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身代わりで嫁いだ死神侯爵に、異常なほど溺愛されています ~虐げられ令嬢は最恐英雄の唯一の花嫁でした~  作者: 新川さとし


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第54話 馬車の意味

 そんなはずでは、なかった


 あの時、ホンの少しだけ母の言葉を考えていれば……


 目の前をチョロチョロする「邪魔な娘」のことなど考えてはいけなかったのだ。「王妃が示す行動」に対して、王子がどうあるべきかを考えてさえいれば良かった。


 少しだけ考えれば、自分は確実に、見舞いに行っていた。


 お互いにコレージュを卒業して、まだそれほど時も経っていない、元同級生だ。


――絶対に、エレーナは私に救いを求めていたはずだ。


 助け出すチャンスを、みすみす、自ら手放していたなんて。


 リュシアンに思考する時間を与えるかのように、しばしの沈黙をした王妃は「一口、お飲みなさい」と紅茶を勧めてきた。


 冷め切っている紅茶を飲め? ということは、話の本筋はここから。しかも、もっと「()めたい話」ということなのだろう。


 いったい?


 言われたとおり、冷めた紅茶を口に運ぶ。


 だが、今になって知る「現実」のショックが大きすぎた。


 香気だけは立ち上るが、いつもの味がしない。いや、たとえ、淹れ立てのお茶であっても、味などわからなかったかも知れない。

 

 カップを置くところまで見つめてから、話が再開された。

 

「今回、あなたがしたことの意味を考えてごらんなさい」

「私がしたことの、意味、ですか?」

「あなたの行動の名目――聞いたわ」

「王子として、王命で危険な場所に出かけた領主に敬意を表し、最近、婚姻を結んだ元同級生の様子を見に行っただけです。かつて、見舞いに行っておけば、と後悔はいたしますが……」


 そう、遅すぎた。


 しかし、エレーナが「奥様」として生き生きしていたのだから、自分の後悔はさておき、悪いことではないと思える。


「出かけている間に、何か問題でも起きましたか?」


 リュシアンが首を捻るのを見て、王妃も、今度こそ、ため息を抑えきれなかった。


「あの時なら、良かった。きっと『お似合いの二人ですね』って、周りも、微笑ましく見てくれたでしょうね」


 落ち着いた話しぶりだが、王妃の目がひどく悲しげなことが気になる。


 そう、リュシアンが気になっているのは、王妃宮全体に怒りが満ちあふれているのに、母は、怒りよりも哀しみの目をしている。


 それが解せないから、言わずもがなな言葉を付け足した。


「私たちは元同級生で、しかも、母上の言葉によれば幼馴染みということですので」


 そう、エレーナとは「幼馴染み」だったのだ。問題ない。


 王妃は、静かに首を振った。


「今回は全く意味が違うわ」

「え?」

「あなたの目的とか、感情は問わないわ。でも、周りからどう見えるか、考えてご覧なさい」

「周りから、ですか? さすがに、急ぎ過ぎたとは思います。けれども、他の公務を後回しにしましたが、できることは先に片付けました」

「気付いてないの?」

 

 王妃は、ポンと投げだすように言葉を放った。


「ここに案内されるまで、ウチの子達は、どんな目であなたを見てたかしら? まさか、気付かなかったなんて言わせないわ」

「それは、その……」


 王妃は時に、自分に仕える侍女を「ウチの子」と呼ぶ。「王妃様の人徳」もあってか、全体が一致団結して、家族のように温かい場所。


 そして、立場は特別でも、リュシアンは「子ども」だ。


 民であれば「実家のような」気さくさで、王子はここを訪ねるし、迎える側も、温かく迎えるのが常だった。


 やはり「王妃様の宝物である王子」という意識が、お仕えしている者達の全てに行き渡っていたからだろう。


 しかし、今日の王妃宮は全く違っていた。それまでの「宝物」に接するような態度は、今回は微塵も見られなかった。


 リュシアンは、正直に言うべきか迷った。 


「あなたの感じたとおりにおっしゃい」


 その言葉は怒りではなく、哀しみが載せられている以上、リュシアンは、正直に言うしかなかった。


「申し上げにくいのですが、会う者、会う者、態度がたいへん……」


 ひたすら、冷ややかな視線だけが注がれた。見ようによっては「軽蔑の眼差し」とでも言いたくなるほどの、尖った目だ。


「確かに母上に相談せずに出かけたのは、私の行き届かぬ所ですが……」


 途中で「違うわ」と言葉を遮った母は、一度、息を吸ってからゆっくりと言った。


「ウチの子たちが、どう思っているか、教えてあげるわ」


 王妃としては、非常に珍しい剣呑な気配を滲ませる声だ。しかし、その目は、やはり哀しみに満ちている。


「王子は誰にも相談せず、結婚したばかりの女性に会いに出かけた。その夫は、国の重要な仕事を、命懸けで果たして不在なのに…… どう? ウチの子たち、間違ってるかしら?」


 言葉にされて、リュシアンは、瞬間的に怒った。それでは、まるで、自分が下卑た欲望で家臣の妻に手を出す汚物ではないか。


「しかし!」


 違う。自分には、断じて、歪んだ欲望などない。夫の留守の間に、妻に手を出すような卑怯な人間であるはずがないのだ。


「あなたは、騎乗したそうね」

「移動をできるだけ短期間にするためです。馬車も空身なら、スピードを上げられます」

「なぜ、王家の馬車を持ち出したの?」

「え? そ、それは、その……」


 助けを求められたら、すぐに応じるつもりだった、と、言える雰囲気ではない。


 だが、すぐに、自分自身で気付いた。


 自分が馬に乗っているのに、馬車を出したら……


 「誰か」を連れてくるという意思表示に他ならないと見られてしまう。

 

「空で出た王家の馬車の話は、もう、ウワサになっているわ。だから、あなたを見た最初に言ったの。ホッとしたって」


 リュシアンが何かを言う前に「王妃」は、馬車に誰も乗ってないことを知っていた――つまり「馬車に誰が乗っているか」を、調べていたと言うことだ。


 ゾッとした。


「あなたの行動の意味を、改めて言葉にする必要はあるかしら?」


 その目には、ただ「残念」だと書いてあった。


 その目を見て、自分がしたことの意味を、リュシアンは理解してしまった。

  

「戦場に向かった家臣の不在に乗じて、コレージュで同級生だった女性――結婚したばかりの奥方を拐かそうとした王子」

 

それは、もはや事件のレベルだ。


「そんなつもりでは…… 私は…… 違うんです!」


 王妃は、大きなため息をついた後で言った。


「私にできるせめてものことは、これを『我が家の問題』で始末することだけでした」


 過去形で結ばれた言葉は、母が息子に向けた最後の優しさであったのだろう。


 その後――


 アウレリア王国第三王子は「病気治療」のために、王子宮の奥に半年籠もった後に、ひっそりと王城を送り出された。


 見送りもわずかな召使いだけ。


「第三王子は辺境の開拓を指揮するために派遣された」と発表されたのである。

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