表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わりで嫁いだ死神侯爵に、異常なほど溺愛されています ~虐げられ令嬢は最恐英雄の唯一の花嫁でした~  作者: 新川さとし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/16

第1話 忘れられた娘

 伯爵家の長女として生まれたはずの私は、いつから「家の中の余り物」になったのだろう。


 私、エレーナ・ヴァルツは、使用人より先に起き、屋敷の床を磨き、冷えた水で洗い物も、洗濯物もする。


 冬の水は刺すように冷たい。


 食事は台所の隅で、前夜の残り物をそのままかき込む。せめて火を通したくても、私の使える燃料など一カケラもない。


 バターの香りなんて、もう思い出せない。

 食器を運ぶたびに、袖口から覗く傷が見えても、誰も何も言わない。


 こんな私でも、母、セシリア・ヴァルツ――旧姓エーデルシュタインが生きていた頃は「お嬢様」だった。


 母が亡くなって、屋敷の空気は変わってしまった。静かな家が、静かなまま冷たくなってしまった。


 十歳の誕生日に「お前に新しいお母さんをプレゼントだ。可愛がってもらいなさい」と父が押しつけてきた。


 父は、それだけを言うとすぐに「仕事が山積みだ」と王宮に戻ってしまった。


「よろしくね。エレーナさん」

「よろしくお願いします」


 戸惑いはあったけど、家にいる父など見たことがない私は、単純に嬉しかったんだと思う。


 やってきた、義母のオデット・ヴァルツは、ちょっと派手、というよりケバケバしかった。でも、最初は優しかったのは本当よ。少なくとも、外面だけは。


 けれど、月日が経つにつれ、私の扱いは少しずつ下がっていった。「わざとではない」と言える程度の小さなことから始まり、もう覚えてない、ある日を境に誰もそれを隠そうとしなくなった。


 そんなことを思い出していたら手が止まっていたのだろう。


 ビシッと風を切る音。


「痛い!」


 手をムチ打たれた。


「まだ終わっていないの? その皿、油が残っているわ」


 昼食の片付けをしていると、義母の声が飛んできた。


 私は「申し訳ありません」と言って皿を洗い直す。謝れば済む。反論したところで、何も変わらない。


 厨房からチラリと見えるランチルーム。日当たりの良い窓辺には、義妹のクラリスが座っていた。


 華やかなドレスの裾を揺らし、指先を眺めながら退屈そうに息をつく。


 クラリスは伯爵家の娘として振る舞っている。自信に満ち、当然のように愛されるべきだと信じている。


 私は、その隣に立つことすら許されないのが現実だ。


「エレーナ。水差しが空よ」


 クラリスがこちらを見ずに言う。


 私は急いで水差しを持っていき、黙って水を注ぎ足す。ここで、少しでも遅れれば、今度は背中に鞭が飛んでくるのだ。


 クラリスが私の名前を呼ぶとき、そこには呼びかけの温度がない。道具を指すのと同じ声だ。


 父であるアルベルト・ヴァルツ伯爵は、王宮内の自室に詰めきりだった。家の中のことなど、知ろうともしない。


 戦後処理の仕事に追われ、アウレリア王国の書類と戦い続けているらしい。


 お母様が亡くなってから、お父様がこの邸に泊まっているどころか、食事をしているのも見たことがないあり様だ。


 伯爵としても官僚としても、周囲の評価が高いのは本当なんだと思う。


 けれども家庭のことは、本当に見ない。


 母が亡くなってからは、特にひどくなった。


 お母さまが亡くなってから、一度だけ、義母に連れられて王宮の「執務室」に行ったことがある。

 

 封蝋に王家の紋章が押された書状が、執務室の机に積まれていた。書状の山に埋もれるようにして眉間を押さえる姿があった。


 ふっと顔を上げて目があった。


「大人の仕事だ。お前は気にしなくていい」


 お父様は、そう言って、すぐに、書類に顔を埋めた。


 父に話しかける勇気など、最初からなかった。


 それに、話しかけなくても、ホンのちょっとでも「娘だ」と思えば、すぐに気付いたはずだ。


 私の指先の荒れや、袖で隠した小さな傷を見る前に、髪の毛もメイドのように短く切りそろえ、着古した服を身にまとった姿が分からないはずがない。


 父の部屋に案内する人は、私をメイドだと思い込んでいたのだから。


 本当は、今の境遇を父にわかってほしかった。けれど、それを義母の前で言葉にしてしまえば、その後どうなるかわからない。


 屋敷の空気が悪くなるだけではなく、常に義母が持ち歩く鞭が、背中の皮膚が破れるまで打たれるに決まっていた。


 私は黙ることを選ぶしかなかった。


 黙っていれば、私はここにいられる。

 それが、私の生き方だった。


 その日、午後の光が傾き始めたころ。

 屋敷の前に見慣れない馬車が止まった。扉に、王家の紋章があった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第1話は、エレーナがどれほど「忘れられていたか」を描く導入でした。


次話から、物語は大きく動き始めます。


※この先は、しっかり溺愛&ざまぁ展開ですので、安心してお読みください。


よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ