ともくんとポン太
ともくんとポン太
ポン太はきょう、ビー玉を持っていた。
通学路のとちゅうにポン太はいる。そば屋の店先に立っているたぬきの置物のことだ。ぼくより少し背が低く、大福帳ととっくりを持ってとぼけた目で通行人を見上げている。
ここのところ、なぜかポン太は、おもちゃを持って立つようになった。きのうはコアラの人形、おとついは確か何かのキャラクターバッジだったと思う。ポン太におもちゃは、みょうに似合っていた。
ともくんが転校してきたのは先週のことだ。先生は1年2組のみんなにしょうかいした。
「光小から転校してきた、鈴木ともひろくんです。みんな仲良くしてあげてね」
ともくんの席はぼくのとなりになった。ともくんは、とってもはずかしがり屋で、クラスのだれともまだ話をしていない。先生に当てられても「は…ぃ……」と口を動かすだけで声になっていなかった。
「ねえ、ともくん。きょう学校から帰ったらさ。川のていぼうの公園に行ってみない? めちゃたのしい乗り物があるんだよ」
ぼくは、ともくんを遊びにさそってみた。なんとかともくんにしゃべってもらいたいと思ったからだ。けど、ともくんは、だまってうつむいたままだった。
学校帰りのこと。ぼくは、ずっと向こうの道のわきで、ともくんがランドセルを下ろして、何かしらしているのを見つけた。ちょうどポン太がいるあたりだ。ともくんは、ランドセルから何か取り出してポン太に持たせていた。
ぼくは、遠くから声をかけた。
「おーい。ともくーん」
ともくんはぼくの方を見たあと、あわててランドセルを背負い、走ってにげてしまった。
ともくんが何かしていた場所に行くと、ポン太がクネクネマンカードを持っていた。今、小学生に大人気のカード、それもゴールドのものだ。
次の日ぼくは、授業が終わると急いで学校を出た。
走ってポン太のところまで来て、ポン太がまだクネクネマンカードを持っていることを確かめた。それからポン太の後ろの大きな木のかげにかくれて、ともくんがくるのを待った。
しばらくすると、ともくんがやってきた。ともくんはポン太の前でランドセルを下ろし、ウサギのストラップを取り出して、クネクネマンカードとこうかんした。
「どうだった? このカード。ほら、きらきら光って、とってもきれいでしょ。たっぷり遊んだよね。おもしろかったよね」
ともくんがポン太に話しかけた。ぼくはびっくりした。はじめてともくんの声を聞いたように思う。とてもはきはきした声だ。
「このカード、もんのすごく、めずらしいものなんだよ。見つけるのにホント苦労したんだから――。きょうは、ウサちゃんのストラップ持ってきたからね。誕生日にミカちゃんがくれたの。ほら、この目。おもしろい顔してるよね」
ともくんは、止まることなく話し続けている。学校にいるときとは大ちがいだった。
「ねえ、たぬくん。きのう学校でね。となりの席のシンちゃんがね。公園に行かないかって、さそってくれたんだけど……。ぼく、はずかしくって返事できなかった。せっかくさそってくれたのに……。ぼく、ずっとだまったままだったから、シンちゃんおこっちゃったかも知んない」
ぼくは、心の中で、おこってなんかいないよ、とつぶやいた。ともくんの声は続いている。
「シンちゃん、またぼく、さそってくれるかなあ。もしさそってくれたら、今度こそ『いっしょに行く』って、ぼく言うよ。おっきい声で。ねえ、たぬくん、ぼく返事の練習したいの。ぼくといっしょに練習してくれるよね」
ともくんはポン太を相手に、ひとり会話をはじめた。
「ほら、ぼくに言って。『ともくん、公園に行こうよ』って」
「ともくん、公園に行こうよ」
「で、ぼく。『うん行く』って答えるの」
「うん行く」
「ていぼうの公園だよ」
「おもしろい乗り物、あるんだよね」
「公園に行って、いっしょに遊ぶんだよね」
とつぜん、ポン太が言った。
「そんなら、今から行こうよ」
「えっ! なに?」
ともくんは、びくっとしてポン太を見た。
そう、ポン太の声はぼくの声。ぼくは木かげから出てもう一度言った。
「ともくん、ていぼうの公園に行こうよ」
「うん! 行く!」
ともくんは、とてもはっきりした声で答えた。
ぼくたちは、ならんで公園の方に歩いていった。
ふり返ると、ポン太が手をふっているように見えた。ウサギのストラップを持って。