街の中で
リオは目の前まで来て――
一瞬、視線をそらす。
そして、少し恥ずかしそうに顔を上げた。
「……あのさ? おすすめの店あるから、今度いっしょにいかないか?」
小さな声で、でもはっきりと言った。
――単純に、見た目のユーナに惚れている。
(あ、これダメなやつだ)
直感が告げる。
面倒なことになる。確実に。
「……えっと」
適当に言葉を濁す。だが、リオは一歩、距離を詰めてきた。
近い。思ったよりもずっと。
「なあ、名前は?」
「……ユーナ、です」
一瞬だけ迷って、そう答えた。
反射だった。けれど、“ユウ”とは言えなかった。
(……まあ、そうなるよな)
今の自分はどう見ても女だ。
“ユウ”と名乗る方が違和感がある。
「ユーナ、か」
リオはその名前を確かめるように呟くと、じっとこちらを見た。
その視線が妙に真っ直ぐで、居心地が悪い。
逃げ場を塞がれているような、圧がある。
(なんだよ……)
いつものあいつじゃない。
バカにしてくるガキじゃない。
まるで――
「……どうだ、今度一緒に」
(は?)
一瞬、思考が止まる。
今、なんて言った?
「……え?」
聞き返してしまう。
リオは少し視線を逸らして、それからもう一度こちらを見た。
「だから、その……おすすめの店、一緒に行かないかって」
頬をかきながら、落ち着かない様子でそう言った。
――単純で素直。表情に出やすいタイプだ。
さっきまでの余裕のある態度はどこへいったのか、妙にぎこちない。
「…………」
意味がわからない。
いや、言葉の意味はわかる。でも、状況が理解できない。
(なんでそうなる)
つい昨日まで、俺をバカにしてたやつだぞ?
石投げてきたり、絡んできたりしてたあいつだぞ?
それが今、こんな――
(いやいやいや無理だろ)
思考がぐちゃぐちゃになる。頭が追いつかない。
とりあえず――逃げる。
「……ごめん、急いでるから」
それだけ言って、くるりと背を向ける。
そのまま、早足で歩き出した。
「え、ちょ――」
背後から声が飛んでくるが、無視。
歩く。さらに速く。ほとんど駆け足に近い。
人混みを抜け、路地に入り、角を曲がる。足音がやけに大きく響く。
「はぁ……っ」
ようやく人気のない場所に出て、壁にもたれる。
心臓がうるさい。息が上がる。
(なんなんだよ……!)
さっきのやり取りが頭の中で何度も再生される。
――おすすめの店、一緒に行かないかって。
(いや意味わからんだろ……)
思わず顔を覆う。熱い。自分でもわかるくらい顔が熱い。
「……はぁ」
深く息を吐く。
少し落ち着いて、ふと現実に引き戻される。
(これ……ずっとこのままか?)
視線を落とす。
細い手。軽い体。見慣れないライン。
そして――指には、あの指輪。
ぴたりと張り付いたまま、外れる気配はない。
「……おい」
軽く引っ張る。だが、やはりびくともしない。
関節のあたりに食い込む感触だけが残る。
(冗談じゃないぞ……)
これが外れないということは――
しばらく、この姿のまま。
つまり。
「……また会う可能性、あるよな」
さっきのリオの顔が浮かぶ。
あの目。あの反応。
(……絶対来るだろ、あれ)
確信に近い予感があった。
「まじで最悪だ……」
思わず呟く。
頭が痛い。状況が追いつかない。
とりあえず今は――
「……家、帰るか」
これ以上人に見られるのも面倒だし、落ち着いて考えたい。
フードを深くかぶり直し、周囲を一度だけ確認する。
――誰もいない。
そう思って、足早に歩き出した。
自分の家へ向かって。
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