鳴き声とともに繰り出された殺人的体当たりを腹にもらいアレスが吹き飛ぶ。

 その勢いのままごろごろ地面を転がるはめになり、しかも剣を手放してしまっていた。誰がどう見ても隙だらけ、ラージラビットの方もそう感じたのか深く体を沈めて追い打ちをかけようとし――


 「はい、そこまで」


――〈アイスエッジ〉


 アレスの後ろで見守っていたヴィヴィアンの放った氷の刃に首を飛ばされた。

 切断された首からでる血であたりに鉄くさい臭いが満ちる。それに鼻をしかめながらもヴィヴィアンは近づき、手をかざして兎の死体をインベントリに放り込んだ。

 残っているのは地面に飛び散った血痕だけである。


 「お、おおおおううぅぅぅ…………」


 「いいのをもらったな。大丈夫か?」


 「だ、大丈夫、です……」


 痛そうにうめいていたアレスだったが心配そうに声をかけるヴィヴィアンにいつまでもうずくまっている姿を見せるのが恥ずかしくなった。気合でうめくのを止めて立ち上がる。

 それでも顔には脂汗が出て、腹に手を置いているあたりしまってないが。


 「これで5戦5敗だな」


 「うっ……。面目ないです」


 既にラージラビットにはさっきのを含み5回出会い、ヴィヴィアンのインベントリの中には5体分の兎の死体が入っている。たかが兎とはいえ脛ほどある物が数体あれば、両手の中には納まらない量である。それだけあっても問題なく収められるインベントリはとにかく便利だ。

 ともかくアレスが吹き飛ばされ、吹き飛ばしたラージラビットの首をヴィヴィアンが飛ばすのもこれが5回目である。アレスは連戦連敗、一度もラージラビットに勝てていない。


 「……すいません。わざわざ手伝ってもらっているのにこの体たらくで」


 「でも攻撃も当たるようにはなってきたじゃないか。ジャンプした後の隙を狙いにいったのは悪くなかった」


 「でも結局当たってないです。魔法使いのヴィヴィアンさんも当てられるっていうのに……」


 「いやまあ、私を普通の魔法使いと一緒にしてもしょうがないとは思うが……」


 アレスがいっているのは最初にヴィヴィアンが見本として見せた戦いのことである。

 飛びかかってきたラージラビットを杖術スキル〈受け流し〉でさばき、着地した所を狙い一撃でしとめた。

 そんな様子を見て意外と楽なのかと思ったアレスだったが、それは大きな間違いだった。一見楽そうに見えても命の奪い合いが楽なわけがないのである。


ラージラビットの体当たりは自分では止めることも受け流すこともできなかった。

それなら体当たりを避けて、と思ってもいきなり来る攻撃に反応しきれない。

 いっそ体当たりされる前に倒そうとしても攻撃はよけられ逆に隙をさらす始末。


 どうしようもなく惨めな顛末であった。おかげでアレスは今までにない勢いで落ち込んでいる。

 ヴィヴィアンもフォローしたいが、こういうのは周りが何と言っても本人がどう思うかの問題なので意味がない。ついでに精神男であるヴィヴィアンにはこんな場面で慰められても、男にとっては屈辱でしかにこともよくわかっていた。


 「そ、それじゃあ次の奴を探そうか」


 「…………はい! 次は一人でやります!」


 だから、彼女にできることは彼が満足できるまで訓練につきあってやることだけであった。








 「と、まあこんな感じだった。ライフアーマーをすでに会得してるからいいが、そうでなかったら大けがだったな」


 「お兄ちゃん……」


 アニーにせがまれ冒険者としてのアレスについて話していたが、あまりな兄の惨状に思わず彼女は何とも言えない感情を吐露する。

 既にアニーとヴィヴィアンは風呂から上がり、今はヴィヴィアンの長い髪の毛の水気を取っているところである。なにせ腰まで伸びる長い髪なのである、自分でやれば一苦労なそれだがアニーは甲斐甲斐しくやっている。

 結構大変な作業であるが、アニーにとっては全然苦ではない。枝毛などまったくなく、手を入れればさらりと流れる銀髪は何度見ても見惚れてしまうほどの輝きである。それの手入れを任せてもらえるのは、彼女にとってもうれしいことなのである。

 そんな状態で髪を拭かれながら暇そうにしているヴィヴィアンにアニーは話をせがんでのだが、聞かなければよかったと後悔している。


 「何か悩んでるとは思ってましたけど、そういうことだったんですね。すいません、お兄ちゃんが迷惑をかけて……」


 「いや別にアニーちゃんが謝ることじゃない」


 「で、でも……」


 「アレス君もここ数日努力して、数匹に一匹は手助けなしでもやれるようにはなってる。それにこうなることも予想はしてたし別に迷惑だとは思ってないさ」


 「ありがとうございます……。でも予想してたって、どういうことですか?」


 「アレス君は今まで剣を握ったことなんてないわけだから、上手く戦えるわけはないと思ってたよ」


 剣は数多ある武器の中でも扱い使いやすい部類だが、それにしたって上手に扱うには訓練が必要である。

 ただ振ればいいというわけでなく刃筋をたてなければ相手を切れない。重量で相手を切りつぶすグレートソードのような物であれば打撃として有効かもしれないが、アレスが使うようなブロードソードではそこまでダメージは見込めないだろう。

 それに慣れないうちは間合いを測ることも難しい。実際にアレスは間合いを見誤って攻撃を外している。

 さらに言えば魔物は生命力が高く、一撃でけりがつくことなどほとんどない。攻撃は常に次につなげたり、あるいは相手の行動に対処できるよう考えなければならない。

 そのほかにも相手の動きを推測したり、攻撃を避けられぬようフェイントを入れたりとやるべきことは山ほどある。

 むしろそれらをいきなりできていたら天才を通り越して鬼才というレベルだ。


 「それじゃあ何でお兄ちゃんが一緒に冒険者をやることを許したんですか?」


 「誰が何を言っても冒険者になるのを止めようとはしないだろうからね。ちゃんと戦えるようになるまで私が見ていた方が安全だろう」


 「……本当にすいません」


 ヴィヴィアンが気づいた時には、アレスは既に冒険者になるための準備もしていた。もうそこからは周りが何と言おうと止まらないだろう。仮にヴィヴィアンが冒険者としてのチームを組むことを断ったとしても。

 言うまでもなく魔物との戦いは命がけだ。既にライフアーマーを得ているアレスはたいていの事では死なないだろうが万が一のことはありえるのだ。

 もし彼がいい仲間を得られるのであれば問題ないが、コネも経験もないアレスが腕のたつ仲間を得られるかと聞かれれば確率は低い。ないだろうが、ヴィヴィアンのまねをしてソロで活動しようものなら死亡確率はグラフをつっきる勢いで跳ね上がる。

 なんにせよ彼が冒険者になった時点でアニーやヴィヴィアンにとっては心配すぎる日常が幕を開けるのは決定である。それならばいっそ自分のそばにいさせておいた方が安心だからだ。


 「どちらにせよしばらくはやることがなかったところだ」


 ヴィヴィアンの目標は地球への帰還。そのために当面はエルダートレントロードやヴェノムサラマンダーのようなボスモンスターを討伐していこうと考えている。

 しかしそれをするためにはある問題があった。それは肝心のボスモンスターの居場所がわからないということだ。

 この世界、アーネスは魔法や武技、魔物の種類などアポカリプスオンラインと同じ所は多々あるものの、地理に関しては似通ってるところすらない。しかもゲームでは毒沼で出てきたヴェノムサラマンダーが地底湖に出てきた時点でゲームと似た地形を探し回ったところで成果が出るとは限らないのである。


 (図書館で調べた限りではボスモンスター、この世界では『王』って言うんだっけ、居場所とかそういうのはなかったからなあ。過去に何度か出てるそうだが討伐されてるみたいだし)


 図書館で調べても今ヴィヴィアンが手を出せそうな『王』の居場所の情報は見つけられなかった。代わりにこの世界における『王』の危険性はよくわかったが。

 『王』は通常の魔物よりも人間に対しての敵意が強いのか、過去に何度か眷属とともに人間国家への侵攻を行った例があるらしい。たいていの場合はその時の軍や冒険者たちによって深刻な被害が出る前に討伐され事なきを得たようだが、一度子鬼(ゴブリン)の『王』が大量の眷属、一国の軍に比する大群で侵攻を行った際には一国が滅びかけたという資料もあった。


 (確かにエルダートレントロードは眷属といっしょに世界征服しようとしていたしな。ほかのボスモンスターもそういう風に考えていてもおかしくない、のか?)


 なんにせよヴィヴィアンにはどこに行くか、そういった行動を決めるために必要な情報が何一つないのである。

 魔物のせいで人類がたどり着いていない場所など腐るほどあるこの世界で、何の当てもなく探し回るなど無理難題にもほどがある。

 そのためにヴィヴィアンは最初からしばらくはこの町で情報収集に徹するつもりであった。だからしばらくはアレスの面倒を見ることになっても問題ない、という結論に達したのである。


 「ただ暇をしているよりは友人のために動いている方が精神的にもいいしな。そうやってアニーちゃんが頭を下げるようなことじゃないよ」


 「そういってもらえると幸いです」


 そこまで言ってようやくアニーの顔に笑顔が戻る。

 彼女にとってわがまま言ってついていった兄の醜態はそれほどまでにいけないものだったらしい。身内の恥はわが恥といったところか。


 「お兄ちゃんも男です。遠慮せずびしばし鍛えてやってください」


 普段の明るい調子に戻ったアニーの一言であるが、それは今のヴィヴィアンにとって痛い一言である。


 「うーん、鍛えると言ってもね……」


 「何か問題でもあるんですか?」


 「私は魔法使いであって剣士ではないからな。アレス君が魔法使いを目指すならともかくさすがに本職の剣士としての訓練はちょっと無理だ」


 「そうなんですか? 意外です。ヴィヴィアンさんでも出来ないことってあるんですね」


 「むしろできないことの方が多いよ」


 ヴィヴィアンは純火力型の魔法使いである。

 一応はソロプレイということで接近されたときのための杖術スキルを持っているが、それはあくまで敵の攻撃をしのいで魔法の詠唱をするためのものだ。決して杖で叩きのめす撲殺系魔法使いになるためではない。

 誘拐犯どもはそのまま殴り倒しているが、それは相手が戦闘員ではなかったり後衛であったりで圧倒的レベル差によるステータスで押し切っただけの話である。

 つまりヴィヴィアンの戦いとは常に力押しなのである。それは魔法を使って戦う場合でも同様だ。むしろドレス・オブ・ヘルの効果で非常識までに高い火力を誇る彼女にとっては力押しこそが一番の上策なのだが。

なんにせよヴィヴィアンには剣の戦い(技術)を教えることはできないのである。だから今は万が一の時に手助けをする形でひたすらに彼に戦いの経験を積ませるという訓練方法をとっているのだ。

 といってもこの方法では彼が使い物になるまでかなりの時間がかかるどころか、そもそも使い物にならない可能性すらある。ヴィヴィアンにしてもそれはわかっているから――


 「どこかにいないかな……。アレス君に剣を教えてくれる人……」


 アレス君かっこわるいの回です。

 ちなみにヴィヴィアンはスキルの効果で杖を手足の延長のように扱えます。おかげで間合いを間違ったりせず、片手で風車をやったりもできます。ただ知識によるものでなく感覚的なものゆえに人に教えるのは難しいです。自転車の乗り方を人に教えるのが難しいのと同じですね。

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