第2話 嵐、来る。(前編)
携帯電話のアラームが1DKの部屋に鳴り響いた。潤は気怠るくその音を止めた。
時間は午前7時20分。遅刻せずに登校できる時間帯だが、潤はアラームを止めてから数分経ってもベッドから起きなかった。手のひらを額に当て、ただ天井を見つめている。
「・・・・・・どうして・・・・・・忘れていたんだ・・・・・・・・・・・・?」
昨日から考えているが、皆目見当がつかない。本当にキレイさっぱり忘れていたからだ。誰かが意図的に消去したかのように。
「おはよ、潤」
アパートを出たところで、何故か仁美が待っていた。住んでいる場所について何も話していなかったはずなのに、彼女は潤がこのアパートに住んでいることを知っていた。
「・・・・・・なんでここにいる」
「折角だから、案内も兼ねてエスコートしようかと」
「昨日俺がお前と再会した場所は何処だ?」
「学校」
「じゃあ案内なんて必要ないだろ」
そう言うと、仁美はチッチッチと人差し指を振りながら不適に笑う。
「? 何がおかしいんだ?」
「アンタ・・・・・・自分の姿を鏡で見たことあるの?」
「んなもんしょっちゅうだが・・・・・・」
「いくらウチの制服着てても、そのガラの悪さじゃ絶対に怪しまれるわよ?」
言われて潤は自分の姿を確認してみる。
ワックスでやや立たせている茶髪。フルリム・カニ目型の伊達眼鏡。ネクタイをかなり緩めに締めた着崩した制服。
「別にいいだろ? わざとやってんだから」
「わざと?」
「こんな見てくれだと、わざわざ話そうとしてくる奴が寄ってこなくていい」
そんな潤の言い分に、返答は大きな溜め息。もちろん呆れ調子の。
「そんなこと転校してからしてたの?」
「中学からだったと思うけど」
「・・・・・・もーいい、黙ってついてきなさい」
「お、おう」
突然発せられた仁美の黒い雰囲気に気後れして、潤は言われた通りに彼女の横に並んで歩き始めた。
「ところで、どーしてあたしのこと忘れてたの? たった6年で忘れられるような関係じゃなかったと思うんだけど」
「関係って・・・・・・俺の記憶だとただの幼なじみとしか」
「忘れてたんだから、その情報だって正しいとは限らないじゃない」
「じゃあ何を信じろってんだ・・・・・・」
すると仁美は含み笑い。
「心配しなくても潤の記憶通りよ」
「それじゃあなんだその笑い方は! 怪しすぎるぞ!」
「べっつにぃ~?」
「くっ・・・絶対何か隠してやがる・・・・・・」
「特にアンタが気にすることじゃないわよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・重要なのは誰が潤に忘却魔法をかけたかなんだから・・・・・・・・・・・・」
「ん? 悪い、最後の方が聞き取れなかったんだが」
「あ、ううん、こっちの話」
仁美は手を横に振ってそう答える。
「そーいや、さっきから他の生徒とか見てるんだけどさ」
「うん」
「腕章付けてんのってお前だけじゃないか?」
彼女の左腕に付いている緑色の腕章を指差し尋ねる。
「まーね。普通の生徒は付けられないから、コレ」
「お前、もしかして風紀委員とかか?」
「あー違う違う、風紀委員は他にいるわ。・・・・・・もっと凄い女が」
「凄いひと?」
「い、いや! 今の無し!!」
一体何を恐れているのか、とにかく仁美は必死にその話題を終了させた。
そんなこんなで二人は学校に到着した。登校してくる他の生徒からはやはり注目された。その気まずさから逃れるように、玄関で二人は別れた。
一人になった潤は職員室に向かうことにした。
その途中・・・・・・
「はぁ・・・・・・困りました・・・・・・」
階段の前、可愛らしい声で困っている少女がいた。
「大事な手帳がどこかにいってしまいました・・・・・・」
この学校の制服を着てはいるものの、その容姿は高校生か? と疑いたくなるほど幼かった。ショートボブに少し大きめの制服、笑顔が似合いそうな細目が特徴的な少女。
(なるほど、三○院家のお嬢様みたいに飛び級してるのか)
と勝手に誤解して、あくまで人助けとして声をかけることにした。
「どうした?」
「あ・・・いえ、その、手帳を落としてしまったみたいで・・・・・・」
「手帳? 生徒手帳か?」
「いえ、違います。メモ帳みたいなものです」
「メモ帳・・・・・・」
潤はある一点を見据える。
「・・・・・・それってどんな色のだ?」
「水色です。コンパクトサイズの大学ノートみたいな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少女の制服の胸ポケットから覗く水色の表紙、潤はそれを指差し尋ねる。
「もしかして・・・・・・それじゃないのか?」
「えっ・・・・・・?」
少女は慌てて確認する。それは間違いなく例の探し物だった。
「ありがとうございます! 本当に気付かなくて・・・・・・」
オーバーなくらい頭を下げて、少女は感謝の言葉を述べた。
「大したことしてないし、別にいいよ。・・・・・・にしてもドジっ娘な、お前」
「はぅ・・・よく言われます・・・・・・」
と顔を赤らめながら恥ずかしがる少女。
「・・・・・・っと、俺急がないと」
職員室に向かう途中だったことを思い出し、階段を急ぎめに上がりはじめた。
「じゃあな。もう忘れんなよ?」
「はい。・・・・・・・・・・・・竹澤 潤クン」
潤が見えなくなるのを確認し、少女はポケットに入れてあった黄色の腕章を取り出し、その細い左腕に付けた。
始業式の間に職員室で簡単な説明を受け、式が終わって少し経ってから、潤はクラス担任に連れられて廊下を歩いていた。
「緊張してんの? 竹澤クン」
生徒名簿を肩に乗せながら、男っぽい口調で話す女性。彼女が潤のクラス担任である内藤 由利。サバサバとした性格で、生徒に身近な教師(なめられているとも言う)として人気がある。その点、どこかの自称・美しき世界史教師と違って金に貪欲ではない。が、男に飢えている28歳。
「いえ、特に緊張は」
「さすが不良・・・精神力は白魔導師並みね」
「そんな世界だったら今頃学校は無法地帯ですよ!?」
「なはははは! 冗談よ冗談。緊張をほぐすための話術ってやつ」
「そんなのがあるんですね」
「そーなのよ。合コン用のスキルって意外と高校生にウケるのよねぇ~」
「・・・・・・そうですか」
とりあえず今まで関わったことのない女性だ、と潤は思った。
「ここよ、竹澤クンのクラスは」
“2年C組”と書かれたプレートを見て、潤はやっと2年生だと自覚できた。そして転入してきたことを。
「それじゃあ廊下で待っててくれる? 先に説明しとくから」
「わかりました」
由利はガラガラ~っとドアを開けて教室に入っていった。すぐに「入ってきなさい」とお声がかかった。
(引かれるのは慣れてるし・・・・・・ただ自己紹介すりゃあいいだけだ)
自分にそう言い聞かせ、少し強めにドアを開けた。
「「「キャーッ!!!」」」
途端に響き渡る黄色い声。何が起こったのか、全く理解できていない潤は教室の中を見渡す。すると、
「な・・・なんで潤が・・・・・・」
信じられないといった顔をしている仁美が窓際に座っていた。いや、それだけじゃない。クラスにいる生徒のほとんどが女子だったのだ。
「女クラ・・・・・・かよ・・・・・・」
「よかったね~竹澤クン。願っても無い幸福じゃない」
「どこのハーレム野郎ですか、俺は!!」
「まぁまぁ。ほら、自己紹介」
「えっ? ああ・・・竹澤 潤だ。よろしく」
「「「キャーッ!!!」」」
「うわっ!」
いつもの無愛想な調子で挨拶をしたら、これまた黄色い声。
潤は今にも頭を抱えそうな心を抑えて、教室の喧騒の中一人呟く。
「俺の平穏は・・・・・・・・・・・・」
殴り書き感覚で書いたので、ちょっと短いです。
色々と長引きそうなので前・後で分けました。
後編でいよいよ生徒会の存在が出てくる予定です!