第五話 踏み出した一歩
最後の方少し急ぎ気味になってしまった感が……
アニーちゃんはそれっきり私にしっかりしがみついている。
今の時間は夕刻、もうすぐ日が沈む頃合だ。
とはいえ帰ってこないからと言ってこの反応はオーバーに感じる。
とりあえず何があったのかアニーちゃんに聞きたいところだが彼女は今はなせる状態じゃない。
だからこちらを複雑な表情をしながら見ているクライドさんに事情を聞くことにしよう。
「いったい何があったんですか?」
「いや、それは……」
「アレス君に何かあったのなら私も看過できません。教えてください」
顔をしかめながら言葉を濁すクライドさんに対し頭を下げる。
たった数日の付き合いでも私の中のアレス君の存在は決して軽くはないのだ。
そんな私を見てようやくクライドさんは口を開いた。
「……昼ぐらいにアレス君にアニーちゃんが俺の娘のリシアが路地裏に歩いていくのをみたらしい。そのとき様子がおかしいと思ったアレス君がアニーちゃんを置いて追いかけて行ってしまったそうだ。それで先にうちに戻って私とアレス君を待っていたんだが、二人ともまだ戻ってこないんだ……」
つまりは路地裏で何かあったと考えるべきなのだろう。
さすがにこの時間まで帰ってこないとなるとそこで何かしらのトラブルに巻き込まれたに違いない。
「……最近、町中で行方不明になって帰ってこない人が多いって聞きました。だから……」
アニーちゃんもようやくこちらの話に加わってきた。
彼女にとってこの時間は非常に苦痛だっただろう。
あの時兄を止めていれば、警備兵を呼びに行っていればなど悔やんでしまったに違いない。
だからこそあれほどにうろたえていたのだろう。
「もう町の警備兵の人にも話して二人を探してもらっているところだ。だが……」
クライドさんはそういってアニーちゃんを見る。
それを言えばせっかく落ち着いてきたアニーちゃんがまたあの状態に戻るかもしれないということだろう。
警備兵は成果をあげられていないようだ。
「ヴィヴィアンさん!お兄ちゃんを探すのを手伝ってください!」
「いや、アニーちゃん。いくらなんでも一人増えただけじゃどうしようも……」
頼み込んでくるアニーちゃんに対して否定的な意見を告げるクライドさん。
彼の娘も行方不明だというし、彼もまた非常に心を痛めているのだろう。
その顔色はいいとは言えない。
しかし現実的に考えているのだろうからこその否定的な意見だ。
確かに普通なら私一人がいっしょに探したところで警備兵が見つけられない彼らを見つけられるかといえばほぼありえないだろう。
さらにはこの町に来たばかりの私には土地勘もない以上さらにありえない。
しかし……
「いや、なんとかなるかもしれない……」
この世界に来てからの私はゲームと同じことができている。
魔法やアイテムボックス、『ライフアーマー』といったものである。
仮にゲーム内でできたことが今の私にできるというなら、いまのこの状況にぴったりなものが一つある。
「メンバー位置探索」
アポカリプス・オンラインはMMORPGのため複数のプレイヤーがいた。
そしてプレイヤー同士でパーティーを組んで戦いに挑むのが普通だ。
しかしダンジョン内で強い魔物の奇襲などにあった場合にパーティーメンバーが分断されてしまう場合があった。
そんな時のためにプレイヤーはパーティーメンバーの位置を調べられるシステムがあったのだ。
まあ、孤高の魔法使いプレイをしていた私には使う機会がなかったシステムであったが、ゲーム内では使うことなんてなかったのに異世界に来て初めて使えることに感謝するなんてすごい皮肉である。
初めて魔法やアイテムボックスを使ったときと同じく、それをしようと思えばどうすればいいのかがわかる。
今まで感じたことのない感覚ではあるが、アレス君が何処らへんにいるのかがわかる。
なんとなくできると思っていたが、アレス君がパーティーメンバー扱いで本当によかった。
「場所が分かった」
「え?」
「なに?」
ぼそっと呟いたっきり黙り込んでいた私の唐突な発言に驚いた声を上げるアニーちゃんとクライドさん。
あまりにも唐突であったからか一瞬何を言われたか二人は呆けていたが、アニーちゃんは即座に復帰し私に詰め寄る。
「な、なら早く行きましょう!」
「アニーちゃんは駄目だ。アレス君は町の外にいる」
居ても立っても居られないのか私の手を引っ張るアニーちゃんにそう告げる。
あくまで距離と方向しかわからないものの、アレス君は明らかに町の外にいるようだった。
この町トリスティアの周囲は魔物が出没する。
街道周辺は徹底的に魔物が駆逐されて安全を確保してあるものの、それ以外の場所には普通に魔物が生息するのだ。
アレス君がどういった場所にいるかは行かなければわからないがとりあえずアニーちゃんを連れて行くにはリスクが高い。
「アニーちゃんはここで待ってて、すぐに連れて帰ってくるから」
「……わかりました。お兄ちゃんを頼みます」
そういいながら頭を下げるアニーちゃんに対して笑って頭を撫でる。
律儀に頼み込んでくるアニーちゃんに温かい気持ちを感じた。
これは絶対に失敗できないな……
「え?いったい何を?」
いきなりの展開についていけないクライドさんは疑問符を飛ばしまくっているが無視して走り出す。
ひとまずは町を出るために先日通った正門を目指して駆け出した。
* * * * *
「牢屋に縁でもあるのかよ……」
周りを岩に囲まれた部屋の中でうめく。
どことなく湿った空気のする狭い部屋にその声はよく響いた。
周りはすべて壁なうえに唯一の出入り口である扉は頑丈そうな金属製である。
明らかに監禁するための部屋だった。
申し訳程度に明かりが灯っているもの部屋の中は薄暗い。
そんな中で俺は両手両足を縛られ床に転がされている状態だ。
後ろ手に縛られているためろくに体を動かせず、岩がむき出しの地面が地味に痛い。
明らかに捕えた人のことを一切考慮していない部屋にへきえきしながら別の事を考える。
それは路地裏に入る前において行った妹の事だ。
アニーが何か言う前に黙って走っていったからわからないが、たぶん今頃俺の事を泣きながら待ってるんだろうなぁ……
まったく、これじゃあ親父にどやされちまう……
こう何度も妹を泣かせる兄ってどうなんだろう……
「でもアニーを置いてって正解だったよな……」
それだけは確信を持って言える。
リシアを追いかけ路地裏に飛び込んだ後に起こったことを考えればそれだけは確信を持って言えた。
「アニーは先に帰ってろよ」
そういって路地裏に消えたリシアを追う。
あっちは『歓喜の魚亭』とは違うし特にリシアが興味を持ちそうなものがあるという訳ではないはずだ。
トリスティアの路地裏は入り組み角を曲がれば姿は見えなくなってしまう。
今もリシアが角を曲がったためにその姿は見えない。
いったいなぜそんなところに行くのか。
なんだか嫌な予感がする
「おいリシア!おい!」
角に消えたリシアが再び視界に入ったので声をかける。
しかしリシアは振り向くどころか一切反応せずもくもくと歩いている。
もうすでに路地裏に入ってそれなりの距離を歩いている。
周りには人気がなく、なんだかじとっとした重々しい空気が漂う。
「リシア!おい、リシ……っ!」
唐突に背筋に冷たいものが走る。
今まで感じたことのない感覚、よくわからないがその感覚を無視してはいけない気がした。
「うおっ!」
慌てて身をよじれば体のすぐ横を棍棒が通って行った
俺に対して棍棒を振り下ろしてきた奴は全身を真っ黒いローブで覆った大柄な男だった。
さすがにマフラーはつけていないが。
路地裏に積まれたごみの陰からの不意打ちを完璧によけられたことに対して男は固まっている。
その間に俺は崩れた体制を整え男に向き直る。
立ち位置は俺と歩いているリシアの間に男が立っている状態だ。
そしてそんなことがすぐそばで起こっているというのにリシアは全く反応せず歩き続けている。
明らかに普通の状態ではない。
「リシア!リシっ……!」
呼び止めるためにリシアの名を呼ぶが、目の前の男が再び俺に棍棒を振ってくる。
俺よりがたいの大きな男は俺の頭を躊躇なく狙ってきている。
上から下への振りおろしを横によけ、さらに今度は横殴りに放たれた一撃を後ろに下がってよける。
そしてさらに下がって男の間合いから抜け出す。
お互いににらみ合う状況になった。
男はまたよけられたことに対して舌打ちをする。
明らかに戦闘経験のなさそうな俺がよく動くことに対していらだっているのだろう。
以前の俺なら間違いなく最初の不意打ちでやられていたに違いない。
さらにはこうして明確な敵意と武器を向けられた状態で落ち着いて考えたり攻撃をよけられることもなかっただろう。
だが先日の一件以来、なぜか俺は体に力が漲っている。
さらにいえば、あの化け物たちから受けた恐怖と比べればこの男など失笑物だ。
あの化け物どもの攻撃に比べれば、こいつの攻撃は遅いし軽すぎる。
「リシア!おい、リシア!」
しかし状況は俺にとって限りなく悪いといっていい。
確かにあの時の状態に比べればどうってことないように感じるが、この男に対して俺が何かできるという訳ではない。
さらに言えば、こうしてにらみ合っている間もリシアはだんだん遠ざかって行っている。
「くくくくく……」
目の前の男が薄く笑う。
焦る俺を見るのがよっぽど楽しいのだろう、すごい腹が立つ。
とにかくリシアを止めなければならないがそのためには男が邪魔だ。
だが俺には男を倒すことはできないだろう、いくら力が強くなろうと心得があるわけでもない俺にはどうしようもない。
――――本当に?
だってしょうがないじゃないか。
俺はただの商人見習いで、戦い方なんて全く知らないんだから。
だからここは後ろを向いて逃げ出すことが最善なんだ。
表通りに逃げて、警備兵を連れて戻ってくればいい。
アニーだって俺を心配して待っているだろう、俺がここで無茶をしなければならない理由なんてないのだから。
だからリシアに背を向けて逃げだすのは間違っていない、間違ってなんか……
――――あなたはそれでいいの?
「間違いに決まってんだろう馬鹿野郎!」
口に出して叫ぶ。
それでいいわけがないに決まっている。
確かに俺には力がない。ヴィヴィアンさんのように化け物どもを薙ぎ払うどころか目の前にいる男のにやけた顔面をぶん殴ることもできやしない。
だからといって逃げ出していいわけがない。
力がないことを理由に正当化しようなんてことが許されるわけがない。
親父たちが、アニーが連れ去られた時のように何もできない自分を許すなどできはしない。
――――なら……
近くのごみの中から一本の木の棒を拾う。
棍棒というほどに太くはないが殴り掛かればそれなりに痛そうなものである。
それを持って目の前の男に向ける。
「くくくくくく」
そんな俺を男は心底おかしいと思ったのか先ほどよりもこころなし大きな声で笑う。
まあそれも当然だろう、がたいが違う上に武器もそこらへんに落ちていた木の棒に対して相手はしっかり作られた棍棒だ。
あちらから見れば子供がばかをやっているようにしか見えないだろう。
にやにや笑いながらこちらを見据えている。
俺なんかに負ける気なんてしないのだろう、ものすごく余裕を感じさせる。
実際、今も恐怖は感じている。
リーチも武器もあちらが上で、さらには向こうはこちらを殺す気で攻撃してくる。
俺がよくよける上に間合いが開いたことで下手に踏み込んでくることはないが、俺から相手の間合いに一歩でも踏み入れば今度こそ危ないだろう。
それがわかっているからこそあちらも俺が踏み込んでくるのを待っている。
だが……
「あんた程度に負けていられないんだ……」
だからこそ、その一歩を踏み出す!
「そこをどけええぇぇぇぇぇぇ!!」
――――行きなさい。
地面を踏みしめ一気に飛び出す。
今まで感じたことのない加速感を感じながら一気に間合いを詰める。
男は俺の踏込の速さに驚いた顔をしながらも合わせて棍棒を振り下ろしてきた。
こちらの木の棒ごと砕こうというのだろう、タイミングも合わせて確実に俺の頭を砕く一撃だっただろう。
「〈スラッシュ〉!!」
先ほどまでの俺だったらの話だが。
叫ぶと同時、力が漲り自然と体が動く。
片手に持った木の棒を相手の振り下ろしに当てるように振り払った。
本来であれば体重をかけた振りおろしに負けて俺が死ぬはずだろう一撃は、俺の〈スラッシュ〉によって棍棒が弾き飛ばされるという結果に終わった。
「な!?」
「〈スラッシュ〉!」
「ぐぶっ!」
その結果に目を見開く男に対してもう一度〈スラッシュ〉を放つ。
腹にめり込んだ一撃に男はくぐもった悲鳴を上げて倒れた。
俺に向かって倒れこんできた体をよけ、その体をなんどか蹴りつける。
どうやら完全に意識を失ったらしい。
「ぜぇ、ぜぇ、はあ、はあ……」
そしてようやく戦いの疲労を感じた。
木の棒を取り落とし、膝に手をついて息を整える。
武器を向けられたのは初めてではないし恐怖でいえばあの化け物には到底及ばないが、初めて自分ひとりで立ち向かうという事態はかなり俺を疲労させた。
しかし同時に理不尽な暴力に対して一人立ち向かい、それに勝利したというのはかなりの充足感を感じている。
盗賊に襲われた時やアニーが化け物にさらわれた時と違い自分の力が役に立った……
「ってリシア!」
そこでようやく本来の目的を思い出す。
あまりにも集中し過ぎたせいで肝心のことを一瞬とはいえ忘れてしまった。
急いで顔を上げてリシアが消えていった方向を見ようと顔を上げて……
「…………を傀儡にせよ、〈マリオネット〉」
その声を聞いた直後、俺の意識は闇に落ちた。
そして目が覚めたらこの状況である。
顔を上げたところで見えたのは明らかにリシアではなかった。
しかしその姿をよく見ようとする前に意識が落ちてしまったためによく見えなかった。
俺が倒した男のようなローブまではわかったのだがそれ以上はわからない。
「リシアは一緒じゃないしなぁ……」
この狭い牢屋に俺一人である。
おそらくリシアに何かをした奴と俺をさらった奴は同じだとは思うが、考察しようにも情報が少なすぎる。
そして今俺にとって気になることはリシアの安否だけではない。
「なんだったんだろうな、あの声……」
逃げ腰になった俺に対して語りかけてきた謎の声。
ただ単に声、としか言いようがない何かだった。
しっかり聞こえたのに男だとか女だとか子供だとか大人だとか一切わからない不思議な声。
あの時は高揚から来る幻聴かと思ったがたぶん違うだろう。
どこから聞こえたのかもわからないその声に押されるまま一歩を踏み出し……
「すごかったよな、俺……」
縛られて転がされた状態で言うことでもないと思うが、それがあの時のことの感想である。
あの大樹の化け物との一件の後から体が軽く力が漲っていたが、男に向かっていった瞬間に比べればなんでもない。
漲る力の赴くままに一歩を踏み出し、そして木の棒一本で大人を昏倒させることができた。
その時のことを思い出し手を力強く握りしめる。
「少しは強くなれているのかな……」
自分は無力だ。
ヴィヴィアンさんと出会ってから感じていたことだ。
確かに自分は商人志望の戦いの心得なんて何一つ持っていなくて当然の子供であった。
だが目の前で両親を盗賊に連れて行かれ、そして残されたアニーが化け物にさらわれるのを黙って見ているしかなかった時に何も感じなかったかと言われれば否である。
確かに自分に力は必要なかっただろう、だが家族の危機に何もできない自分に対して憤りを感じていたのは事実だった。
アニーは結局ヴィヴィアンさんが助け出してくれた。
さらには俺とアニーを助けるためにとてつもない化け物に一人で立ち向かってくれた。
なのに自分はなにもできない、ただ見ているしかできなかった。
それが悔しかった。
商人を目指しているとかそんな言い訳は意味がない。
そういった理屈抜きでただただ無力な自分が悔しかったのだ。
今回のリシアの一件でそれを思い出してしまったがゆえにああいった行動をとってしまったが、実際あの時の最善はとっとと警備兵を呼びに行くことだっただろう。
結局こうして捕まってしまったことを鑑みても明らかである。
「うあー……」
自分の醜態にうめき声をあげる。
自身を苛む無力感があったとはいえ無謀極まりない行動をとった挙句のこの結果、情けないにもほどがある。
地面が痛くなければ転げまわっているところだ。
すごかったよな、俺、じゃねえよ!馬鹿かよ、俺!
一歩踏み出した挙句の縛られて転がされてって何がすごいんだバーカ!
ガチャリ……
「っ!」
鍵を開けるような音が扉から響く。
自虐的思考を投げ捨てそちらを見やれば扉が開き男が一人入ってきた。
「やっと起きたか小僧……」
重々しく声を響かせて入ってきた男は俺が路地裏で戦った男のように黒いローブを纏っていた。
とはいえただ真っ黒のローブであったあちらと違い、今度の奴のはところどころ金糸などで装飾をつけて高級な感じがする。
たぶん路地裏の男よりも上位の奴なのだろう。
「まったく、余計な手間をかけさせてくれた、なぁっ!」
「がっ!」
いきなり腹を蹴りつけられた。
何やら相当に苛立っているようである。
縛られて動けない俺が咽ているとさらに顔に靴を落としてきた。
「ぐ……」
「この大事な時期に余計な仕事を増やしてくれたな……!騒がしくし過ぎたせいで警備兵にもいつもより警戒しなくてはならなくなってしまったではないか!おまけに我が部下を倒しおって、この俺の評価に傷がついたらどうしてくれる気だ!おかげで私がわざわざ魔法を使うことになってしまったではないか!!」
そう言いながら靴底を押し付けてくる男。
痛みに耐えながら考える、こいつがあの時最後に聞いた声の奴なのだろうか?
「ま、魔法?」
「そうこの私の第七等級魔法〈マリオネット〉だ」
そういいつつにやにや笑いながら俺を見下ろしている。
その顔は擬音をつけるなら、どやぁといった感じだろう、すごくいらっとした。
「ふん、なんだ知識も持たんただの子供か。武技を使ったようだからどうかと思ったが……」
男が望んだ反応ではなかったようでさらに怒気が増したようだ。
ぐりぐりと押し付ける靴底の力が増した。
痛みに耐えながら何ができるかを考える。
とりあえずはこいつと話をすべきだろう。
「お前らいったい……?」
「ふん、我らは『黒の救済』。そして私はその幹部の『傀儡師』のリルガンだ」
「『傀儡師』だって?」
その名前は聞いたことがある。
商人として旅をしている間に何度かその悪行の話を聞いた。
さまざまな悪事を行い、国からも指名手配を受けている犯罪者だ。
「あんたがあの黒魔法の?」
「くははは、その通りだ。私こそが『傀儡師』のリルガンだ!」
くはははははは、と心底楽しそうに笑い出したリルガン。
黒魔法を使うものは基本的に忌み嫌われる。
それは黒魔法というものの性質や黒魔法を使うものたちの悪名が主な原因であるが、今目の前にいる男はその悪名で世に知られる黒魔法使いだ。
「なんであんたみたいなやつがこんなところに……」
「それは私のセリフだ!なぜ私がこのような所に!」
機嫌良く笑っていたがいきなりキレだしやがった。
「まったくもって!なぜ私がこのようなことをしなければならないのか理解に苦しむ!この程度の仕事ならば下っ端の連中にやらせておけばいいだろうに、なぜわざわざこの私に命令が降されるのだ!!」
なにやら地雷を踏んでしまったらしく俺のことには目もくれず語りだす。
「なぜ私のような偉大な魔法使いが本部に呼ばれないというのだ!あの『シャドウ』なんぞよりも私の方がよっぽど救済のために働いているというのに!巫女姫様はいったいなにゆえ私をおそばに呼んでくださらないのだ!!」
激情のままに叫ぶリルガン。
しかしそこまでで一呼吸を置き落ち着いて続ける。
「だがそれもここまでだ。もう少しであれも完全に活動を始め私の任務も終わる。そうすれば今度こそ私が本部に…………」
「おい、あんた」
ようやく口をはさむことに成功する。
甘美な妄想にふけっていたのか喜びに歪んでいた表情を戻しながら胡乱げに俺を見やるリルガン。
「なんだ貴様、私の……」
「リシアはどうした?俺といっしょにさらった女の子は?」
「こ、の……!ふん、奴なら別の場所だ。それよりも自分の心配でもした方がいいんではないか?」
自分の話を遮られたことに苛立ちながら答えられる。
「お前ら、リシアに何しやがった?」
「ふん、貴様と違ってあちらにはちゃんと五体満足でいてもらわねば困るからな。しかしお前は別だぞ。お前はあくまで私の邪魔をしてくれた意趣返しがしたいだけだからな、さてどうしてやろうか……」
リシアは少なくとも今は無事なようだ。
だが同時に自分はかなり危ない状態らしい。
「ひひひひ、いったいどうしてやろうか?手足を先から削いでいくか?それとも逆に関節を順に伸ばしていってやろうか?好きな方、を……?」
嬉しそうに拷問方法を語っていたが異変に気づいて話をやめる。
この男が来るまでこの部屋は静かであったし、その後もこの男の声以外はろくに聞こえる音はなかったが今は何やら慌てているような人の声が聞こえてくる。
さらには何かをたたきつけるかのような音も一緒にである。
「なんだ私の楽しみの間は静かにしていろと言っていただろうに。いったい何事だ!何を騒いでいる!」
扉の外に向けてそう叫ぶリルガン。
そしてその声にこたえるように足音が近づき……
「アレス君……!」
扉を開けてここ数日で見慣れた灰色のローブを着た彼女が入ってきた。
書いていたら長くなったので分割しました。
アレス君には頑張ってもらいます。