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うしろ  作者: 真弥
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■高井田元気の場合■

 高井田元気はほろ酔い加減で、道を歩いていた。


 今日は中学時代の同窓会で、最後の三次会は仲が良かった数名と一緒に居酒屋で飲んでいた。


 時間も遅くなり、帰りの電車も終電を残すのみとなっていた。


「結構飲んだな……」


 元気はネクタイを緩めながら、言う事の聞かない足を半ば引きずりながら、駅に向かっていた。


 身体も暑くなりだるい。脱いだ背広も今はとても重く感じる程だった。


『ピロロロロ』


 元気の携帯電話が音を鳴った。


 元気はワイシャツの胸ポケットから携帯電話を取り出した。


 電話には島田春樹と表示されていた。


「もしもし、春樹か?」


『よぉ、元気。今日は楽しかったな』


 電話の向こうで春樹が言った。


 元気と春樹は中学時代からの友人で、先程まで一緒に居酒屋で飲んでいた。


 春樹は親の仕事の関係で、中学三年の春頃、転校して行った。


 だから今日春樹と会うことを、元気は楽しみにしていた。

 

 そんな春樹は三次会の途中、用事があるからとかで一足先に帰っていったのだった。


「どうした? 用事があるとか言ってなかったか?」


『まぁな。でも、お前とは話したりなくてな。ちょっと話せるか?』


「おう。電車乗るまでなら大丈夫だ」


 そう言って、二人は電話で昔話を始めた。


『それにしても、いじめっ子だった元気が、今じゃ教師なんてな』


 春樹が言った。彼の言うように、今元気は高校の教師をやっていた。


「いじめっ子って言うなよな。聞こえが悪いぞ」


 中学時代、クラスに一人はいるであろういたずら好きの生徒が元気だった。


 毎日のように誰かにいたずらをして、その度に教師に怒られていたのを、元気は春樹の言葉で思い出していた。


『しかし、よくもまぁあんなくだらないいたずらを、毎日毎日考えられたもんだ』


「想像力が人一倍あったと褒めてもらいたいね」


 元気の言葉に、二人は笑い出した。


『あのさ、あれ覚えてる? お前がやったいたずら。背中に何か書いた紙を、こっそり貼り付けるってやつ』


「あ、覚えてる覚えてる! やったなぁ。あれだろ? 担任の林に『カツラ』って書いて張ったりとか」


 中学三年の時、二人のクラスの担任の教師だったのが林先生だった。


 彼は生徒の間でカツラではないかと噂になり、元気がカツラと書かれた紙をこっそり林先生の背中に張ったのだった。


『そうそう!! あれ傑作だったよな!! あれで校舎歩いてたんだから、みんな笑い堪えてたの覚えてるよ』


 その時の映像が鮮明に思い出される。若かったなと元気は思った。


『そういえばさ、千葉恵子って覚えてる?』


 春樹が言った。元気はすっと酔いが醒めた気がした。


 千葉恵子。その名前を元気が忘れるはずがなかった。


「あぁ……三年の時クラス一緒だった。あの眼鏡掛けた静かな子だろ?」


 元気が言った。飼育係をやっていて、動物が好きだったのを覚えている。


 とても物静かで、男子よりも女子に好かれていた。


『そうそう、その恵子! 今日も来てなかったな。何か知ってるか?』


「さぁな……良く知らないな」


 嘘だった。恵子が何故今日姿を現さなかったのか、元気は知っていた。


『そっか。お前、あの子もいじめてたもんな。もしかしたらお前が怖くて来なかったとか……』


「そんな事言うなよ!!」


 元気は自分の声に驚いた。冷や汗が止まらない事にも気が付いた。


『そんなムキになるなよ……じゃあ別の話しようか』


「そうだな……ちょっと待って」


 急に大声を上げてしまった自分に焦りを感じた。


 春樹に聞こえないほど小さく深呼吸し、冷静さを保った。


 元気は携帯電話を首と肩で挟むと、ポケットから定期券を取り出した。


 改札口の機械にそれを当てると、ピっと音が鳴り、改札が開いた。


「悪い、お待たせ」


 携帯を持ち直した元気が言った。


『いいよ。あのさぁ元気。実は俺、今日お前にいたずらを決行したんだ』


「はぁ?」


 春樹の急な暴露に、元気は首を傾げた。


『さぁ、俺はお前に何をしたでしょうか?』


 元気は電車のホームに向かいながら、自分を探索した。


 落書き……は無いな。財布もある。携帯電話は今使ってる。何だ?


『ヒントは電話で話した会話かな』


 元気は春樹との会話を思い出した。


 教師になったって話をして。いたずらの話をしただろ? 林先生の話をして……。


 林先生? 


 そこで元気は何かに気が付き、自分の背中に手を回した。


 手に何か触れる物があった。それが紙だとすぐにわかった。


「お前、背中に何か付けただろ!!」


『当たり』


 春樹は静かに元気の正解を祝福した。


 元気は手を伸ばし、紙を握った。


 引っ張ると簡単に背中から外れた。紙を背中から前に持ってきた。


 紙だと思っていたのは新聞紙だった。でも、ただの新聞紙ではなかった。


 とてもボロボロで、最近の新聞ではないと言う事を元気は理解した。


「これって……」


 その新聞には赤く丸で囲まれた部分があった。


 元気はその部分を見て、恐怖に陥った。


『元気、どうした?』


 春樹が低い声でそう言った。元気は何が起こっているのかわからなかった。


「お前……何を知っているんだ!」


 元気は怒鳴った。新聞紙を持つ手が震えているのがわかった。


『何を? そうだな。お前がやった事全てかな』


 元気は新聞から目を離せなくなっていた。新聞紙にはこう書かれていた。


『中学生女児校舎で飛び降り自殺』……。


 これが誰の事なのか、元気にはわかっていた。


 千葉恵子。元気と春樹の同級生の女の子の事が記事に載っているんだ。


『その記事。恵子の事だよな。あいつ自殺したんだってな……』


「お前……知ってたのか」


 元気は自分の口内が乾いて気持ち悪かった。


 何故春樹がその事を知っているんだ。誰かが言ったのか……。


『本当はお前にチャンスをやろうと思ってた。お前から打ち明けてきたら俺は許すつもりだった』


 春樹の声には途轍もない威圧があった。


「待てよ。過去の話だろ! 俺だって、まさか自殺するなんて思ってなかったんだ! だから俺は悪くないんだ!」


 元気は叫んだ。人気の無い電車のホームに声が響き渡った。


『……ここまできて、まだ白を切るのか……』


 元気は春樹の言葉に憤怒を感じ取った。元気は悟った。春樹はあの事も知っている。


『お前が……恵子を突き落としたんだ』


 春樹の言葉に元気は記憶の奥底に閉まっていた悪夢を思い出した。


 その日元気は恵子を屋上に呼び出した。


 後ろから恵子を突き落とすふりをして、そのリアクションを携帯の動画で撮って笑いものにしようと考えていた。


 それが全てもの過ちだった。


 恵子は元気の想像を遥かに超えて落ちていった。


「あれは事故だった! 殺そうとしたんじゃないんだ! 俺は悪くない!」


 元気は恐怖のあまり泣いていた。自分は悪くないと自分に言い聞かせた。


「……お前だけは許さない」


 その声は電話からではなく、元気の背後から聞こえた。


 元気が振り向くより先に、背中を誰かに押された。


 それが春樹なんだと元気は感じた。


 突き落とされた元気は線路に身体を打ちつけた。


『ファン!!』


 電車が警笛を鳴らした。ホームに電車が入ってきていた。


 元気はもう間に合わないのだと直感した。


 ホームに目をやると、春樹が見下すように見ていた。


「お前に呼び出されたとメールがあった。それが最後のメールだった。俺の全てをお前が奪ったんだ」


 元気は理解した。春樹と恵子は付き合っていたんだ。春樹が転校してからもずっと。


「お前はここで終わる。死ね」 

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