チュートリアル
二話連続投稿です。
「うぅん……」
うめき声をあげながら目を覚ます。
意識を失う前後の記憶が曖昧だが、どうやら横になっていたらしい。
寝起き特有の気怠さを感じつつ、腹筋を使い上半身のみを起き上がらせる。
そして伸びをして目元をこすりつつ呟く。
「森?」
一瞬、まだ夢の中にいるのかと思った。しかし意識ははっきりしているし、頬にあたる風の感触はここが夢の中ではないと自分に教えてきている。
目覚めた場所はベッドの中ではない。それどころか自分の部屋、というか屋内ですらない。
あたりを見渡せば見慣れた壁はなく、鬱蒼と茂る木々がある。
加えて今は夜なのだろう、雲一つない空には昨今の都会では見られないようなきれいな月と星が輝いている。
そして何処からか水が流れる音が聞こえてくる。
遠くない位置に川かなにかがあるのだろう。
(きれいな星空だな……。こんな星空は写真集ぐらいでしか見られないと思っていたけれど……)
周りには膝の位置ぐらいまでの草が生えており、自分はその草を下敷きにして寝ていたようだ。
下を見れば、押しつぶされた草が……
「あれ?」
そこで違和感に気が付く。
違和感というのは具体的に言えば自分の声が普段のそれと違ったものであるとか、あるいは今身に着けているものが自身の寝巻や普段着などとは明らかに異なっていることだとか、下を見たときに邪魔をする自身の胸のあたりにあるでっぱりなどであり……
「……………………」
フニ。
おもむろに掴んでみる。温かく、柔らかい。
フニフニフニフニフニフニ……
しばらくそのまま揉みしだく。
掌で感じる温かさと柔らかさを堪能しつつ、同時に伝わる自身の胸が揉まれる感覚にその事実を受け入れざるをえなくなった。
今、自分が揉んでいるのは、自分自身の胸であると。
もはやこの段階で事態は私のキャパシティーを超えている気がするが、さらに憂鬱な問題がある。
着ている服が明らかに男が着るものではない気がするのだ。
だってさっきから下半身が涼しい。
この膨らみ(胸と認めたくない)が邪魔で下はよく見えないんだが。
やばい、今の自分の姿を確認するのが怖い。しかし確認しないと……。
自身に起こった事実を把握すべく鏡を探す。
とはいえ森の中、そんなもんはなかった。
だがしっかり確認せねばならないしどうしたら、とそこで思いついた。
(さっきから水音が聞こえるし、水面を鏡代わりになんとか確認できないか……)
少なくとも当てはそれしかない。
幸い水音はさほど遠くない位置から聞こえているようだ。
とりあえず水音のする方へ歩いて行った。
* * * * *
草をかき分けつつ歩けば水音の源にはすぐたどり着いた。
木々が途切れた先にあったのは巨大な湖だった。
それも今まで見たことがないほどに澄んだ水である。
それほど大きい湖ではないため見渡せばこの湖が円形に広がっているものだと確認できる。
不思議なのは湖だというのに波が起こっていることだ。水音はこの波が原因だったらしい。月光と星光が水面に反射し幻想的な雰囲気を醸し出している。
満天の星空と合わせ、これまで美しい景色だと思っていたものがかすんで見える。
普段であればこの景観に感動し存分に見とれているところだろうが、今の自分にはもっと重要なことがある。
速足で湖のほとりに近づき今の自分の姿を確認する。
「うわぁ…………」
水面に映った自分の姿に絶句する。
ついに確認できた自分の姿はある意味で予想通りであり、ある意味で予想以上であった。
水面に映っていたのは絶世の美女といっていいほどに整った顔立ちだ。髪は白銀に輝き、金色の瞳はまるで宝石のようだ。
目つきが若干冷たい感じだがそれが逆にできすぎた人形のような美しさを作り出している。
感想、恐ろしいほどに美人。水面に映ったその姿に見とれてしばらく身動きがとれなくなるほどには。
「…………………………、はっ!」
その顔に見とれたまましばらくたち、ようやく現実に帰ってきた。
美人だ、美人すぎる、なにこの美人、と思考を飛ばしそうになるのをなんとかこらえもう一度顔を確認する。
テレビでも見られないような美人である。
すくなくとも自分の周りにこんな美人はいなかった。
しかし彼にはこの顔に見覚えがあった。
具体的にはいつもやっているゲームの中で。
画面に映っていた『彼女』を現実に持って来ればきっとこんな顔なのだろう。
「やはりこの体は『ヴィヴィアン』なのか……」
口からこぼれる声もこの美貌にあった涼しげな声である。
ゲームでは自キャラが声を出すことはなかったが、なんというか自分が想像していた『ヴィヴィアン』と同じ声である。
顔と声がそうであるならば体や装備もやはりそうなのだろう。
今の服装に見覚えがあるのもゲームでよく見ていた服装だからだろう。
いま彼が着ているものは、ゲーム内での『ヴィヴィアン』の武装、神話級装備『ドレス・オブ・ヘル』である。
「いったい何が起こった…………」
ついに自身の体の変貌をしっかり確認してしまい呆然としてしまった。
「とりあえずこれからどうする……?」
波音を聞きながらしばらく呆然としていたがこのままではいかんとこれからの事を考える。
考えるべきことはたくさんあるが、目下のところ知りたいことは、
「この体がどこまで『ヴィヴィアン』なのか……」
自分の声が気を抜けばいつまでも聞いていたくなるような美しい声になっていることに気をそがれながらも考える。
知りたいのは今のこの体のスペックである。
外見や装備はほとんどゲームのものをリアルにしました、といった感じだがそれならその能力はどれほど再現されているのか確認しておいて損はない。
一番最初に確認しておきたいのはやはりあれだろう。
どんな人だろうと一度は使ってみたいと思い、中学二年生ぐらいの時にはいろいろ黒歴史を作る原因にもなるあれ。
「〈アイスエッジ〉」
瞬間、目の前に人より大きそうな氷の刃が出来上がる。
さらにはそれが一気に飛び去り離れた位置の木に当たる。
刺さると思われた氷の刃はそのまま木を切り裂きさらに奥の木にもあたり、それすらも豆腐のごとく切り裂き進む。
後に残ったのは切り裂かれいまにも倒れそうな木々たちだけだ。
(魔法は使えるか……。さらに言えば、魔力らしきものを認識できるし操れると……)
魔法を使ってみようと考えれば自然とそのやり方がわかり実行できた。
なんとも不思議な感覚である。
(下級魔法でこれか……。はたして最上級魔法なんて放ってたらどうなってたんだろう……)
アポカリプス・オンラインにおいて魔法は十のレベルで分けられている。
下から順に、十等級、九等級、八等級と続き、一等級魔法が最高レベルである。
この等級のなかでさらに十等級から八等級までを下級魔法、七等級から五等級までを中級魔法、四等級から二等級までを上級魔法、一等級魔法は最上級魔法と呼ばれる。
今使ったのは十等級魔法の〈アイスエッジ〉である。
(とはいえ青属性魔法はドレス・オブ・ヘルの能力で強化されているだろうし、あまり威力の指標にはならないか……)
魔法の属性は全部で六つある。
赤、青、黄、緑、白、黒、と色で表され、ヴィヴィアンは主に青属性魔法を使っていた。
青属性は水や氷の魔法が多く、神話級装備ドレス・オブ・ヘルは装着者の青属性魔法を強化する能力を持つ。
〈アイスエッジ〉がこの威力とはいえ、ほかの10等級魔法までもがこの威力をだせるとは限らない。
(なら次に確かめるべきはアイテム関連かな……)
アポカリプス・オンラインでは装備しているアイテム以外はアイテムボックスという名の異空間に保存している。
数に制限があるためおもに入れておくのは回復アイテムや予備装備などである。
アイテムボックスを意識するとぼんやりと何があるかのイメージが頭の中に浮かぶ。
浮かんだイメージの中から一本の杖を選ぶと手の中にそれが現れた。
(アイテムボックスもまた使えると)
取り出したのは木でできた長さ1.5メートルほどの長杖。
一本の枝をそのまま使ったかのような外観の杖だが先端には伸びた枝が絡まるように青い宝石が埋め込まれている。
名前はブラスティングロッド、通称殴り杖。
魔法を使うための能力よりも近接戦闘向けの能力の方が多いという魔法職の装備とは思えない仕様の杖。
運悪く敵に囲まれてしまった場合などに使うヴィヴィアンの予備装備の一つだ。
それが持つ能力を発動させる。
――〈ショック・ウェーブ〉
見えない波動が生じ木の一本にあたる。
まるで勢いよく巨大なハンマーをたたきつけたかのような轟音と共に幹がはじける。
街路樹などよりも立派そうな木であったが一撃で折れてしまった。
うわぁーとあきれたような声を出す。
どうやらいつの間にか自分は超人になってしまったようだ。
一言唱えれば刃が飛んで、杖を一振りすれば木が吹っ飛ぶ。
子供だったら快哉をあげるところだがこの力がもたらしうる厄介ごとを考えれば素直に喜べない。
(確かめるべきはこの世界の社会について、具体的には魔法の有無とかかな。アポカリプス・オンラインの設定に準拠してればいいけど……)
自分が魔法を使えることが判明したがこの世界の住民がどの程度魔法を使えるかはわからない。
アポカリプス・オンラインでは210レベルが最大である。
プレイヤーは1レベルのローグから始め、10レベルで一回目の転職、30レベルで次の職業、60レベルでその次と階差数列の形で職業をランクアップさせる。
今ヴィヴィアンは210レベルのエルダーウィッチ、攻撃系魔法職の中で最強の職業だ。
この世界がアポカリプス・オンラインだとすれば魔法自体は普通にあるだろうがどれくらいの魔法が普通なのかはわからない。
NPCは戦闘を行わなかったので基準にする情報がないのだ。
たぶん自分は強者の位置に立っているだろうが、それがあくまで強い人レベルなのか化け物と恐れられるレベルなのかはわからない。
それがわからないうちはむやみに力をふるうのはよした方がいいだろう。
(ともかく人に接触しなきゃどうしようもないな。まずはどうやって人のいるところを探すか……)
これ以上この場で悩んでいてもしょうがない、と状況確認と考察をやめ次の事を考える。
人を探すためには町か何かを探せばいいだろうがそのためにはまず森を出る必要がある。
とはいえ地理情報は皆無、したがってこれからとれる手段はとりあえずまっすぐ歩いていくか……
「魔法という反則を利用して情報を得るか、だな」
魔法を自重するという方針を立てたばかりなのに周りに人がいないから、と言い訳をしつつ魔法を唱える。
唱えた魔法は緑の七等級魔法〈フライ〉。ゲーム内では少し浮いて地形の影響を避ける程度の効果であったそれだが……
「おおぉ」
体がふわりと持ち上がる。
念じればそのまま浮かび上がり木々のてっぺんにまでたどり着いた。
頭上には先ほどよりも近づいた空がある。
翼を持たない身体で自由に飛べるとは、やはり魔法は反則的である。
「魔法も自由度があがっている……。この調子なら同じ魔法でも威力を上下させたりとかもできるか?」
再び魔法の考察に入ってしまいそうになる。
実際とことんまで追求してみたいものだがきりがなくなってしまうだろう。
考察は一旦諦め高度を上げる。
木々の高さを通り越し、しばらくさらにのぼればあたり一面を楽に見渡せるようになった。
この森はそこまで大きくないようだった。
それなりに離れているが木々が途切れて平原となっている場所が見える。
さらにその手前には小さいながらも建築物らしきものも見えた。
この体はどうやら視力も半端じゃないらしい。
「とりあえず、目指すはあの建物かな」
そのまま建物がある方向へ飛ぶ。
なかなかの速度が出ている。
異界の星空を近くに感じながら全力で空を飛んだ。
次回は初戦闘です。