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妻問う龍と夢見る乙女  作者: なかゆん きなこ
第一章 龍の花嫁
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第二話(1)


「……ん…」

 覚醒に、瞼が震える。

 織子がわずかに身動みじろぐと、それを待っていたかのように人の声がした。

「お目覚めですか? 織子様」

「え…?」

 どこか覚えのあるような声に、はっとして飛び起きる。

 そして織子は、今自分が置かれている状況に絶句した。

(…な…、なんで…)

 織子は走行する車の中に居た。

 それも、今まで一度も乗ったことのない高級車に。

 対面式になっている後部座席のシートには、ちょうど織子の正面に見知らぬ少年と、そして40代くらいの男が座っている。

「…どうして…私…」

 混乱する織子に、男は困ったような笑みを浮かべ、そして丁寧に頭を下げた。

「私は辰見重國たつみしげくにと申します。こちらはこう殿。貴女が夢の中で出会った龍、銀星様の下僕しもべでございます」

 つられて隣に座る少年も、ぺこりと頭を下げる。


吾妹わがいもの元へ、我が下僕を遣わした。その者が、吾妹を現の俺の元へ案内あないするだろう』


 夢の中で、龍、銀星はそう言っていた。

 それでは…、

(…本当に、あれはただの夢じゃなくて…現実なの…?)

 でなければ、どうして今自分はこの車に乗せられているだろう。

「…突然のことで、織子様も困惑なさっておられるご様子。僭越ながら私が、説明致しましょう」

 そして重國は、語り出した。

 龍や彼らのこと。織子の置かれている状況について。



 それは太古の昔。この国がまだいくつのも小国に別れ、その中で大和民族と呼ばれる者達が台頭してきた頃の話。

 大陸から一匹の龍が、この国に渡ってきた。

 雷と雨を操り、嵐さえも自在に巻き起こせる龍は、この地で一人の若者と出会う。その若者は、神の声を聞き人々に伝える巫子みこだった。

 巫子は、龍にある契約を持ちかける。それは、彼の一族が龍を神として祀り畏れ敬う代りに、その霊力の恩恵を一族に与える、というものだった。

 龍がその時何を思ったのか、わからない。

 しかし龍は巫子の言葉を受け入れ、彼の一族に神として祀られることになった。

 そして巫女の一族には、龍の霊力の恩恵を受け、霊力に優れた能力者が生まれるようになった。

 ある者は未来を予知し、ある者は邪を払う力をもった。

 その力を使い、一族は時代の権力者達に取り入り、繁栄を手に入れた。

 そしてその繁栄は、今この時代にも脈々と受け継がれている…と。


「貴女が夢の中で出会った龍は、我が一族が祀る龍神です」

 神というものは、本当にいるんですよ、と重國は言う。

「この車は今、山背やませに向かっています。山背の辰見…という名に、貴女も聞き覚えがあるでしょう」

 言われて、織子ははっとした。

 この街の外れにある山。その中腹一帯を山背と言い、そこに居を構えるのは古くからこの土地に住む名家、辰見家である。

 織子でも聞いたことのあるくらい、有名な家だ。

 大地主だったとか貴族だったとか、正確な由来は知らないが、とにかくお金持ちで大きな屋敷があるという噂を聞いたことがある。

 織子はその時になって、初めて窓の外を見た。

 確かにこの車は、山の方に向かっているようだ。

「我が一族が今もこうして豊かに暮らしていられるのは、すべて銀星様の恩恵があってこそ。故に我々は、銀星様を畏れ敬い、手厚くお祀りしております」

 昨日は年に一度、特別な“祀り”の日だったのだと重國は言う。

「銀星様の御座す御社は、毎年新しく建て替えているのです。その時に、御衣装や調度類もすべて新調して。そして昨日が、新しい御社に御移りになる日、でした」

 古い御社から新しい御社に移るにあたり、一族の者達は自分達の式(式神。術者が使役する鬼神の類)を使って“祀り”を執り行った。管弦の音色で龍神を囃し、新しい御社へと移動させるのである。一見、簡単なようにも思えるが…。

「銀星様は、その…少し気難しいところがございまして」

 苦笑する重國に、隣に座る少年、昂が咎めるような視線を向ける。

「何か不備があれば、直ちに機嫌を悪くされる…。一族の者達は毎年、この儀式にはたいそう神経を使うのですよ」


『そして、今日は日が悪い。よりによって“祀り”の日に迷い込んでくるとは…』


「あ…」

 あの時、

 迷い込んだ織子を導いてくれたのは…、

「あの時の…」

 重國はただ、頷いて肯定した。

「どうなってしまうか、わからない…と、言ったでしょう。あの時、貴女は最悪死んでいたかもしれません」

 龍神の怒りに触れて。

 けれど、事態はそれよりも厄介な方向へ転がってしまった。

「…銀星様は、貴女に妻問いをしてしまった…」

「…つま…どい…? あの、どういうことなんですか? ウケイとかなんとか…私、わからなくて…」

「妻問いとは、求婚のことです。古代では、男は妻にと望む女に名を訊ね、女は名を教えることで求婚を受け入れた。貴女は銀星様に、名を教えてしまいましたね」

「……っ!」

 だって、それは…。

 名前を聞かれたから、答えただけで。

 夢だと、思っていて。

「…もちろん、貴女に非はありませんよ。貴女は何も知らなかったのだから。けれど…」

 重國の表情に、一層真剣さが増す。

 それが事の重大さを物語っているようで、織子は思わず両手をぎゅっと握りしめた。

「銀星様は貴女に名と、そして恐らく真名をお教えになった。それだけではない。うけいの証に、」

 重國の視線が織子の額に向けられる。

 ちりっと、そこが熱を帯びるような気がした。

「貴女の額に、とんでもないものを埋め込んでしまった。妻問いの証、として」

「と、とんでもないもの?」

「ええ。貴女の額に在るもの。それは、」



「銀星様の右目。龍の瞳、です」




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