第4章:土の囁きと、辺境に咲く奇跡の恵み
小さな芽は、アメリアの期待を裏切らず、すくすくと育っていった。最初は見よう見まねだったアメリアの農業技術は、日を追うごとに洗練されていった。もはや、ただ書物を読むだけでなく、土の湿り具合、葉の色艶、風の匂い、そして微かな土の「声」さえも、アメリアには感じ取れるようになっていた。まるで、作物が何を求めているのか、自然とわかるかのように。最適な水やり、最適な追肥、最適な日当たり。アメリアが手入れをする畑の作物は、みるみるうちに生命力にあふれ、信じられないほどの勢いで成長していった。
その異変に、最初に気づいたのはレオンハルトだった。定期的に水源へとやってくる彼は、最初は遠巻きにアメリアの畑を眺めていた。しかし、日に日に畑の緑が濃くなり、作物が肥大していく様子に、彼は驚きを隠せないでいた。彼の目には、アメリアの畑から立ち上る、まるで豊かな大地の精気が凝縮されたかのような輝きが見えていたのだ。
ある日、レオンハルトは意を決して、アメリアの畑のすぐ近くまでやってきた。
「……すごいな、お嬢さん」
彼が口を開いたのは、初めて出会った時以来だった。アメリアは驚いて顔を上げ、彼の瞳の奥に宿る、尊敬のような光を見た。
「こんなに短期間で、これほどの作物を育てる貴族は見たことがない。いや、農民でもだ」
レオンハルトは感嘆したように呟いた。アメリアは、照れくさそうに微笑んだ。彼の言葉が、何よりも嬉しかった。
「この土地は、かつて『王国の恵み』と呼ばれ、王国随一の豊かな農地だったと聞いている。だが、瘴気に侵され、人が住めなくなり、今は廃墟のような有様だ。……お嬢さんの手にかかれば、またあの頃のように、いや、それ以上に豊かになるかもしれないな」
レオンハルトは、この土地がかつて王国屈指の肥沃な農地だったこと、しかし何百年も前に突如として蔓延した瘴気により人が離れ、忘れ去られた地となったことを教えてくれた。アメリアの持つ、作物を育む不思議な才能が、その瘴気さえも浄化し、土本来の力を引き出しているかのように見えたのだ。レオンハルトは、アメリアの潜在的な能力と、彼女がこの土地にもたらす可能性を確信した。
そして、ついに。
「できた……!」
満を持して、アメリアは初めての作物を収穫する日を迎えた。掌に乗る、瑞々しいレタス。陽光を浴びてキラキラと輝くトマト。土の香りが混じった清々しい匂いが、アメリアの全身を包み込む。その一つ一つが、アメリアの心を満たしていく。王都での生活では、野菜など、ただ食卓に並ぶ当たり前の存在だった。だが、今、アメリアの掌にある野菜は、自分が育て上げた命そのもの。その尊さに、アメリアは思わず涙ぐんだ。
アメリアの畑から漂う、生命力あふれる瑞々しい匂いや、畑が日に日に豊かになっていく様子は、グリムロック村の住民たちの間に、密かに広がり始めていた。瘴気に侵された地で、まさか作物が育つとは誰も思っていなかったからだ。最初は警戒していた村人たちも、アメリアの畑の異変に、好奇と希望の目を向け始めていた。アメリアの小さな畑は、この荒れ果てた辺境に、確かに光をもたらし始めていた。




