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身代わりで嫁いだ死神侯爵に、異常なほど溺愛されています ~虐げられ令嬢は最恐英雄の唯一の花嫁でした~  作者: 新川さとし


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第55話 王妃の選択

 侍女達の冷たい視線の中で息子は退出していった。


 しばらく、王妃は席を立たなかった――立てなかった。


 細い指先を、わずかに動かした。「王子用」に置かせておいたカップを下げる指示だ。


 即座に寄ってきた侍女は、まず王妃の左に来た。


「お取り替えいたします」


 新たなカップが静かに置かれた。


 その時、初めて、自分のお茶までもが冷めてしまっていることに気付いた。


――思った以上に、取り乱していたのね。


 いくら、愚かなことをしたとは言っても、その大元は善意であることくらい、母親としてわかっている。


 けれども……


 王妃という立場で「王子の不埒(ふらち)な行動」を見逃すことだけはできなかった。いや、むしろ、人一倍厳しくして、初めて「公平だ」と、周りは思うものだ。


 カップを何度も口元に運びながらも、いたずらにソーサーと往復させるだけの動き。 


 息子の蛮行に怒りを見せた侍女達も、その「母」に対してはいたわりの心しかなかった。


 王妃宮は、再び暖かな空気に包まれている。


 王妃の心を気遣ったのだろう。侍女達はいつもよりも距離を取っている。


 そこに、一転して、全員が緊張したかと思うと、侍女頭が「お出ましでございます」と耳打ちしてきた。


 パッと立ち上がれば、そこにいた。


 王であり、夫――あるいは父親が。


「すまぬな」


 王妃にだけ聞こえるような小声で詫びた後、侍女頭に目線を送る。


 一つ頷くと、全ての侍女達は、下がっていった。


「我が家の問題ですから、私が叱るしかありませんので」


 王妃は、時に「母」の顔を使うことが許される。しかし、王は常に王なのだ。たった一つの例外は……


「いまだけは、夫に戻らせてくれ」


 普通ならばハンカチを渡すところだろう。しかし、下がったとは言え、侍女達が見ている。なく姿を見せるわけにはイカなかった。


「リセを卒業すれば、もう少し、落ち着くと思ったのだが。私に似てしまったのかな」


 夫が微苦笑してみせると、王妃は、ようやく微笑で返せるようになった。


「あの子は正義感が強すぎたんです。誰かの役に立ちたいという思いが大きくて」

「そうだね。だから、人々の先頭に立って、役に立つことを実感できる場所を与えようと思う」

「北の地ですね?」

「あぁ。あそこなら、何もない。諸家も、それで納得してくれるはずだ。エーデルシュタイン家の方には、私が直接、無沙汰を詫びておこう」


 息子の不始末をとは書かないが、王の書状が来たと言うだけで察するだろう。


 直接関わりの無いエーデルシュタイン公爵家に王からの書状が届いた、という事実は重い。


 息子の辺境開拓地送りと、公爵家への手紙。これで「王は、出征した貴族に対する礼儀を尊重する」という姿勢が見せられるはずだ。


 出征した貴族の妻へ上位貴族が手を出せば、絶対に許されない、と言う形を整えなければ、国の骨格を壊しかねないことを、王は恐れたのである。

 

 よって、最大限の「お詫びの振る舞い」を王家としてするという意志を王は口にし、王妃は、同意した。


 しかし「他に」という言葉を出さずに、眼差して質問を送った。


 王は即座に首を振った。


「伯爵の方は、このままだ」


 珍しい断定口調に、王妃は目を開いた。


「どうせ、ウワサなど聞こえぬだろうし、聞こえたとしても理解しようとしないだろう。あれも、人間関係以外は優秀なのだが……」


 言葉の最後を沈黙したことで、伯爵が見切りを付けられたと受け止める。


 しかし、王妃が送った質問は「そっち」の件ではない。


「あぁ、わかっているよ。実は、それを頼みに来た」


 さすが、と王妃は、今度こそ本当の微笑を浮かべて言葉を出せた。


「偶然ですこと。実は、久し振りに親友の娘に会いたくなりました。ご主人との幸せな姿を拝見したいと思っております」


 王は、ゆっくり肯いた。


 この瞬間、カシアン侯爵夫妻が、国王の「客」となることが決定したのである。


「手紙を持たせるのは?」

「マァサが良いかと」


 信頼する侍女頭の立場は重い。普通なら「手紙の届役」などありえない。だが、それは、経験の少ないエレーナの相談役として送ると言う意味でもある。


「わかった。それと、伯爵のところにいる娘だが」

「卒業ができないことが決まったようですね」

「聞いているかもしれないが、あちこちに手紙を出しているらしい」

「はい。風のウワサで。しかしながら、愛妾といっても、相当な方以外は難しいと思って、放置しておりました」

「君にしては、珍しいな」


 婉曲に「間違っている」と伝える夫。

 だが、妻なりに「判断した」理由を伝える。

 夫が水を向けた「夫婦」としての会話だ。


「そうでしょうか? どの家も、リセに通わせてもらったのに卒業できない、ワケありの娘を愛妾になど。そこまで愚かな選択はしないと思いました」

「違うんだ」


 夫は、ニコリと笑って見せる。


「かの娘は結婚相手を探している。次男以下の子息に、伯爵家の跡継ぎはどうか、と誘っているらしいぞ」

「え? 結婚相手を探している……」


 しばしの沈黙の後、王妃は言った。


「妙なことになる前に、そこも段階を踏む方が、よろしいかもしれませんね」

「それも含めて、侯爵が戻るのを待つとしようか」


 王妃は遠く控える侍女へ視線を送り、新しい紅茶を命じた。

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