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鳥かごのお姫様

作者: 風並将吾

 昔々、ある国に、生まれてきてからずっとお城の中で暮らしてきた一人のお姫様がいました。彼女は大変美人で、その美しさは家臣が身分を忘れて求愛する位でした。金色に輝く美しき髪は、腰のあたりまで伸びていて、青い瞳が、見るものすべてを吸い寄せるかの如く輝いていました。

 部屋の中で習い事をしたり、一生懸命勉強をしたり、たまには庭に出て城の者と一緒に遊んだり。食事もとても美味しくて、周りに居る人達も彼女に対して皆優しく接してくれました。

 何不自由なく、今までずっと幸せに暮らしてきました。

 しかし、大人になった彼女は、何の変化もない日々が嫌になってきていました。

「お父様、どうして私はここから出させてもらえないのですか?」

 ある日のことでした。

 自らの生活に不満を抱いていた姫は、父親である王様の部屋に行き、そう尋ねました。

 すると王様は、姫の頭を撫でながら、

「城の外は危ないからな。決して出てはならないぞ」

と優しげに答えたのでした。

 しかし彼女は納得することが出来ませんでした。それどころか、自分がまだ子供扱いされていると思い、王様に対する怒りが募るばかり。自分の子供である姫のことを心配しての言葉だというのに、『親の心子知らず』とはまさにこのことを差すのでしょう。

「私はもう子供ではありません。いつまでも子供扱いしないでください!」

 王様に向かってそう叫ぶと、拳を強く握り締め、そのまま床を力強く踏みつけながら、部屋から出て行ってしまいました。

 そして自分の部屋に戻り、そのままベッドに飛び込みます。

「どうしてお父様は、いつも私のことを子供扱いするのでしょう? 私はもう大人なのに、何故わかってくれないのですか?」

 この時姫は少しばかり勘違いをしていました。親がいつまでも子供のことを大切にするのは当たり前のこと。それは子供が成人したとしても同じことなのです。子供はいつまで経っても子供。親の中では、そのような考えがあるものなのです。

 ですが、親になったことのない彼女に、その気持ちを理解することは出来ませんでした。その想いの意味を知るのに必要な知識と経験が、彼女にはまだ足りなかったのです。

「もうこうなったら、勝手にお城から抜け出します」

布団の中に身を埋めた姫は、そのような決意を抱いたのでした。



 その夜のことでした。

城の者が寝静まった頃に、姫はこっそりとベッドの中から抜け出しました。予め用意していたカバンを背負い、そして一度窓から外の景色を眺めます。

「綺麗な月……満月、ですね」

 空には満月が昇っていました。その月の周りを、無数の星達が強い光を発して並んでいます。彼女には、その夜空がまるで自分の門出を祝してくれているかのように感じられました。

「これから私は外の世界に行きます。このままだと、鳥かごに入れられたまま一生外に出ることが出来ない鳥になってしまいます。そんな人生は、つまらないです」

 月に向かってそう告げると、姫は自分の部屋から出ていきます。そしてその部屋に背を向けると、そのまま扉を閉めました。

 さて、彼女にとってここからが問題となります。

 部屋を出たのはよいのですが、どうやって誰にも見つからずにこの城から出ていけばよいのでしょうか。長年このお城に住んできた姫は、人があまり多くない場所や、秘密の抜け穴の存在などをおおよそ把握していましたが、それらの方法も確実性があるとは言い難いものでした。例え抜け穴を通ったとしても、この格好のまま外に出たとしたら、守衛に見つかって捕えられてしまうことでしょう。それに、カバンを持っている今、その抜け穴も通れるかどうか分からない状況です。

「どうしましょう」

 軽く握った右手の上に顎を乗せて、姫は何かよい方法がないか考えながら廊下を歩いていました。そうしている内に、ある一つの考えが思い浮かびました。

「そうだ! この手を使えばいいんですよ!」

それがきっかけとなって、彼女は思わず廊下で叫んでしまいました。慌てて口を塞ぎましたが、幸いにもその声は誰にも聞こえていなかったようです。

「いけない。こんなことでお父様に知られたら水の泡です」

 そう呟いた後、彼女は不必要に声を出さないようにしながら、廊下を歩きます。二、三個の部屋を通り過ぎた後、ある部屋の前に立ち止まって、周りに誰かいないか辺りを確認します。周囲に誰もいないことを確認すると、姫はそのままその部屋の中に入りました。

「ここならあれがあるはずです」

 彼女が入った部屋は、この城の守衛達が着替える場所――いわば更衣室でした。この時間になると、夜勤の守衛達が外に出払ってしまっている為、中はもぬけの殻同然なのです。

 この日も例に漏れず、部屋の中には誰もいませんでした。

「確か予備の服がここに」

 我が物顔で部屋の奥に侵入すると、そのままクローゼットの扉を開けます。そこには、ハンガーにかけられていた一着の服がありました。グレーで統一されたその服は、この城の守衛達が着ている服そのものでした。

「これさえあれば、少しは怪しまれずに外に出ることが出来ます」

 そう、彼女の考えた作戦というのは、守衛の格好に変装してこの城から抜け出してしまおうということだったのです。

 この城の中を遊びつくした姫は、内部のことならなんでも知っています。だからこうして迷わず守衛達の更衣室まで辿りつくことが出来、この時間帯にはほとんど人がいないことも知っていたのです。

 姫は早速その服に着替え始めます。まずは着飾っているドレスを脱ぎ去って、床に放置しておきます。この服は元より外に持っていくつもりもなければ、そこまで思い入れのあるものでもないようなので、別に問題はありません。その後守衛の服を掴み、それを着ようと試みましたが、初めて着る男物の服に、暫し戸惑っていました。

 男性用と女性用では、シャツのボタンの向きが違っているなどの相違点があるので、姫が苦労するのも無理はないでしょう。その上今まで自分一人で着替えをしたことがなく、城にいる時はいつも誰かの手を借りていた彼女にとっては、尚更困難なことでした。

「んしょ……ぷはっ!」

 そんな声を洩らしながらも、姫は着替えることに成功します。

 ただ、いくら服を偽装したところで、優雅な髪飾り等がついている髪のせいでまだ目立ってしまいます。

「仕方ない、ですよね」

 不満そうな表情を浮かべつつも、彼女は頭についている髪飾りをすべて外し、床にそっと置きました。こちらのものは少しばかり後ろ髪を引かれるような感覚を得てしまった姫でしたが、城から抜け出すには仕方のないことでした。

 髪飾りがなくなったことで、姫の髪は一気に腰の辺りまで降ろされました。それでも彼女の美しさは何も変わっておりませんでした。

 ただ、長い髪をそのままにしておくのは流石に守衛の格好をしている上ではおかしな話なので、帽子を被ってその中に入れることでなんとかごまかすことにしました。

「少しばかり気持ち悪いです」

 帽子の中が蒸れることに対して不満を呟きながらも、仕方のないことだと無理矢理納得して、その部屋から出て行きます。

 その後は順調に城の中を歩き続ける姫。時折城の中を警備している守衛の者に遭遇するも、夜であるが故に城の中の灯りもついていないのも助けとなって、誰も気にすることはありませんでした。遠くから見てしまえば、今のお姫様は完全に城を警備する守衛そのものです。背中に背負っている荷物を気にする者も多少いましたが、それでも別に話しかけられることはありません。

 彼女の計画は、見事に成功したのです。

「あとはこのまま城を出れば……!」

 気付けばすでに、城の入り口前まで来ていました。この大きな扉さえ開けてしまえば、後は中庭を通って行くだけ。そうすれば彼女は晴れて鳥かごの中から飛び立つことが出来るのです。

 姫は少しばかり興奮していました。外の世界に対する期待を抱いているのと同時に、脱走が成功する喜びを感じていました。

 扉に右手を添えて、姫は息を呑みます。

「……よし」

 覚悟を決め、一気にその扉を開け放ちます。

 すると、月の光が目に入ってきて、一瞬目を瞑ってしまいます。

 ですがそれも一瞬のことです。すぐに目を開けると、そこにはスポットライトによって点々と照らされた、薄暗いステージが用意されているかのように、月の光によって照らされている、真夜中の中庭が広がっていました。

 周囲には無数の木々が生い茂っており、姫が今立っている所から少し歩いたところには、空高く昇ろうとしている噴水があります。噴水の周りにはお花畑が広がっていて、そこにはスイートピーやガーベラ、マリーゴールドなどの花が綺麗に咲き誇っています。これまで何度も目撃してきた光景だというのに、彼女は思わず目を奪われてしまいました。

 ですが、すぐに姫は自分の果たすべき目的を思い出し、意識を元に戻しました。ここで時間を食ってしまっては、ここまで来た努力がすべて無駄になってしまうのです。

 彼女がこれからやるべきことはたった一つ。この中庭を通り抜け、柵を開けて城から出るのみです。

「いよいよ最後です。慎重にいかないと」


――最後に気を抜いてしまったら、必ず失敗する――


かつて王様から聞かされていた教えの中にその言葉があったことを、彼女は決して忘れていませんでした。

 気配を殺して、慎重に中庭を通り抜けていきます。ここまで遮蔽物となり得そうなものは、木々を除いて他に何もありません。彼女の行く先を邪魔する者も、誰もいません。

 このまま行けば、彼女は無事に城から出ることが出来ます。そして念願だった外の世界に旅立つことが出来るのです。

「もうすぐです。もうすぐ私は、外に!」

 あと少しで外に出られるということもあり、彼女の心は次第に昂ぶっていました。いつもだとあり得ない程、興奮していました。まるでプレゼントの箱を開ける直前の子供のように、その感情を抑えきれないでいました。

 足は段々速くなります。気付けば姫は、中庭を全力で駆け抜けていました。彼女にとって自分の足で地面を駆けることは、本当に久しいことでした。それこそ子供の時に庭を駆け抜けて以来、何年もの間走っていなかったのです。それが今、感情の昂ぶりからか、体力なんて気にすることなく走り抜けています。門はもう目の前。この大きな門さえ潜り抜けてしまえば、姫は晴れて外の世界に抜け出すことが出来ます。

と、そこで姫は動きを止めました。自分の目の前にある門。門があると言うことは、つまり。

「……門番のことを完全に忘れていました」

 城の門には、侵入者を防ぐ為に門番が待ち構えているのが当たり前。これを怠ってしまっていると、簡単に侵入者の存在を許してしまい、城の中が荒らされてしまうかもしれないからです。この城も例に洩れず門番を雇っていました。まともに働いているのであれば、この門の外に門番の人が立っていることでしょう。普段なら恩義を感じるところですが、今回は事情が事情なだけに、姫は心の中で思わず舌打ちをしてしまいます。

「ここはどう切り抜けたら……」

 ここまで頑張ってきたのに、最後の最後で挫けたくはない。せっかくの苦労を無駄にして諦める位なら、いっそのこと足掻いてみたい。短い逃走劇の中で、彼女はそんなことを考えていました。

 誰かに見つかってしまっては不味いので、木陰に隠れて、姫はよい方法はないかと思考の世界に溺れます。ですが結局、ここまできて何も思い浮かばなかったのです。

 やはり一人で脱走するのは無理があったのでしょうか。せめて他に協力者がいないか募るべきではなかったのでしょうか。様々な思考が彼女の頭を支配します。

 目の前に立つ巨大な門が、今では姫の行く末を阻む巨大な壁のようにも見えました。

 ですが、いまさら後悔したところで時間が戻ってくるわけではありません。

「もうここまで来たら仕方ありません」

 やがて彼女は、決意を秘めた表情を浮かべて、そう呟きます。

ここまで来れたのも運の力がうまく働いてくれたおかげ。なら、この先抜け出せるかどうかも、運の力によって左右されるのではないのでしょうか。だとすれば、最後に運に身を任せるのも悪くはありません。つまり姫が選んだ道というのは。

「……!」

 茂みの中から勢いよく飛び出し、姫は思い切り地面を駆け抜けます。そして、門をバン! という音と共に勢いよく開け放ちました。

 そう、彼女が選んだ道というのは、強行突破です。

 ある意味では無謀とも言えるその選択肢は、まさしくこの場において一番適している行動と言えなくもありませんでした。

「なっ、何者だ!?」

当然、門番は反応を示します。それは明らかなる驚きからです。

 いきなり門が開け放たれて、何者かが駆け抜けてきたのです。門を守る番人としては当然の反応でしょう。だとしても、門番達は違和感を抱かざるを得ませんでした。

 通常、それがもし不審者であるとしたら、門の外から飛び出してきて強行突破を試みることでしょう。ところが、この人物は門の内側から飛び出してきて、この門から外へ出ようとしているではありませんか。服装も、城の中で見る守衛達のものであり、それがますます彼らを困惑させるきっかけとなってしまいました。

 だからこそ彼らは、一瞬の隙を生み出してしまったのです。

「あっ!」

 気付けばすでにその人物はすでに目の前までやってきていました。思わず門番は驚きの声をあげてしまいます。

 と、その時でした。その人物が被っていた帽子が、何らかの要因によって頭からずり落ちてしまったのです。

「なっ!?」

 そこから出てくる、長くて美しい髪。帽子が外れたことにより、門番達はその人物の姿をはっきり見ることが出来ました。

そして。

「お嬢様!」

 姫は、しまったと心の中で呟きました。突如として帽子が外れてしまうというアクシデントが発生してしまい、しかも自分の正体を門番達に気付かれてしまったのです。こんな所まで来て想定外のアクシデントに見舞われるとは、姫も考えてはいなかったでしょう。

 だからと言って、このまま引き下がるわけにはいきませんでした。せっかくここまで来たというのに、いまさら戻るなんて真似が出来るわけがありません。今までの苦労を水の泡にするのだけはどうしても避けなければならないのです。

 故に、その足を止めることはしませんでした。

「お待ちください! この城から抜け出すおつもりですか!」

 門番達の慌てる声が聞こえてきます。姫はそれらの雑音を右から左に受け流し、構わず走り続けます。

 いくら姫が脱走しようとしているからと言って、それを止める為に姫に傷をつけることが出来ないのが門番達の現状です。つまり姫が躊躇いを見せない限り、この城からの脱出は叶うということに繋がるのです。

「さようなら、みなさん! 私はこの鳥かごの中から飛び立ち、外の世界へと旅立とうと思います!」

「しょ、正気ですかお嬢様! 外の世界は危険がたくさんあります故、安全の保障がないのですよ? このお城の中なら安心ですから、どうか考え直して……」

「私は、もう縛られる暮らしは嫌なんです!」

 その言葉が発せられた瞬間、激しい風が突如として吹き始め、門番達は思わず目を瞑ってしまいました。その隙を、姫は逃すはずもありませんでした。門番達の横をすり抜けると、そのまま闇の中に消え去ってしまいました。

それにしても皮肉な話です。先ほど窮地に追い詰められたものに、今度は身を救うことになるとは。

「た、大変だ! 急いで国王陛下に連絡しなければ!」

「城の者を呼べ! 全員で姫を探し出すのだ!」

 門番達の慌てる声が辺りに響き渡ります。それは闇の中を駆け抜ける姫の耳にもしっかりと届いていました。



 さて、城から逃げ出すことに成功した姫は、真っ先に街を目指して広大なる草原を歩いていました。まずは住む場所から確保しようと考えたのです。

 城から街まではそう遠くはありませんでした。大きなカバンを背負っている姫でも、歩いて行くにはそれほど困らない距離でした。そしてその足取りは、心なしか軽いようにも見えました。

「もうすぐ、街に出るはずです」

 姫は胸を躍らせていました。自分が今まで訪れたかった街が、手の届くところまで来ているのです。彼女にとって、それはゴール地点であり、新たな道へのスタート地点でもありました。ここからまた、何もかもが一転した生活が始まる。今までそばにいた人達は誰もいないけど、その代わり新しい人達と共に暮らすことが出来る。また幸せな日々を送ることが出来る。

 そんな幸せな想像をしていたのです。

 だからこそ、姫は。

「え?」

 思わず、目を見開いてしまいました。

確かに、姫の目の前には街が広がっていました。

 ですが、そこに理想の形など何処にも存在しませんでした。そこにあったのは、まさしく惨劇でした。荒れ狂った土地、やせ細った人達、枯れた木々、活気のない街。

 姫が抱いてきた幸せな幻想は、音をたてて崩れ去ってしまいました。

 そう、姫は知らなかったのです。

「ま、街の外が……こんなに……」

 王様が姫を頑固として外に出したくなかった理由が、姫の前で繰り広げられていました。王様は、姫には幸せな世界を、影のない光の部分を見せていたかったのです。だから姫は城の外から出してもらえなかったのです。

 姫は、過去に王様に言ってきたことに対して、心の中で謝罪の言葉を述べていました。意地悪されていたわけではなく、本当に心配してくれていたことを、たった今この場で理解したのです。

「酷い……」

 呟けるのは、その一言だけでした。

 この時姫は、今まで外の世界を知ることがなかった、鳥かごの中で暮らしてきた鳥のような心境を抱いていました。あれだけ望んでいた外の世界だというのに、姫の期待は一気に裏切られてしまったのです。

 姫は帰りたいと思い始めました。ですが、あれだけのことをしてしまった以上、もう引き下がることが出来ませんでした。

「おい、そこの女」

「!?」

 突如、姫は何者かに話しかけられました。声の主を探そうと辺りを見渡します。

「後ろだよ」

 背後からの声に気付いた姫は、身体ごと後ろを振り向きます。するとそこには、三人組の男達が立っていました。

 手にはそれぞれ、ナイフや銃などの武器が握られていました。

「あ、貴方達は誰ですか?」

 姫は尋ねます。

 男達は歪んだ笑みを浮かべ、答えました。

「ちょっくらこの街から色々貰い受けたんでなぁ」

「おかげでしばらく暮らしには困りそうにないぜ!」

 その言葉を聞いて、姫はすぐにある言葉を思いつきました。

 『盗賊』。この男達は、街を荒らしまわった盗賊だったのです。

「ところでアンタ、この辺じゃ見ない顔だよな? この街の住人じゃなさそうだし」

「なんで女なのに何処かの城の守衛みたいな格好してんだ?」

 姫は男達の言葉を聞いて、いよいよ恐怖を抱き始めました。この男達とこれ以上深く関わってしまったら、何が起きるか分かったものではありません。

 ですから姫は、この場から立ち去ろうと思い至り。

「な、なんでもありません! 失礼しました」

 無理矢理会話を断ち切って、走り去ろうとしました。ところが。

「おっと、待ちな」

 パシッと手を掴まれる感覚を得ます。男の内の一人が、姫の細い腕を強く握ったのです。そこからは、狙った獲物を決して逃さないという狩人の意思が感じられました。

「アンタ、もしかしてさっき街の中で聞いた『鳥かごから逃げ出したお姫様』って奴じゃないのか?」

「え……?」

 実は姫が逃げ出したその直後に、守衛達が姫の脱走の件を王様に伝えていたのです。話を聞いた王様は、すぐに姫を見つけ出す為に周辺の街に『姫を見つけたらすぐに城に連絡を入れるように』と告げていたのです。確かにこれならすぐに姫は城に帰されていたことでしょう。ですが、その時運悪く街は盗賊達に襲われてしまったのです。姫の話題だけが独り歩きし、そして。

「ならアンタを使って国王陛下から金をたっぷり搾り取ることも出来るわけだ」

「い、嫌です!」

 不安は確信に変わりました。ここでもし逃げられなかったとしたら、自分の身の安全の保証は何処にもありません。

 姫はもちろん抵抗します。ですが、女性一人分の力は、男達三人分の力に敵うはずもありませんでした。姫はそのまま地面に倒されてしまいます。

「悪いな、少し黙っててもらえない?」

 男達の手が姫の顔に伸びて来ます。この瞬間、姫はもう駄目だと思いました。もう逃げ場など何処にもありません。この男達に好きなように扱われるだけなのだと悟りました。

 その時でした。

「そこまでだ!」

 姫にとって、その声は聞き覚えのある声でした。かつて何度も聞き、そして城を抜け出す直前にも聞いた、青年の声。

「な……門番!?」

「お嬢様の身体を、それ以上汚すな!」

 助けに来たのは、姫の脱走を黙認してしまった門番でした。手には銀色に光る長い槍が握られており、額には大粒の汗が見えていました。恐らく城から街までたった一人で駆けてきたのでしょう。

 門番は姫を押し倒していた男の内の一人を、槍を使って薙ぎ払いました。男はそのまま地面を転がり、手に握っていた銃を落としてしまいました。

「この野郎、よくも!」

「それ以上お嬢様に近づいたら、命を取らせてもらうぞ!」

 門番の叫び声が、姫の耳に聞こえてきます。その声を聞いて安心した姫は、やがてゆっくりと目を閉じました。



 目を覚ますと、姫はいつものベッドの上で横になっていました。恐らく、先ほど姫の元に訪れた門番が、ここまで運んだのでしょう。

「気がついたか?」

「お、とう、さま?」

 覚醒しきれていない頭でも、姫は理解することが出来ました。優しげに語りかけてくるその声はまさしく、自分の父――王様でした。

「だから城の外には出るなと言ったろう。外は危険なことばかりだから、城の中にいなさいって」

「申し訳ありませんでした」

 姫は謝罪の言葉を述べました。

 王様は笑って姫を許します。

「もう良い。帰ってきてくれただけでも十分だ」

 親が子を想う気持ちは偉大です。姫はそのことを身を以て実感したのでした。

「お父様」

「なんだい?」

 姫は王様のことを呼びます。王様が尋ねると、姫は。

「危険な目には遭いましたけど、後悔はしていません」

 そして、満面の笑みと共にこう続けました。

「だって、鳥かごの中から抜け出して、外の世界に羽ばたくことが出来たのですから。私の翼は、まだ折れていませんよ?」


おしまい


こんにちは、風並将吾です。

今回は「鳥かごのお姫様」という小説を書かせて頂きました。

この文体はわざとこうしております。

童話チックな話が書きたかったのです。

もっと言えば、キノの旅に触発されてこのような文体になりました。

実を言うと、私は時雨沢恵一さんの文体とか展開とかが結構好きなので、それに似たような話になることも何個かあるようです。


ところで、作中に何個か花の名前が出てきましたよね?

その花言葉を調べてみるのも如何でしょうか?

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  主人公は、国王の娘、つまり王女様なんですよね?  門番のセリフの中の彼女への敬称が全て『お嬢様』になってますが、ここは姫様か王女様の方がいいと思います。 [一言]  おはようございま…
[良い点] お姫様は城を出て外に行くという「希望」を抱き、城を出て、この街が自分の新たな「門出」になると「ほのかな喜び」を感じた。でも現実は甘くなく、街の惨状を見て「悲しみ」を感じた。そして自分にも危…
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