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身代わりで嫁いだ死神侯爵に、異常なほど溺愛されています ~虐げられ令嬢は最恐英雄の唯一の花嫁でした~  作者: 新川さとし


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第37話 おどろき

 サラダのお皿が引かれると、牛すね肉の煮込み(グラーシュ)付け合わせ(クネーデル)が出された。


 その途端、セドリックに向けて視線を送った侯爵である。


「パン・ド・カンパーニュ。それにナイフを」


 小さな声だが、厳しさ――いや、焦りを含んだ想いが込められている。


 返事も待たずに、エレーナの方を向いた。


「これは我が家の伝統的な昼餉ではあるのだが。食べ付けてないかもしれないので。好きな方を食べると良い」


 カットされたパン・ド・カンパーニュが、すぐさま、そっとエレーナの横に用意される。


 サーブするメイドに、微笑みを返してから、エレーナは優雅にフォークを取り上げた。


 途端に、侯爵は眉をクッと上げた。


「私もアルヴェイン侯爵家の伝統的なお昼を味わいたいです」

「ナイフを使ってもらってもいいのだが」

「ありがとうございます。大丈夫です」


 エレーナは、もちもちのクネーデルをフォークで上手にカットすると、グラーシュを絡めて口に運んだ。


 その姿を見た侯爵は、素早くセドリックに視線を向けた。


 すました表情で、穏やかな笑みのセドリックを「知っていたのか」と理解した。


 自身も、優雅にフォークを使ってみせる侯爵は、食べる前に、一つ息を吐かねばならなかった。


「知っているとは思ったのだが……」

「すごく美味しいです」


 淑女、そのものの姿勢でフォークを使っている姿に、侯爵は、改めて驚いていた。


「幼い頃、母方の祖母の家で、みっちり仕込まれました。やはり、ポテトを使ったクネーデルが伝統でしたので。」


 クネーデルとは、団子のようなもの。ソースをよく吸い、煮込み料理には最も合うとされている。煮込み料理にはセットとして付いてくるのが仕来りのようなもの。


 問題は、クネーデルを食べやすい最適な弾力にして出すのが料理人のプライドと言われていること。それだけに「ナイフを使って切る」のは、幼い子どもにだけ許されたことだ――と、エレーナは言い聞かされて育ったのだ。


 エレーナにとっては、エレガントに食べられて当然。しかし「知っている」侯爵にとっては、驚きの光景である。

 

「ありがとうございます」

「いや…… 信じなかったわけではないのだが」


 確かにアルヴェイン家の伝統の昼餉とはいえ「品良く食べるのが難しい」とされているクネーデルを出すとは思わなかった。


 それが、エレーナを見くびることになると思いついたのは、パンを出せ、ナイフをと言った後のコト。


 焦るあまりの失敗だった。


「いえ。気に掛けてくださったのですね。でも……」


 チラッとセドリックに目をやってから、イタズラな笑みを浮かべた。


「ちゃんと、確認してくださいましたから。クネーデルはお好みですかと。だから、幼い頃、大好きでしたって答えました」


 エレーナの視線を追わずとも、それが「誰」であるのかは言わずもがな。

 

 セドリックは穏やかに微笑むだけである。


「ふう…… すまなかった」

「いいえ。私のことを思ってのことだとわかっていますので。それと」


 エレーナの目が、クリリンっと、輝いた気がして侯爵は、思わず、前のめりになった。


「それと?」

「こうして、驚いていただけたのなら、少しだけ……」


 エレーナは、首を少しだけ傾けて、セドリックに一度視線を送った後、弾んだ声を出した。


「とっても、嬉しいです。もっと、もっと、驚いていただけるような何かを見つけたいと思ってしまいます」


 おそらく…… 


 二人の長い、長い生活のクッキリとした区切りが、もしも存在するとしたら、その時のエレーナの笑顔が、そうであったと、後で思うのかも知れない。


 ともかく、あれほど悩んでいた侯爵は、その笑顔につられるようにして、ごく自然に言えたのだ。


「いや、もうとっくだ」

「え?」

「オレは、何度も何度も驚かせられていたぞ。楽しい驚きがたくさんあったのだ」


 その時、傷だらけの顔は、心からの笑みを浮かべたのであった。




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