第四話 マナと魔物
ちなみに武具屋にはビキニアーマーとかも並んでいたりする。
着てても着てなくても目立つのなら、着ていた方がましだ。
あの武具屋の一件の後私はそう結論を出した。
この格好ならあくまで変な格好の人の一人にすぎないからな。
冒険者の中には一見変な格好をした人も結構いるらしいから問題はないと思う。
あの武具屋にあった防具の中にもコスプレにしか見えないような物もあったことだし、冒険者になった今ならこの格好も問題ないはずだ、たぶん。
だからこのことを考えるのはやめて、次の目的地である図書館に向かう。
この町の図書館は一般開放されており、なにかしらの身分証明書があれば入ることできるらしい。
この町に住む人はたいてい冒険者ギルドや商工ギルドに所属しているので結局のところ誰でも入れるといっていい。
一部区画にはなにやら許可がないと読めない本などが集められているらしいが今はそれらを読むつもりはない。
今私が知りたいのは冒険者としての基礎知識やボスモンスターに関する情報である、のだが……
「広い……」
入口の警備兵にカードを見せて入った私を待っていたのは山脈の如く連なる本棚の群れだった。
その本棚をびっしり埋めるように本が詰まっている。
いったいどれくらいの本があるのか、ジャンル分けぐらいはしてあるとしても欲しい本を探すのは厳しいだろう。
文字を読めるから背表紙で内容がある程度わかるといってもちょっときつい。
さてどうしたものか、とっとと司書らしき人に話を聞くべきか、と考えていると……
「お困りですか?」
いつのまにか近くに一人の女性が立っていた。
黒い髪を無造作に伸ばしたような髪型でメガネをかけた人だ。
なんだか本の虫といったイメージを受ける人である。
「いえ、少し広くて戸惑っていただけです。それよりあなたは……」
「ああ、これは失礼しました。司書ではありませんがここの常連なのでここに関しては詳しいですよ。何か探しているのでしたらお手伝いしましょうか?」
そういい朗らかに笑みを浮かべ手を差し出してくる彼女にこちらも手を差し出す。
正直この中から欲しい本を探すのは疲れるのでありがたくご厚意を受け取ることにした。
「へー、アンさんは小説を書いているんですか……」
「はい、まだまだ若輩ですけどね。今も新作を書いている途中ですよ」
本を探しているに少し話をしたところ、彼女の名はアンであり小説を書いているらしい。
どうやらこの世界にはそういった娯楽の本も存在しているようだ。
そのアンさんに手伝ってもらいこの世界の地理についてや冒険者向けの情報本などをかき集めた。
彼女は本当にここに詳しいようで、私が冒険者関連の本が欲しいと言えばあれがいいこれがいいと次々におすすめの本を教えてくれた。
控え目に言っていたがかなりここに詳しいのだろう。
それらしい本はすでに私の手に一杯なぐらい集められた。
「ここにも小説を書くために何度も来ているんです。ここ以外にもいろいろな場所に小説の材料のために旅をしているんですけどね」
「そうなんですか」
「王国の水晶峡谷や帝国の輝石の洞穴だとかは危険ですが見応えがある場所ですね。冒険者の護衛が必要ですがそれだけの価値はありました」
彼女はその時の情景を思い浮かべているのか、目を閉じうっとりとしている。
「最近ではですね、エルディアの森の近くを通った時に聞いたドラゴンのものらしき咆哮あたりが印象深かったですね。今までに聞いたことがないような力強さを感じさせる咆哮、その姿こそ見えないというのに体の震えが止まりませんでした。本当に創作意欲が加速しますね」
「そ、そうですか……」
あれを聞いたのってこの人かよ……
なんかこの人と話しているとまずい気がしてきた。
「ええと、手伝ってくれてありがとうございました」
「ん、いえいえ。これぐらいどうってことありませんよ。それより閉館までに読まなければならないでしょうし、私はこれで失礼しますね。機会があればまたお会いしましょう」
話の途切れたところでお礼を言えば、空気を読んだのかそのままアンさんは立ち去った。
また話が長い人かと思えばしっかり人の事を考えられる人のようで助かった。
そして彼女が立ち去ったところで今度はこの積んだ本の山を早く消化しなければならない。
この図書館は誰でも利用可能なのだが本の持ち出しだけは禁止されている。
時間になれば図書館は閉館するのでそれまでに読まなければいけない。
ひとまずはこの世界の地理から調べる。
この世界の地図……、これかな。
この世界、アーネスは巨大な大陸が一つ、そしていくつかの島国があるだけの世界のようだ。
大陸の地図を見てわかったことだが、この世界はアポカリプス・オンラインの地理とは全く関係なさそうである。
これではボスモンスターの居場所などまったくあてがないというかといえば、実はそうでもない。
この世界にはマナというものが満ちているらしい。
魔物はマナの濃度が高い場所でしか生きられないようで、かつて魔物を檻に閉じ込め町に連れ帰ったところだんだん衰弱していき数日で死んでしまったそうだ。
それから魔物は生きていくためには濃度の高いマナが必要とわかったらしい。
エルダートレント・ロードもマナ濃度が高くないと生きていけないとか言っていたしこれは正しい情報だと思う。
そして強い魔物ほどより濃度の高いマナが必要らしく、かなり強い魔物の類はたいていそれらの縄張りから出ることはないらしい。
時折人の味を覚えた魔物が町を襲ったり、はぐれと呼ばれる通常より強い個体がマナの濃度が低い場所に陣取るということがあるがそれは極わずかだそうだ。
この世界はかなり魔物と人の住み分けがきちっとしており、町から出なければ魔物と一生出会わずに過ごすことは難しくないらしい。
ゆえにゲームでよくある『畑を荒らす魔物を退治してください』的なクエストは無縁なのだ。
ならなぜ冒険者という魔物と戦う職業が発展したかといえば、魔物の体それ自体が価値のある資源であると同時にマナの濃度が高い土地の資源も非常に価値が高いからだ。
たとえば『歓喜の魚亭』や私の泊まった宿で使ってあった照明。
まるで電球のように光る石のようなものが天井についていたが、あれは魔物が出没する土地の鉱石を原料に作られる魔具だ。
それ以外にも生活に欠かせない魔具たちはそういったマナ濃度の高い土地からとれるものを原料に作られるのだ。
人々の生活になくてはならない魔具の原料、常に需要の高いそれらを手に入れる専門職が出来上がるのは必然だったのである。
冒険者という名前はそういった危険な場所ばかりを冒険し、宝をさがすものであるからこその名前である。
話はそれたが、結論として魔物は強力であればあるほど住める場所が限られるのだ。
そしてマナ濃度が高い場所にはあまりにも危険すぎるため人の手が及ばない土地が数多くあるようだ。
実はこの大陸も人の住んでいる場所と人の手が及ばない場所なら、及んでいない場所の方がはるかに多いらしい。
おかげで大陸の形すら満足にわかっていないのだ。
魔物の住める場所が限られているからこそ人は生きていけるのであり、仮に魔物が自由自在に土地を移動できれば人はあっという間に絶滅するだろうと本に書いてある。
とりあえず人の手の及んでいない場所を重点的に探すのが一番近道かな。
そう結論を出すことにする。
エルダートレント・ロードという高レベルボスモンスターがこんな町の近くにいたのでそこまであてにはならないかもしれないが強いモンスターはそういった場所にいるというのは間違いないわけだし。
それにアポカリプス・オンラインでどのような場所にどのようなボスがいたかぐらいならあてになりそうだ。
火山や樹海というのにはたいてい強力なボスがいたものだし。
まあまずはこのあたりですぐに稼げそうなモンスターあたりを調べた方がいいかもしれないのだが。
この方法でボスモンスターを探す場合かなり移動が大変そうだし、まずは資金を稼ぐ方法を考えねば。
自分用の馬車を買うつもりはないが辻馬車などの利用もかなりお金がかかるわけだから、そのための資金の算段を立てておきたい。
世界地図の次はこのあたりの地図かな、あとは引き取り額の高い魔物の種類とかも知りたい…………
「やれやれ、随分遅くなってしまった……」
歩きながら呟く。
あれから積んだ本を読み漁っていたが結局全部を読み切ることはできなかった。
これからの自分に大事な情報ばかりであるため熱心に読んでいるうちに閉館時間になってしまった。
正直まだ読み足りなかったが仕方がない、また後日ここに来るしかないだろう。
最初からあれだけの本から一日で有益な情報すべて得るのは無理だとわかっていたからまた来ることが決定したからといって落胆はない。
ただ少しだけ心に引っ掛かることは……
「あれだけの本を無料で公開できるっていうのはすごいな」
本を作るというのは意外に大変なのだ。
紙を作り、印刷をし、それを本の形にするというのはけっこう技術がいる。
質のいい本をあれだけ大量に集めて無料公開できるというのは機械のないこの世界では少し異様に感じた。
この世界は何かといびつだ。
魔法というものがあるからか科学というものは発展していない、しかし食事や生活雑貨というのは現代でも通じるものが多いのだ。
魔具という物が電気や機械といったものの役割をはたしているおかげで生活水準が現代レベルなのだ。
この世界の魔法はすごい自由度が低い。
常に同じ詠唱をして、同じ効果の魔法しか使えない。
威力の増減や範囲の拡大縮小ぐらいならできるが、詠唱を改造してまったく新しい魔法を作るといったことはできないのだ。
代わりに魔具はゲームでは考えられないほどに生活に根ざした物がかなりの数でそろっているが。
『ライフアーマー』の時にも感じたがこの世界はやたらとゲームみたいなのだ。
現代的な部分とファンタジー的な部分がやたら都合よく混ざっている感じだ。
正直すごい助かっている。
仮にリアル中世にタイムスリップしようものなら文化水準的に生きていけない気がするし……
「……っと。もう着いたか」
考え込んでいるうちに目的地についてしまった。
相変わらず変としかいいようのない笑っている魚の看板。
昨日ぶりに訪れる『歓喜の魚亭』である。
ていうかついここまで来ちゃったけどよかったんだろうか。
確かにまたね、とは言ったがそれだけでいつ会うかなど話したわけではない。
たぶん二人が宿にいるからといって私に会ってくれるかどうかわからないうえ、会ったところでどうしようという案があるわけでもない。
いやほんとにどうしよう。
宿の前まで来て入る決心がつかずに立ち往生していると……
「でも待ってるだけなんてできません!」
宿屋の中から聞き覚えのある声が聞こえた。
そして見覚えのある子が飛び出してきた。
「っ!ヴィヴィアンさん!」
「おわっ!」
飛び出してきたのはアニーちゃんだ。
さらにはその後を追ってかクライドさんも出てきた。
すごい勢いで飛び出してきたアニーちゃんは私に気づいて走りしがみついてきた。
アニーちゃんは私の体に顔をうずめしっかり腕を回しているため動けない。
私にしがみつく彼女の肩は震え、顔は見えないが今にも泣きそうな感じがする。
クライドさんの方はなぜかいる私にどう反応するべきかわからないのかしがみつくアニーちゃんと私を交互に見ているだけだ。
クライドさんも私に対しての反応に困っているようだが、今一番困っているのは私に間違いない。
なんでアニーちゃん泣きそうなの、クライドさんもなんでそんないろんな感情がごちゃまぜで表現しがたい顔してんの、そういえばアレス君はどこに……
地味にパニックになっている私だったが、アニーちゃんも落ち着いてきたのかしがみついていた手を離した。
おお、これでようやく事情が聞けるとローブのせいでわからないだろう表情を安堵させる私だったが……
「ヴィヴィアンさん助けてください!お兄ちゃんが、お兄ちゃんが帰ってこないんです!」
安堵するにはまだ早いようだった。
一応第一章の最後に設定をまとめるので設定部分は読み飛ばし可。