第77話 レナの庭
春の訪れを告げる祭は、年ごとに華やかになり、豊かな街の華やかな催しを味わいたいと、近頃では王都からも旅行客がやってくる。
けれども、大勢の人で賑わえば、そこにトラブルは付きものだ。
「おい、あれ、迷子だぜ」
二人がかりで荷を運んでいる男の子は、連れに向かって声をかけると、即座に方向を変えた。
四歳か五歳というところか。祭の人波に押し出されたかのように、街外れの寂しい路上で泣いているの見つけた。
「おい、おっ母は、どうした?」
荷物をそこに置いて、最近抜けた前歯を気にしながら、話しかけたのはトムだ。
「待て待て。こういうときは、まず食いもんからだ」
そこに通りかかった、少し年長の少年が、食べかけの饅頭を二つに割ると、笑顔で幼子に渡した。
「美味いんだぞ~ これ」
と笑顔を見せる。
「あら、迷子ちゃん?」
どこかの商家のエプロンを着けた少女は、微笑みかけながら屈み込むと「大丈夫よ」と抱きしめた。
饅頭を差し出した少年も、そこに優しく「もう大丈夫だ」と声をかけている。
その姿を見たのだろうか。子どもたちが、そして大人たちまでもが、ワイワイと集まってきた。
いつのまにか、泣いていた幼子は、集まってきた少年と少女とにあやされて、笑顔になっていた。
幼子が、ホッとした笑顔を見せ始めた頃、見回りの兵士が「ここに迷子がいるそうだな」と、母親らしき女を連れてきた。その後ろには、父親だろう。
二人とも、いかにも裕福そうな身なりだ。おそらく、祭り目当ての旅行者だろう。
「ハンナ! 良かった! 無事だったなんて!」
「あぁ、本当に。母さんと、どんなに探したか!」
身なりの良い父親は、泣きながら娘を抱きあげた妻を、さらに抱きしめて、何度も何度も「よかった」と叫んだ。
そして、ハッと我を取り戻した父親が兵士たちに「なんと、お礼を言ったら良いか」と頭を下げた。
しかし兵士たちは、手を振って「いやいや、オレたちは、呼ばれただけよ」と、礼を言われるほどでは無いという態度だ。
「みなさんにもお礼をしないと」
「誰にだよ」
笑顔の兵士。
「え?」
見回すと、さっき我が子を抱きしめてくれた少女も、泣いている顔を拭いてくれた少年も、姿が見えない。
「ヤツらは使い走りの途中みてぇだったし、急いでたんだろ。親が来たし、もう大丈夫と思ったから仕事に戻った。そんだけだ」
「あの子どもたちは、いったい?」
「ま、何かっていったら、通りがかった子ども、としか言えねぇけどよ」
ニヤリと笑う兵士に、戸惑う夫妻。
迷子を見つけたら、礼を受け取るのが当然だ。まして、金を持っている商人だと思えば、銀貨の一つも期待する。
実際、父親は、周りにいた人数を見て、このくらいなら、銀貨が何枚でと考えたし、それが当たり前だった。
しかし、あたりには誰もいない。
さっきまで「良かったな、嬢ちゃん」と声をかけていたはずなのに、幼子を抱きしめたのが親だとわかったら、さっさと立ち去ってしまったらしい。
「あの、お礼を…… と言うか、あの子たちは?」
謝礼を求めることなく、去ってしまった子どもたちに、父親はキツネにでもつままれた表情だ。
年の若い兵士の一人が「レナの庭だよ」と得意げに言った。
「また、トビーのお得意が始まったぜ」
兵士たちはニヤニヤと笑っている。
「え?」
年かさの兵士は「トビー、お前が説明してやれ」と丸投げだ。
それがちっとも不満では無さそうに、いや、むしろ嬉しそうに、人の良い笑顔向けた兵士は、まだ、子どもに見える。
「あのさ、この街は、安全なんだ。子どもも、年寄りも、女も。何か困ったら助けるヤツがいるんだ――それが、オレたちさ」
オレたち、と言う言葉が「兵士」を意味してないのはすぐに理解できた。では、それはいったい何だろうか。
「庭とか言いましたね?」
「別に、ちゃんとした名前があるわけじゃねぇんだよ。ただ、奥方様の優しさに触れて育った連中を、うちの街ではレナの庭で育ったって言うんだ」
まだ、あどけない顔の兵士は得意そうに言った。
「奥方様というのは」
「もちろん、ご領主様の奥様さ」
「しかし、お礼も受け取らないなんて」
「優しくしてもらったら誰かに優しくなるもんさ。礼なんて要らないよ」
子どもそのものの笑顔となった兵士は、少し照れたような表情を見せながら、それでも真面目な顔で言った。
「もしも、おじさんが礼をしたいって言うんなら」
「お礼をするのは当然ですから」
「なら、その分は他の誰かに優しくしてやってよ。この街では、そうやってるんだ」
納得するとかしないとか、ではなく、商人がひたすら驚き、その兵士――子どもが胸を張って説明する。
そんな光景が、ありふれたものとなっているアルヴェイン侯爵領には、穏やかで優しい日差しが降り注いでいた。
*
マルセルは「祭で、迷子の件があったようですが、いつものようになりました」との報告を受けている。しかし「レナの庭」が、優しさの輪を広げているのは、すでにありふれたこと。
――報告するにしても「今」ではありませんね。
そう判断したマルセルは、リディアとともに、そっと中庭で控えていた。
珍しく休日となった侯爵と妻が、テーブルを挟んでいるからだ。
そして、エレーナの膝には、ようやく立つことを覚えたばかりの息子・アルバートが元気な声で笑っている。
カシアンが「アルバ・ノビリス」の響きから名付けたとおり、小さな白い花がお気に入りで、中庭に来ると終始ご機嫌だ。
しかし、今は、ミルクを飲むのに一生懸命。
「ほら、この子はもうコップで上手にミルクが飲めるんですよ。あぁ、アルバってば、ほんとに、じょうずでちゅねぇ~」
心から幸せな笑顔を浮かべるエレーナ。
そして、母の愛を受け止めて、だぁ~ と何かを答え、すぐにまた、ミルクを飲み始めたアルバート。
二人を見守りながら、カシアンは、ふと考える。
私たちの街は、優しさがあふれているらしい。
それはすべて――
この人が作ったものだ。
「エレーナ」
侯爵は小さく呼んだ。
エレーナが、顔を上げて微笑む。
腕の中のアルバートも、つられたように父を見て笑う。
「アルバート」
「ぱぁぱ」
瞬間、侯爵は眉をクククと上げて「おぉ」と感動の面持ちだ。
「まぁ。今、パパって言ったのね」
エレーナは、頭を撫でながら「本当にお利口ね」と笑顔。我が子の成長に…… 自分を呼んでくれた感激に、カシアン侯爵は身体を震わせた。
「アルバート!」
「ぱぁ」
ミルクを飲み終えたら、すぐにでも抱きかかえようと、大きな身体を丸める侯爵の姿は、既に誰もが見慣れた光景だ。
春の光の中で、新しい季節が、確かに始まっていた。
アルバートの笑い声とともに。
fin.
最後までお読みくださりありがとうございました。
「優しさが優しさを呼ぶ街を作る少女」を描きたい、というのが作者の願いでした。そのため今話の「レナの庭」というタイトルは、当初から物語の基本として考えてきました。我々の住む世界にも、こんな街が、どこかにあれば良いなと思います。




