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トリスティアの怪しい魔法使い  作者: 安籐 巧
第二章:冒険者の仲間
19/22

プロローグ

 久々の更新です。とりあえず視点をすべて三人称にしてみました。変なところとかあったら具体的に指摘してもらえるとありがたいです。

 お風呂の準備というのはわりと大変な労力がかかるものだ。

 第一に人がつかることができる量のお湯を集め、加えてその量の水を温める必要がある。水道にガスといった物がそろっていれば蛇口をひねるだけの作業だが、それがない場合にかかる労力は口舌にし難い。ドラム缶風呂などをやってみればその苦労の一端はつかめるだろう。

 そんなお風呂であるが、トリスティアにおいては入るのはさほど難しくはない。

 この世界にはガスや電気といった物はないが、代わりに地球にはない魔法や魔具というものがある。その魔具の中でも魔石と呼ばれる種類の物は光ったり熱を発したりと電気やガスの役割をはたせるものなのだ。

 トリスティアという町、というよりこの世界はいかにもファンタジーといった雰囲気の割に生活水準は意外に高く、お金さえあれば個室の風呂がある部屋に泊まるのはさほど難しくはない。実際歓喜の魚亭は個室ごとに小さいが風呂はついている。

 日本人としては毎日お風呂に入りたいが、しかしとある事情で公衆浴場を使うことができない。そんなヴィヴィアンにとって人目を気にせず入れる風呂を労せず確保できたのは幸運であった。あったのだが……






 湯気に満ちた個室の中で二人の女が並んで座っている。二人とも一糸まとわない状態である。

 一人はまだ十代前半の少女である。健康的に日に焼けた肌は若さゆえか水を弾き、起伏の小さいながらも成長している体はある種の性癖を持つ者の目を離さないだろう。彼女はとても楽しそうに笑みを浮かべている。

 もう一人は二十歳ぐらいだろう女性だ。少女とは違いまるで日に当たったことなど一度もないような白い肌をしており、さらには起伏にとんだその体型はおそらく目にした男のほとんどを魅了することだろう。しかしその顔は現在、少女とは対照的に何かをこらえてるかのようだ。


 「痒いところはないですか?」


 「…………ないです」


 嬉しそうに笑う少女、アニーは苦しそうな女性、ヴィヴィアンの背中をタオルで洗っているところだ。泡立てられたタオルで丁寧に丁寧に洗うその姿は、あるいは彼女が自身の体を洗うときよりも丁寧であるかもしれない。

 といより実際アニーはそれぐらいの心づもりでヴィヴィアンの体を洗っていた。


 「本当にヴィヴィアンさんの肌って綺麗ですよね。傷どころか染みの一つだってありませんし……」


 「…………あの、アニーちゃん? あんまりじろじろ見ないでくれるとありがたいんだけど……」


 「あ、ごめんなさい。でも大丈夫です。ヴィヴィアンさんの肌に傷をつけるなんて絶対にしませんから、安心して手入れは任せてください!」


 ぐっ、と握りこぶしを作り決意をあらわにするアニーである。その決意に満ちた表情には使命感のほかにも重大な事を任される喜びのようなものも感じられる。

 そんなアニーを見ないようにひたすら前を向いているヴィヴィアン。その苦しそうな表情からは単純に少女とお風呂に入っている罪悪感のほかに自身の考えなしに対する後悔から来るものだ。


 「いやアニーちゃん、別にそんなに気負わなくても……」


「今までヴィヴィアンさんが受けていたのとは劣るとは思いますけど、私頑張りますから!」


「………………よろしく」


 「はい!」


 そもそも一緒にお風呂に入ることが不本意なヴィヴィアンはアニーを諌めようとするが、とても明るく嬉しそうな彼女の声に負けて押し黙る。この光景はすでに何度か繰り返された光景である。

 そもそもなぜ彼女たちがいっしょにお風呂に入っているのか、それはトリスティアに着くまでにした彼女たちの約束が原因である。

 ヴィヴィアンはもともと男である。であるからして、女性の肌の手入れの方法など当然知る由もない。もしも本格的にネカマをやっていれば別だったのだろうが、少なくともヴィヴィアンはただの女性キャラを使っているだけでそれらの知識を持っていなかった。

 そんなヴィヴィアンにとってのお風呂とはザバーと体を流してグアーと髪を洗ったらゆっくりお湯につかっておしまいである。男であればなんら問題ないのだが、それを絶世の美女がやっていればどうなるだろうか。


答、アニーちゃん怒る。


 アニーちゃんは小さくとも立派な女の子、肌の手入れは怠れば大変なことになるということは既にわかっている。そんな彼女にとって比類のない美しさを誇る、加えて命の恩人であるヴィヴィアンが自分の美貌を粗末に扱っているのを黙って見ていられるはずがなかった。

 おかげで道中は連日アニーによる美容講座をヴィヴィアンは受ける羽目になる。しかし女性の手入れは元男にとっては複雑怪奇、ヴィヴィアンは即座に音を上げた。

 アニーとしても恩人を困らせたいわけではないので無理強いは気が引ける、しかし黙って放置はありえない、そんな彼女が出した答えは……


 なら私が全部やればいいじゃない


 ということから彼女はヴィヴィアンの手入れの類はすべて己の手でやることにした。それには当然お風呂も含まれているということだ。

 ヴィヴィアンとしても最初は断ろうとしたものの、断ろうとした時のあまりに悲しそうなアニーの顔にうっかり了承してしまったのである。

ヴィヴィアンとしてはトリスティアまでの数日間の我慢のつもりだったのだが、アニーはトリスティアに着いても結局一緒にお風呂に入ってくることとなった。

軽く考えて頼みごとを受け入れるのはよくないとヴィヴィアンは身をもって思い知らされている。


 「はい、後ろ終わりましたよ。次は前をやりますねー」


 「あー、前は自分で……」


 「大丈夫です。任せてください」


 「……………………」


 これもまた毎回繰り返されている光景である。

 一度認めてしまうと次に断りにくく思ってしまうのは日本人特有の押しの弱さゆえだろうか。いそいそと前に回ってくるアニーをなるべく視界におさめないように首を回したヴィヴィアンの視界に入ったのはこんこんとお湯を吐き出している蛇口である。


 (本当に便利だよな。剣と魔法のファンタジーな世界なのに)


「それじゃ洗いますよー、ってヴィヴィアンさん? 聞いてますか、ヴィヴィアンさーん?」


 声をかけてくるアニーにも気にせずヴィヴィアンは考える。

 思い出すのはここ数日トリスティアの町内で見た様々な物だ。

 この世界は機械がない代わりに、それらを様々な魔法や魔具で代用しているのか生活水準は高い。この蛇口など最たるものだろう、現代から見ればひねれば水やお湯が出るなど当たり前かもしれないが、それを成すためには莫大な労力がかかるだろう。

 それ以外にも質の良い紙を使った本が無料で読めたり、塩や香辛料の類を簡単に購入できる。

 おかげで中身現代人なヴィヴィアンでも普通に生活ができている。仮に中世レベルの生活水準の世界であれば、ヴィヴィアンはあっという間に参っていただろう。現代人のひ弱さをなめてはいけない。


 (すごい不思議だよな。剣と魔法のファンタジーな世界なのにやたらと現代的な施設)


 「ヴィヴィアンさーん、聞いてますかー? むぅ……」


無視される形になったアニーちゃんは不満顔だ。

 しかし目の前の現実から目を背けたいヴィヴィアンはそのまま思考に没頭しているがゆえに気付かない。だから、気がついた時には遅かった。


 (これぐらいできるならもっと街並みも現代っぽくていいだろうに、なんだか観光地みたいな感じがするっ!)


 「んぅ!」


 「ふわぁ……。思った以上です、これ……」


 「ひぁっ! な、何してんのアニーちゃん!?」


ヴィヴィアンはその不意打ちに変な声が口から洩れてしまった。

 いつの間にか前に回り込んでいたアニーはヴィヴィアンの胸を鷲掴みにしていた。彼女の小さな掌から盛大にこぼれる大きさのメロン二つ、それをぐにぐにとアニーは夢中になって揉んでいる。

 先ほどまでの不満顔が嘘のようである。


 「お母さんも大きかったけど、それ以上です……」


 「い、いやねアニーちゃん、批評してないでやめてもらえない……んぅ!」


 これ以上変な声を上げると男としての大切な物を失いかねないヴィヴィアンは口を引きしめて声を出さないようにする。しかしアニーは今度は鷲掴みから下から掬い上げるように揉み始め、いきなり変わった感触にヴィヴィアンはこらえきれずにまた変な声を上げた。


 「それに荒事をしてるっていうのに傷どころか染みも一切ないし、やっぱり神の加護って美容にも効くって本当なのかも……」


 「え、神の加護ってそんなとこまで効果あるの? っていうかアニーちゃん、そろそろ胸を揉むのを止め……ひゃっ!」


 その後、アニーが満足するまで艶やかな声が浴場に響いていた。







 扉を開けて食堂にふらふらと入ってきた顔なじみに、リシアは呆れたような顔をして声をかけた。


 「ん? アレスじゃない。また休みに来たの? なんかいつもよりも疲れて見えるけど」


 「ああ、うん」


 今はすでに夕飯時を過ぎ、客でにぎわう食堂からも人が消えてリシアたちは後片付けをしている最中だ。両親は今は厨房で片づけや明日の朝のための仕込みをしている。

 そんなわけなので本来従業員でもないアレスは来るべきではないのだが、ここ数日アレスはこの時間帯に食堂に入りこんでいた。

 なんだか疲れを感じさせる足取りで近くの椅子に腰かけるアレスにもすでに慣れたリシアである。テーブルや椅子を拭く手は一切動きを止めていない。


 「まったく、この時間帯はお客さんはいれてないっていうのにさ。まあ、私は男手が手に入るから別にいいんだけど」


 「ああ、本当に助かる」


 「ところで何度も聞いてるけどさ、なんで部屋で休まないのよ。ベッドメイキングもちゃんとしてるし、防音もしっかりしてるわけだから近所がうるさいってわけでもないのよね? 確かに今あんたたちの隣の部屋に泊まっているボレアスさんはいびきがうっさいけど……」


 「……………………」


 テーブルに突っ伏しているアレスは言われて部屋に居られない理由を思い出す。

 原因は語るまでもないだろう、アニーとヴィヴィアンの入浴である。先ほどリシアは防音はしていると言っているが、それはあくまで部屋ごとの話である。

 つまり隣に泊まっている飲んだくれのいびきは聞こえなくても、同じ部屋で入浴している音は普通に聞こえる。

 あくまで音や声が聞こえてくるだけの事であるが、思春期のアレス君には少し刺激が強すぎる。


 (アニーはともかくヴィヴィアンさんはすこし自重してくれないだろうか……)


 はたして浴室の中で何が行われているのか、気になってしまうのは男として仕方がない。更には少し歩いて風呂場の扉を開ければ簡単にそれを知ることが出来るのだ。

 ほんの少し歩けばとどくおふろ(桃源郷)、その誘惑から逃れるために今日も今日とて彼は部屋を飛び出し食堂に逃げ込むのだ。

 そして今日は特にひどかった。普段のアニーがヴィヴィアンを褒める内容もすでにきわどいのに、今回は加えてヴィヴィアン本人の艶やかな声がついていたのである。


 (あれは無理だろ……。部屋を飛び出してこれたのをほめてほしいぐらいだ)


 いままでが理性をやすりで削っていくようなら、今回のそれは破城鎚による一撃である。このままではまずいといつも以上の速度で部屋を飛び出したのがついさきほどである。

 そんなわけだが、ヴィヴィアンは対外的に男で通しているのでリシアに話すわけにはいかない。理由を聞くリシアに黙秘権を行使するアレスである。


 「まただんまり? まあいいけどさ、テーブル全部拭いたし、テーブル全部運んでね。椅子は私がやるから」


 「おう、わかった」


 言いながらも椅子を片づけるリシアに返事をし、アレスはおもむろに突っ伏していたテーブルを掴む。

 彼が掴んだテーブルは8人ほど一度に座れる大きなテーブルだ。横に4人並んで座れる長いそれは、本来であれば二人がかりで運ぶものである。


 「よっと!」


 「おお、すごいすごい」


 しかしアレスはそれを一人で持ち上げた。そのまましっかりした足取りで壁際まで運びゆっくりおろす。そしてそのまま次のテーブルも同じように運び、あっという間にすべてのテーブルを片づけた。


 「いやあ、アレスってばほんと力ついたよねー。冒険者初めてまだ一週間たってないっていうのにさー。どんな鍛え方したのよ?」


 「いや、特に訓練とかした覚えはないんだけどな」


 「ふーん。やっぱり冒険者がもらえる神様の加護ってすごいのね」


 「ライフアーマーっていうらしいけどな、冒険者のあいだでは」


 魔物は最下級のものであってもたやすく人を殺せる力を持っている。冒険者がそんな魔物と互角かそれ以上に戦えるのは、魔物と戦っていると得られるという神の加護のおかげだ。

 冒険者たちのあいだでライフアーマーと呼ばれる神の加護は、人の体ではありえない筋力を与え、岩をも砕く一撃にも耐えられる肌にし、毒をもらっても問題なく動ける体にしてくれる。

 黒の神が作り出した魔物に対して人間が戦えるようにしてくれる白の神の恩寵であるのだ。一般人でもライフアーマーという名称は知らないものの冒険者が神の加護を受けて超人的な力を発揮することぐらいは知っている。


 「そういえば、あの紫色のトカゲにアレスが吹っ飛ばされた時にも大丈夫だったのもそれのおかげなの?」


 「ああ、あれな。まあ、そうだろうな。実際あの時にはもう俺にもライフアーマーがあったみたいだし」


 「すごいねー。いくら冒険者っていっても神様の加護を手に入れるまでは結構時間かかるって聞いたよ。冒険者になったはいいけど、いつまでも神様の加護が手に入らないで諦めちゃった話もよく聞くし、アレスってば才能あったのね」


 「……いいや、まだまだだよ。それよりもリシアはいいかげんにヴィヴィアンさんに詰め寄るのやめろよな。ヴィヴィアンさん迷惑に感じてるだろ。ヴィヴィアンさんは何も知らないって言ってるんだしさ」


 ヴェノムサラマンダーの一件以来、リシアは謎のドレス姿の美女ことヴィヴィアンにぞっこんである。とはいっても普段のヴィヴィアンは隠者のローブを纏っているおかげで同一人物だと気付かれていないが、リシアは毎日のようにヴィヴィアンに謎の美女について聞いている。

 その時のリシアの尋常でない気配は宿屋の常連客でもひくレベルである。


 「うーん、そうなんだけどさ。あの人何かお姉様について隠してる気がするんだよね。いや、勘でしかないんだけど」


 女の直感は侮れない。


 「でも嫌がってるんだからな。少し自重しろよ」


 「で、でもヴィヴィアンさん以外にはてがかりが一切ないのよ。町中で聞いて回ってみたけどそれらしい人を見たって話は聞かないし……」


 「でももだからもないだろう。ヴィヴィアンさんだってお客さんなんだぞ」


 「…………うん、そうだよね、お客様なんだから、不快に思うようなことしちゃ駄目だよね……」


 自分でも思うところはあったのか、リシアは反省しているようだった。これならもう言うことはないだろうとアレスは安心する。


 「…………もう、お姉様を諦めるしかないのかな」


 「それは駄目よ!」


 アレスの言い分に納得はしたものの、諦めなければならない思いにこぼれた一言に厨房から待ったがかかる。

 いきなりの声に驚いたアレスとリシアが振り向いた先にいるのは一人の女性である。


 「いい、リシア、アレス君。恋はね、何をおいても優先することなのよ!」


 「あ、お母さん」


 「メリッサさん……」


 厨房から飛び出してきたのはリシアの母親であるメリッサである。普段はリシアと違いお淑やかな雰囲気を持った美人であるが、今は興奮して話しているせいでそんな風には見えない。

 彼女はリシアとそっくりの猫耳をピンと立てながら語りかける。


 「リシア、恋はね、すばらしいものよ。世界がすべて輝いて見えるくらいに素敵な物なの」


 思うところがあるのかリシアはうんうんうなずいている。そんな娘の様子に満足げにしているメリッサからアレスは一歩引いていた。


 「でもね、そんな恋も諦めたらおしまいなの。むしろ世界が恋をする前よりくすんで見える程よ」


 メリッサは何かを思い出すような目をし、両手で自分の体を抱きしめながらぶるりと体を震わせる。きっと母親も恋を諦めざるを得ない状態になったことがあるのだろう。そしてそれは思い出すのも辛いことなのだとリシアは感じた。

 今の自分と重なる母の体験、しかし話はそこで終わらない。


 「私も今のあなたと同じように恋を諦めざるをえない状況になったことがあるわ。でもね、私はどうしても諦められなかった。だからね私はとても努力したわ。お義父さまやお義母さまにも毎日会いに行ったし、その周りの人たちにもいっぱい良く思われるよう努力したわ。それにあの人の心をつかむ前に彼の好きな食べ物とかも調べ上げてりしたわ。毎日料理を作ってあげたら、もう彼は私が作ってあげなきゃダメな状態になってたわね」


 母親の恋愛経験を聞きながらリシアはうんうんとうなずく。自身の今の状況と重ね合わせているからだ。

 まあ彼も途中でやばいとおもったのか料理を習い始めたけど、と呟くメリッサさんからアレスは距離を置く。なんとなくこれはのろけとかそんなものではない気がしたからだ。


 「それでお母さんは、どうなったの?」


 「うふふふふ、それは今のお父さんとお母さんを見ればわかるでしょう?」


 「わぁ……!」


 「いいリシア、恋はね、狩りと同じなの。いかなる手段を持ってしても思い人(獲物)()を手に入れるのよ。女の勘はそのためにあるの、決して疑ってはいけないわ!」


 「わかったお母さん! まだ諦めるには早いよね! まだ私も頑張てみる!」


 「その意気よリシア!」


 「お母さん!」


 感極まったリシアが飛びつき、メリッサはそれを優しく受け止め抱きしめる。

 そんな親子の様子を見ながら涙を流すのは厨房から顔を出す父親のクライドである。

 その涙には数日前には命を落としかけた娘と妻の楽しそうな会話に対しての喜びのほかに、()を奪われてしまった獲物(恋人)である自分の立場に対しての複雑な感情も含まれているが。

 クライドは涙を拭き厨房から出てアレスに話しかける。


 「すまないね、うちの妻と娘の話につき合わせちゃって」


 「クライドさん。いえ、別に俺はいいんですけど……」


 「ああ、わかってる。悪いんだけど、ヴィヴィアンさんにももうちょっと娘のわがままにつきあってもらえるよう頼んでもらえるかな? 食事をサービスさせてもらうからさ……」


 「…………わかりましたから、クライドさん泣かないでください」


 話してるうちにまた涙が流れてしまったらしい。

 実際クライドにとってはどうしてこうなったとしか言いようがない。

 誘拐された娘が帰ってきたら異様な執念でお姉様とやらを探すようになったのである。年ごろの自慢の娘であるので、変な男に恋することも危惧していたがこんなことは予想していなかった。むしろ悪い虫にくっつかれる方がまだましだったかもしれない。

 これ以上話しているとまた涙が止まらなくなりそうなのでクライドは話を変えることにした。


 「ところでアレス君、本当に大丈夫なのかい? 冒険者は最初の頃が一番大変だと聞くけど……」


 「大丈夫ですよ。もう何日かやってますけど大きなけがはしてませんし、そもそもあの誘拐事件と比べたらどうとも感じません。ヴィヴィアンさんもいっしょにいますしね」


 「そうだけど、なんだか悩んでるようにも見える」


 「…………わかりますかね?」


 「これでも父親だからね。それにアニーちゃんもうちのリシアとメリッサもうすうす感づいているんじゃないかな?」


 本当に女の勘(捕食者の本能)は侮れないんだよ、と猫耳親父(狩られた獲物)。さっきまで泣いてたとは思えない。

 しかしクライドが言ってることは決して的外れではない。実際にアレスは今少し悩んでいることがあった。

 

 「隠せてるつもりだったんですけどね」


 「これでも付き合いは結構長いんだ、話してくれてもいいんじゃないかな? 役に立てるかはわからないけど、相談に乗るくらいならできるよ。それにアレス君の冒険者生活にも興味があるしね」


 「それじゃあ……」


 女二人が姦しく恋話をしているそばでアレスは数日前の、初めて冒険者として働き始めた日の事を話し始めた。

 


 お風呂とメリッサさんは書いていて楽しかったです。

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