表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わりで嫁いだ死神侯爵に、異常なほど溺愛されています ~虐げられ令嬢は最恐英雄の唯一の花嫁でした~  作者: 新川さとし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/14

第11話 想像していたよりも


 書類に目を落としているはずなのに、数字は意味不明な羅列となり、文字が頭に入ってこない。


 こんなことは、久しくなかった。


 戦場でも、政務でも、感情を切り離すことには慣れていた。

 自分の感情や欲から切り離して、最善の判断をするのが私の義務だからだ。


 だが今日は、どうにも集中できなかった。


 原因は――昨夜の食卓と、今朝の報告。そして、ほんのわずかに交わした言葉だ。


 家令からの報告は簡潔だった。


 よく眠られ、朝食も問題なく召し上がり、庭を少し歩いたあと図書室へ向かわれたという、それだけのこと。


 問題がない、という意味でもある。


 想定していた以上に、順調だ。


 私は、ペンを置いた。


 図書室。


 その言葉が、わずかに引っかかる。


 調査で知っていた。


 彼女が王立学園の基礎課程(コレージュ)では優等生だったこと。だが、妹と違い、その先(リセ)に進んでいないことも。


 伯爵家の娘としては異例だ。


 学園には「病気のため」と届け出ていたことも聞いていた。


 ――やはり奪われていたのだな。


 学ぶ機会も、時間も、選択肢も。


 だからこそ、図書室を勧めた。ただの気まぐれに近い判断だが、彼女にとって良かったと思える。


 静かな場所で、居心地良く、何も求められない空間。


 それだけを与えるつもりだった。


 もう一つの報告書は、図書室を管理するあの男から。


 自然に本を手に取った、とある。


 メモのような報告書は、必要最低限。


「特別なことは、何も」


 そう前置きした上で、


「ただ、古典を基礎にした詩集を一冊。普通の女性なら、あまり手に取られない類のもの」


 それを聞いた瞬間、胸の奥で何かが、わずかに音を立てた。


 特別な称賛ではない。評価というほどのものでもない。


 ただ――想像以上だった。


 彼女は、学んでいた。いや、学ぶことを、やめていなかったと言うべきか。


 あらゆるものを奪われながら……


 それを、誇らしいとは思わない。そうせざるを得なかったのだから。


 私は、書類の束に視線を戻しながら、戦場で受け取った、あの手紙を思い出した。


 名もなき娘が、祖国の花を詠んだ詩だ。


 帰還を願うのではなく、「共に見る未来」を静かに祈る言葉が編まれていた。


 あれもまた、派手ではなかった。だが、忘れられなかった。


 机の端に置い、小さな白い花に目が行く。


 名を呼ばれないまま、そこにある花。


 あの花を、食卓に置くよう命じたとき、自分が何を期待していたのかは、わからない。


 ただ、彼女は、それに気づいた。


 理由を問わず、説明を求めず、けれど、何かを感じ取った。


 それで、十分だった。


 私は、深く息を吐く。


 守るべきものが、増えたわけではない。責任が変わったわけでもない。


 それでも、彼女がここにいることは、最初から、間違いではなかったと思える。


 評価するのは、まだ早い。

 期待を載せるつもりもない。


 ただ、思っていたよりも、彼女は静かに…… そして強い。


 その事実だけを、胸の奥に留めて、私は、再びペンを取った。


 仕事は、山ほどある。


 だが今日は、ほんの少しだけ、書き進める速度を落としてもいい。


 そう思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ