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トリスティアの怪しい魔法使い  作者: 安籐 巧
第一章:自由交易都市トリスティア
11/22

第二話 異世界の街並み

9/18 改訂

 冒険者ギルド本部を出てしばらく歩くと露天が立ち並ぶ道に出た。

 先ほどまで歩いてきた場所とは違いここは結構な数の人がいた。

 外部からの人が少なくなったといっても町の中の人までいなくなったわけではないらしい。

 そんな街並みには地球では絶対に見られないであろう要素があった。


「あれはエルフか?」


「ん、もしかしてヴィヴィアンさんはエルフを見るのは初めてか?」


 アポカリプス・オンラインではプレイヤーの種族としてエルフ、ドワーフといった亜人たちからも作ることができた。

 この世界にはそういった種族が普通に存在するらしく、今見渡すだけでもいろいろな種族が発見できる。


「異種族の人たちが珍しいのか?」


「トリスティアにはいろんな人たちが集まりますからね。初めて来た人が驚くことの一つでもあるんです」


 アニーちゃんが解説してくれる。

 アポカリプス・オンラインではプレイヤーは自分のキャラとして様々な種族を選べた。

 ファンタジーでの王道、エルフやドワーフといったものからいろいろな種類の獣人までとにかくたくさんの種類があった。

 そんな異種族の人がこの世界には普通にいるらしい。

しかし同時にありがちな種族による差別といった問題もあるらしい。


「冒険者ギルドが実力さえあればどの種族でも受け入れるおかげかこの町ではあんまり種族の違いで差別されないんですよ」


「そうなのか」


 冒険者ギルドは実力がある冒険者ならいかなる種族、血筋であろうと歓迎するらしい。

 そのギルドの本部がある町だからかこの町ではそういったものによる差別はほとんど起きないそうだ。

 まあ人間だからという理由で蔑まれるというような展開にはならなそうなのはけっこうだ。

 このローブを着ていると種族なんてさっぱりわからないけれど……


 それにしても冒険者という肉体労働者の町だからか露天も食べ物系が多い。

 ふと横を見ればアレスくんは何かの串焼きに目を奪われているようだった。


「あれ、食べたいのか?」


「え、ああ、いや、別に……」


 遠慮しているのがばればれな態度で首をふるアレスくん。

 年長者としてそんなさまがかわいいと思いアイテムボックスから数枚の銅貨を取り出す。


 あの盗賊の根城には盗賊たちが奪った金品が多数あった。

 持ち主はアレスくんたち以外はすべてトレントたちの贄になったであろう金品である。

 この世界ではこういった盗賊たちは珍しいものではなく、盗賊たちが蓄えたものは持ち主がしっかりわかるものを除けばそれらは討伐した人の物になるらしい。

 ゆえに私はアレスくんの両親の物を除いた金品をアイテムボックスに入れておいてあるので結構お金はあるのだ。

 ゲーム内通貨はアイテムボックス内の物とは別物らしく、いくら頑張っても現れることがなかったのでかなり助かった。

 それでも稼ぐ手段がなければいずれ飢えること間違いなしだが……


 そんなことを考えながら串焼きの売り子に近づく。

 売り子は犬耳が生えた獣人種の青年だ。


「いくらだ?」


「へい、一本につき銅貨二枚でさあ!」


 威勢よく値段を告げる売り子に対し銅貨を六枚渡し串焼きを三本受け取る。

 見たところ単純に焼いて塩を振っただけのそれだが朝から歩きっぱなしですきっ腹の私にはとてもおいしそうに見える。

 それはアレスくんもアニーちゃんも同じだったのだろう。

 二人に一本ずつ手渡したところこちらにお礼を告げて即座に勢いよく食べだした。


 そんな二人を見つつこちらも串焼きにかぶりつく。

 これが何の肉か確認し忘れたが味は牛肉のそれとあまり変わらないように感じる。

 なんにせよ空腹時にはなんでもおいしく感じるものだな、うん。


 仲良く三人食べながら歩く。

 そのまま三人並んで宿屋に向かった。







「なんだ、この看板……」


「あ、あははは……」


「看板はあれだけど評判はいいんだぜ、ここ」


 アレス君たちが行きたかった宿は『歓喜の魚亭』というらしい。

 看板はものすごいいい笑顔の魚だ。うん、確かに歓喜している。

 看板はあれだがいっしょに経営している食堂の料理の味はいいらしく評判はいいらしい。

 そんな宿屋にアレス君たちに続いて入ると……


「いらっしゃいませ、っとアレス君にアニーちゃんじゃないか!そろそろ来るころじゃないかと思ってたよ!」


 宿屋に入るといきなり衝撃的な存在から声をかけられた。

 猫耳。それが生えた成人男性、しかもマッチョ。

 この世界で初めて見る猫獣人の衝撃に私が打ちのめされている間に彼はアレスくんたちに話しかける。


「もうすぐ来るころだと思ってたよ。親父さんたちはどこだい?というより君たちの後ろにいる人は……」


 そういい訝しげに私を見る大男。

 なんだこいつは、とその目は語っているようだ。

 知り合いの子供がこんな格好の人といっしょにいたら、これが普通の反応なのかもしれないが。


「……親父とお袋は死んだ。最近ここいらで騒がれていた盗賊たちにやられたんだ」


「え?いま、なんて……」


 アレスくんが苦々しげにそう答える。

 口に出して楽しい話題ではないためそれっきり口をつぐむ。

 大男の方もあまりの内容に聞き返してしまっていたがアレス君の様子を見て口をつぐむ。


「そんな、なんてこったい。あの二人が、そんな……」


 大男の方もまたそれに衝撃を受けたのか呆然としている。

 この町に来るたび泊まっていた宿だと言っていたから、この宿の人間なら友好があってもおかしくはない。


「あの二人が死んだなんて、信じたくないよ……」


 そう言いながら涙を流す大男。

 どうやら相当親しい仲であったらしい、全身から悲しみという感情が見て取れる。

 しばらくそう悲しみを表していたが、涙を流した目元をこすりこちらに向き直る。


「……、ところで、そこにいる人はいったいどういう人なんだい?」


 そういって再び私を見る男。

 その目は親友の遺児に対する優しさとは正反対の感情が見て取れた。

 アレスくんは黙っているので私が前に出て答える。


「私はヴィヴィアンという。旅の途中で盗賊たちから彼らを助けてここまで護衛してきたものだ」


「なるほど、ということはあなたは傭兵ですか?」


「いいえ、冒険者です。とはいえ先ほど登録してきたばかりですが」


 そう返す私になおも不審感を持って見てくる。

 とはいえこれ以上私について聞いても仕方ないと思ったのか、首を振るとアレス君たちの方に向き直る。


「大変だったようだねアレス君、アニーちゃん。ひとまずはうちに泊まりなさい。お金なんていいから」


 そういい彼らの肩を優しくたたいた。


「あの、ヴィヴィアンさんは……」


 だがそこでアニーちゃんから声があがった。

 クライドさんが泊めてくれるといったのはアレス君とアニーちゃんだけで、その中に私の名は入っていない。


 アニーちゃんに尋ねられたクライドさんは優しくアニーちゃんに語りかける。


「あのねアニーちゃん。あの人は君たちの護衛だったわけだけど、この町についた以上もう護衛の必要はないわけだ。彼には冒険者向けの宿に泊まってもらった方がいいだろう」


 今のこの兄妹は二人の両親の遺産をごっそり持っている状態だ。

 こんな怪しい人物を近くに寄せておくのはあまりよくないという判断だろう。

 まあ単純に男を少女といっしょにするのは危険という判断かもしれないが。


「で、でも……」


「ええその通りですね。護衛の対価はすでに受け取ってますので私はこれで失礼します」


「ヴィ、ヴィヴィアンさん!」


 それでもなお言いつのろうとするアニーちゃんだが私はその間に入り話を終わらせる。

 私自身としてもここで彼らと別れる気であった。


「とりあえずここらで私が泊まれそうな宿を教えていただけますか?」


「冒険者カードなしでその格好のままというのなら少し離れていますが……」


 クライドさんから私が泊まれそうな宿を教えてもらう。

 少し離れているが別に問題なく行ける場所にあるようだ。


「あ、あの、ヴィヴィアンさ……」


「それじゃアニーちゃん。また今度ね」


 そういい彼らに背を向けて宿を出る。

 アニーちゃんがこちらに手を伸ばす雰囲気を感じたが、私は振り返らなかった。






 すこし狭いベッドに横になりながら呟く。


「まあ、このほうが良かったよな……」


 クライドさんに教えてもらった宿屋はいわゆる駆け出しの冒険者向けの宿であった。

 しっかり料金を払えばいいのか前払いで硬貨を渡せば、この格好に関しても特に言われることはなかった。

 ただ料金が安いだけあってあくまでただ寝るだけの場所、それも数人が同じ部屋で寝るタイプの宿だ。


「『隠者のローブ』着ていてよかった……」


 小声でつぶやく。

 アポカリプス・オンラインの魔法職の装備はたいてい何かしらの特殊能力を持っている。

 『隠者のローブ』が持つ能力はプレイヤー情報の隠蔽である。

 プレイヤーの位置やステータスを調べる類のスキルを無効化する程度の能力であったそれだが、リアルになった今ではとても役に立つものに変わっている。

 それはこれを着ている限り誰も私の容姿を正しく認識できなくなるのだ。具体的にはどんなに明るい場所にいようと顔には影がかかりよく見えないそうだ。


 アレス君やアニーちゃんに聞いてみれば、これを着ている私はまるで男のようにしか見えないらしい。声などといったものも同じくそう感じるようだ。

 つまりはこれを着ている限り、自分が男だといっていれば性別を隠し通すこともできるのだ。


……そうでもなければ女だということを隠しようがない、胸についた大きな重りのせいでな!


 この体を設定した奴をぶん殴りたい。

 というか自分の訳だが、記憶にないのだから他人と思っていいはずだ。

 だからこの握りしめたこぶしをたたきつけたいと思ってもおかしくないはずだ。

 この便利なローブだが、その効果はしっかりフードをかぶっていなければ発動しないようだ。

 マフラーは外しても大丈夫なようだったがそれでも気が抜けない。

 おかげで宿内でもこのローブ脱げないし、冒険者カードを手に入れたら絶対に個室に泊まろう。


 個室といえば『歓喜の魚亭』での問答を思い出す。

 あの宿屋はそこそこいいところのようだししっかり個室で泊まれただろう。

 もしあの兄妹といっしょになっても私の素顔を知ってる彼らになら遠慮する必要はなかったし、この宿より絶対にいい環境になっただろう。


 しかしあそこで粘っても結局あの宿に泊めてもらえるかどうかは怪しかったと思う。

 なにせ知り合いの子供に近づいた怪しい男なのだ。

 女だといえば少しは反応が変わるだろうがそれを言うつもりはない。

 そうなればもういっしょに泊まれる可能性など皆無だろう。


 そして個人的にも彼らといっしょに居すぎるのは問題だと思う。

 これ以上彼らといっしょに居れば、たぶん私は取り返しがつかないことになりそうな気がした。

……別にアニーちゃんによるお風呂講座は関係ないからな。


 私の目標は地球に帰ることだ。

 なのにあまりここの人達と仲良くなりすぎると、絶対に後で迷うことになる。

 元の世界の自分を何一つ思い出せないこの状態ならなおさらだ。

 だから、彼らとは少し距離を置こうと思った。


 そう、だからこの状況は私にとって予定通りでいいものなのだ。

 そのはずなのに、どうしても寂しいと感じてしまうのはなぜなんだろうか……




 * * * * *




 ボスン!ボスン!ボスン!ボスン!……


「アニー、少しは落ち着けよ」


「落ち着いてるよ!」


 ひたすらに枕をたたきながらにアニーが答える。

 こうして物に当たるなど普段のアニーからは考えられないものだ。

 いや、それで落ち着いてるってねえよ……


「アニー、別にヴィヴィアンさんは俺たちを嫌いになったとかじゃないことくらいわかるだろ」


「わかってるけど……」


 アニーは俺の言っていることはわかっているがそれでも、といった様子だ。

 実際ヴィヴィアンさんの格好はすごく怪しい。

 仮に冒険者カードがあればこの町でなら問題はないが、なければあまり歓迎されないだろう。

 だからこそ無理に交渉せずそのまま別の宿に向かったのだろう。

 アニーもそれはわかっているのだが……


「だけどもう少し頼ってくれてもいいじゃない!まだヴィヴィアンさんに知っておいてほしいことは多いのに……」


 言うまでもなくヴィヴィアンさんはすごい人である。

 しかしその戦闘力とはうらはらに、なぜだか彼女はどことなく俺たちに頼っているような感じだったのである。

 自分が常識知らずな自覚があったようだから俺たちのそういった知識を頼りにするのはわかるのだが、なんだかそれ以上に頼られている感じがしたのだ。

 だからこそアニーはヴィヴィアンさんにかなり入れ込んでいる。

 助けられる一方よりも助け合う方が絆は深まりやすいというし、アニーにとっては一部お姉さんぶれるところがあってうれしかったのだろう。


 おかげで道中睡眠不足だよ俺は……


「ヴィヴィアンさんも自分が世間知らずだってわかってるのになんでいきなり一人になるなんてチャレンジするのよ!」


「あーもー、いい加減にしろよアニー」


 ボスボスと枕をたたき続けるアニーを羽交い絞めにして無理やり止める。

 少しの間抵抗を見せていたがまったく動じない俺に諦めたのかおとなしくなった。


「むー……」


「うなるなって……。ヴィヴィアンさんは俺たちに気を使ってくれたんだと思うぞ。実際あそこでうだうだ言ってもクライドおじさんが許可をくれたかわからなかったしな」


「それはそうだけど……」


 今回俺たちは両親の事もあり無料で泊めてもらっている。

 クライドさんは人情にあつい人なのだ。

 しかしだからと言ってヴィヴィアンさんの分も頼むのは筋違いであるし、商人向けの宿に冒険者のヴィヴィアンさんを泊めてもらうのは難しかっただろう。

 この町は冒険者に寛容であるがさすがに今の冒険者カードを持っていない、クライドさんと面識のないヴィヴィアンさんを無条件には泊めさせてはくれなかっただろう。


 しかし今のアニーはそんな理屈抜きで怒っているので手を付けられない。

 これは時間でどうにかするしかないだろう。


「とりあえずもう寝とけよ。今まで歩きっぱなしで結構疲れてるだろうからな」


「うん……。おやすみ……」


 そういいアニーはベッドにもぐりこむ。

 俺もそのまま別のベッドに入り目を閉じた。

……なんかヴィヴィアンさんのテントの方が寝心地良かった気がする。


 あれってどれくらいの価値があるんだろうか、今更ながら恐ろしい。

 しかし、いったいどうなっているんだか……


 ベッドの中で考える。

 あの樹の化け物たちとヴィヴィアンさんの戦いの後から、自分の体に変化が生じた。

 具台的には今までにないほどに活力が漲っていたりとか、力がついているとかだ。

 先ほどアニーを羽交い絞めにしたときにしたって前までならけっこう抵抗し続けられただろう。

 しかし今の自分はアニーを楽々抑え込めてしまう。


 なんなんだろうな……


 そう思いながら眠りにつく。

 自身の体の変化も気になるところだがそれは考えても仕方がない。

 今自分が一番考えなければならないのはこれからどうするか、とういことである。

 両親が死んでしまった以上これからは俺たちは自分たちで稼がなくてはならない。

 本来であれば俺はそのまま親父たちの後をついで商人になるべきだろう。

 しかし親父たちの馬車だとかそういったものは全部なくなってしまったうえに、俺はまだ親父たちの伝手を引き継いだりはしていない。

 このままでは商人としてやっていくことが難しいから、商工ギルドで師匠を見つけるなりしなければならないだろう。


 本来であればそうすべきだ。

 親父も俺はいい商人になることを望んでいたし俺も商人という職業は嫌いじゃない。

 しかし今の俺にはその道を進みたいかと聞かれると即答できない。

 あの盗賊たちの襲撃、そして化け物の贄にされそうになったときに感じたことがずっと胸にくすぶっている。

 この思いがある限り、俺はたぶん商人としての修行に打ち込めない気がする。


 やめよう、これ以上考えても仕方がない。


 そこまで考えたが眠気がひどい。

 もうすでにベッドに入っているのだ、続きを考えるのは明日でいいだろう。

 明日はとりあえず親父たちが所属していた商工ギルドに死亡報告をして、その後これからのことをアニーと話し合おう。

 そう決めれば眠りに落ちるまではすぐだった。



ヴィヴィアンのメンタルはけっこう兄妹に助けられているという……

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