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うしろ  作者: 真弥
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■柴田信弘の場合■

 今日、柴田信弘のクラスでは席替えが行われた。


 二ヶ月に一度行われるこのイベントは、信弘たち中学生にとっては、死活問題にもなりえる重要なイベントである。


 そんな大袈裟なと思われるかもしれないが、一ヶ月間嫌いな友人と近くの席になっただけで学校へ行きたくなる事もありえるし、好きな人が隣の席になったとあれば、毎日が至福な日々となる事だってある。


 青春時代真っ只中の中学生にとってそれほど重要なのだ。

 

 信弘のクラスではくじ引きで行われる。


 黒板に席順を書き、そこに数字が書かれていて、くじで引いた番号の場所が新しい席となる。


 信弘のクラス担任が一年間で多くの友人達と親しくなるようにと、このランダムルールが設けられたのだった。


 信弘も仲の良い友人と近くの席になることを祈りながらくじを引き、自分の新しい席を確認して絶望した。


 席替えにより、信弘の後ろの席になった人物は、佐藤雅史。


 彼は信弘の学校で有名ないじめられっ子だった。

 

 雅史にはあだ名があった。雅史に与えられた通り名は『トンネル』。理由は彼の顔にあった。


 雅史の鼻の穴は異様に大きかった。


 顔の約10%を鼻の穴で占めているとの噂もあるほど大きかった。


 ただ彼が命名されたのはそれが原因ではない。ある出来事が起きたからだ。


 その出来事が起きる前は、まだ雅史はいじめられる人物ではなかった……。


「みんな見ろよ! これトンネルみたいじゃない?」

 

 ある日の放課後、クラスの友人が叫んだ。彼は黒板の横に張られた写真を指差していた。


 教室にいたクラスメイト全員が写真に注目した。


 黒板の横の壁には一人一人の顔写真が並んでいるのだが、雅史の写真だけが異様だった。


 雅史の鼻の穴の部分が針のようなもので穴を開けられ、背後の壁紙が見えていた。


 きっと誰かがいたずらしたのだろう。それを見て、多くのクラスメイトが笑い出した。


 雅史は自分の事で笑われていたのはわかっていたと思うが、無言だった。


 もともと暗い性格で、彼の声を聞くことは滅多にないほど静かな男子だった。


「おいトンネル! 何か言えよ!」


 クラスの男子が雅史に向かって言い放った。笑い声が教室を包む。


「やめなよ! 可哀相じゃん」


 女子一人が言った。ただ彼女も笑っていた。多分雅史の味方はそこにはいなかった。


 暫く笑い声が教室を包んだ。雅史を囲むように多くのクラスメイトが雅史を嘲笑っていた。


 雅史は何も言わずに立ち上がると、クラスメイトの間を通り抜け、その日は教室に戻って来る事は無かった。


 その出来事から、雅史はトンネルになった。


 誰かの些細ないたずらの生贄となった彼は、クラスではいじめられる存在となった。


 そんな彼が後ろの席で、信弘が楽しいはずはなかった。


 信弘の気持ちとは裏腹に授業が始まった。席替えをして最初の授業だった。英語の授業だ。


 教室に入ってきた英語教師が変わったクラスの配置を見て、何か言っている。


 しかし信弘にはそんな事どうでもいい事だった。

 

 信弘は退屈そうに教科書を眺めていた。


 教師が教科書の文章を読みながら、クラスを回る。


 静かな教室に、教師の声だけが聞こえる。


 きっと教科書を流暢な英語で呼んでいるんだろうが、今の信弘の耳には届かない。

 

 早く授業が終わってくれ。信弘は心の中で祈った。


 休み時間になってから仲の良い友人の所へ行き、現在の自分の鬱憤を聞いてほしい。


 信弘はそう思っていた。


「ポツ、ポツ」


 ふと気が付くと信弘の耳に、そんな音が聞こえた。


 何の音か信弘にはわからなかった。


 錯覚か? 信弘は思った。


「ポツ、ポツ」


 まただ。また同じ音が聞こえた。


 何かが当たる音? いや、そうではない。何かが破れる音? 


 それも違う。とにかく何の音かわからない。


 そして信弘は気が付いた。音は後ろから聞こえる。雅史が何かをやっているんだ。


「ポツ、ポツ」


 信弘はその音が気になって仕方がなかった。


 聞き覚えのある音にも聞こえた。でもわからなかった。


 音の正体は未だわからないのだが、何か気持ち悪いイメージが信弘の脳裏を過ぎった。


 どこかで聞いたことがある。でもわからない。


 そんなモヤモヤとした心境が、一層恐怖を煽った。一体、雅史は何をやっているのだろうか。


 信弘は頭を動かすことなく左右を見回した。


 真剣に教科書を読んでいる者。


 机の下で隠れて携帯電話をいじっている者。


 教師が通り過ぎた途端後ろの席の友人と密かに話をする者。


 多くのクラスメイトがその教室に存在する。


 しかしその音に気が付いているのは、どうやら信弘しかいないようだ。


 いや、そういう説明をすると語弊がある。その音が気になっている人物が信弘だけなのである。


「ポツ、ポツ」


 もはや、教師の声など信弘の鼓膜を揺らす事は無かった。


 信弘はもう我慢が出来なくなっていた。音の正体が気になって仕方がなかった。

 

もう我慢できない。信弘は覚悟を決めて、振り向いた。


「……!?」


 そして唖然とした。


「ポツ、ポツ」


 雅史は信弘の顔写真に画鋲で穴を開けていた。


 顔中に無数の穴が開いていた。


 信弘の視線に気が付くと、雅史は手を止め、ゆっくり顔を上げて信弘と目が合った。


 そして、雅史不敵な笑みを浮かべた。

 

 トンネル事件の犯人が誰なのか。


 この二人だけは知っていた。

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