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コンクリート、あるいは人間達の墓標
いつも通り歩く道。
端に転がる石コロ。
通り過ぎる知らない顔達。
無機質な習慣、無機質な環境、無機質な人間関係
ふと思う。
このすれ違う、何の因果性も感じ無い人々と、道端の見分けも付かない様な石コロと、何の違いがあるのだろうか。
駅の改札、降りる階段、電車を待つ群衆、満員電車。
砂、砂利、セメント、狭い空間でかき混ざされるコンクリートミキサー。
都会のビル群を昔はコンクリートジャングル呼んだが、人間ミキサーで混ぜられた、私も、群衆も、いつか社会と言う建築物の構造体、コンクリートとして固められてしまうのだろうか。
嫌悪し破壊する。
所詮、石コロがミキサーに跳ねた、転がり出した程度で石コロが石コロのままでは何の因果も絶たれないし、従って何の意味も無い。
石コロを石コロ程度の価値も感じられない石コロは
どう足掻いても石コロで、石コロらしくいずれコンクリートとして固められる運命を受容する。
墓標としての価値ぐらいにはなるか、あるいは。
コンクリート―人間達の墓標




