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身代わりで嫁いだ死神侯爵に、異常なほど溺愛されています ~虐げられ令嬢は最恐英雄の唯一の花嫁でした~  作者: 新川さとし


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第49話 来訪の予告


 できることはその日のうちに、手配した。


 なんだかんだで、ミレイユたちを送って城館に戻ってきた時には、すっかり日が沈みかけていた。


「お帰りなさいませ」


 騎士が、前触れをしていたのだろう。侍女、メイド達がズラッとアーチを作って、マルセルが正面でお出迎えだ。


「私は、本日中に、商人を何人か呼び出します。ご無礼を」

「お願いします」


 セドリックは、見たこともないほどの速さで、先に城館に入っていった。


 それを一同が、ポカンとした顔で見送っているのが、なんだか可笑しい。


 マルセルに至っては、困惑しながら、目で「あれは、何かありましたか?」と、尋ねている。


 クスッと肩を上げて見せて「張り切ってくださって、助かります」と答えてみせる。


 その理由について尋ねるよりも、マルセルは「奥様」を中にお連れするのを優先した。


「お疲れのことと存じます。この後、お部屋にお伺いしても、よろしゅうございますか?」

「マルセルさん?」


 リディアが、困惑顔でたしなめたのは、専属侍女としては当然のこと。


 帰る早々、くつろぐ暇も与えないのは、無礼と取られかねない。


 マルセルは、リディアが自分の名前を呼んだことを「聞こえないもの」として扱った。

 

 それで、ストンと、理由が胸に落ちた。 


 顔付きも口調も普段通り。でも「疲れている」ことを承知で、部屋まですぐにやって来る、と言うのは、よほどのこと。


「じゃあ、部屋に行くよりも、このまま、いつかの応接室では?」

「奥様さえ良ろしければ、執務室へお出まし願えると、ありがたく」

「わかりました。じゃあ、リディアが案内を。マルセルは、セドリックを呼んできて。優先事項が割り込んだって」


 侯爵様は、三日間の引き継ぎでおっしゃってた。


「最後は、全て、君が自由に決めて良い。結果として、何が起きても、けっして、君の責任にはしないと誓おう。ただ、君の判断に二人の知識と経験は役に立つと思う」


 それは、侯爵様なりの、私に気を使っての言葉。私なりに翻訳すれば「大事なコトは二人に相談しなさい」ということ。


 マルセルが、これだけ焦っていると言うことは、今が「その時」なんだと言うこと。


 私が侯爵様の執務室に入ると、いつの間に手配されたのか、すっと、紅茶とケーキが用意されるのは、見事としか言えないと思った。


 リディア、セドリックが並んで座り、私が向かいの席に座ると、マルセルが、部屋に入ってきた。


 文盆?


 書状を載せた銀のトレイは「目上からの手紙に、家臣が直接手を触れないように」届けるためのもの。


――侯爵家よりも目上からの書状?


「本日、至急便で王都より届いた書状です」


 エレーナが、手に取った書状を見た瞬間、マルセルの眉が、ほんのわずかに動いた。


 王家の紋である。


「王からの(ふみ)ではないと思われます」


 封蝋と、書状をチラッと見ただけで、すぐにわかるらしい。



 さすが……


 しかし、今大事なのは「王族の手紙が届いたこと」ではなくて、誰がなんと言ってきたかと言うこと。


 エレーナは、一度だけ深く息を吸ってから、封を切った。


 文面は形式を整え、礼節を守り、言葉遣いも完璧なもの。


 要約すればこうなる。


「国境地帯の安全のため、視察に向かわれたアルヴェイン侯爵の不在を憂い、その功績と覚悟に、深い敬意を表するため」


――近く、アルヴェイン侯爵家を訪問したい。


 エレーナは、署名を頭の中で、再度読み上げた後で、声に出して、読み上げた。


「署名は アウレリア王国王子 リュシアン・アウレリアとなっているわ」


 三人ともそれが「誰」であるのか、知らないわけがない。


 マルセルは、それを承知の上で言葉にした。


「第三王子殿下ですね。内容を伺っても」

「侯爵様に敬意を表して、こちらを訪問したいとあるわ」


 広げたままの手紙を、マルセルに渡す。その手をセドリックもリディアも覗き込んだ。


 全員が、目をマルマルと見開いていた。


 リディアは、エレーナの、いや、ここにいる全員の気持ちを代弁したのだろう。


「殿下が、突然、何を? 前触れもなく……」


 これが「相談」ではないのは明かだった。すでに決まったことを、丁重な言葉で知らせているだけの手紙。


 王族が、こんな振る舞いをするのは実に珍しいことではある。


 それだけに、マルセルも、そしてセドリックも驚きと困惑が先だったのだ。


「これは、陛下のご意向かしら?」


 エレーナが確認したのは、本ではわからない知識だ。


 セドリックは即座に「この封蝋は王子が私信に使うものだと思われます」と言葉にする。


「そう。ちょっとだけ、良かった……」


 というのは、王子が「国王の代理」として動くのなら、王子であっても「国王」として接する必要があるからだ。


――いくらなんでも「国王陛下」をお迎えするのは荷が重い。


「でも、いったい、どうして?」


 誰にともかく出たエレーナの疑問に、セドリックが答えた。


「おそらく、第三王子殿下の独断であるかと存じます」


 侯爵家の家臣としては、そこまで言うのが、領分というもの。マルセルが、セドリックを引き継ぐようにして尋ねた。


「到着は、早ければ四日後。案内を派遣しますか?」


 貴人が「訪問」を告げてきた以上、途中の街まで出迎えるのが礼儀だ。

 エレーナは即決する。


「お願いします。場所と人数、格式はお任せしても?」


 チラッと見ると、セドリックと目配せをした後で、マルセルは「お任せください」と恭しく頭を下げる。


 今やるべきことは「なぜ」を考えるよりも、手配すべき「何」を考える事。


 それであっても、考えないわけにはいかない。


 侯爵が国境地帯へ赴いた直後を狙った訪問。


 選ばれたタイミングだ。


 書状を丁寧に畳み、机の上に置いた。


「この時期を狙って来るなんて! 殿下はいったい何をお考えなのかしら?」


 リディアが、エレーナの代わりに、あえて言葉にした。


 セドリックが、眉間にしわを作りながら、答えた。


「これは、単なる挨拶では済まない。奥様への何かだろう……」


 あくまでも、リディアへの返事の形だ。


「わかっています」


 エレーナが、即答した。


「侯爵家の様子を、いえ、侯爵家に居る私を見に来られるのでしょう?」


 マルセルが、短く息を吐いた。


「はい。恐らくは」


 エレーナは、少しだけ視線を落とす。


「一つだけ言っておきます」


 三人がエレーナの顔を見た。


「何がどうなるのか想像も付かないけど、殿下は、コレージュ時代の同級生なの。でも、それだけよ」


 何がどうなるか、わからない。


 頭の片隅で、微かに思い出すのは、コレージュに居た頃、教室の真ん中で静かに笑顔でいた同級生。


 あの、殿下の笑顔は覚えてはいる。しかし、何を考えているかを想像できるほど、関係したことはない。


 テーブルに目を落として、呼吸を三つしてから、エレーナは顔を上げた。


「殿下の来訪は対応しましょう。でも、予定は、変えません」


 顔を上げたその表情は、穏やかだった。


「今、動いていることは、すべて必要なことです。王子殿下のために始めたことではありませんから」


 セドリックの目が、わずかに細くなる。


 それは、安堵と、敬意が混じった眼差しだった。


「では……」


「はい。そっちは予定通り進めます」


 エレーナは、はっきりと言った。


「隠すことも、急いで飾ることもしません。見ていただくなら、そのままを。でも、お出迎えには失礼がないようにしましょう」


 沈黙。


 やがて、マルセルが深く一礼した。


「承知しました。侯爵家として、最善を尽くします」


「ええ。私も」


 エレーナは、もう一度、書状に目をやった。


 丁寧で、美しい文字。


 ――来るというのなら、来ればいい。


エレーナは、淡々と「実務」を果たそうと思ったのだ。


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