■六反田健の場合■
「おう、上がれよ」
六反田健は、大学の友人である香山永一を家に招きいれた。
今日は日曜日で、健も永一も講義が無い。
昼過ぎに、健が永一をある理由があって呼んだのだった。
六畳ほどの小さな部屋に、健は一人暮らしをしていた。
部屋は漫画や大学で配られたプリントが散乱していて足の踏み場も無い。
唯一スペースが開いているのは、二人掛けのソファーとベッドの上くらいだ。
ソファーの前にはテーブルがあり、その上にパソコンが乗っている。
パソコンの周りも飲みかけのペットボトルやカップラーメンの器など置かれていて汚い。
健の部屋に何度も訪れている永一には見慣れた環境だった。
「何だよ、見せたいものがあるって」
「いいからいいから」
そう言って、健はパソコンの電源を入れた。
永一はソファに腰をかけると、ゆっくりと起動音を上げるパソコンのモニターを眺めていた。
健はというと、ソファーとテーブルの間に出来た狭いスペースの床に腰を掛け、パソコンが立ち上がるのを不敵な笑みで待っている。
暫くすると、モニターには健の好きなアニメの画像が映し出された。
画像の前に並ぶアイコンの一つをクリックすると、スピーカーから声が聞こえてきた。
『いぇーい。今日は三人で卒業旅行に来てまーす』
健の明るい声が聞こえた。それを聞いて永一は健を見た。健は楽しそうに笑って永一の顔を窺っている。
「これって、先週行った旅行の?」
永一が驚いた表情をしながら、体を乗り出してモニターを見つめた。
永一の言うように、パソコンに映し出された映像は、先週、健と永一、それにここにはいないが、同じ大学の友人の佐々木浩介の三人で卒業旅行へ行った時の映像だ。
三人は大学で知り合ったのだが、大学一年の頃から学科が同じで、いつも三人で行動していた。
とても仲が良く、クラスで『仲良しトリオ』と呆れられるほどだった。
「そういえば、カメラで撮ってたもんなぁ」
永一が呟いた。
モニターの中では、新幹線の中で楽しそうにしている永一と浩介の顔が映っていた。
撮っているのは健で、二人の行動にナレーションをつけて楽しんでいる。
「うわぁ、馬鹿なことしてるなぁ俺達」
永一が笑って呟いた。映像は目まぐるしく様々な場所や物を映し出していく。
それらを見て、健と永一は声を上げて笑ったり思い出を語ったりしていた。
「本当は浩介も呼んだんだけどさ、全然連絡取れなくてさ」
健が不機嫌そうにそう言った。永一も同じ顔で携帯を見つめた。
「俺も連絡取れないな……まぁそのうち連絡あるだろ」
そう言って、永一は携帯電話を閉じ、モニターに目を戻した。
どれほどの時間、旅の映像を見ていただろうか。
映像には駅の中に入って行く永一と浩介がこちらに向かって手を振っていた。
最終日、健は一人残った。この映像は帰る二人を見送っている所だ。
「そう言えば、この後お前どこ行ったの? 何か行きたい所あるって言ったけど」
永一が不思議そうに質問した。
「あ、この後映像あるよ」
健が説明した。暫くすると、辺り一面に海が映った。
潮の流れも荒く、風の音も激しく聞こえる。
ゆっくり映像が動くと、そこが崖の上から撮っている映像だとわかる。
「崖?」
「そう。何でもさドラマの撮影でも使われてたりしてるし、自殺者も多いとか、有名な場所らしいんだ」
映像は、ただ崖の上から写す物だった。暫く辺りを写して映像が止まった。
「あれ?」
健が呟いた。慌てて映像を巻き戻した。映像が遠くの崖を映している。モニターの端で何かが動いた。
人がいる。それも二人。健はモニターに顔を近づける。
しっかりは見えないが、何となくシルエットが確認できる。
「あ!!」
一人がもう一人を後ろから押した。押された人影は崖の下へ消えていった。
健は思わず口を手で押さえた。あまりにも恐ろしい映像に言葉が出なかった。
「永一、今の見た? やばい映像が映ってるよ……」
永一は無言だった。健と同じく表情が硬い。
映像の中では人を突き落とした人間がこちらに気が付いてじっと見ているのがわかった。
映像を巻き戻し、健は再度映像を見た。
何度も見ていくうちに、風に紛れて人の声が聞こえてくる。
健は慌てて音量を上げた。風の音も大きくなったが、これで人の声が聞こえやすくなるはずだ。
『やめろ!』
突き落とされる瞬間、叫び声が聞こえた。
本当に小さな声だが、確かに聞こえる。健は寒気がした。その声は知っている。
その声の主は浩介だ。
「お前だったのか」
背後から低い声が聞こえた。恐る恐る振り向くと、永一がナイフを握っている。
そのナイフを健の背中目掛けて振り落とした。
ナイフの刃が、深く健の背中に突き刺さった。
「実はあの後お前を追って二人でここに来たんだ。でも途中、些細な事で口論になってさ。だから浩介を突き落としてやったんだよ。こんな映像撮っていなければ、お前は死ななくて済んだのにな」
薄れ行く意識の中、健は永一の高笑いを聞いた。