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うしろ  作者: 真弥
4/8

■野田悠美の場合■

「ねぇ知ってる?」


 ある女子生徒が友人に言った。


「体育館裏に咲いている桜の木の下で好きな人に告白すると、絶対両思いになるんだって」


 こんな噂話は、どこの高校でも大なり小なり存在する。


 誰が創ったのか。真実か嘘か、高校生にとってそんな事はどうでも良かった。


 ただ高校生は噂話に興味を持ち、それを日常の会話で楽しむだけだった。


 実際在学中にその噂話の真偽を調査しようとする学生などゼロに等しいだろう。


 ただ、ゼロではない。中にはその噂話を立証しようと考える学生もいる。




 朝、学校に通学してきた生徒達が、それぞれの教室に向かい、廊下を歩いていく。


 生徒達の賑やかな声が、その日一日の始まりを告げていた。


「栄太君……」


 廊下を歩いていた高校二年の男子生徒、篠原栄太に、野田悠美は声を掛けた。


「おはよう。どうしたの?」


 栄太は立ち止まり、悠美の顔を見た。


 悠美は目を下に向けながら何か言いたげだった。暫くの沈黙の後、悠美は言葉を発した。


「今日の放課後……話したい事があるんだけど……」


 栄太は少し考えた。悠美は未だに視線を下げている。


「いいよ。今日は部活もないし。どこで話す?」


 栄太が答えると、初めて悠美は顔をあげた。少し照れたような表情で、場所を指定した。


「じゃあ、体育館裏の桜の木の所で……」


「わかった。じゃあ放課後ね」


 そう言って、栄太は自分の教室に消えていった。


 暫くその場で立ち止まっていた悠美も、栄太の入っていった教室に入っていった。

 

 栄太と悠美は一年、二年と同じクラスだった。


 栄太はサッカー部に所属していた。明るい性格で誰にでも好かれる生徒だった。


 とてもモテる……というわけではないが、一部の生徒から人気のあった。


 対照的に悠美は文芸部で、物静かな性格だった。


 目立つ存在ではない為か、友人も少なく、休み時間でも一人で小説を読んでいる事が多かった。

 

 二人の共通点は、クラスメイトというだけではなかった。


 高校一年の時、委員会が一緒で、二人は図書委員会に属していた。


 毎週月曜日の放課後図書室で、書物の整理や生徒への本の貸し出しなどをする仕事を一緒にやっていた。


 元々本が好きだった悠美は本の知識が多く、それに興味を持った栄太が悠美に話をするようになり、そこから二人は仲が良くなったのだ。


 悠美に対しても明るく接する栄太の優しさに、悠美は少しずつ好意を抱き始めていた。


 そして今日、悠美は一大決心をするべく、栄太を放課後に呼び出す事にしたのだ。


 別に悠美は噂を信じているわけではなかった。立証しようとも思っていなかった。


 でも、その噂話はとても気になっていた。悠美は桜の木の下で栄太に告白し、付き合いたいと本気で思っていた。


 その日の放課後、栄太は悠美に言われた通り、体育館裏の桜の木の下で悠美を待っていた。


 時刻は午後五時。空は薄っすらと暗くなり始めていた。


「栄太君……」


 体育館横から悠美が姿を現した。恥ずかしそうに栄太の下に歩み寄ってくる。


「こんな所に呼び出しちゃってごめんね」


「全然いいよ。話って何?」


 栄太は木に寄り掛かるようにして悠美を見た。悠美はまた顔を俯かせ、言葉を選んでいた。


「あのね……私……栄太君が……好きになったみたい」


 悠美は言葉を発した後、顔を真っ赤にした。栄太は悠美の告白に驚き、暫く沈黙した。


「あのさ……私と付き合って……くれないかな」


 悠美が続けた。悠美は生まれて初めての告白に、胸がはちきれそうな感覚に襲われた。


 次に返ってくる栄太の言葉が怖くて。このまま倒れてしまうのではないかと思うほどだった。


「……ありがとう。凄く嬉しいよ」


 栄太の言葉を聞き、悠美はゆっくり顔を上げた。


 目の前には自分の大好きな栄太がいる。


 悠美は自分の身体が震えているのを感じながら、栄太の言葉を待った。


「……ただ、ごめん。付き合うことは出来ない」


 栄太が申し訳無さそうに言った。悠美は無表情になった。


「本当に悠美の気持ちは嬉しいんだ。でもごめん。俺、好きな人いるんだ」


 栄太はそう言って、頭を下げた。それが栄太の精一杯の気持ちだった。


 悠美は栄太の言葉を聞いても、何も言葉を発しなかった。


「ごめん。本当に嬉しいんだ。でも悠美とは今までみたいに友達でいたいな……自分勝手だよね」


 栄太はそう言って、顔を上げた。


 悠美の顔を見ると、あまりにショックだったのか、目の焦点が定まっていないように見えた。


「嫌だ」


 悠美がそう一言呟いた。


 栄太は今までに聞いたことがない悠美の低い声に、少し恐怖を感じた。


「嫌だよ。私、栄太君の事が好きなの。誰よりも好きなの。ほら、これ見て」


 悠美はポケットから携帯電話を取り出しボタンで操作した後、液晶画面を栄太に見せた。


 画面に映った画像を見て、栄太は背筋を凍らせた。


 携帯電話には栄太の写真が映し出されていた。


 それは、栄太の見に覚えのない写真だった。


「ほら。私、栄太君をずっと見てるんだよ。ほら、これだって」


 悠美がボタンを押すたび、別の映像が映し出される。


 どれも栄太には記憶にない写真だった。全て栄太の知らないうちに撮られた、盗撮画像だった。


「ほら、ほら、見て」


 何枚も何枚も写真が変わって映し出される。


 学校の中での写真。


 部活中の写真。


 委員会の時の写真。


「ほら、ほら、ほら」


「や……やめろ……」


 電車の中での写真。


 買い物中の写真。


 友達と遊んでいる写真。


「ほら、ほら、ほら」


「やめてくれ……」


 帰宅中の写真。


 家族と夕飯を食べている写真。


 寝顔の写真。


「やめろ!!」


 栄太は叫んだ。


 悠美は驚いて、指を止めた。なぜ栄太が怒鳴ったのか、わからないといった表情だった。


「もう、俺に近付かないでくれ!!」


 栄太はそう言い放ち、腕で悠美を突き飛ばした。


 悠美を暫く睨みつけた後、栄太は悠美から目を逸らし、歩き始めた。


「どうして? どうして? 待って。栄太君。私はこんなに栄太君が好きなんだよ? 待って。待って」

 

 悠美のどんな言葉にも栄太は反応しなかった。


 いや、出来なかった。栄太は怖かった、悠美の行動が全て怖かった。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 悠美の声が後ろから聞こえた。栄太は振り向かなかった。


 だが声が近くなってきているのはわかった。





「ねぇ知ってる?」


 ある女子生徒が友人に言った。


「体育館裏に咲いている桜の木の下に、殺された男子生徒の死体が埋まっているんだって」

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