第二話(5)
その後も、織子は引かなかった。
そして同じくらい、銀星も引かなかった。
妻にはならないという織子と、妻になってもいいと思ってもらえるよう努力するという銀星。二人の主張は平行線のまま。それこそ、見かねた重國が口を出すまでずっと、お互い一歩も引かなかった。
「お二人とも、落ち着いてください。織子様、」
「は、はいっ…」
両親と同年代の重國に諭すように名を呼ばれ、織子は反射的にかしこまる。
「こうして言い争っていても埒があきません。ここはひとまず、貴女は銀星様の『花嫁候補』ということで、いかかでしょう?」
「いかがでしょうって…」
「こうなると、銀星様は引きませんよ。けれど、貴女の意思を無視することもありません。貴女がこの先も嫌と言い続け、他に好いた方ができたなら、銀星様も諦めましょう」
「…………………仕方がない」
諦めようと、渋々銀星が呟く。
(…今、とっても間が空いていたけど…)
もし織子に他に好きな男ができたら、この龍はまた雷でも落とすのではないだろうか。
織子はそんな不安にかられた。
「しかし、貴女の額に銀星様の瞳があることも、また変えようのない事実です」
「……はい」
龍の妻になるのは嫌だけれど、だからといって命を捨てて瞳を返すのも無理だ。
「ですから、私達が貴女を守ろうとすることを、お許しください」
「…でも、どうやって?」
また雷を落とすの? と尋ねる織子に、重國は苦笑する。
「さすがに、毎回それをやられては困ります。よろしいですね? 銀星様」
「………わかっている。だが、危急の場合は容赦はせんぞ」
下僕達が織子を守り切れず、その身に何かあれば容赦なく雷を落とすという。
織子は思わず体を震わせたが、重國は怖れる風でも無くただ穏やかに頭を下げた。
「心得てございます。昂殿」
「はい…です」
呼ばれて、昂が織子の傍へ来る。その顔が不機嫌そうなのは、織子がめいいっぱい彼の主を拒んでいるからだろう。
「昂殿が、貴女の護衛役を務めます」
「えっ」
だってこの子、どう見ても小学生で…。
そう言って指差すと、昂はニイっと不敵な笑みを浮かべた。
「昂殿は…」
「!?」
重國が言葉を続けるよりも早く、ふっと昂の姿がかき消える。
そして昂が立っていた場所に、
「きゃあっ!!!」
『失礼な!! 僕の姿を見て悲鳴を上げるなんて失礼…です!!』
真っ白い蛇が一匹。
その目は黒く、チロチロと紅い舌を出しながら、昂と同じ声で話す。
「へ…蛇っ…」
「昂殿は銀星様の眷族、蛇の神使です。神使とは、神に仕える妖者のことで…」
『フンッ。あまり調子に乗るな…ですよ、人間。主様の奥方と思えばこそ、色々目をつぶってやったですが…ぐえっ』
織子にシャアッと食ってかかる昂の細長い体躯を、銀星が容赦なくぎゅっと掴み上げる。
「昂、織子は俺の想い人なのだ。無礼は許さん」
『…ご、ごめんなさい…です』
そしてそのまま、ぐったりする昂をずいっと織子の眼前に差し出した。
とても良い笑顔で。
「織子、こうして蛇の姿をした昂ならばいつでも傍に…」
「嫌ですっ!」
というか無理ですと、織子は涙声で拒絶する。
織子は蛇が苦手だ。写真でさえ触るのが拒むくらいに。
今だって、蛇の姿をした昂が眼前にいるのが怖くてたまらない。
たとえしっかり掴まれ、ぐったりしているのだとしても、突然俊敏に動き出しそうで怖いのだ。
「…やはり、若い娘さんにその姿は酷ですね…。では、昂殿」
『ちっ。しょうがない…です』
そして昂は、また姿を消し、瞬く間に人の姿に変わった。
最初に見た時と同じ、小学生くらいの少年の姿に。
「これなら問題ないだろ…です」
「ええ。昂殿にはこれからずっと、織子様の御傍について頂きます」
「え!? ずっとって、そんな…、無理でしょう…?」
だって、学校はどうするの?
家族にはなんて説明すればいいの。
しかし重國は、大丈夫ですよと微笑んだ。
「私にお任せください」
長くなってしまったのでここで一度切ります。
次でようやく一章が終わります。
今回書いていて一番楽しかったのは、昂の『ぐえっ』です(笑)