表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先輩、コロシです!  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/5

1話

「先輩、コロシです!」


田所の声が、朝の事務室に響いた。

三枝は、カップ麺にお湯を注ぎながら言った。


「おい田所。“殺人事件”って言え。あと、声のトーンが“犯人見つけました!”になってるぞ」


「すみません……でも、ほんとに殺人なんです。団地の一室で、男性が首を絞められて亡くなってました」


「現場は?」


「布団の上です」


「じゃあ、まず“殺人”かどうかも怪しいな。布団の上で死んでたら、だいたい病死か事故死だ」


「でも、首に痕が……」


「それなら、鑑識が来るな。科捜研は来ないぞ」


「えっ、来ないんですか?」


「来ない。科捜研は“科学捜査研究所”であって、“現場捜査研究所”じゃない。現場に来るのは鑑識課。しかも、白衣で乗り込んでくることはない。あれは演出だ。実際は、腰痛持ちの佐々木さんが、静かにルミノールを吹きかけて帰る」


---


団地の一室。畳の上に布団、その上に遺体。

田所は、ドラマで見たような“現場に乗り込む科捜研”を期待していた。

白衣の女性研究員が、レーザーライトをかざしながら「この繊維は……!」と呟く――そんな場面を。


だが、現実に現れたのは、鑑識課の佐々木さん(58歳・腰痛持ち)だった。

作業着姿で、無言で道具箱を開ける。


---


佐々木さんは、スプレーボトルを取り出し、床に向かってシュッと吹いた。

ルミノール反応――血液の鉄分に反応して青白く光るはずの薬品。


田所は、部屋が青く輝くのを期待していた。

だが、何も光らなかった。


「血痕は……ないですね」


佐々木さんは、それだけ言って、次の作業に移った。


---


佐々木さんは、ガラスのコップに黒い粉をふりかけ、そっと筆でなぞった。

浮かび上がった指紋を、セロハンでペタリと採取。


田所は、ドラマで見たような“指紋照合システム”を期待していた。

画面に指紋が浮かび上がり、「一致しました!」と鳴るアラート。


だが、現実では、採取した指紋は袋に入れて、後日照合。

しかも、照合結果が出るのは数日後。

一致しても、「犯人確定」ではなく、「関係者の可能性あり」程度。


---


田所が言った。


「爪の間に皮膚片があれば、DNA鑑定で犯人が……」


三枝が即答した。


「それ、鑑定に3週間かかる。しかも、結果が出ても“誰の皮膚か”はわかるだけで、“殺した証拠”にはならん。あと、毛髪は毛根がついてないと無意味。抜け毛じゃダメだ」


佐々木さんが補足する。


「あと、DNA鑑定は予算が必要です。今回は、自白が取れれば使いません」


田所は、ドラマで見た“DNA鑑定で真犯人が浮かび上がる”展開を思い出していた。

だが、現実では、予算と時間の壁が立ちはだかる。


---


「靴の跡とか、繊維の付着とか……」


田所が言うと、佐々木さんは畳を見て首を振った。


「畳には靴跡は残りません。繊維も、布団と服が同じ素材なら、判別できません」


三枝が言った。


「ドラマみたいに“特殊なソールパターン”とか言うためには、全国の靴底データベースが必要だ。そんなもん、ない。あと、“この繊維は犯人のものだ!”って言ったら、鑑識が怒る。“断定するな”って」


---


佐々木さんは、デジカメを取り出し、無言でパシャパシャと撮影を始めた。

遺体、布団、窓、玄関、靴、ゴミ箱、冷蔵庫――すべてを淡々と記録。


田所は、ドラマで見たような“現場写真を見ながら推理する刑事”を思い描いていた。

だが、現実では、写真は記録用であり、推理には使われない。


「この写真、何に使うんですか?」


「報告書に添付します。あと、裁判で“現場状況”を説明するためです」


---


作業を終えた佐々木さんは、道具を片付けながら言った。


「じゃ、報告書は明日出します。PDFで」


田所は、ドラマで見たような“現場での鑑識の推理”を期待していた。

だが、現実では、鑑識は“分析する人”であり、“推理する人”ではない。


三枝が言った。


「科捜研は来ない。鑑識はしゃべらない。現場は光らない。あと、ルミノールは、だいたい反応しない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ