表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わりで嫁いだ死神侯爵に、異常なほど溺愛されています ~虐げられ令嬢は最恐英雄の唯一の花嫁でした~  作者: 新川さとし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/75

第56話 帰還


 侯爵領の騎士たちに先導されて、カシアンと二十四騎の部下は、堂々と領都へと入った。


 さすがに緊張は解けている。部下たちは、キョロキョロと見回しては隊長へと声をかけてきた。


「なんか、みんな楽しそうだ」

「隊長、愛されてますねぇ」

「なんで、こんなに違うんですか?」


 街の雰囲気が他と違うと、口々に言う。


 ロランがそれを引き取って聞いてきた。


「なんだか、賑やかな感じがしませんか? 出た時と違うというか」

「そうだな」


 上の空で相槌を打つカシアン侯爵。


 自領に入ってからは、一刻も早くエレーナの顔を見ることばかり考えているせいだ。


 しかし、すぐに気付いた。


「……確かに、違う」


 生きとし生けるものが、元気を取り戻す初夏ではあるが、それだけで説明できる違いではない。


 何気ない顔を作りつつ見渡してみると、どうやら人々の反応が、これまでとは違う。


 一行を見た街の人々の反応は、それがご領主様であるのを知ると、敬意を込めて頭を下げる。代々の領主が敷いてきた善政は、民に敬意と親しみを育ててきたからだ。


 そこでは、同じ――違うのは、ごく一部の人々の反応である。


 敬意は確かにある。だが、そこに「感謝」という言葉を絵に描いたような反応を載せている点が、以前と違うのだ。


 しかも、周囲の人々も、その「感謝」を明らかに、当たり前のものとして受け止めている。


――いったい、何が起きている?


 戸惑う隊長を理解したのだろう。馬を寄せてきた副隊長のロランは、先導する騎士たちにも聞こえぬ声で聞いてきた。


「何か問題でも?」


 数ヶ月の不在は、軍に携わる貴族家では珍しくない。しかし、領主不在の間に、何事かが起きるのもまた――たいていは悪いこと――珍しいことではないのだ。


 ロランは、隊長の戸惑いを「警戒」と読んだのだろう。


「いや。違う。そっちではない」


 問題……ではない。むしろ逆だ。


 女将さん達が井戸端会議を止めて、慌てて頭を下げる姿。行き交う荷馬車が馬を止め、道の端で頭を下げる姿。


 そして、使い走りと思える子どもが、道ばたで両手を振って見せた。


 ――笑っている?


 まるで、伏兵を探し、敵の罠を見つけようとしているときのように、カシアン侯爵の視線は、鋭い。


 視線は、小さな空き地にいる子どもたちを捉える。


 一行に気付かないくらい夢中なのだろう。お揃いの服を着た少年が、木の枝で地面に何かを書き、少女がそれを覗き込んでいる。


「違うよ、それは、こっちだってば!」

「ははは、いっけねぇ~」


 侯爵の観察眼は、地面に書いているのが「文字」であることをしっかりと見ていた。


 カシアンは先導する騎士団に、馬速を緩めるように命じた。


「文字? それにしても、あの服、見たことがない」

「え? ガキが文字を書いてるんっすか? さすが侯爵領ともなると、みんな字が書けるんですねぇ」


 その時、さすがに、その子たちも気付いたのだろう。少年が顔を上げると、慌てて立ち上がり頭を下げた。少女もすぐに倣う。


 キビキビとした動きは、怯えではなく、やはり「感謝」に溢れていた。


 心から、相手に感謝の気持ちを伝えたいとき、人が、どのように振る舞うか――戦場で数多くの味方を救ってきたカシアン侯爵は、理屈よりも、心で理解しているつもりだ。


「いったい何があったんだ?」

 

 それは、半ば独り言。しかし、緊張を解かない隊長に、ロランは混ぜっかえすように言った。


「わかんねぇんですけど。なんかまずいことで?」

「いや、逆だ。人々がオレに感謝しているらしい」

「ご領主様に、感謝するのはけっこうなことじゃないっすか!」

「確かにそうだが……」


 理由もわからず、感謝されるのでは、どこかむずがゆい。


 納得できない「隊長」に、ロランはニヤリとして「こりゃあ、愛妻のおかげかもしれないっすね」と茶化すように言った。


「ん?」

「ほら、よくあるじゃないっすか。お祈りの菓子でも撒いたんでしょ」


 領主が出征すると「領主のご無事を祈る」という名目で、菓子などをバラ撒くことがあるのを言っているのだろう。


 受け取った領民は、それぞれが、神に「ご領主様の無事を」祈りなさい、という話だが、果たしてエレーナは、そんなことをするだろうか?


――何となく、しない気がした。


「わからんが。それとは違うらしいぞ」


 人々の「本気の感謝」の姿は、菓子を受け取ったからだと考えるには、あまりにも違いすぎる。


「まあ、いいじゃないですか。隊長は帰ってきた。領民は喜んでる。後は、美人で、とっても優しい奥さんに、熱いキスするだけでしょ!」


 否定も肯定もしない侯爵は、不思議な感覚を胸に残しながら馬を進めていった。


 侯爵邸の正門が見えた。


 全ての騎士と兵士が揃ったのではあるまいかと思う人数が、装具をピカピカに磨き抜き、背筋を伸ばして出迎えの隊形に並んでいた。


 ご苦労、という言葉の代わりに、右手を挙げて見せた瞬間だった。


「うぉおおお!」


 と言う地鳴りのような歓声が、次の瞬間「お帰りなさいませ、お館様!」と声を揃えた言葉となる。


 門をくぐった瞬間、侯爵の胸が少年のように高鳴った。


 いる。


 出迎えの家臣達の真ん中で、淡い色のドレスを着けた人――愛する妻が、立っている。


 帰ってきた。


 その人を見て、そう思える自分が、なぜだか嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ