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妻問う龍と夢見る乙女  作者: なかゆん きなこ
第一章 龍の花嫁
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第二話(2)

 


 龍の瞳。それには強大な霊力が宿るという。

 それが今、妻問いの証として織子の額に在る。

 そういえば、先ほど夢の中で会った銀星は片目を塞いでいた…。

(……っ、そんな…)

 受け入れがたい現実に、織子はただ絶句し、俯いた。

 俯くことしかできなかった。この、現実を前にして。

「…銀星様は、よほど貴女が愛しいのでしょう」

 惜しげもなく片目を与えるほどに、と重國が気遣うように優しく言う。

「…そんな…こと…言われても…っ」

 どうして私が、と混乱する織子に、ただ重國は静かな笑みを浮かべるのみだ。

「神の考えていることは、只人ただびとにはわからぬものです」

 どこか諦念の混じった言葉だ。

 確かに、あの龍の考えていることなんかわからない。でも、

 それでも納得できない織子に、それまでずっと黙っていた少年―昂が口を開いた。

「…そんなことより、大事なのはこれからのこと…です。ただの人間である貴女の額に、主様ぬしさまの瞳がある…。それがどういうことかわかる…です?」

(…そんな…こと…?)

 俯いていた織子が、昂の言葉にぴくっと反応する。

 まるで織子の戸惑いなどどうでもいいというように、昂は言葉を続ける。

「主様ほどの龍神の瞳…です。それがこんな、無防備で無力なただの人間の体にある…です。狙われ放題…です」

 どこか棘のある言葉。

「昂殿!」

 昂の歯に衣着せぬ物言いに、重國が声を荒げる。

「黙っていてもすぐわかること…です、重國。この御方には龍神の妻たる自覚を持ってもらわないと困る…です」

(…自覚…? 妻としての…? そんな…)

 織子の手がぎゅっときつく握りしめられる。

「これから数多の妖怪や、時には術者の人間が貴女の額にある主様の瞳を狙ってくる…です。それだけじゃない…です。龍神の妻たる貴女自身も、狙われる…です」

 龍神の瞳は霊力の塊。

 その力を得ようと、また織子自身を利用しようと。

 数多の者が狙ってくるだろうと、昂は言う。

(…そんなの…っ)

 

「……いら…ない…っ」


「は?」

 小さく呟いた織子の声に、昂が思わず声を上げる。

「今、なんて言った…です?」

「…っ、いらない…っもの。こんな…私…頼んでない…っ。つ、妻になるなんて…言ってない…!」

「貴様っ!」

「昂殿!!」

 怒りに立ち上がる昂と、それを抑える重國。

 だが、織子にはもうそんなこと、どうだって良かった。

「勝手に妻にしないで!! 勝手に、人の体に変なもの埋め込まないでよ!! 狙われるって何…!? どうして…っ!!」

 どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの!!

 昂の怒りに負けじと、いやそれ以上の怒りを込めて、織子が叫ぶ。

 ぼろぼろと大粒の涙が、織子の目から溢れ出た。

「帰して…っ、家に帰してよ…っ。こんなものいらない…っ。妻になんて、ならない…」

「織子様…」

 それ以上、重國は何も言わなかった。

 いや、言えなかった。

 織子の身に降りかかった事の、その重大さを誰よりも理解しているのが同じ人間である重國だったからだ。

「…お願いだから…っ」

「……、わ、悪かった…です」

 さすがに昂も、泣かれてはばつが悪いのか憮然とした顔で頭を下げる。

 そしてポケットから取り出したハンカチを、そっけなく織子に差し出した。

「ん…っ。ほら、顔を拭く…です」

 丁寧にアイロンがけされた、真っ白いハンカチ。

 受け取ろうとしない織子を無視して、昂自身が織子の涙を拭う。

 幼く見える少年の意外な気づかいに、織子は少しだけ、落ち着きを取り戻した。

「貴女が不本意だったってこと、ようっくわかった…です。でも、それでもちゃんと、聞いて、理解して、受け入れてほしい…です」

 昂はそのまますとんと織子の隣に腰をおろし、はあっとため息を吐いた。

「主様は、ずうっと、ずうっとこの地を守護してきた…です。僕達のような神使しんしや辰見一族、下僕しもべはいっぱいいる…ですけど、仲間はいない…です。伴侶も、ずっとずうっといなかった…です」

 少し寂しそうに、昂が微笑む。

「主様はいつもお強くて、気高くて、お美しくて…。でも、いつもどこかお寂しそう…です」

「………寂しい…?」

 あの龍が?

「はい…です。でも、貴女と出会って…、主様…とっても嬉しそう…です」

「…………」

「貴女に瞳を与えたのも、きっと、貴女がすっごく大切で、愛しくて…守りたいから…です。それだけは、覚えていてほしい…です」

「………」

「それに、心配いらない…です。貴女のことは、」


 僕が守る…です。


 そう言って、幼い顔の神使はどこか誇らしげに微笑んだ。



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