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身代わりで嫁いだ死神侯爵に、異常なほど溺愛されています ~虐げられ令嬢は最恐英雄の唯一の花嫁でした~  作者: 新川さとし


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第51話 来訪


 侯爵邸に「到着予定」を伝える使者がやってきたのは、前日だった。


 異例中の異例。いや、通常であれば「非礼」と言われても仕方がないやり方だ。


 王族の訪問ともなれば、迎える側の準備も重いものとなる。数日前に、正式な使者がやってくるのが常識なのだ。


 しかも、使者自身が疲労困憊しているところから見て、わざと使者をギリギリにしたという「侯爵に対する悪意」とは思えない。


 かと言って「異例には意味がある」から、対応に困った。


 そして、今朝である。


 カシアン侯爵の邸には、またしても「異例」の注進が入った。

 

「王家の馬車は、城下の宿に立ち寄り、お召し替えをなさった」


 ありえない……


 しかしながら、当主が不在のため「そんな無礼なマネをするなら、来るな」と強く出るのもためらわれる。


 マルセルは、セドリックと相談した上で「奥様の意向」を、伺いに来た。


「それなら、殿下が到着するタイミングが、きちんとわかりますね」

「はい。宿を出そうになったら、すぐに早馬が知らせてきます」


 エレーナは、微笑を浮かべて答えた。


「それなら、待ち時間が短くなりますね」

「確かに、おっしゃる通り、到着時間をハッキリと読めます」


マルセルが答える間も、セドリックは、目をわずかに細めて「奥様の微笑」を見つめている。


「到着時間がハッキリした。ただそれだけの意味にしましょう。お迎えの用意は、万全ですね?」

「はい。全て整っております」

「ふふっ」


 イタズラな笑みに切り替えたエレーナは「まず、一息入れてください。長丁場ですよ」と小さく言った。


「では、少しだけ休憩する時間を与えられたということにいたしましょうか」


 いったん部屋に戻るエレーナを先導しつつ、リディアは「奥様、ナイショですけど」と、ぜんぜん、こっそりではない声で話した。


「ナイショなことなの?」

「はい。今回、マルセルたちは、一生懸命、掃除させてましたけど」

「そうね、見ているだけでも大変だと思ったわ」

「あの日…… お迎えする時は、今回の比ではありませんでした」

「え?」

「お館様自ら、このブロンズ像を動かされたんですよ」


 リディアが横を見て言った。


 思わず、エレーナは立ち止まった。


 信じられない。大理石の土台に載った、人の背ほどにもなる、馬の像だ。

 

「こんなに重そうなものを?」

「ええ。ちょっと動かすだけだから、オレがやるって」


 楽しそうに話すが、とんでもないことだ! おそらく百キロではすまない像を、お一人で?


 部屋に戻った後も「お館様の気の使いぶり」を、面白おかしく話してみせるリディアだが、一つも押しつけがましくなった。


 ただ「侯爵様の、一生懸命さに振り回される侯爵家の人々」というコメディとして、伝えてくるだけ。


――誠実な人柄だと信じたけど、本当に、そうだった。 


 エレーナが、しみじみとした表情になったのをリディアが内心で「手柄顔」になっていたのを知るよしも無かった。


 こうして、内奥で喜劇が語られているうちに「間もなくご到着」の案内が届いた。


 急ぎ、車回しの前まで出迎える。


 暫く待つほどに、遠い正門のあたりから、いつもとは違う緊張が、ふわっと立った。


 思う間もなく、警護の騎士たちの列が見え、すぐに、王家の馬車が見えると思いきや――白馬がやってきた。


 それは一目で「王子殿下」のお姿だとわかる空気を纏ったもの。


 その護衛騎士の数は思ったよりも多くない。


 だが、揃った足並みと、無駄のない進み方は、さすが近衛の騎士であると言わんばかり。


 まさしく「王族の一行」だと、誰もが一目で理解できるほどだった。


車回しに入ってきたのは、気さくさを示すかのごとく、白馬のみ。


 馬上の男が、軽やかに降りた。


 まだ若い。それでいて、場に立った瞬間、周囲の視線を自然と集めてしまう種類の存在感を持っている。


 第三王子、リュシアン・アウレリアであった。


 形式としては「私的訪問」。

 だが、その立ち姿だけで、誰もが「王族の一人」としての存在感を放っていた。


 マルセルが一歩前に出る。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。アルヴェイン侯爵家の主人不在に付き、女主人のみの出迎えをお許しください」


 頭を下げるマルセルに、王子は、にこやかに微笑んだ。


「丁寧な出迎えに感謝する。今回は、堅苦しい形式は不要だと伝えたはずだが」


 柔らかい声は、思った以上に重々しさを伴わない。しかし、その言葉が「お願い」ではなく「確認」であることは明白だった。


「ようこそおいでくださいました」


 それだけを口上したエレーナは、ゆっくりと近づき頭を下げた。

 

 王子の視線が、ゆっくりと動く。


今日のエレーナは、淡い春色のドレスをまとっている。


 王族の出迎えとしての気品と、動きやすさを考慮した服装。


 それは「社交よりも実務に向いた服」ということでもある。


 エレーナの姿勢には、迷いが全く見られなかった。


「今日は、よろしく頼む」

「アルヴェイン侯爵の妻、エレーナでございます。本日は、当家へお越しくださり、ありがとうございます」


 一瞬、王子は何も言わなかった。


 それは、何かを観察するつもりだったのかもしれない。



 やがて、我を取り戻したように王子は微笑んだ。


「久しぶりだね、エレーナ。コレージュ以来、だろうか」

「ご無沙汰しております、殿下」


 名前を呼ばれても、表情は変わらない。


 懐かしさも、気後れも、そこにはなかった。


 それを見て、王子の目が、ほんのわずかに細くなる。


「突然の訪問を許してほしい。国境へ向かわれた侯爵に、直接敬意を伝えられないのは残念だが……」


 言葉を選びながら、続ける。


「その代わりに、この邸がどう保たれているのか、それを、自分の目で見ておきたいと思ってね」


 静かな言葉だった。


 だが、その意味を理解できない者は、この場にいない。


 エレーナは、短く頷いた。


「でしたら、どうぞご覧ください。飾り立てることはしておりませんが――」


 一拍、置く。


「今、この邸、そして領地で起きていることを、すべて、お目に掛ける用意をしております。しかしながら」


 エレーナは、落ち着き払って見える笑顔で「まずは、奥へと」と邸へと誘ったのである。


 王子は、さすがに心の中の葉を出せず、もどかしさでいっぱいだった。


「五年ぶり! 思った以上に、君は綺麗になってる!」


 心で上げた絶叫など、微塵も感じさせない王族特有の「含んだ笑顔」の王子は、さすがに落ち着いて見える。


 ゆっくりと左右に視線を向けながら、エレーナの案内で邸へと入ったのだった。


 だが、人々は知らなかった。


 王子が、ため息にならないように、ゆっくりと息を吐いたことを。

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