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身代わりで嫁いだ死神侯爵に、異常なほど溺愛されています ~虐げられ令嬢は最恐英雄の唯一の花嫁でした~  作者: 新川さとし


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第27話 胸の奥の決意


 まだ、胸が熱かった。


 庭を離れても、白い花の揺れる姿が目の奥に残っている。


 朝の冷えた空気の中で聞いた言葉は、どれも重かった。けれども、私の足取りは、軽くなっていたと思う。


 部屋に戻っても、座る気になれなかった。そのまま窓辺に立って、庭を見下ろす。


 白い花壇――私の詩が、誰かの命をつないだんだ。


 庭師の言葉が胸に蘇ってくる。


「お館様の命の話で……オレの命の話です」


 侯爵様が、私の詩を口ずさみながら戦った。そして、二人が命を繋いだ。


 それは、私が想像していた「英雄侯爵」とは、まるで違う姿だった。まして、王都の女性たちにウワサされた「死神」という言葉とは、全く違う姿だった。


 心が浮き立つ、というのは軽率なのだろうか?


 誰もが「怖い」と思っているし、野蛮で、暴力を振るう人だとウワサしている。


 それなのに……


「死神侯爵の名が、みなさんの憧れだったなんて」


 いけない、と思ったのに、心が浮き立って、くすりと笑ってしまった。


 王都で聞いてきたウワサは、しょせん表面だけのものだった。


 お顔の傷と、厳つい身体、そして無骨な物言い。そして「死神侯爵」としての評判。


 誰が、何のために言い始めたのかはわからない。けれども、多分に悪意を含んだなにかが、侯爵様のウワサを歪んだモノにした。


 でも、ウワサなんてもう、どうでもいい。


 この邸に来て、あれほど優しく接してくれた侯爵様のことは信じても良いはずだ。


 そして、その侯爵様が、私の詩を口ずさんでくださった。それも命懸けの場面で、だ。


 単純に言えば、嬉しいのだと思う。嬉しくないはずがない。


 侯爵様が、その時、本当は何を思ったのか。何を考えて白い花を言葉にしたのかは、別の話。


 あの話は、本当のこと。


 信じられる――庭師の語った事実には、誇示も、演出もなかった。ただ、生きて帰ると信じていた人の姿だけが、そこにあった。


「白い花を、もう一度見るために」


 胸の奥が、静かに軋んだ。


 私は、何も知らずに、あの詩を書いた。


 誰か特定の人に向けたつもりはなかった。ただ、戦地にいる、名前も顔も知らない誰かが、故郷の土を再び踏めますようにと言う、祈りにも似た詩。


 言葉だけは嘘にしたくなかった。


 あなたは、きっと無事に帰ると信じているという詩は、願いであり、祈りであり、信頼だった。


「信じて、良い」


 ふと、そんな言葉が浮かぶ。


 すべてを利用され、何をしても全てを奪われていく。

 何とか取り返そうと、いや、守ろうとすると、大事なものから壊されていく。


 それが私の生活だった。


 だから、侯爵様がくださった「優しさ」にも、最初は距離を――いえ、怯えてしまった。


 きっと、甘えて、それを取り上げられてしまう未来――期待してしまうことが怖かったのだ。


 けれど、詩を額装して、図書室の中心に置いたこと。

 白い花を、屋敷の至るところに選び続けたこと。

 何も語らないけど、ただ、ひたすら守ってくれたこと。


 説明すらせず、ただ、当たり前のものとして存在してきた。


 私は、ここに迎え入れられている。


 王命と言う言葉は先にあったのは確かなこと。けれども、侯爵様がその気であれば、私でなくとも良かったはずだ。


 侯爵様は、私を受け入れてくれた。


 なぜ、私なのかという問いは、形を持ちはじめていた。


 白い花。王命で私との結婚を受け入れた理由。そして、まるで私の今までを見抜いたかのように、守ってくれる侯爵様と、この邸の全ての人たち。


 まだ、言葉に出して侯爵様に向き合う勇気はでないけれど、ひとつだけ、確かなことがある。


 侯爵様は、私を「偶然」迎え入れたのではない。最初から、守ると決めて、迎えてくれた。


 それは、庭師の語った過去からも、図書室に置かれた詩からも、はっきりと伝わってくる。


 だからこそ、逃げ続けるわけには、いかないのだと思った。


 自分が、なぜここにいるのか。

 なぜ、この人は、何も求めずに与えるのか。


 それを知らずに、安心してはいけない。


 午後になり、いつものように図書室へ向かった。


 中二階を見上げると、あの額装された詩は、昨日と何も変わらない。


 けれども、意味は、全く違っていた。


 あの詩は、もう「過去のわたし」だけのものではないのを知ったからだ。


 誰かの命と共に、ここに戻ってきたのだと。


 そう思うと、不思議と、逃げたい気持ちは薄れていた。


 怖い。けれど、知りたい。それが、今の正直な気持ちだ。


 夕刻、廊下で侯爵様の姿を見かけた。

 仕事帰りだろうか。いつもと変わらぬ、落ち着いた足取り。


 私は、今までと同じように歩み寄り、挨拶をする。


「お帰りなさいませ」

「ただいま。変わりはなかったか?」

「はい。おかげさまで」


 何度も交わした、挨拶の言葉は、本当に何気ない言葉の往復かもしれない。けれども、言葉の中にある温かさを感じ取れるようになったのが、今の私だ。


 ホワッと温かい胸の内を秘めながら、私は少しだけ笑顔を浮かべられただろうか?


 侯爵様が、詩を大事にしてくださることは信じられた。


 だからこそ、いずれ聞かなければならない。


 あの詩を、なぜ大切にしてくれたのかと。


 そう思えるだけの何かが、胸の奥に芽生えていた。


 白い花は、今も侯爵様の胸に静かに咲いているのだろう。


 私の中の「決意」は、まだ芽吹いたばかりだった。

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