1:運命の恋……ですか?
「はぁ?」
私は思わず、眉をしかめてそう言ってしまった。
それは禊の真っ最中のことだった。
禊とは……罪や穢れを落とし、心身を清めるために水浴を行う神道の行為である。禊をすることによって神聖力が高まると言われ、“巫女”である以上もちろん拒否権はない。
夏はまだしも、真冬だって凍えそうになりながら文句も言わずに何年もその“しきたり”を守ってきたのだから褒めて欲しいくらいである。
つまり……この国の巫女として修行中の私は、まだ肌寒い季節だというのに禊専用の修道服に身を包んで、これまた禊専用の噴水に浸かって冷たい水を頭から被っていた真っ最中だったのだ。正直寒い。
そこへ王子が突然やってきて馬鹿な発言をしてきたせいで思わず心の底からの「はぁ?」が口をついて出てしまったわけなのだが……。
おい、禊の場は男子禁制のはずだろうが!とツッコミたかったのだが、離れた場所に申し訳なさそうな顔をした修道女の姿がチラ見えして全て理解できてしまった。この王子め、権力を振りかざして無理矢理入ってきたのだろう。シスターはみんな基本いい人たちなのだが、どうにも気が弱い人たちばかりで王子のゴリ押しには勝てないのだ。
と言うか、王家と教会は対等じゃなかったんかい!?まぁ、そんなの上辺だけだってわかってるけどね!
そして私は、ため息をつきたくなったのを下腹に力を込めてぐっと堪えた。下手なことをすればこの王子はすぐに「不敬だ」と騒ぎ立てるワガママな俺様人種だ。我慢だ、我慢するしかない。
「ゲフンゲフン……えーと、今、なんて言ったんですか?」
そしてさっきの「はぁ?」を誤魔化すように咳払いをしながら仕方なく水を被る手を止めてそう聞けば、王子は「何度も言わせるな!だいたいお前はこんなしょぼい噴水に浸かって水浴びなんかして遊んでるなんて巫女としての自覚はあるのか?これだから平民は……」とわざとらしく肩を竦めてため息をついてくる。喧嘩売ってんのか。
思わず死んだ魚のような目になって……しばいたろか!なんて心の中で叫んでしまった。もちろん、口には出さないけど。
こんなひび割れた女神像のしょぼい噴水で禊をしろって言ったのはお前の父親じゃい!どうせ、新しい禊用の噴水を作る費用をケチったんだろうがぁ!?
この王子に振り回され続けて2年目になるが、つい心の中で悪態をついてしまった。しかしこればかりは許して欲しい。田舎暮らしの平民の子供だったのに神託かなんか知らんがいきなり巫女なんかに任命されてしまって約10年……、私はこれまでのことを走馬灯のように思い出していた。
脳裏に浮かぶのは7歳の時に親から無理矢理引き離され、教会でひとりで辛い修行に耐えた日々だった。下手に逆らうと親にも迷惑がかかるからと寂しくても我慢してひたすら頑張ったおかげで祈りによる治癒魔法の力が開花したのだが、これでも希少な力なので重宝されている……はずである。そう信じたい。
そして15歳の時に……バカ丸出しの王子に不運にも見初められてしまい、婚約者なんぞにされてしまった。これが不幸の始まりである。教会の奴らめ、王子のご機嫌をとるために私を王家に売りやがったのだ。
王子は確かに見た目だけはイケメンだ。だが、私の本能が全拒否していた。なんでかはわからないが、鳥肌が立つくらい本気で嫌だった。
ちなみに今現在も“大嫌い”は更新中である。もちろん手すら繋いだことの無いめちゃくちゃプラトニックな関係だ。その辺は「巫女だから」と濁して断っているのだが、王子が不満気だったのは知っている。でも無理!王子の欲求不満解消の為にアレコレされるなんて想像しただけでほんとに無理!
しかし希少な巫女とはいえ元々は平民の娘である私にこれまた拒否権なんてない。渋々ながらも婚約を受け入れたのだが、この王子が我儘放題のナルシストでとにかく最悪だった。たぶん他国に自慢したいからと治癒の魔法が使える“神殿の巫女”を婚約者にしたのだろうが、それにしたって酷い。自分から婚約を求めたクセに贈り物どころか優しい言葉すらかけてこないのに、私に対しては「婚約者のくせに気が利かない」と文句を言ってくる始末なのだ。いや、こちとら巫女のお勤めで忙しいんですけど?!気が利かないのはお前だよ!
いやほんと、野生の勘って当たるよねー。こんなのと既成事実とか死んでもあり得ないんですけど。私の勘、グッジョブ!
まぁ、確かに巫女は王家の恩恵を受けていると言えば受けている。それは認めよう。元が平民だろうと巫女に選ばれたら最低限だが衣食住は安定するし、わずかながら給金も出た。貧困で食いっぱぐれる心配だけはない。本当に最低限だが。
それに困っている人たちを治癒魔法で助けるのはもちろん無償だが、みんなに感謝されるのは嬉しかった。ありがとうと、そう言われるだけで辛い修行の日々も報われるというものだ。
ちなみに私は給金のほとんどを両親の為にと実家に送っていた。その給金も王家から配給されているのでもちろんありがたいとは思っているが、巫女となったからには毎日2回は神にお祈りをして、その時はお清めの禊として冷たい水で行水しなければならない。大雨だろうが雪降る真冬だろうが関係なくだ。巫女は女神に愛されているから風邪を引かないから大丈夫だとかなんとか言われてさ。確かに風邪は引かなかったけど普通に冷たいし寒いからね?!
さらには孤児院の訪問に無償の治療院を巡回、さらにさらに王家の突撃訪問(主にバカ王子のワガママ)に対応して……ハッキリ言ってプライベートなんかあったもんじゃないのだ。それでも、両親も私が王子の婚約者に選ばれたことを喜んでくれていたから頑張っていたのに……。
この王子、久しぶりに顔を見せたと思ったら開口一番とんでもないことを言ってきたのである。
「いいか?愚かなお前のためにもう一度だけ言ってやる!なんと俺は運命の恋を見つけたのだ。だからお前などもう必要なくなったから婚約破棄すると言っているんだ!残念だろうが、俺との結婚は諦めてもらおう!わかったか?!」
興奮気味に鼻の穴を膨らませてドヤ顔をしてくる王子と、王子の婚約破棄宣言が聞こえたのか遠くでオロオロとしているシスターたちの姿を見ながら私は前髪から滴る水がかかった頬を腕で拭う。そしてずっと我慢していた大きなため息がとうとう口から漏れてしまった。
「……“運命の恋”、ですか」
なんだか無茶苦茶な事を言われているが怒るのも疲れてきた。諦めるもなにも、そっちが無理矢理結んできた婚約なんですが?この王子は自分の言動も忘れてしまったようだ。
私が疲れ果てた目になったのを見て王子がまたもや鼻息を荒くして「ふははは!そんなにショックか?!可哀想になぁ!」と、さらに馬鹿丸出しで大笑いしてくる。いえ、呆れているだけですけど。
っていうか、これってもしかしなくても理由とか聞かなきゃダメ?このまま帰っちゃダメなやつ?婚約破棄をオーケーするだけでよくない?
あーでも、たぶん王子は私が婚約破棄するのを泣いて嫌がって理由を聞いてくるのを待ってるっぽいよねぇ?ほら、目をキラキラさせて期待に満ちた顔してるもん。……やだやだ。一応それなりに長い付き合いだからか王子の感情が手に取るようにわかってしまう自分に辟易してしまう。いや、この王子がわかりやすすぎるのだ。
うーん……とりあえずびしょ濡れなんで、続きは着替えてからでいいですかね?




