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妻問う龍と夢見る乙女  作者: なかゆん きなこ
第一章 龍の花嫁
2/12

第一話(1)

 


 ゆっくりと、瞼を開く。

 最初はぼやけていた視界がだんだんと開けていって、ここが自分の自室だということがわかる。

(ああ、なんだか変な夢を見たな…)

 ぬくい布団のなかでごろりと寝返りをうち、織子は夢の余韻を思い返す。

 変な夢だった。やけに鮮明に、未だ記憶に残っている。あの丘も、桜も、神社も、おじさんも、そして…あの恐ろしい龍も…。

 やけにリアルな草の感触、体に龍が飛び込んできたときの衝撃、熱、光。

 そして銀の髪の青年が自分の額に接吻たときの、あの熱と痛み。

 織子はそっと、自分の額に手を当てた。何の変哲も無い、わずかに汗ばんだ額にはとくに変わった感触はなかった。

(あたりまえだ。あれは夢だもの…)

 でもあの夢の余韻は、今も胸に燻っている。それが切ないような、心地よいような、不思議な感覚だった。

 織子はまたごろんと寝返りをうって、枕元に置いてある携帯を開く。時刻はまだ六時半を回ったところ、セットしている目覚まし機能が鳴り出すには、あと三十分ほど余裕がある。

 二度寝をしようかとも思ったが、目はすっかり冴えている。

 それならと、織子は起き上がった。

 せっかくだし、今日は早めに準備しよう。母はきっと、いつもぎりぎりまで寝ている織子が珍しく早起きをしたので、驚くだろう。

 母の驚く顔を想像しながら、織子は一階の洗面所に降りていった。



 案の定、キッチンに顔を出した織子に母は「あら珍しい」と苦笑した。

「今日は槍が降るわね」

「ひどい、お母さん。私だってたまには早起きするわよ」

「どうだか」

 酷いことを言う、と織子はべえっと舌を出し、洗面所に向かった。ヘアバンドで髪をまとめ、蛇口をひねり冷たい水を出す。

 そのときになって、織子はようやく自分の体の変化に気付いた。

「…?」

 鏡に映る、怪訝な顔をした自分の顔。

 そのヘアバンドで押し上げた前髪の下、ちょうど額の中央に、見慣れない痣がある。

「なに、これ?」

 それは赤く、蚊に刺されたような小さな痣だった。しかし触ってみても、つるりとしたもので腫れてはいない。

「なんの痣だろう…。これ。虫に刺された…ようには見えないし…」


『これは誓い《うけい》の証だ、織子』


 ふいに、夢に見たあの銀髪の青年の言葉が過ぎる。

 痣があるのはちょうど、彼が接吻けたあたりではないか。

「…なんて、まさかね」

 あれは夢なのだから、関係ない。

 きっと寝ているときに携帯のストラップでも当たったんだろうと、それ以上は考えずに流水をぱしゃりと顔に浴びせた。

 冷たい水は心地よく、頭のもやもやを払い飛ばすには十分だった。



 織子の通う、県立国見高校は高台の上にある。

 いつも遅刻ぎりぎりの織子では堪能できない通学路の桜並木も、今日は余裕を持って家を出られたのでゆっくりと眺めることができる。

 歩きながら満開の桜の花を見上げ、織子は思った。

(夢の中で見た桜…すごかったなあ…)

 人工的に植えられたまだ若い並木の桜と、夢の中で見たあの桜の巨木では、咲き誇る花の数が格段に違う。夢の桜は、散ってもなお咲き続けるような、そんな印象を持った。

(そう考えると、結構綺麗な夢だったなあ…。少し怖かったけど…)

 織子はそんなことを考えながら、いつもよりゆっくりと、学校へと足を進めた。


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