拾った指輪、はめたら終わった件
森を歩くのは、嫌いじゃない。むしろ好きだ。
静かで、人がいなくて、誰にも邪魔されない。
それに――落ちている。価値のあるものが。
「……今日の収穫は、まあまあか」
手のひらの上で、小さな金属片を転がす。錆びた留め具。割れたガラス玉。形の歪んだ銅貨。どれもガラクタだ。
でも、いい。こういう“よく分からないもの”を集めるのが、俺の趣味だからだ。
(前世の記憶……ってやつか?)
ぼんやりとしか思い出せない。気づいたのは三歳のころだった。自分が“ここの人間じゃない”と、なんとなく理解した。
でも、名前も家族も思い出せない。だからまあ――どうでもいい。
今の俺は、この世界で生きている。それだけだ。
「……っと」
足を止める。視界の端で、何かが動いた。低い草むらの奥で、ぷるり、と。
「スライムか」
よくいる魔物だ。弱い。遅い。雑魚。子供でも倒せる。
――普通なら。
「……色、変じゃないか?」
それはピンク色だった。妙に透き通り、光を反射している。見たことがない。
(レア種……か?)
少しだけ、心が躍る。珍しいもの。それだけで価値がある。
「……よし」
腰の短剣を抜き、ゆっくり近づく。そして躊躇なく突き刺した。
ぐにゃり、とした感触。抵抗はほとんどない。ピンクの塊はぴくりと震えて、そのまま動かなくなった。
「……弱いな」
警戒して損した。だが――
「……ん?」
残骸の中で、何かが光っている。指でつまみ上げると、それは小さな指輪だった。
「ドロップ品、か?」
聞いたことはある。魔物が稀に何かを落とすことがあると。だが、実際に見たのは初めてだ。
指輪は妙に綺麗だった。傷一つない。金属とも宝石ともつかない不思議な質感で、中央には淡い桃色の石がはまっている。さっきのスライムと同じ色だ。
(……当たり、かもしれないな)
自然と口元が緩む。価値のあるもの。珍しいもの。それが手に入った。それだけで十分だ。
「……はめてみるか」
深い意味はない。ただの興味だ。右手の指に、そっと通す。
――その瞬間。
「……は?」
違和感。いや、そんな軽いものじゃない。体の奥から何かが“ずれる”。
骨が、筋肉が、声が――全部、一斉に。
「っ、なんだ……これ……!」
視界が揺れ、足元がぐらつく。心臓がやけにうるさい。息が浅い。熱い。全身が妙に軽い。
そして――
「……え?」
声が出た。自分の声じゃない。高くて、細い、知らない声だ。
恐る恐る自分の体を見る。細い腕、長い指、そして胸元の――見慣れない膨らみ。
「……は?」
もう一度声を出す。「……は?」やはり同じ声だった。
(いや、待て待て待て待て)
頭が追いつかない。何が起きた? 何をされた?
――違う。“自分でやった”。
指輪だ。
震える手で指輪を引き抜く。ぽとり、と外れた。
――次の瞬間。
「……っ!」
また、あの感覚。ぐにゃりと体が戻る。息を吐き、視界が落ち着く。
「……戻った」
低い、いつもの声。見慣れた自分の手と体。
(……は?)
もう一度、指輪を見る。桃色の石が静かに光っている。
ゆっくりと――もう一度はめる。
「……っ」
変わる。
外す。戻る。はめる。女。外す。男。
「……」
しばらく無言でそれを繰り返す。森の中でひとり、意味もなく性別を切り替えながら。
そして。
「……はは」
思わず笑いがこぼれた。
「なんだこれ」
とんでもないものを拾った。価値があるとか、そういう次元じゃない。
これは――
「……面白いな」
もう一度、指輪をはめる。
その瞬間、体が変わる。
慣れない軽さ。違う視界。
――だが。
「……あれ?」
指輪を外そうとして、指が止まる。
抜けない。
さっきまでは、普通に外れたはずなのに。
「……おい」
力を込める。だが、びくともしない。
じわりと、嫌な汗が滲む。
「……冗談だろ」
森の中で、誰もいないはずの場所で。
――くすり、と。
どこからか、笑い声がした気がした。
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