表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妻問う龍と夢見る乙女  作者: なかゆん きなこ
第一章 龍の花嫁
6/12

第一話(5)

 時間ときは少し遡る。


 二葉の目の前に、少女の小さな額があった。

 その白い肌にくっきりと浮かぶ、赤い痣。そこに、二葉の求めているモノがある。

 二葉は織子の長い髪を一房手に取り、

「橘さんって、良い匂いがするね…」

 耳元に、そう囁いた。甘く。この少女を誘惑するかのように。

「!!!!????」

 慣れていないのだろう。反射的に、織子の身体がびくっと震える。

 しかし二葉は構わず、織子の瞳を見つめた。

 少女の額にあるモノ。それを得るためならなんでもしよう。

「特に…」

 甘さを含んだ視線で、額を見つめる。

「額の、痣から…」

 秘め事のように囁けば、織子は驚いたように声を上げた。

「…っ!? み、見えるの…? 風切くん」

 なるほど。彼女は自分が額に抱いているモノが何であるか知らないらしい。

 それは、好都合だ。

「見えるよ。だってそれは…」

 二葉の手が、額に伸びる。

 あと少し、あと少しの距離でそれが間近に迫った時、

「えっ…」

 最初にそれに気付いたのは織子だった。

(しまった…っ)

 怒りと殺気を孕んだ大気が、辺りを包む。


「…っち…」

(あと少し、だったのに…)

 落雷が自分を襲う寸前、二葉はばっとそこから後ずさった。

 もう少し気付くのが遅れていれば、あのいかづちに焼き殺されていただろう。

「…ずいぶんと嫉妬深い龍神殿だ…」

 落雷の衝撃から、気絶してしまったらしい少女がベンチに倒れている。

 しかし、二葉には触れることができない。

 触れればまた、あのいかづちが自分を襲うだろう。

(…こんなに近くにあるのに…っ)

 目の前に、己が渇望してやまないモノがある。にも拘わらず触れることすらできない苛立ちに、二葉は自然唇を噛みしめた。


「その御方から離れろ…です」


「!?」

 突然響いた声と、そして向けられた殺気に振りかえると、そこには一人の少年が立っていた。

 まだ十歳くらいの、あどけない顔立ちの少年だ。

 濡れたように艶やかな漆黒の髪に瞳。仕立てのよさそうな半ズボンから伸びる足は、驚くほど白い。学校帰りの小学生…に見えなくもないが、しかし二葉に向けられる視線は、射殺されそうなほど鋭い。

「…神使しんしか…。龍神殿はよほど橘さんにご執心のようだね」

「黙れ…です。貴様のような下賎げせんには関係の無いこと…です」

 少年はゆっくりと、こちらに近づいてくる。

 二葉を威嚇するように、変わらず、その殺気を向けながら。

「もう一度言う…です。その御方から離れろ…です。でないと…」

「でないと?」

 二葉が微笑む。その挑発に、少年がにいっと唇を歪ませた。

「斬る!!」

 から手だったはずの少年の手に、幻のように日本刀が現れる。

 少年はそれを握って、二葉の元へだっと飛び込んだ。

「…っと」

 ぶんっと、音を立てて一閃が振るわれる。

 それをかわし、二葉は後ろに飛んだ。

「…今日のところは…っと」

 容赦のない突きが、二葉の頬を掠める。

 ツウっと一筋、血が零れた。

「ここで退散するよ。僕一人では、分が悪い」

「ッハ。何匹来ようと同じ…です」

 少年は刀をかまえて、嘲笑する。

「…言ってくれるね…神使風情が…」

 己の頬を流れる血を手で拭い、這うように低い声で呟く。

「あまり調子に乗るなよ」

「んっ!?」

 突然、少年の周りに突風が沸き起こった。

 両腕で目を庇い、衝撃に耐えた時にはもう、

「っち…。逃げられた…です」

 二葉の姿はなかった。

 少年は刀をぴっと振るい、僅かに付いた二葉の血を払った。

 そして鞘におさめると、日本刀はまた幻のように消えていった。

こう殿」

 自分を呼ぶ、男の声に少年―昂はくるっと振り向いた。

 そこには、着物姿の男が立っている。親子ほども年の離れた外見の二人だが、

重國しげくに。遅い…です」

 昂はふんっ不機嫌そうに鼻を鳴らす。重國と呼ばれた男は苦笑するのみだ。

「我々は貴方がたのようには動けませんからね」

「…まあ仕方ない…です。車は…?」

「用意致しました。その御方をこちらへ」

 昂はこくんと頷いて、まだ気絶したままの織子を軽々と抱え上げる。

 重國が代ろうかと目配せしたが、

「この御方に触れてはいけない…です。主様ぬしさまがお怒りになる…です」

 そう言われて、何も言わず車まで先導した。

 公園のすぐ傍に停められていた車の後部座席に、織子の体を横たわらせる。

 そして二人も乗り込んだところで、重國が言った。

「昂殿、結界を」

「うん…です」

 昂がパァンと柏手を打つと、辺りの空気が一変する。

 落雷の直後、張っていた人払い(人目に付かないようにする)結界を解いたのだ。

「では参りましょうか」

 重國の言葉を合図に、車が走り出す。

 彼らの主の元へ、未だ眠り続ける少女を送り届けるために。


また新キャラの登場です。

二人については次の話で詳しく語られます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ